2019.7.30

FEATURE

ジェンダーと政治的立場のバランスが取れた次期EU首脳人事

ジェンダーと政治的立場のバランスが取れた次期EU首脳人事

欧州委員会の新委員長候補に指名されたフォン・デア・ライエン氏(左)を称えるユンカー現委員長(2019年7月4日、ブリュッセル)
© European Union, 2019 / Source: EC – Audiovisual Service / Photographer: Etienne Ansotte

2019年は、欧州議会と欧州委員会の構成員が入れ替わり、主要機関の首脳が新しくなるEUにとって大きな節目の年だ。EU史上初めて、欧州委員会委員長に女性が選出されるなど、進みつつある首脳人事の現状と次期首脳・首脳候補の横顔を伝える。

欧州理事会で難航した次期EU首脳人事

欧州議会選挙(2019年5月23日~26日)後の5月28日、ドナルド・トゥスク欧州理事会議長は、加盟国首脳を集めて非公式夕食会を開催し、欧州連合(EU)の次期主要ポストの指名・選定プロセスを開始するにあたり、選挙結果を協議した。その後トゥスク議長は、6月20日、21日の欧州理事会会合で人事案を決定すべく、加盟各国の首脳および欧州議会の政党グループ代表との話し合いを続けた。しかし、欧州委員会委員長の候補指名に関して、市民の意思を反映するために2014年の前回欧州議会選挙から導入された筆頭候補制※1 では、合意に達することができなかった。二大政党グループの筆頭候補いずれもが全首脳の了承を得られなかったからだ。そのために協議は難航し、6月30日から7月2日の3日間にわたり断続的に開かれた特別欧州理事会の末にようやく、欧州理事会常任議長、欧州委員会委員長、EU外務・安全保障政策上級代表、欧州中央銀行(ECB)総裁の人選が決着した(各候補の紹介は後述)。

次期EU首脳の人選について、欧州議会本会議で説明するトゥスク議長(2019年7月4日、ストラスブール)
© European Union, 2019

2回の投票で決定した欧州議会議長

一方、2019年5月に改選された欧州議会では、選挙後初めて招集された本会議の2日目に当たる7月3日、欧州理事会が首脳人事で合意に達した翌日に新議長が選出された。これまで欧州議会(議員任期5年)では、中道右派の欧州人民党(EPP)と中道左派の社会民主進歩同盟(S&D)が、足して過半数を占める二大政党グループを形成し、慣習として任期が2年半の議長職に交代で党員を出してきた。ところが今次の欧州議会選挙では、親EU派が議席全体の3分の2を占めたものの、上記二大政党グループで過半数を取ることはできず、議長や欧州委員会委員長の選任もスムーズにはいかないだろうと予測されていた。

7月3日にフランス・ストラスブールの本会議場で行われた議長選挙では、S&Dのダービッド・サッソーリ議員(イタリア)、欧州保守改革グループ(ECR)のヤン・ザラディル議員(チェコ)、緑の党・欧州自由連合(Greens/EFA)のスカ・ケラー議員(ドイツ)、欧州統一左派・北欧緑左派同盟(GUE/NGL)のシーラ・レゴ議員(スペイン)の4人が立候補した。選出されるためには有効票の過半数を得票しなければならない。いずれの候補も第1回投票では過半数に至らず、第2回投票でようやく667の有効票のうち345票を獲得したサッソーリ候補が議長に選出された(投票結果についての詳細はこちら)。同職の任期は2年半で、サッソーリ新議長は2022年1月まで欧州議会を率いることになる。

選出後のスピーチでサッソーリ氏は「ここ数カ月間、EUの衰退を懸念する声が多く聞こえてきたが、EU市民は世界的レベルでのさまざまな賭けに対してEUを信頼していることを明らかにした」と述べ、市民とEUとの間の強い絆を強調した。

© European Union 2019 – Source : EP / DAINA LE LARDIC

ダービッド・サッソーリ David SASSOLI イタリア

1956年生まれ。ジャーナリストを経て、2007年にイタリアの民主党(PD)創設に参加。2009年より欧州議会議員を務め、今年で3期目。2014年から2019年まで欧州議会副議長を務めた。

女性初の欧州委員会委員長

続いて欧州議会は、7月15日からの第2回本会議で、EUの行政執行機関である欧州委員会の次期委員長の選出を行った。欧州委員会は本年秋に委員長と27人の委員が交代する。前述のとおり、委員長はEU条約第17条により、欧州理事会が欧州議会の選挙結果を考慮した上で、議会との協議を経て、候補を特定多数決で決定し、欧州議会に提案すると定められている。今回は、各政党グループの筆頭候補ではなかった、ドイツのウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相が候補に指名されたため選出が危ぶまれたが、7月16日の欧州議会本会議で過半数を取り(賛成383、反対327、棄権22―欠員を除く過半数は374票)、新委員長に選出された。本年11月にジャン=クロード・ユンカー現委員長から引き継げば、EU史上初めての女性の欧州委員会委員長の誕生となる。

なお、欧州理事会による新委員長候補の指名の採決に際し、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、フォン・デア・ライエン氏が自身の率いるキリスト教民主同盟(CDU)/キリスト教社会同盟(CSU)に所属していることで、同国で大連立を組む社会民主党(SPD)が反発することを懸念して棄権。しかし同首相は、フォン・デア・ライエン新委員長の選任に個人的に賛成の意を示した。

© European Union, 2019 / Source: EC – Audiovisual Service / Photographer: Etienne Ansotte

ウルズラ・フォン・デア・ライエン Ursula VON DER LEYEN ドイツ

1958年生まれ。ドイツのCDU副党首。同国の家族・高齢者・婦人・青少年相(2005年〜2009年)、労働・社会相(2009年〜2013年)を経て、2013年から国防相。

EUの政治的指針のかじ取りをする欧州理事会議長

以下、7月3日に発表された、欧州理事会による他の主要首脳人事を紹介する。加盟各国の首脳と欧州委員会委員長から構成される欧州理事会の常任議長について、EU条約第15条は欧州理事会が特定多数決で選任すると定めている。同職の任期は2年半で、1回に限り再任できる。今回はベルギーのシャルル・ミシェル首相が選出され、本年12月1日にドナルド・トスゥク現議長を引き継ぐほか、ユーロ圏首脳会議(ユーロサミット:ユーロを導入している国々の首脳会議)の議長も引き継いで兼任する。

© European Union, 2019 / Source: EC – Audiovisual Service / Photographer: Etienne Ansotte

シャルル・ミシェル Charles MICHEL ベルギー

1975年生まれ。ベルギー・ワーヴル市長(2006年)、同国の開発協力相(2007年~2011年)、改革運動(MR)党首(2011年~2014年)を経て、2014年からベルギー首相。

今後のEU外交を担う経験豊かな新上級代表候補

フェデリカ・モゲリーニ現EU外務・安全保障政策上級代表を引き継ぐ人選については、欧州理事会は欧州議会議長の経験を持つスペインのジョセップ・ボレル・フォンテジェス外相がふさわしいということで一致した。欧州委員会副委員長を兼務する同上級代表の正式な任命は、欧州理事会が次期欧州委員会委員長と合意した上で行う。また、上級代表は、欧州委員会委員長および他の委員と共に、新欧州委員会一体として欧州議会の承認を得る必要もある。就任は11月1日の予定。任期は5年。

© European Union, 2019 / Source: EC – Audiovisual Service / Photographer: Etienne Ansotte

ジョセップ・ボレル・フォンテジェス Josep BORRELL FONTELLES スペイン

1947年生まれ。2004年から2009年まで欧州議会議員(うち、2004年~2007年は議長)を務め、欧州大学院(イタリア・フィレンツェ)学長(2010年~2012年)、マドリッド・コンプルテンス大学経済学部教授(2013年~2017年)を経て、2018年6月よりスペイン外相。コンプルテンス大学では、EU法や欧州統合などを専門で教えるジャン・モネ・チェアの資格を付与された。

欧州経済に多大な影響力を持つ新ECB総裁

ECB総裁のポストについて欧州理事会は、クリスティーヌ・ラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事が適任であるとした。マリオ・ドラギ現総裁を引き継ぐ新総裁の正式な任命は、欧州議会およびECB理事会と協議した後、EU理事会の勧告に基づいて決定する。ECB総裁の任期は8年で、再任はできない。

© European Union, 2019

クリスティーヌ・ラガルド Christine LAGARDE フランス

1956年生まれ。パリで弁護士資格を取得後、国際法律事務所「ベーカー&マッケンジー」に入所。フランスの対外貿易担当相、農業・漁業相を経て、主要8カ国財務相会議(G8、当時)に参加する初の女性財務相(2007年~2011年)を務めた。2011年からIMF専務理事。

欧州の多様性とジェンダーバランスを反映

欧州理事会は、欧州委員会委員長、欧州理事会議長、および上級代表の選任にあたっては、加盟国の地理的、人口的多様性を尊重することが求められているが、今回はEUの主要ポストに女性2人と男性2人を選ぶというジェンダーバランスを考慮した選択がなされた。本年7月4日の欧州議会本会議で、トゥスク議長は「欧州は女性について語るだけにとどまらず、首脳陣に選んだ。これが多くの女性たちに意欲を与えることになり、自分たちの信念と情熱のために闘うための努力につながることを期待する」と述べた。

今後、9月にかけて欧州委員会の委員候補者リストが作成される。欧州委員会は、加盟国から1人ずつ、合計28人(現行)の委員で構成されるため、フォン・デア・ライエン次期委員長(ドイツ)とフォンテジェス次期副委員長(スペイン)を除いた国々から、担当委員が指名される。本年9月に、新委員長は加盟各国の政府と協議した上で委員を指名し、委員候補者リストを作成してEU理事会に提出する。EU理事会で同リストが承認されれば、今度は欧州議会が聴聞会を行い、各委員候補者が適任かどうかを審査する。その後、欧州委員会全体について欧州議会の承認を得た上で、新欧州委員会が11月1日に発足する予定だ。フォン・デア・ライエン次期委員長は男女同数のリストができることを望んでおり、また最高位の副委員長にフランス・ティーマーマンス氏(オランダ)とマルグレーテ・ヴェスタエアー氏(デンマーク)の男女2人――共に欧州議会選挙で欧州委員会委員長候補に挙がっていた――を指名する意向を表明している。

※1 欧州議会の各政党グループが欧州委員会委員長候補を擁立して選挙を戦い、最大勢力となったグループの候補が指名を獲得する仕組み。ドイツ語由来で、“Spitzenkandidaten process”と呼ばれている。EU条約では、「欧州理事会は、欧州議会選挙結果を考慮して委員長候補を指名する」と規定されている

関連記事
欧州中央銀行、次期総裁の任命に関する見解を発表 (駐日EU代表部発行 2019/07/25付 プレスリリース)
親EU派が多数を占めた2019年欧州議会選挙の結果 (EU MAG 2019年5・6月号 ニュース)
2019年欧州議会選挙について教えてください  (EU MAG 2019年3・4月号 質問コーナー)
EUの首脳人事はどのように決まるのですか?  (EU MAG 2014年9月号 質問コーナー)

更新情報
2019/08/01   関連記事を1本追加

人気記事ランキング

POPULAR TAGS