2016.1.29
FEATURE
欧州連合(EU)の今後の外交・安全保障政策の指針となるグローバル戦略を、2016年6月の欧州理事会会合までにEUおよび加盟国の首脳陣に提示する、という命を受けたフェデリカ・モゲリーニEU外務・安全保障政策上級代表は、関連EU機関や加盟28カ国との調整作業はもちろん、外交専門家や研究機関、EU域外の関係国・機関との協議を続けている。また、インターネット上で市民からの意見も募り、幅広い視点からの戦略構築に努めている。
協議の土台として、直面している課題の現状と進むべき方向性を取りまとめた文書が用意されている。「安全保障・防衛」、「テロ対策」、「サイバーセキュリティ」、「エネルギー・気候問題」、「移民・難民問題」、「人道支援・経済的繁栄」の6つの政策分野に分かれており、グローバルな視点で外交・安全保障政策を考察できるようになっている(その他、地域ごとの課題もあり――紙面の都合で割愛)。以下、政策分野ごとの現状と課題を見てみよう。
EUの安全保障や防衛に関する対外的な活動は、共通安全保障・防衛政策(CSDP)に定められている。EU域外での紛争や危機に対して、軍事面と非軍事面の安全保障政策で構成するCSDPの包括的なアプローチの重要性は、さらに高まっている。その一方で、EU域内外で起こる危機からEU市民をどのようにして守るのか。EUは加盟各国が緊密に協調し、CSDPを現代の危機に則した形に強化し、国連や北大西洋条約機構(NATO)などの国際機関とさらに強固な連携関係を構築していく必要がある。
EU域内外で起こりうるテロや増える過激主義者に対し、EUは人権・多様性・信仰の自由を尊重していることを明確にする必要がある。また、パートナー国に対しては、司法・警察・インテリジェンス能力の強化を土台としたアプローチを取ることが求められる。テロ組織の温床は中東や北アフリカからアジアにかけて広がっており、急速に利用環境が拡大するインターネットがこれにさらに拍車をかけている。対テロ政策においてはテロリストや犯罪者のネットワークを断ち切ることが緊急の課題となっている。EUは域内外の安全保障政策を一元化した指針に沿って遂行し、加盟国間で包括的な情報共有システムを構築していく。
2030年までにインターネット利用者は50億人にまで膨れあがり、そのうち8割はモバイル通信を利用すると予測されている。ビッグデータ、データマイニング、クラウドコンピューティング、モノのインターネットなどは人々の生活の速度や形を変えていくだろう。デジタル経済の恩恵を受けるには、インターネット環境に存在するサイバー攻撃やプライバシー侵害といった脅威に対抗し、ネット上の自由と安全のバランスを見極めたサイバー政策が求められている。
外交・安全保障政策においてエネルギーと気候変動はいまや中心的な課題となっている。気候変動問題において、EUは2020年までに温室効果ガス排出を20%削減するという当初の目標を越える成果を出し、世界の規範となる指導力を示すとともに、2015年11月にパリで開催された国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)では歴史的なパリ協定の採択に貢献した。しかしながら、気候変動問題に比べてエネルギー政策は、EUが一つの声として発するのは容易ではない。エネルギーの需給バランスも地理上の位置もEU加盟国ごとに異なるためだ。EUは過去5年間にわたり、エネルギーの供給源と供給ルートの多様化を推し進め、エネルギー安全保障確立やエネルギー市場の統合などを目指す「エネルギー同盟 」の構築に注力。この分野におけるロシアや中東諸国との政治的なバランスを回復したい考えだ。
経済的格差や紛争、弾圧、気候変動などさまざまな要因が、国境を越えた人の移動を加速させている。EUは歴史的に移民や難民の受け入れに対して積極的な政策を展開してきたが、急増する人の往来は、経済発展に貢献すると同時に社会・安全保障面でいろいろな課題を生み、移民や市民権などに対する考え方を変えざるを得ないような状況を作っている。ジャン=クロード・ユンカー委員長率いる欧州委員会が掲げた、10の優先課題の一つが移民・難民問題である。移民・難民政策には、受け入れるEU側の域内政策はもちろん、移民・難民の出身国となっている域外の国々との貿易協定、またそれらの国々に対する開発援助や人道支援といった対外政策を適切に組み合わせた、計画的な政策の実施が欠かせない。
EUとその加盟国は開発途上国への人道援助の分野で、世界最大の支援を行っている。近年では、貧困撲滅に加えて災害リスクの低減や人道援助から開発協力への効率的なシフトといったことも重要な政策目的と定めている。一方、貿易に関してEUは世界80カ国にとっての最大貿易相手となっているが、貿易と人道援助や開発協力など対外活動に関わる分野が相乗効果をもたらす必要がある。
最後に、日本とEUの関係を見ておきたい。EUは、アジアを重要地域の一つと位置付けており、地域内での政治的な対立を回避するルールづくりを一貫して支援する姿勢をとっていく方針だ。その中で、EUが共に世界および地域の平和と安定を達成するための重要なパートナーとしているのが日本である。
日・EU間ではさらなる関係強化を目指し、2013年4月から、戦略的パートナーシップ協定(SPA)と自由貿易協定(FTA、日本では経済連携協定=EPA)の2つの協定締結に向けた交渉が進められている。SPAを、政治的、世界的および分野別課題において包括的に協力ができる拘束力のある協定とすべく、すでに10回の交渉会合が開催された。同協定では、日・EU間での一般的な協力方針を規定するとともに、人権や民主主義、法の支配といった基本価値と原則の確認がなされる予定だ。
並行して交渉が進むFTAの狙いは、日・EU間での関税および非関税障壁の撤廃や投資ルールの整備を通じて貿易投資を活発化し、互いの経済成長を促すことにある。2015年11月の金融・世界経済に関する首脳会合(G20)アンタルヤ・サミットの中で行われた安倍晋三総理大臣とユンカー欧州委員会委員長の会談でも、これら2つの協定交渉を加速化し、早期の大筋合意実現に向けて最大限の努力を払うことを確認している。
また、世界の日々の動きについても、日・EUは緊密な意思疎通を図っている。安倍総理とユンカー委員長は、アンタルヤでの会談で、直前に起こったパリの同時多発テロ事件について、同事件は日本とEUが守ろうとしている共通の価値に対する挑戦だと非難。国際社会の一致団結と両者の緊密な連携によるテロ対策の重要性を確認した。また、2016年1月6日の北朝鮮による核実験を受けて、モゲリーニEU外務・安全保障政策上級代表と日本の岸田文雄外務大臣はその日に電話会談を行い、事態が確認されれば、国際社会における北朝鮮の核兵器の製造と実験に関する重大なルール違反であるとともに、全北東アジア地域およびそれ以遠の平和と安定を脅かすとの考えで一致。国際社会が協調かつ統一した反応を示す必要性に合意するとともに、今後の対応について協議している。
このような両者の関係は、グローバル戦略の中でも変わらず、さらにSPAやFTAによって強化されていくことであろう。
2003年に採択された欧州安全保障戦略(ESS)から10年以上が経ち、激しく変化し続ける世界で起こる危機や問題に対して、対処療法的な政策だけではもはや十分とは言えない。EUは、各政策を幅広く包括し、一貫性のある指針となりえるグローバル戦略を追求していく必要があり、より良い戦略策定のためには、域外のパートナー国の考え方・見方を理解するの場を持つことも重要と考えている。これに関し、日本とは2016年春、東京で協議を持つ予定である。
グローバル戦略の日本語仮訳 (2016年12月16日 追加)
グローバル戦略 (英語)
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