2021.5.19
FEATURE
2021年3月9日、EUは2030年までの10年を「デジタルの10年(Digital Decade)」とし、市民や企業などのデジタル技能や対応力を高めるための施策を推進すると発表した。インターネットの世界でEUの主権を確立し、人間中心で持続可能なデジタルの未来の実現を目指す「デジタルの10年」の取り組みの具体的指針である「デジタルコンパス」について、その背景と内容について説明する。
欧州連合(EU)のデジタル市場の課題として、世界の他地域と同様にGAFAなど米国の巨大IT企業のシェアが大きいことがある。特にクラウド部門は米国と中国の企業に依存している。EU域外の巨大企業の独占は健全な競争を妨げるだけでなく、データ保護・活用の観点からも懸念されている。
EUは、これまでもデジタル化を重要な課題として取り組んできた。ジャン=クロード・ユンカー前欧州委員会委員長(2014~2019年)はデジタル経済成長のために2015年に「欧州デジタル単一市場(DSM)戦略」を策定し、公正な競争ルールの下、消費者と事業者が、人・物・資本・サービスの自由移動の恩恵を等しく受けられるよう、デジタル化を推進する上での法律・制度・通信環境の整備を進めてきた。
ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長も優先課題の一つに「デジタル時代にふさわしい欧州」を挙げ、委員長の指揮の下、2020年2月に「欧州のデジタルな未来の形成(Shaping Europe’s digital future)」と題したEUの「デジタル戦略」を発表した。この戦略では、人間を中心に据えたデジタル技術の構築、公平で競争力のあるデジタル経済の成長、民主的で持続可能な社会への貢献、デジタル市場における世界的リーダーの地位確立などの目標が示された。
2015年 | デジタル単一市場(DSM) | EU域内のデジタル市場を統合することを目指す戦略 |
2016年 | クラウドイニシアチブ | クラウドを基盤としたサービスやデータインフラ整備の支援を推進 |
2018年 | 一般データ保護規則(GDPR) | 個人データの保護と管理のルールを定めた規則 |
2020年 | デジタル戦略「欧州のデジタルな未来の形成」 データ戦略 |
欧州のデジタルな未来の形成に向けた包括的な戦略とその施策 |
2021年 | デジタルの10年のための「デジタルコンパス」 | 2030年までのデジタル化に向けたビジョンと具体的指針(以下で説明) |
2020年には急速に世界に拡大した新型コロナウイルスによるパンデミックで社会は大きく変化し、さらなるデジタル化の推進が世界共通の急務となった。欧州では国際物流の停滞により、半導体部品の供給が不足するなど、EU域外への技術依存が浮き彫りとなった。
また、サイバー犯罪の増加やフェイクニュースが民主主義に与える影響など、新たな社会問題も発生している。コロナ禍はまた、デジタルツールの利活用を大幅に加速させる一方で、デジタル化が進む都市部とその他の地域との格差だけでなく、デジタル環境を最大限に活用できるビジネスとデジタル化が難しいビジネスの間にも格差を生み出し、新たなデジタルデバイドともいえる脆弱性が露呈した。
フォン・デア・ライエン委員長は2020年9月の施政方針演説で、EUのデジタル変革(デジタルトランスフォーメーション=DX)について2030年までの明確な目標を定める必要性を強調。これを受けて、欧州理事会(EU首脳会議)は2030年を見据えた野心的な目標を2021年3月までに設定することを欧州委員会に要請した。この政治的な後押しにより、これまでのデジタル変革への取り組みである、十分に機能するデジタル単一市場の構築が加速するとともに、「デジタル戦略」の下で着手されたデータガバナンスやデジタルサイバーセキュリティなどに関する政策の改革も加速した。
コロナ禍による劇的な社会変化への対応が求められる中、2021年3月に「デジタル戦略」を包括的なフレームワークとしつつ、デジタル変革を成功裡に推し進めるための具体的な目標を示した政策文書「2030 Digital Compass: the European way for the Digital Decade(デジタルの10年のための欧州の道筋『デジタルコンパス』)」が策定された。
EUは、オープンで相互に連結したデジタル世界において、自らのデジタル主権を確立し、人間を中心とした持続可能でより豊かなデジタルの未来を築くことを今後10年の目標としている。目標の達成は、EUの優先事項へのグリーンな未来にも寄与する。また、デジタル空間の脆弱性や域外企業への依存を打破し、投資を加速することも目指している。
これらを実現するための具体的な指針である「デジタルコンパス」は、次の4つの柱とそれぞれの数値目標を定めている。
スキル 市民のデジタルリテラシー向上と高度な専門家
デジタルインフラ 安全・高性能、持続可能なデジタルインフラの整備
ビジネス 企業によるデジタル技術活用
行政 公共サービスのデジタル化
また、「デジタルコンパス」ではこれらの目標達成の進捗状況を測るモニタリングシステムの準備も示されている。「デジタルコンパス」で掲げた目標の実現に向けて、コロナ禍からの復興支援策である総額6,725億ユーロの「復興・強靭化ファシリティ(Recovery and Resilience Facility=RRF)」予算の20%をデジタル関連の優先課題に充てることが決まっているほか、「結束基金(Cohesion Fund)」などの資金も活用できる。
こうしたデジタル変革推進の取り組みは、EUが「欧州グリーンディール」で掲げた「2050年までに域内の温室効果ガス排出ゼロ」という目標への貢献も期待されている。「デジタルコンパス」のビジネス面の目標に含まれるクラウド・AI・ビッグデータなどのデジタル技術の活用は、農業、輸送、製造、あるいは都市計画やサービスなど多くの分野でエネルギー使用量を最適化するといった方法で、温室効果ガスの排出量を削減して社会全体の環境負荷を大幅に縮小することが期待されている。
例えば、現在、世界で情報通信技術(ICT)業界が使用している電力は、総電力使用量の5~9%を占めている。また、世界で排出される温室効果ガスの2%がICT関連に由来し、増加傾向にあるという。今後何らかの対策を講じない場合、2040年までに14%まで増加することが予測されているが、EUの試算によれば、よりエネルギー効率の高いデジタルインフラの整備などで省エネルギー化を図ることで、温室効果ガスの排出量を大幅に削減し、世界全体の排出量を最大15%削減できる見込みだ。
また、AI、スーパーコンピューティング、ビッグデータなどの技術は、気候変動などの環境課題に対する効果的な政策立案への貢献も期待される。
「デジタルコンパス」のイメージ動画 Ⓒ European Union, 2020
デジタル変革は世界的な課題であることから、EUは「デジタルコンパス」の4つの柱に沿った国際協力にも取り組む。個人データ保護、人工知能(AI)の倫理的な活用、サイバーセキュリティと信用、ディスインフォメーション(虚偽情報)や違法オンラインコンテンツへの対策など、人間を中心に据えるEUの規範や基準をグローバルに共有するための規制協力を進める。また、デジタル・サプライチェーンの安全性やレジリエンス(回復力)の確保、次世代通信規格「6G」や量子コンピューティングの開発、気候変動などへの技術的対策を想定したグローバルなソリューションの獲得も目指す。
その実現に向け、米国との間ではデジタル分野における課題を議論する場として、「EU-US Trade and Technology Council(EU 米国貿易・テクノロジー評議会)」の創設を提案している。
EUは、人間中心のデジタル社会の実現には、欧州市民の権利と原則が現実の世界と同様にオンライン空間でも反映されることが必要であると考えている。そのため、全ての欧州市民が「デジタルコンパス」が目指すデジタル変革の進展の恩恵を享受するための枠組みとして「デジタル原則宣言」を、市民や全ての利害関係者を巻き込んだ公的協議を経て、2021年末までに策定することとしている。
また、関係機関との協議を通じて、2021年の第3四半期にデジタルコンパスを遂行していくための「デジタル政策プログラム」を提案することを目指している。加えて、EU世論調査(ユーロバロメーター)においても、オンライン上の権利、価値、願望の尊重に関するEU市民の認識を毎年調査していく。
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