2013.11.29
FEATURE
欧州委員会は2010年11月、新たな通商戦略「EUの2020戦略の中核要素としての通商政策」を発表した。これは2010年3月の欧州理事会(EU首脳会議)で合意したEUの新中期成長戦略である「欧州2020」の一環として提示された。2006年発表の通商戦略「グローバル・ヨーロッパ:国際競争への対応」に代わるもので、日本を含む戦略的パートナーとの関係について、自由貿易協定(FTA)を視野に入れた関係強化を打ち出している。
国際通貨基金(IMF)の推計によると、今後数年間に世界全体の需要の90%はEU域外で創出されるとみられる。こうした現実こそが、EUの域内企業がより開かれた市場機会を得るために、FTA交渉を進める主たる理由なのである。このため、EUはさまざまな国々とのFTAを通じて、二者間・地域間経済関係の強化を図っている。
2006年のEU通商戦略「グローバル・ヨーロッパ」は、中国やインド、ブラジル、ロシアなど新興国の台頭による経済のグローバル化の深化に伴い、通商政策への取り組みを見直したものだった。欧州経済と欧州の国際競争力強化を目指し、具体的な行動計画として世界貿易機関(WTO)ドーハ開発アジェンダによる多国間交渉を進める一方で、アジアを中心にFTA締結に向けた交渉推進を明確に打ち出した。この戦略では、関税だけではなく、非関税障壁、公的調達やサービス、投資、資源やエネルギーへのアクセス、知的財産権、競争政策、衛生・植物衛生、持続可能な開発――といった伝統的にはFTAの対象外だった分野も重視する姿勢を示した。
単位:百万ユーロ
EUへの輸入額 | EUからの輸出額 | 貿易総額 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1,791,727 | 100.0% | 1,686,774 | 100.0% | 3,478,501 | 100.0% | |||
中国 | 289,915 | 16.2% | 米国 | 291,880 | 17.3% | 米国 | 497,658 | 14.3% |
ロシア | 213,212 | 11.9% | 中国 | 143,874 | 8.5% | 中国 | 433,789 | 12.5% |
米国 | 205,778 | 11.5% | スイス | 133,341 | 7.9% | ロシア | 336,474 | 9.7% |
スイス | 104,544 | 5.8% | ロシア | 123,262 | 7.3% | スイス | 237,885 | 6.8% |
ノルウェー | 100,437 | 5.6% | トルコ | 75,172 | 4.5% | ノルウェー | 150,258 | 4.3% |
日本 | 63,813 | 3.6% | 日本 | 55,490 | 3.3% | トルコ | 122,961 | 3.5% |
トルコ | 47,789 | 2.7% | ノルウェー | 49,821 | 3.0% | 日本 | 119,303 | 3.4% |
韓国 | 37,861 | 2.1% | ブラジル | 39,595 | 2.3% | ブラジル | 76,685 | 2.2% |
インド | 37,295 | 2.1% | インド | 38,468 | 2.3% | インド | 75,764 | 2.2% |
ブラジル | 37,090 | 2.1% | 韓国 | 37,763 | 2.2% | 韓国 | 75,624 | 2.2% |
その他 | 653,993 | 36.4% | その他 | 698,108 | 41.4% | その他 | 1,352,100 | 38.9% |
出所:欧州委員会統計局(ユーロスタット)
2010年11月に発表した新通商戦略は、EUの2020年までの中期成長戦略「欧州2020」で掲げた「知識とイノベーションによる経済発展(賢い成長)」、「持続可能な経済成長(持続的成長)」、「社会的な包括と高雇用経済の推進(包括的成長)」という3つの目標の達成を目指す上で、成長戦略の対外的側面の不可欠な要素をなすものだ。ここでは、WTOでの交渉を成功させるとともに、インドやメルコスール(南米南部共同市場)(※1)とのFTA締結、さらに米国や中国、ロシア、日本など他の戦略的パートナーとの通商関係を深め、特に非関税障壁への取り組みに集中することなどを優先課題として明示した。
各国・地域との通商および投資の拡大は、EU経済を再活性化させる上で欠かせない条件である。最も楽観的なシナリオではあるが、現在交渉中の自由貿易協定がすべてまとまったとしたら、EUのGDPは2.2%増えることになる。金額ベースでは2,750億ユーロにもなる。これはオーストリアないしデンマーク規模の国がEU経済に加わることと同じ効果が見込める。雇用面で言えば、各国とのFTA交渉は220万人の新規雇用をもたらし、EU全体の労働人口を1%増やす成果をもたらす。
それを実現するために、EUはさまざまな貿易自由化交渉に取り組んでいる。すでに締結されたFTAや経済連携協定(EPA)、現在進行中および今後取り組むFTA、EPA交渉など、現在の交渉状況を整理してみると、以下のようになる。
アジアで中国に次いで2番目に大きな貿易相手国である日本とは、2013年4月からFTA交渉が始まり、10月までに3回の交渉会合が開かれた。日・EU貿易の現状およびFTA交渉の詳細は、Part2でご紹介する。
世界第2位の経済大国となった中国との間では、2012年2月にEU・中国首脳会議で交渉への関心が示され、2013年10月には投資協定締結に向けた交渉に入ることがEU内で承認された。11月21日に北京で行われたEUと中国の新指導部との最初の首脳会談では、双方が経済的および政治的な関係を高めていくことを確認した。現在、EUの対外直接投資の2.1%は中国で行われている。この投資協定がまとまれば、EU企業の中国市場への参入が改善されることになる。
現在進行中の交渉も多い。カナダとの間では、2013年10月、包括的経済貿易協定(CETA)の主要部分について政治的合意に達した。これはEUがG8内の国と結ぶ最初の自由貿易協定となる。これにより、EU・カナダ間の関税の99%が除去され、サービス、投資分野で新市場アクセスの機会が大幅に増えることになる。今後政治的合意に基づき、協定の条文作成作業などが行われる。
最大の貿易相手国である米国とは、包括的な通商・投資パートナーシップ協定(Transatlantic Trade and Investment Partnership=TTIP)に向けた交渉を開始している。1回目のTTIP交渉は2013年7月にワシントンでスタートし、交渉は双方の製品の関税や技術基準など20分野について行われた。
2回目の交渉は11月中旬、ブリュッセルで行われた。双方の交渉担当者が積極的に臨んだ結果、大いに前進が見られた。例えば、投資の自由化、金融サービスやテレコミュニケーション、電子商取引、規制問題などで交渉は前進した。3回目の交渉は12月16~20日にワシントンで行われる予定だ。ロンドンにある民間研究機関は、野心的で包括的な協定が米国との間で完全に履行された場合、年間で1,190億ユーロの経済的利益がEUにもたらされる、と分析している。
今後の成長が期待される東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国とは現在、シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイの4カ国とそれぞれFTA交渉を進めている。このうち、東南アジアでEUの最大貿易相手国であるシンガポールとは、2013年9月に合意に達したが、投資保護協定などの面でなお詰めの作業が続いている。2014年後半には協定が発効する見通し。シンガポールとの協定はASEANでは最初であり、アジアの主要貿易相手国の中では2011年7月に協定が発効した韓国に続き、2番目のFTA締結国となる。
EUとASEAN全体の貿易額は2012年で1,910億ユーロに上り、サービス貿易では2011年で510億ユーロに達する。欧州以外の地域では、ASEANは米国、中国に次いで3番目に大きい貿易パートナーとなっている。このため、EUは2012年を「アジアにおけるEU年」と位置づけ、経済・通商分野のほか、政治・安全保障分野でも関心を強め、アジアを重要なパートナーとしてとらえている。
このほか、EUは南部地中海地域の国々では、モロッコとの間で「深淵かつ包括的な自由貿易協定(Deep and Comprehensive Free Trade Agreement=DCFTA)」に向けた2回の交渉会合を終え、11月下旬に次の会合が予定されている。この協定がまとまればEU・モロッコ間の現行協定に基づく農産品や漁獲物などの貿易関係が強化できる。EUはモロッコを手始めに、同地域でチュニジア、エジプト、ヨルダンとも同様な交渉を行う。
10億人を超える人口を抱えるインドもEUにとって重要な貿易相手国である。そのインドとの貿易交渉は2007年から行われてきたが、すでに大幅に進展し最終段階を迎えている。
2000年に始まったメルコスールとの協定交渉は、2004年に一時中断したが、2010年5月から再開。2013年1月にサンチャゴで行われた閣僚会合では、同年の第4四半期までに商品・サービス・政府調達などの市場アクセスで提案を出し合うことで合意している。
EUはまた、アフリカ・カリブ海・太平洋(ACP)諸国との貿易関係を改定するため、7つの地域グループをカバーする交渉を2002年から行っているが、2008年に一足先にEPAを締結したカリブ海地域(CARIFORUM諸国15カ国)を除く他の地域とは、交渉がなお続いている。
一方、すでにFTAが締結された国々を見ると――。南米アンデス地域のペルー、コロンビアとはそれぞれ2013年3月、同年8月に協定を結んだ。また中米諸国では、コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、パナマとの間で連合協定(Association Agreement)が昨年12月の欧州議会で承認されている。
また、ウクライナとは2011年12月にDCFTA交渉が終了しており、さらにコートジボアール、カメルーン、ガーナなどとも暫定合意に達している。このように、FTA、EPAを含め世界全体では、約50の貿易パートナーとEUとの間で貿易協定や経済連携協定など多様な協定がまとまっている。
対象地域 | 国名・地域 | 発効時期 | 協定の名称・備考 |
---|---|---|---|
欧州 | スイス | 1973年1月 | 自由貿易協定(FTA) |
アイスランド | 1973年4月 | ||
ノルウェー | 1973年7月 | ||
トルコ | 1996年1月 | 関税同盟(CU: Custom Union) アンドラ、サンマリノもEUとCU締結 | |
EFTA諸国(スイスを除く) | 1994年1月 | 欧州経済領域(EEA: European Economic Area) EFTA(European Free Trade Association)加盟国とEUに加盟する28カ国が参加 | |
アルバニア | 2009年4月 | 安定化・連合協定(SAA) | |
セルビア | 2013年9月 | SAA | |
南部地中海・中東地域 | シリア | 1977年7月 |
|
チュニジア | 1998年3月 | ||
イスラエル | 2000年6月 | ||
モロッコ | 2000年5月 | ||
ヨルダン | 2002年5月 | ||
エジプト | 2004年6月 | ||
アルジェリア | 2005年9月 | ||
レバノン | 2006年4月 | ||
中南米 | メキシコ | 2000年10月 | 名称はEconomic Partnership, Political Coordination and Cooperation Agreement |
メルコスール | ― | FTA 2010年3月から再交渉開始 (MERCOSUR: 南米南部共同市場) | |
CARIFORUM諸国 | 2008年11月 | 経済連携協定(EPA) | |
アンデス諸国(ペルー、コロンビア) | 2013年3月 | AA、コロンビアとは2013年8月発効(他のアンデス諸国=エクアドル、ボリビアとの交渉も探っている) | |
サハラ以南アフリカ | 南アフリカ | 2000年1月 | Trade, Development and Co-operation Agreement |
東・南アフリカ諸国 | 2012年5月 | 経済連携協定(EPA) 暫定発効 | |
太平洋 | パプアニューギニア・フィジー | 2009年12月 | 暫定EPA、フィジーとは署名(未発効) |
アジア | 韓国 | 2011年7月 | FTA |
シンガポール | ― | FTA 2013年9月署名、投資保護の交渉は継続中 | |
インド | ― | FTA 2007年6月交渉開始 | |
マレーシア | ― | FTA 2010年10月交渉開始 | |
ベトナム | ― | FTA 2012年6月交渉開始 | |
タイ | ― | FTA 2013年2月交渉開始 | |
日本 | ― | FTA 2013年3月から交渉開始 | |
中国 | ― | 包括的投資協定交渉 2013年11月に開始 | |
北米 | カナダ | ― | 包括的経済・貿易協定(CETA) 2009年5月交渉開始 2013年末の決着めざす |
米国 | ― | 包括的通商・投資パートナーシップ協定(TTIP) 2013年7月交渉開始 | |
旧ソ連 | ロシア | ― | 現行のPartnership and Cooperation Agreement強化をめざした新協定の交渉が中断状態 |
ウクライナ | ― | DCFTA 2012年7月署名 |
(出所) WTO, List of all Regional Trade Agreements; European Commission,Overview of FTA and other Trade Negotiations updated on 25 November 2013などを基に作成
(※1)^ 加盟国アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラの6カ国、準加盟国チリ、コロンビア、エクアドル、ガイアナ、ペルー、スリナムの6カ国
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