「アクティブエイジング」という社会変革

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PART1

高齢化社会に向けたパラダイム転換

欧州連合(EU)は2012年を「アクティブエイジングと世代間の連帯のための欧州年(※1)と定め、高齢化社会への対応を抜本的に見直そうとしている。それは、若者が高齢者を支えるという従来の社会通念から脱し、老若共に支え合う社会へのパラダイム転換を目指すものだ。

背景:欧州社会を変質させる人口構成の変化

アクティブエイジング(Active Ageing)とは、生活の質を低下させることなく、社会参加を続けながら、年を重ねていくことを指す。言うまでもなく、社会の急速な高齢化とそれにともなって解決しなければならない経済・社会的問題が、アクティブエイジングを提唱する背景にある。欧州連合(EU)では、1985年に65歳以上の人口が5,930万人(全人口の12.8%)であったが、2010年には8,700万人を超え、約17.4%を占めるようになった。この四半世紀で4.6ポイント増加したことになる(表1)。

ちなみに日本は、65歳以上の比率が1985年には10.3%(男8.6%、女12.0%)だったが、2010年には22.9%(男9.7%、女13.1%)になった。1985年にはEU27カ国が日本より2.5ポイント高かったのに対し、2010年には逆に日本が5.5ポイント高くなっている(表1最下段)。日本に比べてEUの変化はより緩やかだが、高齢化は確実に進んでいる。

【表1】65歳以上の人口構成:2010年

総人口

(人)

65-79歳人口の割合(%)
80歳以上人口の割合(%)
男女計
男女計
EU加盟27カ国
501,101,800
12.7
5.7
7.0
4.7
1.6
3.1
ベルギー
10,839,900
12.2
5.6
6.7
4.9
1.7
3.2
ブルガリア
7,563,700
13.7
5.7
8.0
3.8
1.4
2.4
チェコ
10,506,800
11.7
5.0
6.7
3.6
1.1
2.4
デンマーク
5,529,400
12.2
5.8
6.4
4.1
1.5
2.7
ドイツ
81,802,300
15.6
7.2
8.4
5.1
1.6
3.5
エストニア
1,340,100
13.0
4.6
8.3
4.1
1.0
3.1
アイルランド
4,467,900
8.5
4.1
4.5
2.8
1.0
1.8
ギリシャ
11,305,100
14.3
6.4
8.0
4.6
2.0
2.6
スペイン
45,989,000
12.0
5.4
6.6
4.9
1.7
3.1
フランス
64,716,300
11.4
5.1
6.3
5.2
1.8
3.5
イタリア
60,340,300
14.5
6.5
7.9
5.8
2.0
3.8
キプロス
803,100
10.1
4.7
5.4
2.9
1.2
1.7
ラトビア
2,248,400
13.4
4.8
8.7
3.9
0.9
3.0
リトアニア
3,329,000
12.4
4.5
7.9
3.6
0.9
2.7
ルクセンブルク
502,100
10.3
4.7
5.6
3.6
1.2
2.5
ハンガリー
10,014,300
12.7
4.9
7.8
3.9
1.2
2.8
マルタ
414,400
11.5
5.1
6.3
3.3
1.2
2.1
オランダ
16,575,000
11.4
5.4
6.0
3.9
1.3
2.6
オーストリア
8,375,300
12.8
5.8
7.0
4.8
1.5
3.3
ポーランド
38,167,300
10.2
4.1
6.1
3.3
1.0
2.3
ポルトガル
10,637,700
13.4
5.9
7.5
4.5
1.6
2.9
ルーマニア
21,462,200
11.9
4.9
6.9
3.1
1.1
2.0
スロヴェニア
2,047,000
12.6
5.4
7.2
3.9
1.1
2.8
スロヴァキア
5,424,900
9.5
3.8
5.8
2.7
0.8
1.9
フィンランド
5,351,400
12.4
5.6
6.8
4.6
1.4
3.2
スウェーデン
9,340,700
12.8
6.1
6.7
5.3
2.0
3.3
英国
62,008,000
11.8
5.5
6.3
4.6
1.7
2.9
日本
128,057,000
16.5
7.6
8.9
6.4
2.1
4.2

資料:Eurostat、総務省統計局(EU統計は2010年1月、日本の数値は同年10月現在)
太字は、各項目の上位の数値とその国、EU加盟27カ国の合計と日本

欧州委員会の第3次人口動態報告書(2011年4月)によると、EUでは半世紀後の2060年に約30%が65歳以上になり、80歳以上の高齢者の数は、1990年の4倍になるという。この変化は欧州全域で起こるが、表1を見れば明らかなように、EU域内でも国によって、総人口と65歳以上の人口構成比に大きなバラつきがある。今からほぼ20年後の2030年の65歳以上の人口割合は、地域によって大きく異なり、10.4%から37.3%になると予測されている(※2)。一部の地域では高齢化がより早く進み、その影響が一層深刻な形で表れる、ということだ。

アクティブエイジング年という画期的な試み

昨今の予断を許さない経済・財政状況下にあって、従来の経済・社会モデルでは高齢化社会と取り組むことはできないことが明らかになった。年金、医療、そのほかの公共サービスを必要とする老齢人口の増大に伴って、これらのサービスをどう維持していくかは深刻な問題である。こういう危機意識の中で、EUは2012年を「欧州アクティブエイジング年」(略称。正式名称は前述)と定めた。団塊世代が大挙して退職する影響が表れる前に行動をとるために「アクティブエイジング」をEU全体で押し進めることにしたのだ。

アクティブエイジングの起源は国連の国際高齢者年(1999年)、第2回高齢化に関する世界会議(2002年)等に遡る。ちなみに国際保健機関(WHO)はアクティブエイジングを次のように定義している(※3)

“Active ageing is the process of optimizing opportunities for health, participation and security in order to enhance quality of life as people age.”

つまり、「健康の維持、家族や地域社会の営みへの参加、安心できる社会づくりのためのさまざまな機会を最大限に高めるプロセス」という意味だ。日本人はエイジングをもっぱら家族や個人の問題として捉えがちだが、ここにはより広い意味合いが含まれている。表2は65歳の人の平均余命と65歳以上の人が健康でいる年数およびその割合を示している。女性の平均余命の方が長いが、健康年数は男性の方が長い国も少なくない。なお、WHOやEUにおける「健康」は、単に身体的な状態を意味しない。社会的に家族・地域・社会ないし国に関わることができる状態を「健康」ととらえているのだ。

【表2】65歳の人の余命と健康年数:2009年

平均余命年数[A]
平均健康年数[B]
B/A (%)
EU加盟27カ国[a]
17.2
20.7
8.2
8.4
47.8
40.5
ベルギー
17.5
21.1
10.5
10.1
60.2
48.0
ブルガリア
13.8
17.0
8.4
9.1
61.1
53.8
チェコ
15.2
18.8
8.0
8.4
52.9
44.5
デンマーク
16.8
19.5
11.2
12.0
66.9
61.5
ドイツ
17.6
20.8
6.4
6.5
36.4
31.0
エストニア
14.0
19.2
5.5
5.3
39.0
27.7
アイルランド
17.2
20.6
10.2
10.5
59.1
50.8
ギリシャ
18.1
20.2
7.2
6.6
40.0
32.6
スペイン
18.3
22.5
9.2
8.4
50.1
37.1
フランス
18.7
23.2
8.8
9.2
47.0
39.6
イタリア [a]
18.2
22.0
7.3
6.8
40.4
30.9
キプロス
18.1
20.9
9.9
8.5
54.9
40.6
ラトビア
13.4
18.2
4.7
5.7
35.2
31.2
リトアニア
13.4
18.4
5.9
6.7
44.0
36.4
ルクセンブルク
17.6
21.4
10.8
11.4
61.5
53.2
ハンガリー
14.0
18.2
5.7
5.6
40.7
30.6
マルタ
16.8
20.6
11.0
11.2
65.7
54.4
オランダ
17.6
21.0
9.4
10.3
53.3
49.2
オーストリア
17.7
21.2
8.1
8.0
46.0
37.9
ポーランド
14.8
19.2
6.8
7.4
46.1
38.8
ポルトガル
17.1
20.5
6.6
5.4
38.4
26.6
ルーマニア
14.0
17.2
7.2
7.0
51.4
40.6
スロヴェニア
16.4
20.5
9.3
9.9
56.6
48.3
スロヴァキア
14.1
18.0
3.4
2.8
24.3
15.7
フィンランド
17.3
21.5
8.1
8.9
46.9
41.4
スウェーデン
18.2
21.2
13.6
14.6
74.8
69.1
英国[a]
17.7
20.3
10.7
11.8
60.5
57.9
日本
18.9
24.0

資料: Eurostat2012 table 1.5、厚生労働省  a. 2008年のデータ

2012年欧州年の目標

アクティブエイジング年は、アクティブエイジングを実現するための多くの事例を集め、提示することによって、年配者の社会貢献に対する関心を高め、人びとの意識を変革することを目指している。そして、政策立案者とあらゆる階層のステークホルダー(利害関係者)の意識を高め、欧州全域に社会革新の息吹きを取り込もうとしている。

どのような社会革新をもたらそうとしているのか。欧州年は3つの目標を掲げている。1)年配者とケアする人びとの生活の質を高め、2)ケア制度の持続性を高め、3)欧州の新しい成長とマーケットの機会を創出する――ことだ。これらの分野に資金援助と投資を促し、2020年までにEUの平均健康年数を2年伸ばすことを目指している。

この社会改革にとって、地方と地域の役割は決定的に重要だ。高齢者が自分のコミュニティで活躍するための多くのサービスは地方・地域レベルで供給されるからだ。社会全体の関与が求められる雇用政策、高齢者にやさしい交通機関や都市のインフラ整備、生涯教育と研修施設、高齢者の自立を後押しする健康と長期ケアのサービス等であり、その拡充が求められている。

「欧州2020」とアクティブエイジング

向こう10年間のEUの経済成長戦略を定めた「欧州2020」に掲げられた目標の多くが、実はアクティブエイジングの推進を土台にしている。高齢者がより長期にわたって働ける雇用機会を創出し、ボランティアやケアワーカーとして社会に貢献し、なるべく長い期間自立した生活を送れるような社会は、まさに経済成長を支えるからだ。

「欧州2020」の目標はスマートで持続可能で包括的な成長を達成することだが、その実現のためには欧州社会の高齢化に対応した解決策の開発と実施が不可欠だ。知識と改革に基づく経済(スマートな成長)、より競争力の高い省資源とグリーン経済(持続可能な成長)、社会的に高い雇用を生む経済と地域に根ざした結合(包括的な成長)の三本柱による発展を目指している。具体的には、「欧州2020」は2020年までに20-64歳人口の75%有職率を達成すること、貧困層と社会的疎外者を2,000万人以上減らすことを目標にしている。

スマートな成長は人びとがより長く働き、高齢者のためのサービスと製品を開発するマーケットを必要とする。持続可能な成長は公共サービスの加重負担を軽減し、人びとが健康で活動的に年を重ねられるよう後押しすることを必要とする。そして、包括的な成長は、高齢者の雇用機会の拡大と人生の質を保障しなければならない。

では、欧州アクティブエイジング年では具体的にどのような活動を展開しているのだろうか。その一部を以下に紹介する。(リンク先はすべて英語)

PEOPLE – Pan European Older People’s Learning and Employment network

年齢差別と闘い、高齢者の雇用を促進するEUのパートナー組織のひとつによるプロジェクト。教育・雇用分野における年齢層の多様性とその利点について調査をもとにプログラムを開発し、議論を通じて普及することを目指す。高齢者のための職業訓練や教育・学習プログラムの開発、経営者のための高齢者リクルートと安定雇用に関するアドバイスの提供、奨励活動も行う。

AWARE: Ageing Workforce towards an Active Retirement

移動体通信システムを利用した高齢労働者と退職後の活動的な人びとのためのネットワーク。高齢者のニーズに応じるSNSを活用し、独自のサービスを提供している。高齢者に配慮した職場環境の改善、高齢者が培ってきた業務知識や専門知識の共有、遠隔地の高齢者のための短期契約、情報通信技術(ICT)研修等を実施している。

ESF6 CIA – Facilitating the extension of working lives through valuing older workers

推奨される業務慣行や高齢労働力のマネジメントの多くが欧州社会基金(European Social Fund)のパイロットプロジェクトを通じて開発されている。今後の課題は、これらに対する資本投入と他の地域への普及である。EU加盟9カ国11地域と連携し、これらプロジェクト事例の普及と実施を推進している。

SEVEN – Senior European Volunteers Exchange Network (Co-funding: SVP)

シニアボランティアの交流を促進する29組織の国際ネットワーク組織によるプロジェクト。シニアボランティア交流の利点について調査を行うとともに参加組織が関連情報を入手し、パートナー探しを成功させるためのノウハウを提供する。シニアボランティアのプログラムについて5年以上の経験を有する非政府組織(NGO)、地方政府、大学、調査機関等が会員に名を連ねている。

SVPプロジェクトの詳細:http://ec.europa.eu/education/grundtvig/doc/svp09_en.pdf

Dialogue Between Generations: One Way to Solidarity

国際間の対話に関心のある若者を対象とする世代間の対話プロジェクト。若者と年配者の橋渡しを提供し、対話を制度化することを目指す。5日間の研修に10カ国から20人が参加、高齢者の経験に学ぶとともに、若者の知識、スキル、活力、ダイナミズム等について高齢者がコメントや意見を提供する。

Sen@er – Silver Economy Network of European Regions

北部ライン・ウェストファリア(ドイツ)を中心とする欧州9地域が合同参加するプログラム。社会の高齢化を「恐怖」としてとらえることなく、地域経済へのチャレンジ・機会と理解し、欧州の競争力を高めようとする試み。高齢層という新分野をターゲットにした新製品とサービスを開発し、マーケティング活動を展開する。

Multilinks – How demographic changes shape intergenerational solidarity, well-being, and social integration

欧州の多様な国々の社会統合や福祉、各年齢層、家族内の世代間の関係等に対する高齢化の影響に関する調査プロジェクト。特に、家族政策としての介護、現代家庭における世代間の連帯、労働市場における世代交代や性差問題と高齢化に注目する。世代間の連帯を目指し、どの世代も疎外されない政策を立案するための基礎資料を提供する。

[資料] AGE Platform Europe: How to promote active ageing in Europe

EY2012 National Event Poland (2012年2月8日) © European Union

EY 2012 Portugal Opening event (2012年2月28日) © European Union

(※1)^ European Year for Active Ageing and Solidarity between Generations

(※2)^ Committee of the Regions “Active ageing: local and regional solutions”

(※3)^ “Active Ageing: A Policy Framework” WHO 2002