2017.12.13
FEATURE
英国のEU脱退に関わる条件や枠組みなどの交渉が始まって半年。本年12月8日には欧州委員会が、市民の権利、アイルランド・北アイルランドの対話、および分担金清算という3つの交渉優先分野を巡って十分な進展があったと結論付けるように、欧州理事会に対して勧告した。本稿では、これら3つの優先課題の背景について解説する。
英国の欧州連合(EU)脱退に向けた交渉は、本年6月19日の第1回交渉会合を皮切りに、これまで6回にわたって行われてきた。この中で大きな優先的な課題となってきたのが、(1)英国に住むEU市民、そしてEU域内に住む英国人それぞれの権利を保障し、継続すること、(2)アイルランドと北アイルランド(英国領)を巡る問題を解決すること、(3)EU脱退前に英国が支払うべきEU予算などの分担金を清算すること、の3つ。
EUは、これら3つの優先課題を含め、英国脱退により直接的影響を受ける人々や事柄に関する交渉で十分な進展があったと認めた後に、貿易協定をはじめとする将来の二者間関係を構築する交渉に移ると主張していた。
EU条約第50条(脱退条項)を法的根拠に現在交渉されている脱退協定は、在英EU市民と在EU英国国民の、双方の権利を直接左右する。
英国統計局の2015年のデータによると、英国内に住む同国以外のEU市民の数は約320万人(うち約200万人が被雇用者)に上る。一方、2015年の国連の統計データでは、EU域内に住む英国人は約120万人(うち約50万人が被雇用者)。EUは、労働者、自営業者、学生、年金生活者、その家族など、英国内のEU市民と、EU域内の英国市民は、英国脱退後も対等に扱われ、互恵性が保障されるべきだとしている。
守られるべきは、(1)市民およびその家族が居住する権利、(2)(雇用中の、または雇用後の求職者としての)労働者の全ての権利の維持、(3)EU加盟国からの学生と英国の学生が払う授業料は同額であること、(4)経済活動を行っていない人で十分な財力を持つ人は住み続けられること、(5)子どもたちの教育を受ける平等な権利、(6)医療費の補填、などである。
「市民の権利に関するEUの方針説明書(Position paper transmitted to the UK: essential principles on citizens’ rights)」はこちら。
アイルランドと、英国領・北アイルランドは、同じアイルランド島に国境を接して共存している。英国のEU脱退は、単一市場および関税同盟からの同国の離脱を意味し、アイルランド島には、加盟国と非加盟国の間で対外国境が生じることになる。
歴史的にも結びつきの強い南北アイルランド間では、現在、医療や環境、運輸、社会保障など100以上の政策分野において、協力が進められている。さらに、年間に延べ1億1,000万人が国境を通過し、毎日1万4,800人が通勤・通学で往来している。英国とアイルランドの国民は、「共通旅行地域(Common Travel Area)」制度の下、両国を自由に移動できることになっているが、もし英国のEU脱退によりこの共通旅行地域が維持されなくなると、これらの協力関係や利便性が失われる。
アイルランドと北アイルランドについての対話では、EUは第一段階として次の2つが目的として掲げられていた。まず、聖金曜日協定(ベルファスト合意)※1を全面的に守り、和平プロセスを保障し、アイルランド全島にこれらを実際に適用させること。また、「交渉指針」(下記リンクを参照)にも示されているように、共通旅行地域を維持するために、英国との間に政治的合意を形成することである。
第一段階で一定の進歩が見られた後、第二段階に入るが、EUは「欧州理事会交渉指針」(2017年4月29日付)で、「アイルランド島が置かれている独特な状況を考慮すれば、厳格な国境の設置を避け、なおかつEUの法的秩序の完全性を保全できるような、柔軟で想像力に富んだ解決方法を模索する必要になるだろう」と、解決への展望を示していた。
「アイルランドと北アイルランドの対話に関する基本原則(Guiding principles transmitted to EU27 for the Dialogue on Ireland/Northern Ireland)」はこちら。
全てのEU加盟国は、2020年までの多年次財政枠組み(Multiannual Financial Framework=MFF)※2を2013年に誓約し、2014年には、全加盟国が「独自財源※3についての決定」を採択した。これは、MFFの中で、加盟国からEUへの資金拠出を可能とする法的根拠となっている。この資金拠出があるからこそ、数百万人の農業従事者、研究者、起業家、地域事業者、学生、失業者、そして第三国諸国が、EUの予算で賄われる約70のプログラムに依拠することができる。
これらのプログラムは、以下のような分野に広がっている(カッコ内はプログラムの一例)。
● 研究とイノベーション(研究資金助成計画「Horizon 2020」)
● 交通・エネルギー・ITインフラの接続(欧州間インフラ整備施策「CEF」)
● 教育(第三国からの学生・学者への支援計画「Erasmus +」)
● 就職の機会(若者の雇用促進イニシアチブ「YEI」)
● 欧州企業の競争力向上(中小企業支援施策「COSME」)
● 地域開発
● 農業
● 対外政策と安全保障
● 人道・開発援助
英国は、脱退後もEUの各種プログラムの終了まで、それら全ての利便を享受できる一方、2014年~2020年の財政枠組みで行われているプログラムの未払い分担額と、EU債務の英国負担分、および脱退にかかる全ての費用を負担することが求められている。
また、英国は2019年3月29日(脱退予定日)をもって欧州投資銀行(EIB)および欧州中央銀行(ECB)の一員から外れることになるが、EIBの投融資による英国分の債務はそのまま継続し、英国のEU脱退時のEIBポートフォリオ残高の償却に沿って減額され、最終的には英国が払い込んだEIB資本金は返済される。またECBにおいても、EUは英国に対して払込資本金を返済することになっている。
各種基金や支援金制度については、EUは欧州開発基金、シリアやアフリカに向けたEU信託資金、トルコのための難民ファシリティ(支援金)など、第三国への資金的誓約を英国は全うすべきだとしている。
「未払い分担金清算に関する方針説明書(Position paper transmitted to the UK: essential principles on the financial settlement)」はこちら。
※1 20世紀前半にアイルランドが英国から独立して以来、英国領にとどまった北アイルランドで少数派のカトリック系住民が差別撤廃・アイルランドへの併合を目指し、プロテスタント系住民と衝突してきた。この紛争を解決するため、1998年4月10日の聖金曜日(Good Friday=受難日)に当たる日に、ベルファストにおいてアイルランド・北アイルランド・英国の三者の間で結ばれた和平合意
※2 EUとしての政策に長期的計画性を持たせ、歳入以上の支出をさせないための財政的な仕組み。MFFは、EUの政策の優先度を十分に考慮した計画性ある予算を組むため、最低5年間にわたって(現行は2014年~2020年の7年間)、毎年の予算の上限額を設定する
※3 全EU予算の約99%を占め、(1)EU域外国原産の輸入品に課される関税、ならびに砂糖課税(伝統的な独自財源)、(2)EU加盟各国で商品やサービスに課される付加価値税(VAT)の一定割合、(3)EU加盟各国の相対的な富裕度に応じて決定される分担拠出金、の3種類から成る。EU加盟国の国民総所得(GNI)のうち総額の1.23%を上限とする
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