2013.9.11
EU-JAPAN
ランスタッド株式会社は、オランダで1960年に設立された総合人材サービスグループの日本法人。現在は75の拠点で事業を展開、国内で業界トップ10に入る企業に成長した。さらに上のトップ5入りを目指しているというマルセル・ウィガース代表取締役会長兼CEOに、その成功の秘訣、日本とオランダの雇用形態の比較などについて話を聞いた。
―創業からここまで事業を拡大できた御社の強みとは何でしょうか。
マルセル・ウィガーズ(以下MW) ランスタッド・グループは、“Shaping the world of work―人材サービスのリーディングカンパニーとして社会の発展に貢献すること”をミッションとして、世界40の国と地域で事業を展開する世界第2位の人材サービスグループです。私は、この業界で世界第2位の市場を持つ日本で法人を立ち上げるため、2004年に来日しました。準備期間を経て、2006年に最初のオフィスをオープン、創業時に従業員は10名に満たなかったのが、2010年にフジスタッフグループへの株式公開買い付けを発表、2011年の経営統合を経て、飛躍的に成長することができました。
私たちの日本での成功の理由は、3つあると考えています。まず、私たちは人材派遣事業、人材紹介、再就職支援や外部委託・アウトソーシングサービスまで、人的資源に関わるサービスを全般的に提供しています。また、多くの同業他社がホワイトカラー、ブルーカラーなど、特定の職種・業界に限定してサービスを提供しているのに対し、ランスタッドは総合人材サービスとしてクライアントの幅広いニーズに対応しています。
第2には、ランスタッドがグローバル企業でありながらも、地域に根差したサービスを大切にしていることです。国内各地域の事情、各業界・職種に精通したコンサルタントが、面談を通じ、地元企業のニーズに合わせるとともに、求職者個別の経験や関心を生かせるような仕事の紹介を行っています。ハード面(職種やスキル)とソフト面(性格やモチベーション)において企業と求職者がともに満足できるよう努めています。第3には、100%の法の順守(コンプライアンス)を徹底していることです。日本の労働法は大変複雑ですが、人材サービスをリードする立場として、社内の法務部門主導の下、全社を挙げて法令違反は一切許さないゼロ・トレランスを常としています。
―(海外のグループ会社にはまだない)日本法人独自の成功事例はありますか。
MW 日本の人材サービス業界には、世界水準と比較して非常に質の高いサービス、そして独自の成功事例があります。その一つが、人材サービスの枠に留まらず、クライアント企業の事業の一部が、私どもに外部委託(請負発注)される形態があります。例えば、コールセンターや組み立て製造といった後方業務の一部です。私たちは、働くスタッフの採用・導入研修を行い、運用体制を整え、人員管理、商品・サービスの質にも責任を持ちます。この請負・委託のサービスで、ランスタッド日本法人は成功を収めてきました。日本で実績を積んできたこのビジネスモデルを、運用管理手法、法的観点、人材育成手法を含めた成功事例として、海外においても導入が可能かどうか検討をしています。最近、ドイツからグループの同僚が日本での事業の様子を実際に視察に訪れ、検討を開始したところです。
もう一つの例は、再就職支援サービスです。企業が経営戦略の判断から組織改編を行う際、退職する社員の転職を支援するサービスです。ひとつの企業に長年勤めてきた方々が、早期に新しい活躍の場を見つけられる様、親身に向き合い、転職の道筋を一緒に検討、履歴書の書き方や面接のアドバイスを提供するとともに、積極的に労働市場の新規需要を開拓しています。再就職支援のサービスは海外でも個人レベルでの展開はありますが、日本での企業別、業種別のアプローチやサービスプロセスは他国からも注目されています。
―これまで最も苦労されたのはどのようなところですか。
MW 2006年に事業を立ち上げた時でしょうね。例えば日本人が、オランダの言葉も文化も知らず、人脈もない中、アムステルダムでビジネスを始めると考えてみてください。私の場合は、その逆、この国の言葉も文化も知らず、知り合いもほとんどいない状態でした。ですので、まずは日本で成功している日系、そして外資系企業の執行役員レベルの方々にアドバイスを求めました。ここには、外国人もいれば日本人もいましたが、誰もが口を揃えて言ったのは、「忍耐」をもって「継続」すれば成功するということでした。厳しい状況でも、すぐに結果を求めないということです。自分の経験を振り返ってみて、有益なアドバイスであったと実感しています。同時に、簡単ではありませんが、事業を立ち上げるにあたり、それにふさわしい従業員選びも、大切だと思います。
―日本の派遣労働事情について、オランダとどんな違いがあるでしょうか?
MW 両者の間には大きな違いがあると思います。まずオランダでは派遣を含む非正規での働き方は、どんなキャリアレベルでも一般的です。これに対して日本では、正規での仕事が見つからないから、といったようなどちらかというとネガティブな選択肢と考えられています。しかし、研究調査からも明らかなように、学生、女性、副業が必要な人など、個人的な理由または家庭との両立を理由に、柔軟な働き方を求める日本人は増えてきています。自分の実現したいライフスタイルのために、派遣やパートタイムという働き方を選ぶならば、それはポジティブな選択肢だといえます。
さらに大きな違いは、正規雇用と非正規雇用での給与の格差です。もちろん、責任範囲や担当業務により違いがありますが、オランダでは、同じ業務に携わる人であれば給与待遇にはさほど開きがありません。日本では30~40%またはそれ以上の差がありますが、オランダはほとんどないか、あっても10%以下です。このほか、オランダでは非正規雇用でも研修を受ける権利が認められていますし、何度かの更新を経て正社員に登用されることも一般的です。日本の労働者意識も変わってきてはいますが、まだ正規雇用者を中心とした制度が基本となっており、過度に正規雇用者が守られすぎていると思います。もう少しバランスを考えるべきではないでしょうか。
―アベノミクスと呼ばれる安倍政権の経済政策では、女性労働力の積極的な活用がうたわれています。
MW 私はこの動きを歓迎しています。日本社会の少子高齢化を見れば、女性を含めた多様な人材の活用は必要不可欠、賢明な判断なのではないでしょうか。他にも、欧州のように労働力として移民を受け入れる選択肢もありますが、日本では難しいでしょう。また、国内で十分な労働力が見込めないのであれば、企業は海外への移転も検討せざるを得ません。これは、明らかに望ましくない選択肢ですので、国内の女性やシニアの労働者の活躍の場を広げる事が最も理にかなっていることがわかります。当社をはじめとする人材サービス業は、こうした動きの中で、さらに多くの人々が労働市場に参加するための支援ができると考えています。
一方で、政府の方針として女性の活躍が推進されるだけでなく、実際に日本の主要企業が女性の積極活用に動きだしており、非常に喜ばしく感じています。例えば、日立は、2020年までに女性管理職を2.5倍に増やすことを目標として打ち出しています。
―日本とEU間では自由貿易協定(FTA)交渉が始まりました。期待することはありますか。
MW FTAは当社にとっても、市場全体にとってもプラスになると見込んでいます。実現すれば、輸出入拡大などの経済成長につながると期待されています。欧州でのGDP成長や雇用創出、日本企業においても輸出機会の拡大が見込まれています。FTAにより、日本と欧州諸国との交易が拡大すれば、バイリンガル人材や外国文化に通じた人材の需要も増大するでしょう。それは、人材サービス業を展開する私たちにとっても、大きな成長の機会となります。一つ期待をしているのですが、このFTAが製造業や農業部門だけでなく、今後一層重要となるサービス産業においても適用されていくとよいと思います。
―日本も欧州と同様、人口構成やライフスタイルが変わる中、これからの働き方はどうなっていくとご覧になりますか。
MW 少子高齢化は、労働力人口に大きな影響を与えます。一般的なスキルだけではなく、専門性のある高スキル人材も不足する時代が来ています。その不足を補うためにも、シニア層など現在働いていない方々の労働力人口への参画が不可欠となります。彼らは、終日働く正規社員よりも柔軟な働きかたを選ぶことから、多様な人材がライフスタイルに合わせて働くことが一般的になるでしょう。また、現在の非正規雇用は一般職が多いのですが、今後は専門職人材の不足が見込まれ、ITや医療部門、会計・財務、エンジニアといった専門職の派遣が増加すると見ています。
―ご自身は、ワークライフバランスをどのように実践していらっしゃいますか?
MW もともと私自身も、自分のライフスタイルとキャリアの実現のために派遣社員として働いていたことがあります。当時も、そして現在も、バイクにまたがり世界中を旅行してまわることがライフワークです。今でも、家族との時間を大切にしたいため、毎晩6時半には退社しています。
(2013年8月20日取材、撮影:花井 智子)
プロフィール
マルセル・ウィガース Marcel WIGGERS
1961年、オランダ・アムステルダム生まれ。ランスタッド・オランダ法人での派遣スタッフを経て、1985年にコンサルタントとして入社。イタリア法人の立ち上げなどにかかわった後、2004年に初来日、日本法人の立ち上げに従事。アジア地区担当マネージング・ディレクターを経て、2010年、フジスタッフホールディングスの合併・買収を成立させる。2011年2月より日本法人の代表取締役会長兼CEO。
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