2012.6.7
FEATURE
2011年3月、欧州委員会のビビアン・レディング副委員長(司法・基本権・市民権担当)は欧州連合(EU)加盟主要10カ国の企業代表を集めた会合で、欧州での会社役員の女性比率を2015年までに30%、2020年までに40%に引き上げるための自主的な取り組みを求めた。そして1年後の2012年3月時点で目標達成度が低い場合、一定の割合の女性役員の登用を義務づける法律をEUで検討する方針を示した。
そして本年3月、レディング副委員長は、記者会見で強い調子で訴えた。「残念ながら、我々の要請に応えるための企業の自主的努力は、満足な成果を生んでいません……企業の幹部ポストに女性が少ないと、欧州の競争力を削ぎ、経済成長を鈍らせることになります」。レディング副委員長は、個人的にはクオータ(割り当て)制の義務付けを必ずしも好まないとしつつも、確実に成果を上げるためには有効だと述べた。
クオータ制はベルギー、フランス、イタリア、オランダ、スペインで導入済み。デンマーク、フィンランド、ギリシャ、オーストリア、スロヴェニアでは国営企業に限って導入されている。
欧州委員会は、女性を企業の幹部ポストに登用することが、企業の業績、競争力、収益力の向上に寄与するという複数の調査結果を提示している。例えば、コンサルティング会社のマッキンゼー&カンパニーの調査では、女性役員がいない企業よりも、女性役員が複数いる企業のほうが、男性のみの企業よりも営業利益が56%高いとの結果がでている。
欧州の大手上場企業における女性役員の比率(%)
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2010(10月)
|
2012 (1月)
|
|
EU27カ国
|
11.8
|
13.7
|
ベルギー
|
10.5
|
10.7
|
ブルガリア
|
11.2
|
15.6
|
チェコ
|
12.2
|
15.4
|
デンマーク
|
17.7
|
16.1
|
ドイツ
|
12.6
|
15.6
|
エストニア
|
7.0
|
6.7
|
アイルランド
|
8.4
|
8.7
|
ギリシャ
|
6.2
|
7.4
|
スペイン
|
9.5
|
11.5
|
フランス
|
12.3
|
22.3
|
イタリア
|
4.5
|
6.1
|
キプロス
|
4.0
|
4.4
|
ラトビア
|
23.5
|
25.9
|
リトアニア
|
13.1
|
14.5
|
ルクセンブルク
|
3.5
|
5.7
|
ハンガリー
|
13.6
|
5.3
|
マルタ
|
2.4
|
3.0
|
オランダ
|
14.9
|
18.5
|
オーストリア
|
8.7
|
11.2
|
ポーランド
|
11.6
|
11.8
|
ポルトガル
|
5.4
|
6.0
|
ルーマニア
|
21.3
|
10.3
|
スロヴェニア
|
9.8
|
15.3
|
スロヴァキア
|
21.6
|
13.5
|
フィンランド
|
25.9
|
27.1
|
スウェーデン
|
26.4
|
25.2
|
英国
|
13.3
|
15.6
|
資料:欧州委員会データベース
にもかかわらず、欧州企業で、女性役員比率を目標比率に高めるための努力をするという誓約に署名したのは、この1年で24社にすぎないという。欧州委員会の3月の報告によれば、現時点で欧州の上場企業の女性役員は、7人に1人(13.7%)。2010年の11.8%に比べれば少しは改善しているものの、この増加率では適切な男女のバランス(両方が少なくとも40%ずつを占める状況)を実現するには40年以上かかる計算だ。こうした状況を踏まえ、5月末まで企業やNGOの代表らと議論を重ね、本年中にもEU加盟27カ国の上場企業などを対象にクオータ制を義務化するかを決定することになる。
「今こそ能力のある女性が欧州の上場企業でなかなか幹部ポストにつけない『ガラスの天井』を打ち破るときです。欧州議会およびすべての加盟国と緊密に連携を取って改革を進めるつもりです」とレディング副委員長は強い決意を示している。
EUは過去数十年間、男女平等の実現に取り組んできた。1957年の欧州経済共同体(EEC)創設条約に、男女同一賃金の原則が含まれている。それ以後、1975年の男女同一賃金の指令を含め、雇用へのアクセス、母性保護、育児休暇、社会保障など男女平等を実現するための多くの法律を整備してきた。2009年のリスボン条約発効により、男女平等が「基本的価値」および目標となり、すべての活動領域において、男女平等を推進することが求められている。EU基本権憲章もすべての分野で男女平等を保障し、性差別を禁じている。
1995年には世界女性会議(北京会議)で採択された北京行動綱領で、あらゆる政策および計画に男女平等の視点が反映されるよう保障するという、「ジェンダーの主流化(ジェンダーメインストリーミング)」のアプローチが明記され、国際社会で重視されるようになった。EUは1996年にジェンダーメインストリーミングに関する通達を採択した。
欧州委員会は、「ジェンダー」とは生物学的性差と区別した、社会的・文化的に形成される性差的役割であり、「ジェンダーメインストリーミング」とは、政策のあらゆる過程に男女平等の視点を取り入れ、女性が男性よりも不利益を被らないジェンダー平等の社会を構築することだとしている。
欧州委員会が2006年に策定した「男女平等へ向けてのロードマップ(行程表)」という5カ年計画では、ジェンダーメインストリーミングを通じた男女平等の実現と女性の進出率が低い(under-represented)分野を2本柱に取り組んできた。
そして2010年3月、欧州委員会は「女性憲章」を採択し、さらに男女平等を次の5つの優先分野で推し進める決意を示した。
1)雇用機会の均等、2)同一労働同一賃金、3)意思決定において男性と同等のレベルの力を持つ、4)女性に対する暴力の排除、5)対外関係や国際機関を通じて男女平等を推進する
この「女性憲章」で掲げた優先目標を実現するため、欧州委員会は2006年から2010年までの前述のロードマップの成果を踏まえ、「男女平等へ向けての戦略2010-2015」と題した5カ年戦略を策定した。その中には1)2020年には男女(20~64歳)ともに75%の雇用率を実現、2)男女の賃金格差に対する問題意識を高めるためのイベントを展開する「男女同一賃金の日」(European Equal Pay Day)の導入、3)女性役員の登用に一定の割り当てを課す、4)ワークライフバランス(私生活と仕事の両立)を奨励する、などが含まれる。
4月に発表された欧州委員会の男女平等推進に関する年次報告は、上述のように企業の幹部ポストにいる女性の数、また男女間の賃金格差などに若干改善は見られたものの、まだ多くの課題が残っていると指摘した。
年次報告書によると、労働市場では女性の雇用率は62.1%(男性は75.1%)で、2020年に男女とも75%の雇用率を達成するには、もっと効果的な措置が必要だとしている。ワークライフバランスでは、特に効果的な育児支援、柔軟な勤務体制の選択肢を広げる、共稼ぎに対する税や社会保障の不利益を無くす施策を強化するなどを提言している。
男女の賃金格差は少し縮まったものの、依然として女性は男性の時給よりも平均して16.4%低い。賃金格差の背景には、労働市場での差別待遇や学歴の違いなどいくつも要因があるが、本年3月に第2回を迎えた「男女同一賃金の日」には、こうした状況に対する問題意識を高め、可能な解決を考えるためのシンポジウムや広報活動など一連のイベントが多くの加盟国で開催された。
女性に対する暴力の排除に関しても、犯罪被害者の権利を強化する提言の中に、家庭内暴力の被害者となった女性を支援するための一連の措置を盛り込んだ。
意思決定における男女平等の実現は、産業界だけでなく政治の世界でも目標となっている。欧州議会では、女性議員の比率が35%で、加盟国の国会・地方議会における女性議員の比率(それぞれ24%、32%)よりも高い。欧州委員会では、バローゾ委員長以外の26名の委員のうち、9名が女性だ。一方、加盟国の女性閣僚の比率は平均で24%。ちなみにフランスでは、オランド新大統領のもとで5月16日に発足したエロー社会党内閣が、同国史上初めて、閣僚を男女同数の17人ずつとした。
5カ年戦略の目標である、2020年に男女とも75%の雇用率の達成は、EUが2010年に採択した成長戦略「欧州2020」に明記された数値目標でもある。「欧州2020」では、特に女性や若者、高齢者などの雇用率を改善することで、20~64 歳の就業率を75%に引き上げるという目標を掲げている。金融危機やギリシャの財政危機に端を発する経済情勢の悪化に直面して、持続可能、かつ包括的な成長を可能にする構造改革を促す戦略だ。しかし、依然として続く経済危機の下で、男女平等実現への努力がともすれば後回しにされてしまうことに、EUは警鐘を鳴らしている。現状では、大学新卒の60%が女性であるにもかかわらず、企業の要職にある女性は極めて少数派だ。経済を好転させるには、むしろ企業の意思決定の場や幹部ポストに女性を多く登用し、その能力をフルに活用することを優先すべきだと呼びかけている。
厚生労働省がまとめた2009年度の雇用均等基本調査によると、日本では係長相当職以上の管理職に占める女性の割合は8.0%、5,000人以上の大企業に限ると5.6%にとどまっている。日本政府は、第3次男女共同参画基本計画の数値目標として、2020年までに政治や雇用の分野を含む「社会のあらゆる分野において、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30 %程度」を目指すとしている。現在検討中の欧州域内の上場企業に対するクオータ制の法制化を含め、妥協を許さないEUの断固とした姿勢は、今後日本でもさらに大きな注目を集めるだろう。
関連情報
欧州委員会ウェブサイト(英語):プレスリリース
欧州委員会ウェブサイト(英語):司法総局
欧州委員会ウェブサイト(英語):ジェンダーストリーミングに関するガイド
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