2020.11.4
FEATURE
新型コロナの感染拡大で世界経済が大きな打撃を受ける中、EUは経済の立て直しを図るため、「復興基金」の創設を決めた。次期多年次財政枠組みと合わせた総額1兆8,243億ユーロに上る大規模予算を投じ、「グリーン」や「デジタル化」の推進を通して革新的な経済再建を目指す。
新型コロナウイルスの感染拡大は世界経済に大きな打撃を与え、経済協力開発機構(OECD)は、2020年の世界の経済成長率は2019年の3%から1.5%に低下する可能性があると指摘。また、国際労働機関(ILO)は、2020年第2四半期(4月〜6月)に世界の総就労時間が感染拡大前より14%減少し、4億人が失業したことに相当するという推計を発表した。欧州経済も例外ではない。特に経済的に脆弱だった欧州連合(EU)加盟国への影響は甚大で、欧州を持続可能な回復へと導くには公的・民間部門への多額の投資が必要だ。
一方、ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長率いる欧州委員会が2019年12月に発表した「欧州グリーンディール」は、経済成長と脱炭素政策を両立させるというEUの決意を示した戦略で、「2050年までに域内の温室効果ガス排出を実質ゼロ(気候中立)にする」という目標を打ち立てている。「コロナ後」の復興においてもその方針は堅持されているばかりか、戦略の重要性はさらに高まっている。
2020年5月、欧州委員会はコロナ禍からの復興を見据えて増強した総額1.1兆円ユーロ規模の次期(2021〜2027年)多年次財政枠組み(MFF)に、7,500億ユーロに上る復興基金「Next Generation EU(次世代EU)」を加えた予算計画を提案。基金によって調達する資金を欧州グリーンディールなどEUの長期的政策の推進を通した復興支援に充てることで、短期的危機に対応しつつ気候中立という長期的目標の達成に貢献しようというのだ。これだけの規模の財政支出は、EUでは前代未聞である。
英国脱退後の予算規模やコロナ禍での投資レベルをめぐって、加盟国間の足並みが乱れる中、特別欧州理事会(EU首脳会議)会合が7月に開催された。17日に始まった会合は、提案された復興基金の配分などをめぐって加盟国間の交渉が続き、2日間の会期予定を大幅に超える5日半に及ぶ協議の末、7,500億ユーロの復興基金「次世代EU」と1兆743億ユーロの次期MFFを合わせた包括的なパッケージで合意した。
EU各国の首脳が互いの立場の違いを乗り越え、最終的に合意を見たことは、EU全体が再び結束し、前進する上で大きな歴史的意義を持つ。シャルル・ミシェル欧州理事会議長は「欧州全体がかつてない困難に直面する中で、(中略)27のEU加盟国、そして欧州市民がこの長い道のりを走り抜き、強く、何より正しい結論を導き出すことができた」と成果を強調した。
「次世代EU」は返済不要の補助金3,900億ユーロと要返済の融資3,600億ユーロからなる。原資は欧州委員会が発行するEU名義の共同債権により市場から調達。「環境」や「デジタル化」など将来性のある分野への投資を通して、新型コロナ感染症拡大による打撃からの景気回復のみならず、次世代に向けた持続可能な経済への転換を目指しているのが特徴だ。
「次世代EU」の7,500億ユーロのうち、全体の9割弱にあたる6,725億ユーロは「復興・強靭化ファシリティ(Recovery and Resilience Facility=RRF)」として、新型コロナによる影響が特に甚大な加盟国に対する大型財政支援に充てられる。各国は改革および投資にかかる計画案を欧州委員会に提出して評価を受けるが、その際は経済効果だけでなく、「環境」「デジタル化」などEUの優先政策に沿ったものかも評価される。全体の7割が2021年~22年中に投じられ、残りの3割も2023年中には使われる予定だ。
次期MFFについては1兆743億ユーロを上限とした。デジタルや環境のほか、人の国際的移動と国境管理や、安全保障と防衛を含むEUが優先する7つの政策領域に対して配分され、2021~2027年の7年間で執行される。復興基金はこのMFFに特別予算として上乗せされる形となる。
「次世代EU」が「グリーンリカバリーファンド」とも呼ばれるのは、新型コロナ禍による経済への打撃からの回復を、2050年の気候中立の実現につなげようとしているからだ。次期MFFと「次世代EU」からなる予算の少なくとも30%を気候中立の達成に資する政策に活用するという目標が設定されている。これにより、当初懸念されていた「欧州グリーンディール」遂行のための資金確保に目処がついた。グリーン投資の分類・規則の策定など、着実にステップを踏んできた「欧州グリーンディール」の実現が見えたことで、パリ協定下でEUが目指してきた「2030年までに温室効果ガスを少なくとも40%削減(1990年比)」への道筋がついた。
EUは域内の次世代技術の標準化により、デジタル経済を大きく成長させて競争力を付けることを目指してきた。次期MFFでは、EUの研究・イノベーション支援の枠組み「ホライズン・ヨーロッパ(2021~2027年)」、域内の運輸・通信・エネルギー網整備に向けた「コネクティング・ヨーロッパ・ファシリティー」、サイバーセキュリティーなどのデジタル技術に投資する「デジタル・ヨーロッパ」、投資促進策「InvestEU」のほか、国際熱核融合実験炉(ITER)、欧州宇宙計画、人工知能(AI)などにMFFの約13%を投じる計画となっている。
また、「ホライズン・ヨーロッパ」や「InvestEU」には、次期MFFからの拠出以外に、「次世代EU」からも予算が配分されている。
「次世代EU」で注目すべきは、EUが共同債券を発行し、EUとして資本市場から調達した資金を加盟各国に分配する点である。債務の共有化に踏み切ることになった意義は少なくない。EU全体で借金をすれば結果的に他国の借金を肩代わりすることになると反対する加盟国もあったが、5月に入って中核国である独仏首脳が歩み寄り、実現した。これはEUの財政統合への一歩となりうるという見方もある。
欧州委員会が発行する債権はトリプルAという最高格付けを有しており、これだけの規模の債権が発行されれば、EUの資本市場の活性化にもつながる。また低コストで資金調達を実現できたことは加盟国の負担軽減にも貢献する。
「次世代EU」の債権は2021年~2026年に発行され、2058年末までに償還を完了する予定だ。
EUの重要な政策方針を推進する手段となる「次世代EU」は、グリーン革命とデジタル革命、財政革命を深化させるものであり、今後のEUの目指す持続可能な循環経済へのロードマップに深く関わってくる。フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、9月16日の施政方針演説で、市場から資金調達する復興基金「次世代EU」の総額7,500億ユーロ予算のうち、30%をグリーンボンド(環境債)で調達すると発表した。また、復興基金の37%は、水素活用、環境性能の高い建物、100万カ所の電気自動車充電スタンドといった「道しるべ」となるような欧州のプロジェクトを含む、「欧州グリーンディールの目標」に投じることも明らかにした。
さらに、2030年までの排出削減目標を現在の1999年比で40%から55%に引き上げるよう提案することも発表。55%という数字は他国に比べて突出したものだが、社会・経済・環境への包括的影響評価に基づいたものであり、実現可能だ、とした。また「次世代EU」の20%はデジタル分野に投資する。フォン・デア・ライエン委員長は「欧州はこれからデジタル分野で先頭に立たなければ、他者が進む道を追随することになる」と強調し、連結性、技能およびデジタル公共サービスなどにおける2030年までの明確な目標を有したデジタルな欧州に向けた共通の計画の策定を求めた。
また、パトリシア・フロア駐日EU大使は日本の有力紙に「新型コロナウイルス感染症後の世界はグリーンリカバリーを必要としている」と題する寄稿を発表。「時代遅れの炭素経済を固定するのではなく、21世紀にふさわしい持続可能で資源効率のある循環経済に投資する、一世代に一度の機会である」と資金を環境的に持続可能な経済活動に投資する重要性を強調し、日本とEUの協力を呼びかけた。
欧州理事会で7月に政治的合意を得た「次世代EU」と次期MFFは、現在欧州議会、EU理事会および欧州委員会の三者で協議されている。欧州議会は研究開発などEUの最重要プログラムへのMFFからの予算増額を求めており、2021年初めから速やかに新予算を執行できるよう、大詰めの協議が続いている。(11月4日時点)
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