2013.12.26
Q & A
オンブズマンとはもともと、1809年にスウェーデンで誕生した、行政に対する苦情申し立て制度です。議会の付属機関として設置された行政監督官が国民の権利を保護する観点から政府諸機関や地方自治体の行政を監視する責務を担ったのです。第二次世界大戦後、名称は異なりますが、デンマーク、英国、フランスなどでも同様の制度が整備されてきました。
欧州全体の枠組みとしては1974年9月、欧州共同体(EC)(当時)において欧州人民党(※1)が政策文書の中で共同体オンブズマンの設置を示唆したのが最初です。以来、欧州議会で検討が重ねられ、1993年11月に発効した欧州連合(EU)条約(マーストリヒト条約)で欧州オンブズマン(European Ombudsman)の設置が定められました。
マーストリヒト条約は、欧州オンブズマンは欧州議会が任命すると定めたため、欧州議会の欧州委員会ほかEU諸機関に対する権限は強化されました。欧州オンブズマンは、職務の遂行に際して任命権者の欧州議会を含めEUの諸機関や加盟国政府などから完全に独立して、なおかつ公正に行動しなければなりません。
また、欧州オンブズマンへの不服申し立ては「EU市民権」の一部であり、すべてのEU市民が申し立てできるようになったことで、「市民に近い欧州」の実現が近づいたとも言えるでしょう。
条約の発効を受け、欧州議会が初代欧州オンブズマンとしてヤコブ・ソーデルマン(フィンランド出身)を任命したのが1995年。その事務所は、欧州議会の本会議が定期的に開かれるストラスブールに置かれました。任期は、欧州議会議員の任期と同じ5年で、再任も可能です。現在は、3代目としてエミリー・オライリー(アイルランド出身)が職に就いています。オンブズマン事務所では約80名のスタッフが働いています。
EUの機能に関する条約第228条によれば、苦情の申し立てを行う権利があるのはすべてのEU市民、および加盟国内に居住する個人(自然人)または事務所を登記する法人です。EUの諸機関または専門機関などの活動において不当な行政行為(過謬行政=maladministration)があった場合、欧州オンブズマンに直接あるいは欧州議会議員を通して、不服申し立てをすることができます。ただし、EU司法裁判所の司法的権限の行使に対する申し立てはできません。
欧州オンブズマンは直接もしくは欧州議会を通して受け付け登録された苦情申し立てについて、まず、申し立てに根拠があり欧州オンブズマンが所管すべき事例かどうかを判断します。取り上げるべき申し立てと判断された場合に限り、調査を行います。また、欧州オンブズマンは申し立てがなくても自らの判断で自主的に調査を開始することができます。
2012年には、2,442件の不服申し立てが登録されましたが、その内740件(30%)のみが調査の対象と判断されました。対象外になった案件は、その理由をインターネットなどで説明し、「オンブズマン欧州ネットワーク」(European Network of Ombudsmen――加盟国や地域のオンブズマンのネットワーク)のメンバーや欧州議会の請願委員会といった、EUの行政を監視する権限を有する他の機関に回されました。
調査の結果、不当な行政行為があったと認められた場合、まず調査結果が当該機関に送付されます。当該機関は3カ月以内に欧州オンブズマンに対して申し立てに対する見解を回答する必要があります。回答を受けて、欧州オンブズマンは報告書を作成し、欧州議会および当該機関に提出するとともに、申立人に対しても申し立てられた言語(EUの全公用語24言語のひとつ)で通知します。
登録された2,442件を国別で見ると、件数では、スペイン(340件)、ドイツ(273件)、ポーランド(235件)と人口の多い国が上位を占めています。一方で、EU機関の数とその職員の数が多いベルギー(182件と件数別で4位)やルクセンブルク(人口1人あたりの登録件数で1位)なども申し立て件数が多くなっています。
欧州オンブズマンは、2012年において、465件(前年比18%増)の申し立てに対し、調査を実施しました。対象となった機関は、多い順に欧州委員会245件(52.7%)、欧州人事選考局(European Personnel Selection Office)78件(16.8%)、欧州議会24件(5.2%)、欧州対外行動庁14件(3.0%)など。また申し立ての内容は、諸機関の法令遵守に関するものが129件(27.7%)、その他、情報不足58件(12.5%)、公平性48件(10.3%)、決定の遅滞37件(8.0%)、文書の開示請求31件(6.7%)などでした。
欧州オンブズマンが、2012年中に調査を終えたのは、法人による申し立てが56件、個人からのものが324件、また、欧州オンブズマンの判断で取り上げたもの10件の、計390件(前年比23%増)でした。調査期間は平均11カ月で、3カ月以内で解決された案件は32%、12カ月以内が69%、18カ月以内で解決したのが79%と長期化する問題もあります。
上記表にあるとおり、390件のうち80件(21%)は苦情申し立ての対象となった当該機関によって改善されるか、和解の合意がなされています。197件(51%)は当該機関などからの回答の内容が十分であり、さらなる調査・報告は不要とされました。76件(19%)は不当な行政ではなかったと判断されましたが、その内30件については当該機関の今後の任務執行には改善が必要だとする追加的な意見を欧州オンブズマンが提出しています。
56件(14%)は欧州オンブズマンによって不当な行政であったと判断されました。その結果、2012年に9つの当該機関が欧州オンブズマンの勧告案の一部あるいは全部を受け入れました(2011年は13機関)。残りの47件については当該機関に対し、欧州オンブズマンが批判的論評を付けた報告書を提出し、調査が終了しました。勧告が拒否された場合、オンブズマンは欧州議会に特別報告を行うことができますが、2012年には欧州委員会について1件(ウィーン空港拡張の環境評価問題)の特別報告が提出されました。
2010年にスペインの弁護士が、「欧州委員会が市民やNGOなどと政策協議する際に提出する書類が英語のみで記載されており、欧州委員会の言語政策は恣意的であり、公開性、良き行政、無差別の原則に反する」とEUオンブズマンに苦情申し立てを行いました。欧州オンブズマンは2011年、申立人の見解を共有し、リスボン条約(EU基本条約)によって保障された「市民がEUの民主的生活に参加する権利」を行使する上で多言語主義が不可欠であるとし、欧州委員会の制限的な言語政策は不当な行政であると判断し、全公用語(当時23言語)による協議文書を用意することを求めました。しかし、欧州委員会は、市民との協議に際し全公用語による文書を用意することは時間的制約から無理であると、欧州オンブズマンの勧告を拒否しました。この事態を受け、欧州議会は2012年、欧州委員会に対して公開協議における制限的な言語政策の改善を求める決議を採択しました。
このケースでは、欧州オンブズマンの勧告も、欧州議会の決議も、直ちに結果に結びつきませんでしたが、EU内における市民の権利と民主的統制の実態を表しています。
監修・執筆=田中俊郎(慶應義塾大学名誉教授、ジャン・モネ・チェア)
*引用した統計数字および内容については、「European Ombudsman Annual Report 2012, European Union, 2013」を参照しました。
*タイトル写真は欧州オンブズマンの対話集会の壇上を撮影したもの。左から3人目が2代目欧州オンブズマンのニキフォロス・ディアマンドゥロス(ギリシャ出身)
(※1)^ 1976年に創設された欧州規模の政党で、欧州議会では最大の政党グループを形成している。
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