2012.8.1
FEATURE
バオバブの木というと、名作「星の王子様」を連想する人が多いかもしれない。アフリカを中心に亜熱帯から熱帯に分布するこの巨木は、古くからアフリカの人々の食品、医薬品、そして日用品の原料として利用されてきた。しかし、このバオバブの乾燥果実が欧州連合(EU)域内の市場に流通するには、「新規食品(Novel Food)」としての認定を受けなければならなかった(認可は2008年)。
EUが「新規食品に関する規則(Novel Foods Regulation)」(以下「新規食品規則」)を導入したのは1997年5月にさかのぼる。新規食品とは、同規則導入以前に欧州ではほとんど消費されていなかった食品および食品成分(食品添加物は除く)と定義されている。新たに開発された、もしくは新しい製法や技術によって生産された食品、およびバオバブのように、第三国ではこれまで安全に食されてきたが、EUでは昔から消費されていなかった食品が含まれる。
1990年代に入って、欧州では食の安全に関する危機感が強まった。BSE(牛海綿状脳症) とクロイツフェルト・ヤコブ病のつながりや、クローン羊ドリー、遺伝子組み換え作物、鶏肉のダイオキシン汚染の問題など、食への不安・不信が高まり、消費者が情報開示を求めるようになった。一方、新製法によって生産の効率化を進めようとする食品会社もあれば、消費者により一層健康効果のある食品を提供しようとする会社もあった。新規食品の安全性を担保することを目的とする「新規食品規則」も、この潮流を背景に採択されたものだ。
新規食品がEU域内で流通するためには、人体に悪影響がないこと、既存の食品を代替する類似の食品の場合には栄養面でのデメリットがないこと、消費者が新規食品だとはっきりわかるようにすることなどが必須条件となる。
こうした安全性の評価を目的とする「認可(Authorization)」、またはより簡略化された「通知(Notification)」の手続きを経なければ、新規食品としてEU域内で販売することはできない。
■認可(Authorization) それぞれの企業が新規食品をマーケティングしたいという提案を各国の専門家からなる安全性評価機関に出す。(例:英国の場合は「英国新規食品・加工諮問委員会(ACNFP)」)。その際、科学データや安全性に関する情報を提供する。最長で90日間かけて、複数の専門家が検討、さらなる評価が必要かを決める。 その必要がない場合、他の加盟国からの「セカンド・オピニオン」期間を設け(最長60日間)、同意を得、欧州委員会が承認すれば、EU理事会の食品生産流通過程・家畜衛生常設委員会(Standing Committee on the Food Chain and Animal Health、SCFCAH)で新規食品として正式に認可される。 加盟国間での合意を得られなかった場合、欧州委員会は欧州食品安全機関 (EFSA)の助言を求める。 |
■通知(Notification) 当該食品もしくは食品成分がEU域内において既存の生産品と組成、栄養価、代謝、使用目的、有害性のレベルなどが類似している場合は、簡素化された手続きを踏む。その際は、各加盟国で食品安全をつかさどる当局・機関が手続きを監督する。 |
新規食品の表示は消費者の誤解を招くような紛らわしいものであってはならないという、EUの食品表示の規定がある。場合によっては、特徴(組成、栄養価、使用目的)、アレルゲンになりうる材料、および倫理的な問題を提起するかもしれない材料などに関しては表示に明記しなければならない。
なお、1997年時点で新規食品規則の対象であった遺伝子組み換え食品および同飼料に関しては2003年に制定された別の規則が適用されている。
1997年以降、2012年6月時点で計136件の新規食品認可申請がなされている。そのうち、認可が下りたのはおよそ60件。その中には、前述の伝統的なアフリカ原産のバオバブの乾燥果実やタヒチ原産の果実「ノニ」から作られる「ノニジュース」、コレステロールを下げるための植物ステロールが添加されたオイルや乳製品、低植物性油脂(salatrim)、 ドコサヘキサエン酸(DHA)リッチオイル、超高圧処理で非加熱殺菌されたジュースがある。
いくつかの認可を取得している主な企業には、ユニリーバ社、ダノン社などがある。日本からは2001年に林原のトレハロース(天然に存在する糖類のひとつ)、2008年にはサントリーが製造するアラキドン酸(同社広報によれば、乳幼児の成長、発育には欠かせない栄養素だが、最近、このアラキドン酸が高齢者の脳の働き[認知能力]にも重要な役割を果たすことが明らかにされている)が新規食品の認可を受けている。
新規食品規則が導入されてから10年以上がたち、技術開発の進展や科学的見地に即して規則を更新すべきだという要望が産業界などで高まったため、欧州委員会は2008年1月「新規食品規則」の改正案を採択した。その目的は認証の手続きを効率化して、安全で革新的な食品がより迅速に市場に参入できるようにすることで、EFSAによる認可手続きの一元化も含まれる。不要な貿易障壁を取り除く意図もある。
改正案は、2011年3月に、欧州議会、EU理事会、欧州委員会の三者で協議されたが、おもに遺伝的に複製された動物に由来する食品(クローン由来食品)の規制の問題で、合意に達しなかった。
欧州議会は、消費者保護のため早急にクローン動物のみならず、クローン動物の子孫に由来する食品まで含めて、トレーサビリティ制度(traceability system: 食品の生産から加工・販売までの全工程の履歴を追跡できるようにする)が確立されていない限り、流通させるべきではないという立場だ。一方、欧州委員会とEU理事会は、特に第三国から輸入された食品がクローン動物の子孫由来のものであるか否かを区別する有効な手段はないために、暫定的な規制には、クローン動物の子孫を含めていない。
欧州委員会はクローニング技術の使用や、クローン家畜およびその子孫に由来する肉や乳の流通や、認可手続き、食品表示などに関する問題で広く意見を聴取し、2013年にクローン家畜・由来食品に関する新たな法令を提案することを検討するため、本年5月から9月3日まで、意見の公募(public consultation)を行っている。
新規食品規則がカバーしている革新的技術にはナノテクノロジーもあるが、これに関しては、法的な定義をすること、食品表示を義務付けることで欧州委員会、欧州議会、EU理事会の三者は合意している。欧州委員会は、2011 年 10 月、「ナノマテリアル」の定義に関する勧告を採択した。「ナノマテリアル」は、主要構成要素が1~100ナノメートル(nm:10億分の1メートル)の物質としている。ナノマテリアルはすでに、歯磨きから衣料品に至るまで、さまざまな製品に活用されているが、今後、医薬品、食品分野などでさらに応用が進むとみられている。この新たな定義のもと、規制確立に向けた動きが加速する可能性もある。
新規食品規則の改正案をめぐる欧州委員会、欧州議会、EU理事会の議論は、見方を変えれば、消費者の食の安全を守るため、安易な妥協を許さない論議が尽くされるということである。クローン由来食品やナノマテリアルなどの革新的技術と食の安全に関して、今後EUがどんな対応をとっていくのか、大いに注目される。
欧州委員会 / 保健・消費者保護総局)ウェブサイト(英語):新規食品に関するページ
欧州委員会ウェブサイト(英語): 新規食品に関するQ&A
欧州委員会ウェブサイト(英語): ナノマテリアルに関するプレスリリース
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