2017.10.31
EU-JAPAN
英国のEU離脱決定を受け、脱退交渉や欧州の将来像に関する議論が進行中のEUの動き、また、本年7月に政治合意に至った日・EUの経済連携協定と戦略的パートナーシップ協定の意義と見通しを中心にイスティチョアイア=ブドゥラ駐日EU大使に話を聞いた。
駐日EU大使として3年目を迎える私が目にしてきた、EUの継続的かつ前向きな進展を『EU MAG』の読者の皆さんにお話しできるのをうれしく思います。1年前、EUは多くの危機に直面していました。移民問題、難民危機、ユーロ危機の余波、そして英国のEU離脱決定の初期的影響などです。これらの出来事は、EUが危機に打ち勝ち生き残れるか、懐疑的な印象を与えましたが、その筋書きは完全に変わりました。
さまざまな変化が起こり、特に今年に入ってからEUは大いに前進しています。数々の政策やプログラムなどを採択、推進、実行することにより、EUは信頼と信用に足る、機能的で正当なパートナーであるとともに、欧州市民の期待に応え、進化することができる存在であることを示したのです。
まず、EUは、経済再生と域内投資の促進に取り組みました。この点、欧州委員会のジャン=クロード・ユンカー委員長の「欧州投資計画」(通称:ユンカー・プラン)は実に的を射たものです。加盟国はこの投資プログラムを歓迎しており、EU全体やユーロ圏において経済が再び成長し始めました。投資資金が集まり、経済的安定の仕組みが導入されたのです。
これにより、経済的な難局にあったイタリア、アイルランド、スペインといった国々、さらに厳しい状況にあったギリシャでさえも状況が好転し始めているのです。EUは、英国が脱退した後においても、世界の主要貿易圏の一つであり続け、今後も多くの国々にとって強力な経済的パートナー、また投資の源泉であり続けます。
次に安全保障面で大きな前進がありました。近年、EUの幾つかの加盟国でテロ事件が起きたことをご存じかと思います。中東、北アフリカなどの地域の一部では、急進化が進みテロ活動を後押しする状況が生み出されており、欧州の安全保障を脅かす状況になっています。これについては、加盟国間の連帯と結束による取り組みが奏功しつつあります。
紛争や暴力に見舞われているこれらの国や地域から逃れてくる大量の移民や難民の問題に対処することも、大きな課題です。EUは、欧州国境沿岸警備隊の海上パトロールにより、不法移民の人身取引を摘発したり、根本原因に取り組むためにトルコ、あるいは中東や北アフリカの国々と、事態の沈静化に向けて協力を続けたりするなど、新たな経験を積みつつあります。そして、1年前に提案され、根本原因の将来的な解決策になり得るのが「欧州対外投資計画」です。この計画を通して移民・難民を生み出している国々への投資を行い、地元経済を発展させ、雇用やより良い教育を受けられる環境などを創り出すのです。
安全保障・防衛政策に関しては、ここ1、2年の間に、過去10年間以上のことが成し遂げられたと言えます。その中に、統合された「欧州防衛基金」を持つという計画があります。加盟国の防衛に必要な武器開発にあたり、各国の防衛産業を支援するための基金です。EUはまた、北大西洋条約機構(NATO)とより緊密で、良い協力関係を築いています。2016年夏、安全保障戦略の分野において、EU、欧州理事会、EU加盟国の首脳らが、新しい「グローバル戦略」を採択しました。これは(以前の)包括的でバランスの取れた報告書「戦略的評価」を改訂したもので、EUが国際的および地域的な安全保障と協力において、役割を果たそうとする際の方法について、重要な方向性を統合したものです。
変化が実に目立つ分野の一つが、英国のEU離脱決定に関わる動きです。英国の決定は、EUの現状や未来について熟考する大変良い機会となりました。そして、英国の決定による影響については、多くの予想や見通しに反して、否定的な見方は現実とはなりませんでした。反EUのドミノ効果は起きなかったし、「EUからの脱退」という選択肢を熱心に探った他の加盟国もなかったのです。英国がEUにもたらしたものを将来的に失うことによって、EUの総合的価値、その政策や能力が打ち消されたり、否定されたりすることはありません。
この進展や事実を見ていただきたいのです。(2016年6月の)英国の国民投票以来、EUは自身を強化するための多くの政策を採択してきました。デジタル単一市場の一層の推進や、金融・経済混乱に対応するための銀行同盟の構築の加速化、また先ほど述べたEUの外交・安全保障政策のための「グローバル戦略」などに関する政策や施策を、次々に打ち出してきています。
7月6日にブリュッセルで開催された第24回日・EU定期首脳協議の場で、安倍晋三総理大臣とEUのドナルド・トゥスク欧州理事会議長、ユンカー欧州委員会委員長が、日本とEUの間のEPAとSPAに関する大枠での政治合意を宣言した際、私は歴史的な瞬間を生きているように感じました。日本とEUは1990年代初頭から、より良い経験を積み重ねて行く絶え間ないプロセスを経験してきました。どのような分野であっても、交流と友好を深め、同じ考えを持ったパートナーであることを認識し、それをさらに生かそうとしてきました。そして、私たちは民主主義の原則、人権の尊重、自由や表現の自由、平和と安定の尊重、ルールにのっとった国際秩序という価値を共有しているのです。
しかし、昨今、アジア、さらに国際社会全体に至るまで、私たちを取り巻く世界はますます変化しています。このような変化もあって、日本とEUの役割はより複雑になりました。私たちにはパートナーシップのための「安定した」、「包括的で長期的な枠組み」が必要になったのです。枠組みは、欧州と日本のみならず、地域のパートナーにも明確、かつ分かりやすいものにすることが必要でした。
まず、SPAからお話ししたいと思います。なぜなら、私は、前職の欧州対外行動庁(EEAS)アジア・太平洋本部長時代から、日本の外務省の友人たちとSPAの草案を交渉していたからです。SPAは、政治的価値、戦略的価値の双方で、日・EU関係の範囲と度合いを拡張するものであり、これまでの二者間関係を超えた協力の潜在的な可能性を記しています。SPAは、両者が協力して取り組む分野を拡大します。エネルギー、工業、農業、観光、高等教育、イノベーション、科学、研究など、あらゆる分野を網羅する素晴らしいものです。成熟した外交関係を持つ、民主的・経済的なパートナーとして、日本とEUは、双方の利益のみならず、多くの他の国々のためにもっと貢献することができるのです。
一方、EPAと呼ばれる自由貿易協定は、具体的に、まさに今日優れた価値を持つものです。残念なことに「自由」で「公正」な貿易に反する傾向が国際社会に広がりつつある中で、日・EUのEPAが設定しようとしている基準や規範は、自由貿易の発展を攻撃したり、阻止している勢力に対する防御と、自由貿易の付加価値を示したりする、まさに時代を象徴するものなのです。
日本とEUは自由貿易のチャンピオンです。私たちの経済規模、そして将来的により自由で拡大する貿易により、私たちが国際社会においていかに多くのことをできるかが、あらためて証明されることになるでしょう。
駐日EU代表部は日・EU双方の交渉官同士が円滑にコミュニケーションできるよう、交渉のチャンネル役を担ってきました。本年末までに可能な限り全ての条項を明確にし、合意に至れるよう最終的な交渉をサポートします。協定に合意すれば、日・EU関係は、私たちが期待する通りに前進することができるでしょう。EU内部の手続きなどもあり、協定発効は2〜3年後になるかもしれません。この2つの協定自体は非常に大きなものですが、合意に至る背景というものも、大きな意味合いを持っています。
政治と外交の分野では、日本の外務省とEEASの間で、アジアやアフリカの開発についての有益な協議があったことに言及しておきます。例えば「アフリカ開発会議(TICAD)」という日本主導の国際会議にEUも参加しています。北東アジアの動きに関しては、地域の危機、経済発展などについて国連の場での協議の可能性も含め意見交換をしています。
EPA交渉が進んだ背景には、日本とEUの関連機関との間で、地理的表示(GI)、鉄道、エネルギー、気候変動について、専門的な対話を行ったこともあります。その一つに、議会間の対話がありました。日本の国会議員と欧州議会の議員との間には、定期的な対話の場がありますが、その中でEPAがらみの特定の分野に関心が注がれました。それは、産業、自動車製造、製薬、農業などで、日本とEUの議員の助言と見解がプラスに働きました。
一方で、さらに活発化させたいのが学生交流の分野です。私は、もっと多くの日本の学生にEU域内への留学を促進するための助成プログラム「エラスムス・プラス」を通じて欧州に来て、その発展について勉強をしていただきたいのです。学術交流について言えば、来日以来、ほぼ毎年、EU学会の年次研究大会に参加するほか、たくさんのEUインスティテュート、EU協会などを訪れています。
日本各地にあるEU協会やEU情報センターなどの良きパートナーの仕事に非常に感謝しています。彼らが駐日代表部と連絡を絶やさないこと、そして互いの関心を刺激し合うことをぜひお願いしたいです。まさにそれは私たちが必要としているものなのです。
EUは、3月のローマ条約調印60周年記念祝典の瞬間から、その将来の形を強化するために考案された新たな道筋を歩み始めました。ご存じのとおり、記念日とほぼ時を同じくして、欧州委員会がEUの将来に関する白書を発表したのです。加盟国と加盟国首脳に、5つのシナリオを何の指示も加えずに提案し、EUの将来の姿を築く上でどれが望ましい行程となるか、検討してもらうというものです。
ほぼ1年前の昨年9月、英国がEU離脱を決定した後、同国を除く27加盟国が、当時EU理事会の議長国だったスロヴァキアの首都ブラチスラヴァに集まり、未来を考える決心をしたのです。これは、「ブラチスラヴァ・プロセス」と呼ばれ、5つのシナリオは、この決断の延長線上にあります。
将来のシナリオは、年末までに決めることになっています。私はこれをむしろ短期間だと思っており、そのプロセスの意味合いと複雑さを考えると、加盟国がいかに事の緊急性を認めているかが分かります。これは多くの政策や計画を伴う複雑な政治プロセスであり、日本の友人たちにもぜひ注視して読み解いていただきたいものなのです。まだ明らかになっていない部分が多々ありますが、日本のパートナーとしてのEUに、より一層自信を持てるようになっていくでしょう。
もちろん、私は(占いで使う)水晶玉を持っていませんが、欧州委員会の白書は言ってみれば水晶玉のようなものです。そこにはさまざまな統合の段階や、将来行われる欧州の政策や機関の複雑さが見てとれます。私には、今行われているこの未来のための熟考プロセスは、歴史的価値を持つものだと思えます。EUのこれまでの60年間と今は、大きく異なります。より複雑でより難しい。しかし、現在のわれわれには欧州レベルで賢い選択をすることができるEUがあります。
私は、『EU MAG』読者の皆さんに、今後欧州で起こることに注目し、英国脱退後の27カ国のEUについて、再評価の準備を進めていただきたいと考えています。私は東京で、政治家や議員の方々、また経済界の方々からの疑問、意見、考察に注意深く耳を傾けてきました。日本経済団体連合会の方々とも何度もお会いしました。彼らは英国脱退で起こり得る日本への経済的、金融的利害、影響について見解や分析を伝えてくれました。私は、それに対して、「ご懸念やお考えは分かりますが、むしろ一歩前に踏み出して、27カ国のEUと将来的により広がった関係を構築するような方策を考えていただいてはどうか」と申し上げました。
英国は、脱退交渉プロセスにおいて、EUの期待に応えて回答しなければならないことがたくさんあります。EUはこれまでに交渉について14の政策文書を発表しました。EU MAGの記事「英国のEU脱退をめぐって交渉がスタート」でプロセスとEUの対応をご紹介していますので、日本の読者の方々には、プロセスの技術的な面についてご理解いただくことを、強くお勧めします。
ご一読いただくと、非常に複雑な政治的プロセスであることが理解していただけるだろうと思っています。最終的には、このプロセスにより、英国がEUから秩序ある脱退、秩序ある分離を成し遂げることを私たちは望んでいます。また、このプロセスは、英国とEUの間に建設的で相互に有益な関係を築くのにも役立つでしょう。そしてわれわれは、英国の脱退が、EUが日本と築いた良好な関係に影響を及ぼさないことも願っています。
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