2012.8.1
EU-JAPAN
生活習慣においてもグローバル化が進む中、肥満や糖尿病は、先進国はもちろん新興国を含めた世界各国が抱える健康問題のひとつ。デンマークに本拠を置くノボ ノルディスク社は、約90年にわたり、インスリン製剤の開発で世界をリードしてきた。日本法人ノボ ノルディスク ファーマ株式会社のクラウス・アイラセン社長に、北欧の小国から糖尿病ケアのグローバルリーダーとなった秘訣や日本での事業展開について話を聞いた。
―グローバルに事業を展開するノボ ノルディスク社において、日本はどのような位置付けにあるのでしょうか?
クラウス・アイラセン(以下CE) ノボ ノルディスクはインスリンが発見されて間もなくの1923年に設立された、糖尿病ケアの分野における世界のリーディングカンパニーです。現在は世界中で約3万3,000人の社員を擁し、総売り上げは660億デンマーククローネ(約88.8億ユーロ)以上(※1)に達します。当社の製品は戦前から日本で販売され、1980年に日本法人が設立されました。現在、日本法人の社員は約1,000人ですが、その99%は日本人です。日本の一般の企業と同じように、毎年、新卒者を採用しています。要職に外国での経験を持つ人間がつくのは自然なことですが、それは必ずしもデンマーク人とは限りません。海外のポジションに日本人がつくケースもあります。
―この分野でグローバルリーダーとして成功している理由はどのようなところにあるのでしょうか?
CE 我々には世界共通の企業文化と価値観があります。世界のどこにおいても、我々の会社に入ればすぐに気が付くでしょう。基本としているのは患者さん1人ひとりを大切にする姿勢です。創業者のひとりの妻が糖尿病だったこともあり、患者さんが何を必要としているかを常に最優先に考えてきました。生活習慣や体質などによる2型糖尿病はある程度防げる病気です。我々は糖尿病と健康なライフスタイルに関する知識を広めることに努力しています。インスリン療法において旧来の注射器に代え、ペン型注入器というものを最初に考え出したのも私たちです。薬剤を吸い上げる形の昔ながらの注射器を使うのが患者さんにとって不便であり、心理的な負担が大きいことを我々は理解していました。そこで、今のようなペン型注入器が1985年に世界で初めて開発されたのです。国内をあちこち回っていると、例えばカフェで昼食を取っている人々の中に時々、ペン型注入器を取り出す人に気付くことがあります。ところが、私以外は、誰ひとり気付かないのです。こうしたことが、患者さんが普通と変わらない生活を送る上で、大きく役立っているのです。
―ノボ ノルディスクの糖尿病治療薬の売上げは日本でも安定した伸びを見せています。なぜでしょうか?
CE 幾つか理由があります。まずひとつは日本が急速に高齢化していることです。ただ、もっと大きい理由は、高脂肪食の過剰摂取と体を動かさないライフスタイルへと変わったことです。肥満の割合が急に増え、食生活も急速に変化しています。こうした要因から糖尿病の患者さんは日本でも増加し、その割合は経済協力開発機構(OECD)加盟国平均とほぼ同じレベルです。残念ながら、多くの人の身近に糖尿病患者さんが増えてきました。
その意味で、食生活を含め、日本人全般が糖尿病について高い意識を持っていると言えます。日本では肥満はそれほど大きな問題にはなっていません。日本にはまだ、一部の国で見られるような糖尿病の急激な増加を防ぐ抜本的な対策をとれるチャンスがあるのです。
―よりヘルシーな食事という意味で、伝統的な日本食に戻るのは糖尿病予防に役立つでしょうか。
CE そう思います。伝統的な日本食の方が健康的なことは間違いありません。現代の「ファストフード」が中心の食生活に比べ、ずっと脂肪が少なく、栄養面でも優れています。ただ、我々は今の現実、そしてまた人々の嗜好(しこう)を受け入れなくてはなりません。当社は糖尿病治療で90年近い経験があり、それに基づいた総合的な情報提供を行うことができます。
―具体的にはどのような糖尿病予防活動を行っているのですか?
CE 東日本大震災の後、当社は現地の医師たちや日本糖尿病協会とともに避難所で活動しました。食事や、狭い場所でいかに体を動かすかについて、被災者、とくに糖尿病の患者さん向けに健康管理の支援を行いました。
また、日本糖尿病学会や日本糖尿病協会を中心とした世界糖尿病デー実行委員会が行う「ブルーライトアップ」というキャンペーンに協賛しています。11月14日の世界糖尿病デーに、糖尿病の啓発のため、東京タワーやレインボーブリッジなど日本各地の代表的なランドマークを青くライトアップするのです。
―日本での業務で何か難しい事情はありますか?
CE 小国の企業として、当社は事業を展開するそれぞれの市場の状況を受け入れることに慣れています。これは我々の強みのひとつです。
ただ、一部で仕事はやりやすくなってきました。日本の医療制度における大きな課題のひとつは、欧米で使用されている薬が日本で使えるようになるまでに時間がかかるという、いわゆる「ドラッグ・ラグ」です。かつては海外で発売された新薬が日本市場に導入されるのは5年ないし6年、あるいは時には10年遅れでした。日本の規制当局と製薬業界、医療機関が連携しつつ努力した結果、そうした遅れが解消されてきています。2年前、当社の糖尿病の新薬のひとつ、ビクトーザ®は米国で承認されるよりも前に日本で承認されました。今後は欧州と日本、米国でほぼ同時に新薬を導入できるようになると期待しています。
―日本とEU間に自由貿易協定(FTA)が結ばれたとしたら、ノボ ノルディスクの事業にどう関係してきますか?
CE 私は在日欧州ビジネス協会(EBC)で活動してきており、またノボ ノルディスクは欧州製薬団体連合会(EFPIA)のメンバーです。EFPIAは日本とのFTAの協定の範囲を決める予備交渉(scoping exercise)にも関わって、革新的な薬に見合った制度が日本に必要だと主張しました。日本の薬価制度では価格は2年ごとに改定され、常に引き下げとなります。そのため、企業にとって新薬を販売する利点が減ってしまうのです。2年前、新薬については数年間価格を下げないとする新しい薬価制度が試験的に導入され、今年、その制度の継続が決定されました。これが恒久的な制度となるよう望んでいます。そうすれば、日本の患者のためになる新薬開発への投資がしやすくなるでしょう。
―企業の社会的責任(CSR)にはどのように取り組んでいますか?
CE 当社は我々が「トリプルボトムライン」と呼ぶ3つの側面に配慮した経営を行っています。つまり、財務面、環境面、そして社会に対しても責任ある行動を取ることです。環境面での責任は我々の経営理念の重要な一部です。2006年、当社はCO2排出量を2004年から2014年までの10年間で2004年比10%の削減を約束しましたが、2009年に前倒しで達成し、2011年、56%の削減を実現したのです。郡山工場では、主として省エネを通じてCO2を2005年のピーク時から43%削減することができました。これはデンマーク企業らしい一面と言えるかもしれません。デンマークでは今や風力がすべての経済活動において主要なエネルギー源となっています。現在、日本でもまさにこうした問題に関心が向いており、我々は日本でこれをさらにどう進められるか検討しているところです。
―ところで、日本には何年いらっしゃるのですか?日本の生活はいかがでしょう?
CE 通算11年以上になります。日本以外では米国やカナダ、それにデンマークの本社でも勤務しました。日本での生活はとても気に入っており、毎日を楽しんでいます。日々、好奇心をかきたてられ、何か新しいことを学んでいます。
当社は病気の治療の手助けを行っており、そのアプローチは世界中ほとんど違いがありません。もちろん、文化からくる違いなど、幾つかの点は考慮に入れる必要があります。恐らく一番大きな障害は文化より言葉かもしれません。
―日本の人々はデンマークについてどんなイメージを持っていると感じますか?
CE 例えば、タクシーに乗っていて運転手と話すときなど、寒いところだという以外にも、デンマークといえば社会福祉制度が思い浮かぶようです。皆さんデンマークについて大変良く知っているのには驚きます。医療保険制度や福祉国家といった面では、デンマークと日本には大きな違いがあります。ただ、社会的な意識は非常によく似ているのではないでしょうか。
当社は、本社を含め日本各地に55のオフィス、郡山には工場がありますので、出張の機会は多くあります。北海道に行くと、デンマークを思い出します。例えば、空港から札幌市内に向かうとき、周りの草木や匂い、雰囲気がとても似ていると感じます。
(2012年6月22日取材、撮影:花井 智子)
プロフィール
クラウス・アイラセン Claus EILERSEN
1957年、デンマーク生まれ。コペンハーゲン大学卒業後、デンマーク産業連盟勤務。1988年、米国ニューヨーク州のコロンビアビジネススクールで経営修士号(MBA)を取得し、同年ノボ ノルディスク社入社。コーポレートファイナンシャルプランニング担当副社長、カナダ法人社長などを経て、2005年に ノボ ノルディスク ファーマ株式会社代表取締役社長就任。
(※1)^ 1ユーロ=7.43デンマーククローネ(2012年5月欧州中央銀行発表公式レート)換算
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