2013.8.2
FEATURE
欧州では、オランダやデンマークなどの自転車利用先進国をはじめとし、近年ではパリやロンドンなどの大都市でも、自転車利用促進のための環境整備が急速に進んでいる。人と自転車、自動車などの共生を目指す欧州の環境に優しい街づくりを紹介する。
「土地が平らで自転車で移動しやすいアムステルダムやコペンハーゲンなどは、1990年代以前から自転車の利用率が高かったけれど、欧州の多くの国では90年代後半から、高齢化社会、環境問題を総合的に捉えた、持続可能な街づくりに積極的に取り組むようになりました」と語るのは、都市交通評論家の亘理章(わたり・あきら)さんだ。この10年余り毎年のように欧州各地を訪れ、「歩車共存」の街づくりの進展をリサーチしてきた。
欧州の主要都市で、高齢者を含めた「すべての人がストレスなく動ける都市づくり」を目指し、総合的な都市交通計画の立案と都市計画の見直しが進んできたきっかけとなったのは、欧州委員会エネルギー・運輸総局の施策「CIVITAS(City-Vitality-Sustainability/ Cleaner and Better Transport in Citiies)」だ。
2002年にスタートしたこのプログラムは、車依存社会からの脱却を前提に、歩行者、自転車、公共交通、そして自動車の順で「交通の優先権」を決め、それに従って「道路空間の再配分」をするという街づくりを促進している。その結果は、環境対策、また高齢者の健康維持・増進の手段としてのみならず、街の活性化にもつながる。
そのなかで、「自転車が戦略的に位置づけられていることも特徴です」と亘理さん。欧州の多くの都市が、「車を運転する人の目線とは全然違う、自転車利用者の目線」での街づくりや、自転車走行空間の拡充・整備に力を入れている」そうだ。
この10年で、約70都市がCivitasを通じて総額3億ユーロ以上の助成を受けている。欧州諸国の中でも、交通政策の比較的進んでいる諸都市(leading cities)と、(非EU加盟国も含めて)比較的遅れている諸都市(learning cities)がグループを組み、知識や経験を授受しながら施策を進める点が特徴的だ。
また、欧州の国々では1990年ごろより、都市部を中心に「ゾーン30」が導入されている。自動車事故抑止のため、市街地の住宅街など生活道路が密集する区域を指定し、その区域での車の最高速度を時速30キロに制限する交通規制だ。自転車走行空間を整備するにあたり、多くの都市がこうした速度規制を基に、車と歩行者、自転車との共存政策を展開している。
例えばドイツの主要都市では、2002年に策定された「国家自転車10カ年計画」(National Cycling Plan 2002-2012 Ride Your Bike!)で、自転車レーンを整備し、自転車の交通分担率をオランダ並み(27パーセント)にすることを目指し、かなりの成果を上げた。2013年1月からは新計画に基づき自転車利用のさらなる促進が図られている。
亘理さんは、毎年のようにドイツ・フランクフルトを訪れているが、「フランクフルトの中心市街地は都市公園で囲まれているのが特徴ですが、行くたびに公園が広がっていて景色が変わっているのが面白い」と言う。「マイン川河畔までつながるように公園が広がっており、また自転車レーンの整備も進んでいるんです」。
亘理さんのレポートを基に、欧州の大都市の中でも、比較的最近になって自転車の活用が飛躍的に進んでいるというパリ(フランス)とロンドン(英国)、そして先進的な自転車都市、マルメ(スウェーデン)の例を見てみよう。
本年のグリーン首都であるナントなどでは自転車利用の環境づくりが順調に進む一方で、パリは自転車の「後進都市」といわれていた。自転車利用に一気に勢いがついたのは、2007年にパリ市が導入した自転車共有サービス「べリブ(Velib)」のおかげだ。パリ市交通公団が中心になって、自転車レーンの整備、自転車推奨ルートの設定、べリブの普及・電動アシスト自転車の推奨などに取り組んでいる。現在では20,000台以上の自転車が配備されている。
パリの場合、まだ自転車の交通ルールや走行マナーを知らない利用者が多いこともあり、乱暴な扱いや事故による故障が多い。本格的な修理が必要な自転車は巡回車で回収され、セーヌ川とその護岸を活用する「修理専用船」の中で、6、7人の熟練工が修理するシステムになっている。
パリで自転車に乗るなら、お勧めの場所のひとつが、セーヌ川にかかるベルシー橋の真ん中を走る自転車専用レーンだ。地下鉄6号線の高架橋の下がアーチ型の柱で囲まれる自転車専用レーンとなっており、パリの素晴らしい風景を眺めながら爽快な走行が楽しめる。
目下のところ、個人の自転車保有率を引き上げるのが課題だが、問題は住宅の駐輪所の設置だ。パリ市内の古いアパートとそのコミュニティーには駐輪場がなく、いちいち自分の部屋まで担いでいかなければならないケースが多い。近年では、歩道の一部を活用して駐輪所を設置する動きが目立つ。
ロンドンの交通戦略で自転車が一気に大きな比重を占めるようになったのは、2005年7月に起きた「ロンドン同時爆破テロ」がきっかけだ。地下鉄やバスが爆破され56人が死亡、公共交通機関が止まった。その間、自転車が大活躍したのだ。また、英国では基本的に通勤手当がないために、自転車を活用すれば節約になるという意識も、昨今の自転車人気を後押ししているようだ。
現在では、中心市街地と近郊都市間を結ぶ「自転車スーパーハイウェイ構想」が進行中だ。ロンドンを世界で最も魅力的なサイクリストの街にしたいと意気盛んなボリス・ジョンソン市長は、この3月、さらなる大型プロジェクト(予算総額9億1,300万ポンド)を発表した。
ロンドンの東西を結ぶ約24キロメートルの「Crossrail for bikes」をはじめとする自動車専用レーン・橋の建設、道路案内標識を効果的に設置して郊外まで続く裏道の道路網「Quietways」の拡充など、現存の「スーパーハイウェイ」にリンクする総延長数百キロに及ぶ道路を、10年かけて整備しようというものだ。
「サイクリングが、(スポーツという目的だけでなく)、もっと自然に日常生活の一部になるようにしたい。普段着のまま、ひょいっと自転車に乗って出かけられるくらいに」とジョンソン市長は言う。女性や高齢者、移民などを含めた、あらゆる年齢層および人種の市民に、自転車に乗る習慣を定着させたい、と抱負を述べている。
マルメは人口28万のスウェーデン第3の都市であり、2000年に開通したオーレスン大橋で結ばれた隣国デンマークの首都、コペンハーゲンの「ベッドタウン」になりつつある。
2005年にCIVITASに参加し、「環境都市」を志向するとともに、「自転車の街」を目指している。欧州の多くの都市が、自転車と自動車の車線共有をベースにしているのに対して、マルメは「ゾーン30」の交通政策の代わりに自転車と車の分離政策を取り、自転車専用レーンの整備に力を入れてきた。
自転車レーン整備の特徴のひとつは、自転車通行量カウンターを設置し、それによってレーン幅を変えていることだ。また、中心市街地へ入る車の通行を規制し、自転車走行の安全を確保している。
こうした施策が効果を挙げ、総延長約490キロメートルに及ぶ自転車レーンが整備され、すべての交通手段の中で、自転車利用が25パーセントを占めるようになった。また、通勤などビジネス関係の移動に自転車が占める割合は、40パーセントだ。
自転車優先は、マルメの総合的な環境都市づくりの中核だが、2015年までには、市バスなどのすべての公共交通機関が、バイオガス、電気、水素燃料で走るようになることを目指すなど、さまざまな先端的な取り組みを実施している。
(本文中、パリ、ロンドン、マルメの写真は亘理章さん提供)
プロフィール
亘理 章 WATARI Akira
1947年北海道生まれ。慶應義塾大学法学部卒。トヨタ自動車入社後、調査部、広報部などを経て、IT・ITS企画部で、高度道路交通システム(Intelligent Transport Systems) を担当した。現在は都市交通評論家、早稲田大学電子政府・自治体客員研究員、NPOの自転車活用推進研究会理事。高齢化社会に向けた新しい都市交通の在り方について、研究・提言している。
CIVITASウェブサイト(英語)
パリ交通公団ウェブサイト(英語)
べリブウェブサイト(英語)
大ロンドン庁<Greater London Authority>ウェブサイト(英語)
ロンドン交通局ウェブサイト
マルメ市ウェブサイト
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