2013.6.13
EU-JAPAN
NHK教育テレビ・ラジオのドイツ語講座でおなじみのマライ・メントラインさん。最近ではドイツ大使館が運営する日本の若者向けサイト「Young Germany Japan」や翻訳ミステリー専門誌に、欧州発ミステリーを紹介する日本語エッセーを連載するなど、エッセイストとしての活躍も目立っている。そのほかニュースの翻訳や、文学イベントでの司会・通訳、ドイツ語講師などさまざまな仕事をこなすマライさんは、自分の「職業」は「ドイツ人」だと公言している。その意図するところと、さまざまな仕事を通じて何を「発信」しようとしているのか、話を聞いた。
「日本とドイツがつねにうまくリンクする手助けをしたい」という熱い思いが、すべての仕事の根底にあると、マライさんは言う。「日本語ができるドイツ人、ドイツ語ができる日本人がいることはいても、直接交流する機会は意外と少ないんです」
そして、「お互いに抱いているイメージも、極端に走りやすい」。例えば、公共放送の第2ドイツテレビ(ZDF)(※1)の東京支局で翻訳の仕事もしているが、最近では日本の原発はどうなるのか、放射能はどうなっているのか、日本の政府はどんな対応をしているのかが日本に関する報道の大きな関心事であり、「痛い現実が見えてくる」内容になりがちだ。
第2ドイツテレビ(ZDF)では、最近、東日本大震災から2年目の福島の現状に関するルポで、日本語のインタビューをドイツ語に翻訳した
一方、ドイツの民放テレビが紹介する日本は、アキバ系文化―アニメおたく、ロリコン、メイド喫茶などが多いそうだ。それらに対し彼女は、「日本はもっと多面的だということを伝えたい。また日本人に向けても、『ドイツ人』の抽象的なイメージを変えるような、もっと親しみやすい人間らしさを伝えたい。ドイツには、クラシック、哲学、暗い歴史、ビールやソーセージ以外にも面白い文化があると伝えたい。今のドイツを知ってほしいんです」と言う。
日本についてのドキュメンタリーなどをドイツ語に翻訳するときは、ドイツ人に日本人の気持ち、日本の真実がちゃんと伝わるようにしたいという思いから、省略された言葉を補ったり、翻訳の言い回しをいろいろ工夫していると言う。そんなマライさんが日本語に興味を持ったのは、小学生の頃だ。たまたま漢字に出会い、「1つのシンボルに1つの世界」が含まれていることに魅せられた。
出身地のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の州都、バルト海に面する港湾都市キールから、初めて日本にやって来たのは16歳の時、兵庫県姫路の高校に1年間留学するためだった。そして、たくさんの「驚き」を体験した。
1日中スピーカーから流れてくる町内放送、体育の時間に必ずやらされるラジオ体操、生徒が発言できない「空気」の授業などに、最初はとまどった。しかも「田舎社会では、いつも自分が合わせなければならない」ことが多い。でも、そのうち「物事にはすべて、表と裏があって、全部が良くて全部が悪いということはないと学んだんです。例えば、ラジオ体操だって、最初は軍隊みたいで耐えられない、と思ったけれど、しっかりやれば、血流がよくなるということがわかった(笑)。早いうちに日本に来て、ドイツにいるときとは全然違う捉え方ができる経験ができたのは、よかったと思います」。
現在、埼玉県の高校でドイツ語の非常勤講師も務めているが、学校が設けているドイツへの2週間の留学プログラムに参加したいと進んで手を挙げる生徒は少ないそうだ。
「みんな『部活を休めない』とか言って、積極的じゃない。だから、ドイツの高校、家族の中で経験ができるのは今だけ、人生で唯一のチャンスだとアピールします。実際、ドイツに行って戻ってきた生徒はすごく変わる。ドイツ語に対して意欲的になるし、ドイツで日本についていろいろ聞かれても説明できなかったので、もっと日本について勉強しなくちゃと実感するようです」
ドイツを中心とする欧州ミステリ―に関するエッセーを書き始めたのは2年ほど前からだ。
「英米のミステリーでは描かれない、ドイツ・ミステリーならではの歴史観、国民性が描かれています。世界の見方の『ドイツ版』を紹介できたらいいなと思う」
もともと、ドイツでは「エンタメ」が軽視される傾向があり、読まれているミステリー小説などは、英米のものが多かった。そこで描かれているドイツ人のイメージは、「元ナチ、冷酷、頑固」など、ネガティブなステレオタイプが多かったが、プロットが面白い作品はドイツ人読者を獲得してきた。しかし10年ほど前に、スウェーデン人作家ヘニング・マンケル(※2)の社会派ミステリーがドイツでブレークして以来、ドイツ人のミステリーの受け止め方が変わってきた。
「私は北ドイツ出身なので、彼の描く南スウェーデンの社会の雰囲気はよくわかった」とマライさんが言うマンケル作品のブーム以来、ドイツ人作家による良質の社会派ミステリーが育ってきた。ドイツ・ミステリーには、第二次世界大戦がモチーフになっているものが多く、徹底的に過去と向き合おうとするドイツ人の姿勢の表れだという。
「ドイツ人は、小学校の時から第二次世界大戦のことを学びます。中学の時には、1年をかけて、関連の映画や資料をたくさん見て、ナチスはなぜいけなかったのか、徹底的に議論します。だから、若い世代でも、(大戦中のナチの行為に対して)申し訳ない、という気持ちがある。反面、自分たちは何も悪いことはしていないのに、という反動もありますけど。とにかく学生は政治の議論をよくしますし、みんな自分の意見をもっています。
(大戦中の出来事を扱った)ドイツ・ミステリーを日本に紹介することで、この戦争は決して過去の話ではない、今を生きる自分たちにも関係するのだということを伝えたい」
日独の「リンク役」を担いたいというマライさんだが、欧州連合(EU)市民としては、どんな自覚があるのだろうか。
「EUは、文化、習慣、歴史、偏見を超えた上のレベルで、みんなが一緒になったら何ができるか、みんなの生活がどう変わるかという実験みたいなものです」と彼女は言う。
「ドイツはど真ん中に住まない限り、隣国が多い。私の場合は、例えばハンブルクよりもデンマーク、スウェーデンのほうが近い。だから、週末にどこかドライブしようというときは、デンマークの美術館に行こうか、という話になります。かつては国境でパスポートを見せたり、(車の)トランクのチェックがあったりしたけど、今はそれがなくなって、緊張感もなくなった。旅行者として楽しいし、一般人として隣国の人と接しやすい」
彼女が卒業したボン大学(※3)には、オランダ人の学生なども多く、「みんなで、電車でオランダに行ったり、車でフランスに行ったりしました。そんな経験を通じて、世界って思っていたより広い場所だな、違う文化がすぐ隣にあるな、と実感できた」そうだ。
日本にも、豊かな異文化がある、とマライさんは強調する。
「日本は大学や企業が東京、大阪に集中しているのが残念です。日本国内のそれぞれの町、地方に、まったく違う、面白い異文化があると認識してほしい。日本人はみんな『同じ』じゃないことを、まず体験してほしい。日本を1つのヨーロッパと考えてみたらいいのではないでしょうか。小さな国がたくさんあって、一緒になっている。東京に来て、方言も消え、ローカルなアイデンティティーをなくして『無国籍』になっていくのはもったいない。まず自分の国の中で異文化体験をして、世界に出ていけばいいのでは」
最後に、今後挑戦してみたい仕事はあるか聞いてみると、少し考え込んでから、「将来は大人のためのマンガを翻訳してみたい」という答えが返ってきた。「ドイツ人は、マンガは子どものためだけのものだと思っている。そんな硬いドイツ人の頭を柔らかくしてあげたい。私が今はまっているマンガは、『天才 柳沢教授の生活』です。人間とは?どう生きるべきか?そんな哲学的問題が詰まっています。こういうマンガを翻訳して、ドイツ人に紹介したい。小説なら、宮部みゆきの作品を訳してみたい。日本人の心、日本人の考え方がわかりやすく伝わります」。
プロフィール
マライ・メントライン Marei MENTLEIN
ドイツ最北に位置するシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。1999年~2000年兵庫県立姫路飾西高等学校留学、2004年~05年、文部省奨学生として早稲田大学留学、2008年、ライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ボン卒業。NHK語学番組 『テレビでドイツ語』『まいにちドイツ語』に 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌にエッセー「北緯54.2度の本棚を飛び出す」を連載中。
(※1)^ マインツを本拠地とする公共放送局で、ヨーロッパ最大のTVネットワーク。ドイツで最も歴史のある放送局で、さまざまな番組を放送するほか、ドキュメンタリー番組専門チャンネルや、映画専門チャンネルも放送している。
(※2)^ 日本でも「刑事ヴァランダー・シリーズ」が刊行されている。
(※3)^ ドイツにおける高等教育機関のリーダー校のひとつであり、国際化に重点を置き、世界130カ国から集まった留学生が、総学生数の15%を占める。学生数は約3万人。
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