2015.10.27
EU-JAPAN
本年6月、専門店やレストランで働くチーズのスペシャリスト世界一を決める「世界最優秀フロマジェコンクール」がフランスのトゥールで開かれ、日本でチーズ専門店の店長を務めるフランス人のファビアン・デグレさんが優勝した。「和」のテイストで勝負に挑み、見事優勝を勝ち取ったデグレさんに、コンクールの模様、さらに日本では聞き慣れない「フロマジェ」という仕事の魅力などについて話を聞いた。
フランスの中部、ロワール川渓谷に面し、ワインやチーズをはじめとする美食の文化が根付いているトゥール。ここで2年に一度開催されるチーズと乳製品の国際見本市「モンディアル・デュ・フロマージュ」の一環として開かれるのが、「世界最優秀フロマジェコンクール」。今回で2回目となるが、第1回大会では、日本の村瀬美幸氏が優勝を飾っている。
「フロマジェ」は、聞きなれない言葉だが、ワインでいえば「ソムリエ」、コーヒーでいう「バリスタ」というように、フランスではチーズ専門店などにいる販売のスペシャリストのことをそう呼ぶ。コンクールでは、チーズのテイスティングやカッティング、盛り付けなど、総合的なチーズの知識や技術を競い、優勝者は世界一の「フロマジェ」の称号を得ることになる。ちなみに、フロマジェはフロマージュ(フランス語でチーズのこと)を語源とし、チーズの作り手を指す場合もある。
今回、世界最優秀フロマジェコンクールで優勝したデグレさんは、都内を中心に展開する日本のチーズ専門店「フェルミエ」の愛宕店店長。日本では聞き慣れないフロマジェという仕事についてデグレさんは「お店に来るお客様にチーズの歴史や種類はもちろん、食べ方やお酒との組み合わせなどもアドバイスすること」と説明する。「ただの販売員みたいに思われるかもしれませんが、チーズと組み合わせるワインや日本酒などお酒にも詳しくないといけません。それぞれのチーズの美味しい食べ方、食材との組み合わせも知らないといけない。とても奥が深い仕事です」。
そんな奥深い仕事であるフロマジェ。その世界一を決めるコンクールの決勝戦は、今回、書類審査を通ったベルギー、イタリア、フランス、オランダ、米国、日本の6カ国からの12人で競われた。審査は、4種類のチーズの名前、乳種、熟成期間などを答えるブラインドテイスティング、時間内に4種類のチーズを大きい丸ごとの塊から250グラムずつに切り分けるカッティングのほか、各自が地元のマルシェ(市場)で購入した食材と持参した飾りを用いて完成させるチーズの盛り合わせ(プラトー)作りや、各自が選んだチーズを5分で紹介する口述試験など、実に9項目に上る。午前9時から約7時間に及ぶ長丁場で、精神的にも肉体的にも非常にハードなものだ。
今回デグレさんは、「和風のお皿や花瓶、竹を使ったりして日本を意識したデコレーションを考えました」と和のテイストを前面に出して闘った。さらに、口述試験で紹介するチーズには「さくら」という日本の農場で作られたチーズを持ち込んだ。「さくら」は、北海道新得町にある共働学舎新得農場が作っているチーズで、桜のシーズンにしかできない季節限定商品。チーズは桜の葉の中で熟成され、塩漬けの桜の花びらがトッピングされている。「見た目はよくある和菓子のようです。食べると食感がすごく良くて、花の香りが口の中にふんわりと広がります。このチーズを知っている審査員はほとんどいないはずなので、間違えたらどうしようと恐れることもなく、落ち着いて話せたのもよかったと思います」。
デグレさんの前に口述試験を受けた人は、持ち時間5分のうち、2分で打ち切られてしまった。緊張するデグレさんだったが、試験が始まると審査員から質問攻めとなり、終わってみれば持ち時間を15分もオーバーしていた。「当たったと思いましたね。コンクールは6月でしたので、日本をテーマにその季節に合うものを考えました。ヨーロッパは今日本ブームですし、審査員に日本人はいないと分かっていましたので、(日本のものは)受け入れられるのではないかと」。
デグレさんは2年前の初回大会にも出場しているが、初の国際大会出場というプレッシャーに襲われ、その時の成績は惜しくも3位入賞だった。今回「もちろん優勝は目指したが、3位以内に入ればいい」というリラックスした気持ち」だったという。最初の大会から2年間、同業者だけでなく、料理人などさなざまな人と会い、アイデアやアドバイスを受け猛勉強し、今回優勝を勝ち取った。コンクールの試験科目になっている「プラトー」の勉強のためにテグレさんがよく通ったのがデパートの惣菜売り場、通称「デパ地下」。
「デパ地下は、いろいろな食材が一度に見られますし、ケーキ屋さんのディスプレイはとても勉強になります。また、レストランも参考になりますね。日本の料理文化は素晴らしい。繊細で上品で、きめ細かい。フランス人の料理人は、あまり努力しませんが、日本の料理人は皆努力家で常に新しいことを考えています。素晴らしいと思います。90%のフレンチに10%の和食を加えるなど、和洋の融合が巧みです」。
31歳という若さでコンクールに優勝したデグレさんだが、幼少のころからチーズとの関わりは深い。実家は、祖父母の代からマルシェでチーズを販売しており、デグレさんも6歳のころから父親の手伝いをしていた。チーズをトラックに運んだり、お客さんにお釣りを渡したり。チーズのカッティングは中学生からやっていて、ワイヤーを含め数あるカッティングナイフのどれをどう使うかなど、自然とフロマジェに必要な技を身に付けていった。
幼少のころから習っていた柔道やアニメの影響もあって日本に興味を持つようになり、大学では日本語と経済学を専攻、卒業と同時に来日し、今の会社でフロマジェとして働くようになった。「どんな仕事でもよかったのですが、チーズに関わる仕事なら自信がありましたので、簡単なんじゃないかなと。でもそれは大間違いでした」とデグレさん。フランスのチーズには詳しい彼だったが、日本語のチーズ名を覚えるだけでも一苦労。お店の人たちに「なんでフランス人なのに、自分の国のチーズの名前を知らないのですか」と不思議がられることもしばしば。しかし努力と実力でアルバイト販売員から正社員、さらに店長にまで上り詰めた。
デグレさんが、今力をいれているのは「チーズ」と「和の食べ物」の組み合わせだ。日本酒にはハードタイプやウオッシュタイプ(外皮を塩水や酒で洗いながら熟成させたチーズ)が合わせやすいそうだが、驚くことにデグレさんは「フランス東部のジュラ山脈一帯で作られているフランスを代表する熟成ハードタイプチーズ『コンテ』には、秋田の地酒『雪の茅舎(ゆきのぼうしゃ)』が合います」と、具体的な銘柄の組み合わせまで研究している。また、フランスでは、チーズに海苔やシソを巻いて食べるのが流行っているという。
「日本人は常に新しい食べ方を求めていると感じてます」というデグレさん。「柿とブルーチーズも合いますね。もともと青カビのチーズは、洋梨と合わせるものですから、果物との相性がいいのです」と、食材との組み合わせの研究にも余念がない。
同じ国でもその土地によって多種多様なチーズが存在する。その理由は「土」だという。土の成分が違えば、そこに生える草花の成分も異なり、そうするとそれを食べる牛から出る牛乳の成分も味も異なるわけで、土地ごとに個性豊かなチーズが出来る。フランスだけでもチーズはおよそ1,000種類。地方によってさまざまな種類のチーズがある上、ここ数年は若手が新しいチーズの開発に積極的で、知らないチーズがまだまだたくさんある、とのこと。デグレさんは「だから、チーズは面白い」という。
フランス人が一年に食べるチーズの消費量は、1人あたり20〜30キログラム。これに対して日本人は10分の1の2キログラムしか食べていない。デグレさんをはじめ、日本のフロマジェたちの働きによって、日本人のチーズ消費量がフランス人に近づくのも夢ではないかもしれない。
プロフィール
ファビアン・デグレ Fabien DEGOULET
1984年フランス、ル・マンで生まれる。2008年フランス国立東洋言語文化学院(INALCO)卒業。同年来日、株式会社フェルミエ入社。渋谷店店長を経て、2014年より愛宕店店長。2015年第2回世界最優秀フロマジェコンクール優勝。趣味は空手をはじめとする各種格闘技。
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