2013.10.25
FEATURE
日本と欧州の宇宙協力は多岐にわたっている。なんといっても特筆すべきはアリアンスペース社と三菱重工業との間で結ばれている、打ち上げバックアップ協定であろう。
現在、商業的に打ち上げられる人工衛星の数は毎年20基前後であり、日欧だけでなく、ロシア、インド、中国など、多数のロケットによる過剰供給状態である。そのため、不具合や技術的問題により打ち上げが困難になると、市場での信頼をなくし、シェアを失う可能性がある。
そのため、日欧のロケットの一方に不具合が起きた場合でも、速やかに他方のロケットで打ち上げられるよう、欧州の「アリアン5(Ariane 5)」ロケットと日本の「H2A」ロケットが互換性を高め、打ち上げ手順などの標準化などを進めている。限られた衛星の打ち上げ機会を奪い合うような厳しい競争が繰り広げられる世界で、こうした協力関係が結ばれるのは世界でも例がなく、日欧の宇宙協力の奥行きがわかる事例である。(パート3参照)
2015年に水星探査機打ち上げ予定の「ベピコロンボ(BepiColombo)計画」は、日本の宇宙研究開発機構(JAXA)と欧州宇宙機関(ESA)の二者間協力で進められているプロジェクトである。水星に関する科学研究は2011年に水星軌道に到達した米国の「メッセンジャー(Messenger)」という衛星があるが、まだ十分に探査されているわけではなく、ベピコロンボは、ESAが担当する水星表面探査機(MPO: Mercury Planetary Orbiter)と、JAXAが担当する水星磁気圏探査機(MMO: Mercury Magnetospheric Orbiter)の二機によって構成される、水星の磁場・磁気圏・内部・表層の総合解明を目指す、人類初の大型水星探査計画である。
また、このベピコロンボでは、小惑星探査機の「はやぶさ」で用いられたイオンエンジンを使うことで衛星に搭載する燃料の負担を軽減し、より効率的な探査を可能にするための日本の技術が生かされている。
このような大型プロジェクト以外にも、目立たないが重要な協力がなされている。そのひとつがJAXAとESAによる宇宙用部品分野での協力である。JAXAとESAが窓口となり、日欧双方の宇宙産業、とりわけ中小企業で優れた技術や製品を持っている企業の情報を共有することで、宇宙用部品の相互利用を目指す取り組みだ。さらに2013年に入り、部品だけでなく、材料分野での協力にも枠組みを広げることとなり、さらに日欧双方の宇宙協力が進められている。
また、地球観測分野でも、日欧の協力は進められている。日本が打ち上げた「ALOS(だいち)」は、東日本大震災の際には、東北から東日本各地の沿岸部を一連の画像として撮像し、災害対応や復興支援に大きな役割を果たした。このALOSの画像をESAが受信し、欧州各国に配信する「データノード(衛星からのデータの受配信拠点)」の役割を果たしている。
日欧協力はESAだけでなく、欧州各国の宇宙機関とも行われている。JAXAと仏国立宇宙研究センター(CNES)は定期的な情報交換の場を持ち、CNESが東京に事務所を構えるなど、常時、コミュニケーションが可能となっている。
ドイツの航空宇宙センター(DLR)も、2013年に東京事務所を開設し、日本との協力をより深めていく姿勢を見せている。DLRのヴェルナー長官(Johann-Dietrich Wörner)は研究者として日本に滞在していた経験もあり、日本との関係強化に積極的である。その一環として、JAXAが2014年度に打ち上げを目指す小惑星探査機「はやぶさ2」に、DLRが開発した小型の着陸機「MASCOT」を搭載予定だ。また、JAXAとDLRは災害モニタリングの技術開発でも協力している。
これらの宇宙機関同士の協力関係だけでなく、宇宙を巡るグローバルなガバナンスを確立するためのルール作りでも、日欧の協力関係は深まっている。2007年に中国が行った衛星破壊実験をきっかけに、宇宙空間に拡散しているデブリ(宇宙ゴミ)が稼働中の衛星に衝突し、その機能が失われるリスクが高まったとの認識が多くの国に共有されるようになった。また、2009年にはロシアの使用済み衛星がアメリカの商業通信衛星と衝突し、さらなるデブリを発生させたことで、より一層宇宙空間での衝突リスクが高まっている。
すでに多くの国が衛星を地球軌道上に配置して、長距離通信や衛星放送、気象予測や測位・ナビゲーションなどさまざまな分野で宇宙利用を進めている。こうした社会インフラとして不可欠となった宇宙からのサービスが、衛星とデブリの衝突により失われることは社会経済的に大きな損失を生み出すことになる。そのため、宇宙空間を安全に利用できるように、一定のルールを取り決める必要がある。
これまでも国連宇宙空間平和利用委員会(UNCOPUOS)で「デブリ低減ガイドライン」が採択されたり、国連総会第一委員会で専門家会合が開かれるなど、国連を舞台にルール作りが進められたが、これらは民生の利用のみに焦点を当てたもので、各国の防衛当局の宇宙利用を規制するルール作りにまでは展開できなかった。
そのため、EUがイニシアチブをとり、国連のジュネーブ軍縮会議(CD)に「宇宙空間の行動規範」を提出し、それをたたき台として民生・軍事双方の宇宙活動に関するルールを作ることが目指されている。このEUの提案にいち早く賛同を示したのが、日本とオーストラリアであり、米国もさまざまな事情で賛同することをためらっていたが、オバマ政権になってから前向きな姿勢となり、今ではEU、日本、オーストラリアと共に国際的な議論をけん引している。
EUが提案し、日本が支持する「宇宙空間の行動規範」は、すでに国連軍縮会議の枠組みを飛び出し、アジアにおいてはASEAN地域フォーラム(ARF)などの枠組みで、宇宙開発に関心のある国々を巻き込んで、規範形成を行い、オーストラリアと日本が共にリーダーシップを取っている。
また、2013年にはEUの外交機関にあたる欧州対外行動庁(EEAS)に宇宙・軍縮担当としてポーランドのヤツェク・ビリツァ大使が任命され、「EUの顔」として国際的なリーダーシップを発揮できるようになった。同年5月にはEUが議長となってキエフで60カ国を集めて「宇宙空間の行動規範」をめぐる意見交換がなされた。この際、日本は欧州諸国や米国などと共に会議をリードする役割を担い、日欧の協力によって会議は順調に進んだ。第2回の会合は本年11月にバンコクで行われる予定となっており、ここでも日欧の連携プレーによる、新たな宇宙のルール作りが進むものと思われる。
このように、日欧の宇宙協力は、JAXAとESAの技術的な協力から、アリアンスペースと三菱重工との産業連携、さらにはグローバルな宇宙空間のガバナンスにおけるルール作りへの協力と、多岐にわたっている。国境の無い宇宙空間での国際協力は不可避であり、必然である。米ソ宇宙競争に巻き込まれず、独自の宇宙開発を進めてきた日欧両極の協力は、21世紀の宇宙開発を前に進めていく大きな原動力となるだろう。
(執筆者 鈴木一人・北海道大学院大学教授)
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