2016.1.29

FEATURE

EU外交・安全保障政策のためのグローバル戦略

EU外交・安全保障政策のためのグローバル戦略
PART 1

グローバル戦略策定の背景と外交・安全保障政策の歩み

自身の外交・安全保障政策における重要な指針となるグローバル戦略の策定に向け動き出した欧州連合(EU)。PART1では、グローバル戦略の概要と進捗状況、さらに「今なぜ新たな戦略が必要か」に焦点を当てて解説する。

激変する世界情勢に対応するためのグローバル戦略

2015年11月にパリで起こった同時多発テロ事件は記憶に新しいが、テロのみならず気候変動、移民・難民、エネルギー問題、サイバーセキュリティといった地球規模の課題は、欧州連合(EU)を取り巻く戦略環境を大きく変えている。今日そして未来にわたって目まぐるしく変わる世界情勢に対応していくために、今後どのような優先事項の下で、どのような行動を取っていくべきなのか――。

2015年6月、フェデリカ・モゲリーニEU外務・安全保障政策上級代表は、世界の変化を分析した報告書「戦略的評価(Strategic Assessment)」をEUとその加盟国の首脳に提出。首脳らはこれを検討し、2016年6月までにEUの外交・安全保障政策の新たな指針を策定するよう、同上級代表に指示した。策定を担うモゲリーニ上級代表は、2014年11月に現職に就きEUの外務省にあたる欧州対外行動庁(EEAS)のトップを務めるほか、欧州委員会の副委員長を兼任し、幅広くEUの対外政策の調整を行っている。

モゲリーニ上級代表は、世界情勢の分析やグローバル戦略策定について説明し意見を聞くため、加盟国や域外国を回っている(2016年1月11日、プラハでの市民対話集会にて)  © European Union, 1995-2016

2015年6月提出の戦略的評価報告書は、世界情勢を以下の3つのキーワードで分析している。

戦略的評価報告書の情勢分析

A more connected world
グローバル化が世界的な繁栄をもたらした時代は過ぎ去り、大波のように国家をまたぐ人々の往来は、移民・難民問題、市民権のあり方、開発政策などについて考え直すことを余儀なくさせている。世界を接続したインターネットの発達は人々の生活を大きく変えたが、同時に金融犯罪、テロリズム、不法取引などの温床にもなっている。

A more contested world
世界は前例のない緊張下にある。ぜい弱な国家や統治されていない地が増え、イデオロギー・アイデンティティ・地政学的野心が、不安定や暴力を引き起こす緊張を駆り立てている。EUの東には経済・政治・エネルギーがぜい弱な隣国があり、北アフリカ・中東には統治不在の土地が犯罪やテロリストをはびこらせ、欧州やその他の国々の民主的な価値を否定するような動きもある。新しい技術の急速な発展が紛争の性質を変えている一方、人口動態変化、気候変動、広がる不平等もまたさらなる緊張を呼ぶ脅威である。

A more complex world
一つの国家が単独で統治力を発揮し、資本を有する時代はもはや過去のものとなりつつある。中国を中心とした新興国の成長に伴い、米国やEUを軸としたパワーバランスは相対的に弱まり、既存の国家に限らず国家群、非国家組織や多国籍組織へと世界各地でパワーシフトが起きつつある。また、権力構造は地域ごとの環境で異なる。新興国は第二次世界大戦後に構築された伝統的な多国間主義に基づく体制の改革を望んでいる。

欧州統合の進展と外交・安全保障政策の歩み

そもそもEUは、第二次世界大戦後の欧州に平和と繁栄をもたらし、以降の紛争を防ぐことを目的に創設された。その手段としてまず経済統合が進められてきたが、1993年のマーストリヒト条約(EUを創設した条約)発効で、EUの三本柱の一つとして共通外交・安全保障政策(CFSP)が規定され、外交政策においてEUが一つの声で発信し共通の行動が取れるようになった。

CFSPは国際協力および、国連憲章に基づく平和維持や安全保障強化などのためにEU域外で進める政策を定めている。またCFSPの枠組みの下、2000年に策定された共通安全保障・防衛政策(CSDP)により、EU域外の紛争地域などでの軍事的および非軍事的安全保障部門の行動を規定している。

EUは2000年に策定された共通安全保障・防衛政策の下、域外の紛争地域などで安全保障活動を行っている © European Union

これらの政策の実施のための指針として2003年12月に採択されたのが「欧州安全保障戦略(ESS)」で、ESSはテロリズムや、大量破壊兵器の拡散、地域紛争、国家破たん、組織犯罪の5つの脅威を世界が直面する危機と定める基本認識を示した。また、これらの脅威への対応にあたっては、軍事的・文民的安全保障政策にとどまらず、EUの対外政策全体を用いることとした。ESSが採択された2003年はイラク戦争が起こった年でもあり、EU域外での有事を想定した戦略として、ESSでは国連を中心とした効果的な多国間主義に沿った対応を提唱している。

リスボン条約で誕生したEUの新しい顔

さらに、2009年のリスボン条約(改正EU基本条約)は制度上の変革を行い、EUの外務大臣ともいえる「EU外務・安全保障政策上級代表」というポストとともにEEASを新設し、EUとしてより一貫性のある外交政策を可能とした。同時に、テロ対策や気候変動対策などの分野におけるEUの権限を明示するとともに、移民・難民政策の共通化が図られた。

リスボン条約でEUの外交政策を統括するため欧州対外行動庁(EEAS)と外務・安全保障政策上級代表のポストが新設された(写真左:ブリュッ セルの EEAS本部、右:モゲリーニ現外務・安全保障政策上級代表) © European Union, 1995-2016

世界の平和と繁栄に向けリーダーシップを発揮するEU

しかし、ESSが策定されて以降、世界はさらに様変わりした。EU加盟国間では総合的な戦略の必要性が議論され、2015年に全加盟国首脳の合意を得て、今回のグローバル戦略の策定がスタートした。EUが域内外の境界を越えてグローバルな課題に取り組もうとする姿勢は、半世紀以上前に欧州各国がEUの前身となる欧州経済共同体設立に動いたときの取り組みを想起させる。

国境を越えてビジョンを共有し、欧州全体の平和と繁栄を目指してきたEU。グローバル戦略を定め、世界の平和と繁栄に向けてビジョンを発信し、リーダーシップを発揮することは、まさにそのような歴史的背景を持つEUだからこそ果たせる役割にほかならない。PART2では、グローバル戦略策定に向けた取り組み、および同戦略との関連で日本との関係について解説する。

 

関連情報

グローバル戦略の日本語仮訳 (2016年12月16日 追加)

 

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