2016.3.7

FEATURE

男女平等社会を目指すEU

男女平等社会を目指すEU
PART 2

欧州のワークライフバランス事情

欧州委員会は2015年12月、EU加盟28カ国とアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーの3カ国を対象にしたワークライフバランス(以下、WLB)に関する報告書※1を発表した。PART2では、同報告書から欧州のWLB、労働市場への女性の進出状況を中心に概観。

労働市場での男女平等とワークライフバランス実現の関係性

ワークライフバランスの向上は女性の社会進出を促進する  © European Union, 1995-2016

女性の労働市場への参画拡大と、男女双方のWLBの向上は大きく関連している。EUでは、WLBを推進するため、これまでに「出産休暇」や「育児休暇」に関する指令などを出し、市民が仕事と私生活・家庭生活の両立を可能にすることができるように努めてきた。EU加盟国は、指令に沿って法律の整備、労使間の労働協約、雇用契約によって、WLBの実現に必要とされている、①フレキシブルな労働形態、②充分な産休手当や育児休業給付金、③出産・育児休暇を母親だけでなくて父親も取る制度、④安くて信頼できる託児所の整備――を定めている。

 

仕事の柔軟性、育児休暇、雇用市場への女性進出などはどうなっているのか

ワークライフバランスに関する欧州委員会の報告書。クリックでダウンロードが可能

このようにWLBの取り組みが進む欧州だが、現状はどのようになっているのだろうか。

欧州委員会のWLBに関する報告書より、①仕事の「時間」と「場所」の柔軟性、②出産休暇、育児休暇、父親休暇、女性の雇用市場への進出――について各国の状況を紹介する。

仕事の「時間」と「場所」の柔軟性

報告書によると、労働時間の短縮は、条件の相違はあれども多くの国で認められている。それに対して、勤務時間帯や勤務日を労働者が自分で定めたり、仕事の場所を変更することは、まだあまり広まっていない。ルクセンブルクやポルトガルでは、育児中に限らず労働時間の短縮を受けられるが、その期間には明確な制限がある。オーストリア、ラトビア、リトアニア、スロヴェニア、スウェーデンでは、育児中の労働者は、子どもの年齢に応じて労働時間を短縮する絶対的権利を有すが、それ以外の労働者は労働時間短縮の絶対的権利はない。

ノルウェーの労働者は仕事に支障がでないという条件でのみ労働時間を柔軟に変更する権利がある。オーストリアでは、企業の大きさにもよるが、4歳から7歳の子どもを持つ労働者は、時間数を短縮するだけでなく、労働時間帯を変更する法的権利をもつ。また、オーストリア、ドイツ、オランダ、ルクセンブルクでは、労働時間の柔軟性は労使間の労働協約によって規制されている。

出産休暇、育児休暇、父親休暇

ブルガリア、スペイン、ハンガリー、ポーランド、ポルトガル、英国は出産休暇の一部を母親と父親が共同で取得することができるが、このような国は今のところ少数派であり、通常は、出産休暇を享受できるのは母親のみである。期間は14週間から52週間と、国によって大きな差がある。

出産休暇の取得可能期間、手当額、父親への譲渡の可否

国名 産休
期間 手当額 父親への産休の譲渡可否
EU加盟国 オーストリア 16週間(注1) 100% 不可
ベルギー 15週間 4週間は82%。その後75 % (給与額による上限あり) 母親が死亡したとき(注2)
ブルガリア 410日。子どもが2歳になるまでなら追加も可能 90% 子どもが6カ月以降
クロアチア 7カ月 26週間は100%。その後は一定額 14週間目以降
キプロス 18週間 80% 不可
チェコ 28週間 70% 不可
デンマーク 18週間 100% 母親が病気の場合
エストニア 140日 100% 不可
フィンランド 17.5週間 70% 不可
フランス 16週間 70% 不可
ドイツ 14週間 100% 不可
ギリシャ 民間企業では17週間。公務員は5カ月 100% 不可
ハンガリー 24週間 70% 不可
アイルランド 44週間 26週間のみ80% (給与による上限あり) 母親が死亡したとき
イタリア 5カ月 80% 母親が死亡、病気、あるいは親権を放棄した場合のみ(注3)
ラトビア 16または18 週間(注4) 80% 不可
リトアニア 18週間 100% 不可
ルクセンブルク 16週間 100% 不可
マルタ 18週間 14週間は100% 不可
オランダ 16週間 100% (給与による上限あり) 母親が死亡したときのみ(注5)
ポーランド 20-37週間。双子以上の場合は長くなる 100% 14週間目以降
ポルトガル 120-150日。さらに6週間の追加が可能 120日間給与の100% または150日間80% 6週間目以降
ルーマニア 126日 85% 不可
スロヴァキア 34、37週間または43週間。母親の未・既婚や子どもの人数によって変わる 65% 不可
スロヴェニア 105日 100% 母親が病気、あるいは親権を放棄したとき(注6)
スペイン 16週間 100 % 6週間目以降、あるいは母親が死亡したときのみ
スェーデン 14週間 80% 不可
英国 52週間 6週間は90% 。その後39週間は一定額(注7) 2週間義務的に母親が産休を取った後は可能
EU非加盟国 アイスランド 3カ月(その後、3カ月を両親で分割可能) 80% 不可
リヒテンシュタイン 20週間 80% 不可
ノルウェー 15週間 25週間給与の100%または45週間給与の80% 最初の9週間は譲渡不可

(注1)健康上の理由であれば延長可能
(注2)母親が入院中も含む
(注3) 親権をもっているのが父親だけの場合を含む
(注4)女性が医師の妊娠妊娠判定を受ける時期による
(注5)変更が予定されている
(注6)母親が未成年、学生、研修生の場合は祖父母に譲渡可
(注7)給与の90%額が、一定額より低い場合は一定額に引き上げられる
出典:Measures to address the challenges of work-life balance in the EU Member States, Iceland, Liechtenstein and Norway

父親休暇は、EU加盟国全体で平均しておよそ2週間だが、フィンランドでは54日、アイスランドでは3カ月、ラトビアとスロヴェニアでは1カ月。反対に、クロアチア、キプロス、アイルランド、リヒテンシュタイン、スロヴァキアでは、父親休暇は皆無。ブルガリアとルーマニアではそれぞれ15日と10日になるが、育児講習参加という条件が付けられており、不参加の場合は5日のみ。

休暇期間中の手当支給額や雇用保険から支給される休業給付額は、労働者のワークライフバランスを可能にするために決定的な役割を果たす。その金額が高く、また、休暇を男女間で各人の必要に応じて分け合う可能性が高いほど、労働市場での男女平等度は上昇する傾向がある。また、男女平等のパイオニアとみなされる北欧諸国においても、育児休暇の大部分を取るのはいまだに女性で、男性は、父親休暇を取るのさえためらいがちである。さらなる意識転換が期待されている。

女性の労働市場への参加

この報告書の調査から、仕事と家庭の両立施策が女性の労働市場参加の量と質に影響を与えたかどうかを結論付けられることができる点はあまりなかった。しかし、当然と言えるかもしれないが、女性のパートタイム労働※2と女性の労働市場参加度合いには、高い相関性が見られた。

男女別雇用率(20歳から64歳まで)

単位:%

2013年 2014年 Europe 2020目標
(合計)
合計 男性 女性 合計 男性 女性
EU 68.4 74.3 62.6 69.2 75.0 63.5 75.0
オーストリア 74.6 79.1 70.0 74.2 78.3 70.1 77.0
ベルギー 67.2 72.3 62.1 67.3 71.6 62.9 73.2
ブルガリア 63.5 66.4 60.7 65.1 68.1 62.0 76.0
クロアチア 57.2 61.6 52.8 59.2 64.2 54.2 62.9
キプロス 67.2 72.6 62.2 67.6 71.6 63.9 75.0
チェコ 72.5 81.0 63.8 73.5 82.2 64.7 75.0
デンマーク 75.6 78.7 72.4 75.9 79.5 72.2 80.0
エストニア 73.3 76.7 70.1 74.3 78.3 70.6 76.0
フィンランド 73.3 74.7 71.9 73.1 74.0 72.1 78.0
フランス(除く海外) 69.6 73.7 65.6 69.8 73.6 66.2 75.0
ドイツ 77.3 82.1 72.5 77.7 82.3 73.1 77.0
ギリシャ 52.9 62.7 43.3 53.3 62.6 44.3 70.0
ハンガリー 63.0 69.3 56.9 66.7 73.5 60.2 75.0
アイルランド 65.5 70.9 60.3 67.0 73.0 61.2 69.0
イタリア 59.7 69.7 49.9 59.9 69.7 50.3 67.0
ラトビア 69.7 71.9 67.7 70.7 73.1 68.5 73.0
リトアニア 69.9 71.2 68.6 71.8 73.1 70.6 72.8
ルクセンブルク 71.1 78.0 63.9 72.1 78.4 65.5 73.0
マルタ 64.8 79.4 49.8 66.3 80.3 51.9 70.0
オランダ 76.5 81.3 71.6 76.1 81.4 70.7 80.0
ポーランド 64.9 72.1 57.6 66.5 73.6 59.4 71.0
ポルトガル 65.4 68.7 62.3 67.6 71.3 64.2 75.0
ルーマニア 64.7 72.8 56.5 65.7 74.0 57.3 70.0
スロヴァキア 65.0 72.2 57.8 65.9 73.2 58.6 72.0
スロヴェニア 67.2 71.2 63.0 67.8 71.6 63.6 75.0
スペイン 58.6 63.4 53.8 59.9 65.0 54.8 74.0
スウェーデン 79.8 82.2 77.2 80.0 82.2 77.6 80.0
英国 74.8 80.4 69.3 76.2 81.9 70.6
アイスランド 82.8 86.0 79.5 83.5 86.5 80.5
ノルウェー 79.6 82.1 77.1 79.6 81.9 77.1
マケドニア 50.3 59.7 40.7 51.3 61.6 40.8
スイス 82.1 87.4 76.6 82.3 87.1 77.4
トルコ : : : 53.2 75.0 31.6

出典:eurostat Employment rate of people aged 20 to 64 in the EU up to 69.2% in 2014より

女性の労働市場参加率が高いトップ10のうち、オーストリア、デンマーク、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、英国の7カ国では、女性のパートタイム労働率についてもトップ10に入っていた。同時に、女性の労働市場参加の低さとパートタイム労働についても相関関係が見られ、クロアチア、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スロヴァキアは、女性労働市場参加とパートタイム比率の両方とも下位10の中に入っていた。しかし、ここで留意しなければならないのは、パートタイム労働の中身の質が、女性の労働市場における地位や給料を決める重要な要素となっていた点だ。

女性のパートタイム労働と女性の労働市場参加度合いには、高い相関性が見られる  © European Union, 1995-2016

報告書は、次のように総括している。①比較的長期で給付金の高い育児休暇と女性にとっての良い労働市場には正の相関関係が見られる、②育児休暇については、それぞれの親がバランスよく期間を分担しないと上限日数を取得できない制度が効果的である、③柔軟な勤務形態も女性の労働市場参加を推進する――。しかし、ここで気をつけなければならないのは、この点を、いわゆる「女性の職種」と呼ばれる、女性の割合が圧倒的に多いパートタイム労働※3と区別すること。

男女平等な労働市場におけるフロントランナーである国々においても、女性が育児休暇の大半を取得し、男性に与えられた育児休暇でさえもその取得率の伸びは遅い。このように、性差に基づいた期待というものを変えていくのは時間のかかるプロセスであろう。しかし、女性に負わされている育児コストを、彼女たちが労働市場から得られるものに対して総体的に下げていくことは、法的な施策で出来るのは確かだ。

 

女性への暴力撲滅に尽力するEU
女性に対する暴力は、伝統、宗教、政治的状況以外に、男女間での経済力の差、権利の違いを理由に起きる。EU では、ドメスティックバイオレンス(DV)、性的暴力、性的嫌がらせのほか、強制結婚、人身売買、性器切除、名誉関連の暴力も女性に対する暴力と定義付けている。被害を受けるのは当事者だけではない、その家族、友人、近親者、ひいては社会全体の発展を蝕むがゆえに、EUは女性に対する暴力撲滅に尽力してきた。

© European Union, 1995-2016

2012年のEU指令では、性差に基づいた暴力、性的暴力、DV被害者の擁護と支援、被害者の最低限の権利を定めている。2014年に発効した欧州評議会の条約(イスタンブール条約)は、女性に対する暴力およびDVの予防と撲滅に関する協定で、女性に対する精神的暴力、ハラスメント、身体的暴力、性的暴力、性的嫌がらせに対する法的拘束力をもち、予防、被害者の擁護と加害者の告訴に関する最低限の基準を定めたものだ。また、2015年1月11日に発効したEU加盟国内における暴力の被害者保護では、EU加盟国内では、暴力の被害者はどこの国に移動しても同じレベルの庇護を受けることができるようになった。

2014年、EU基本権機関(European Union Agency for Fundamental Rights、FRA)が4万2,000人の女性を対象としたアンケートの調査結果「Violence against women: an EU-wide survey」によると、15歳以上の女性のうち10人に1人は性的暴力、20人に1人はレイプの被害を受けたことがある。また5人に1人は身体的あるいは性的暴力を現在のパートナー、あるいは過去のパートナーから受けたことがあり、10人に1人は15歳以下のときに幼児愛(ペドフィリー)の被害に遭っている。しかし、現在のパートナーによる暴力を警察に届け出るのは、被害者のわずか14%。他人から受けた暴力を届け出るのも13%に留まっている。

このように告訴する女性が少なく正確な統計をとることができないことが、女性に対する暴力の特徴の一つであるが、同時に、統計結果の短絡的な理解にも注意すべきである。たとえば、フィンランド、スウェーデン、デンマークでの女性に対する暴力件数は統計上多いが、男女平等が進んでいるがゆえに被害届けを出すことをためらわない女性の率が比較的多いことも考慮に入れるべきであろう。

また、被害者が身を守るための司法システムに関する情報が市民の間に行き渡っていないことも、女性に対する暴力の特徴のひとつである。そのため、欧州委員会は「権利、平等、市民権2014年—2020年」というプログラムを立ち上げ、4億3,900万ユーロを拠出し、女性と女子に対する暴力に対する市民の意識を高めるためのキャンペーン、性器切除や名誉犯罪、強制結婚に対する予防運動をしている。

※1 ^ 「Measures to address the challenges of work-life balance in the EU Member States, Iceland, Liechtenstein and Norway」

※2 ^欧州で「パートタイム」という表現は、フルタイムに対するもので、「フルタイムより短時間」という意味。

※3 ^ このようないわゆる「女性の職種」と呼ばれるパートタイム労働についている女性は多くの場合、その仕事に必要とされるレベルをはるかに超える資格や能力を有しており、また結果として男女の賃金格差を大きくしている。

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