LGBTI人権擁護政策でも先進的なEU

© The Pride.be

東京都渋谷区で同性カップルを「結婚に相当する関係」と認めるパートナーシップ条例が施行されたが、人権を重視する欧州連合(EU)では、現在、加盟国のうち11カ国(注1)で同性婚が認められている。EUは世界で最もLGBTI(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー・インターセックス)(注2)の人々の人権が保障されている地域といえよう。

マイノリティーの権利を明記したEU基本権憲章でLGBTI人権に言及

EU理事会が「雇用と職場における平等」指令(2000/78/EC)を制定して、職場における性的指向に基づく差別を禁止したのは15年前にさかのぼる。これによって、性的指向を理由に求職者を不平等に扱うこと、職場で揶揄したり侮辱したりすること、昇進や研修を阻むことが禁止された。続いて同年12月に制定されたEU基本権憲章(Charter of Fundamental Rights of the European Union)では、その第21条で「性的指向を理由とした差別を受けない」権利が明記された。

パリ市役所も、2014年6月に初めてレインボーフラッグを纏った(2014年6月27日、フランス、パリ) © Jean-Baptiste Gurliat/Mairie de Paris

イラン、スーダンをはじめとした世界7カ国で同性愛は死刑の対象であり、78カ国で法的に禁止されている(2012年時点(注3) が、2013年11月、EU司法裁判所は、自国で性的指向ゆえに迫害を受けた人々を亡命者として庇護するとの判決を下した。LGBTIにリベラルといわれるベルギーでは、同性愛者であることを理由とした難民申請数が、2009年の376件から2013年には1,225件(全受け入れの約8%)と3倍にもなったという(注4)。EU全体としては、難民についての理由別統計はないが、同性愛を理由としたEUへの亡命申請は約1万人程度と推定されている。

とはいえ、EU加盟国内でもLGBTI人権に関しては大きな温度差がある。同性婚は、2001年、まずオランダで、次いで2003年にベルギーで合法化されたが、その際、両国では、政界・財界も含め社会全体に歓喜の声が上がったのに対し、その10年後の2013年、隣国フランスで同性婚が法制化されようとした際には、国内の反対派・賛成派それぞれが激しく運動し、今も論争がくすぶっている。

LGBTI差別の実態調査から具体的政策提言へ

EUの執行機関である欧州委員会は、2012年、EU基本権機関(European Union Agency for Fundamental Rights)にEU全27加盟国とクロアチア(当時、加盟条約調印済み)を対象とした調査を要請。ネット上でのアンケート「EU LGBT survey, European Union lesbian, gay, bisexual and transgender survey」には9万3,079人が回答し、その結果が2014年10月に報告された。

それによれば、LGBTの人々の約半数(47%)が、自らの性的指向によって差別や侮辱を受けていると感じていること、それはレズビアンの女性(55%)、若年層(18~24歳で57%)、低所得者層(52%)ほど顕著であることなどが浮き彫りにされた。また、欧州内では、南欧諸国や東欧諸国で、より差別の度合いが強いことも確認された(グラフ参照)。

性的指向によって差別や侮辱を受けていると感じた人(過去12カ月)

データ:EU基本権機関 EU LGBT Survey, 2012

同時に、多くの若者が学校でも否定的な扱いを受けていること(80%)、成人するまでLGBTであることを隠してきた人が多いこと(67%)、職場での差別も少なくないこと、4人に1人は暴力的な脅しや攻撃を受けているのに、それを警察に通報していない人が大半であること(83%)など、多くの示唆が得られた。

この結果を踏まえ、EU基本権機関は、加盟各国政府に対し、1)学校のカリキュラムにLGBTI人権についての授業を組み込むこと、2)過去に効果的だったキャンペーンやプログラムについて加盟国同士で情報交換すること、3)憎悪犯罪を禁止する法律を制定すること、4)警察官にもLGBTIの人々に対する憎悪犯罪を取り締まる研修を施すこと――などを勧告した。

欧州議会でLGBTI権利を擁護するための中心的役割を果たすルナチェク副議長(2014年11月20日、アルバニア・ティラナ市)©European Parliament

続いて2014年2月、欧州議会のユルリケ・ルナチェク議員(オーストリア、エコロジスト党、現副議長)は、LGBTI人権に関する『ルナチェク報告』を発表。「私たちは、LGBTIであることを理由に侮辱される日常を送り、公共の場で恋人と手をつなぐことすらままならず、住居を探す際に嫌な思いをし、退学や解雇処分を受けることを恐れて生活している。EU加盟国内でもLGBTIの人々の人権保障にはまだ改善すべき多くのことがある」と語り、欧州委員会、加盟国、EU専門機関の協力でLGBTI人権擁護をさらに推し進めることが急務であると訴えた。

同報告書はEUのLGBTI人権政策に新風を吹き込むきっかけとなり、2014年10月には、EU理事会議長国イタリア(当時)およびEU基本権機関の発案で、LGBTI人権を主要議題に組み込んだ初のEU理事会ハイレベル会議が開かれ、翌11月には、LGBTI人権問題も含めた基本的人権をテーマにした欧州議会による会議がアルバニアで行われるに至った。この日、ルナチェク副議長は「アルバニア近隣国(注5)は、まだLGBTI差別に苦しむ人々も多いことから、この会議がきっかけになり、より多くの人々がLGBTI人権に関心をもってくれることを望む」と語った。

支援キャンペーンに総額4億3,900万ユーロを拠出

欧州委員会の人権推進プログラム「PROGRESS」(2007年〜2013年)の予算9,520万ユーロのうち、640万ユーロがLGBTI人権に充当されてきた。具体的には、LGBTI人権をテーマにした記事のコンクール開催、雇用者向けのLGBTI人権についての研修開催といった活動だ。そのうち「Rainbow A」という活動では、子どもや若者たちが、学校や家庭で自分の多様性についてためらわずに語ることができるような環境作りを目的とする、教師や保護者を対象にしたセミナーなどを行った。「Transgender at work」では、トランスジェンダーの人々がいる職場をより差別の少ないものにするために、公的機関や企業に情報を提供するものだが、欧州委員会は、このプログラムの一環として、国際LGBTQ若者学生連盟(The International Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender & Queer Youth and Student Organisation, 略称IGLYO)と協力して、LGBTI人権ガイドブックを作成した。

2014年~2020年の新たなEU人権促進7カ年計画では、「権利・平等・市民」プログラムを打ち出している。一般市民にLGBTIなどマイノリティーの人権についての情報を提供する研修、多様性推進セミナー、NGO活動、報告書や統計作成などに対し、総計4億3,900万ユーロの予算が充当される見通しだ。

人種差別、性差別、同性愛差別の根源は同じ!」として積極的なキャンペーンを展開するブリュッセル市。写真はブリュッセル市ゲイツーリズム関係のパンフレット(2014年6月、ベルギー、ブリュッセル)© Michiko Kurita

EUには統一された民法典はなく、原則としてLGBTI人権擁護に関する法整備は加盟国の権限分野である。しかし、上記のような推進政策は実質的な成果を挙げている。2008年、「性的指向を理由とした差別」と見なされる言動を違法とする法律を雇用の分野だけに限っていた加盟国は9カ国あったが、現在、その数は3カ国に減少した。2010年、同性パートナーを「家族」として法的に認め、パートナーが非EU市民であっても「同伴家族として移動の自由」を認めている国は8カ国のみであったが、2014年時点で18カ国(注6)まで増加している。

2004年に EUに加盟したポーランドは伝統的にカトリックで保守的といわれていたが、現在ではホモセクシャルでトランスジェンダーの国会議員もいる。同年に加盟したラトビアでは、外務大臣がホモセクシャルであることを公表した。また、加盟候補国の中では、トルコとマケドニア旧ユーゴスラビア以外の全ての国が、EU法に準拠して「雇用の際の性的指向を理由とした差別」を法的に禁止するなど、EUの努力の成果は確実に実を結んでいる。

近隣国、第三国へもLGBTI人権保障を求めるEU

EU対外行動庁は、2013年6月、対外関係においてもLGBTI人権を守るガイドラインを打ち出し、アルバニア、マケドニア旧ユーゴスラビア、モンテネグロ、セルビアといった加盟候補国、ボスニア・ヘルツェゴビナなどの潜在的加盟候補国、リヒテンシュタイン公国、ノルウェーといったEUと自由貿易協定(EFTA)を結んでいる国々も、これに賛同を表明した。

EUは、近隣諸国との相互発展を実現するために、アルジェリア、アルメニア、トルコ、ウクライナなど16カ国を対象に、欧州近隣政策(European Neighborhood Policy)を取っている。これは、連合協定や自由貿易協定を締結し、対象国の経済的・政治的安定に向けて資金援助するというものであるが、その第一条件として、EUが掲げる民主化を推し進め、人権を尊重することを求めている。

さらに、より広範な地域に対しても、同様な姿勢を貫いている。EUはアフリカ・カリブ海・太平洋(ACP)諸国とコトヌー国際協定(2000年)を結び、開発協力を約束しているが、2014年3月、協定国のウガンダとナイジェリアでLGBTI人権を侵害する法律が作られたことに欧州議会が反対を表明し、両国への援助を見直すことを決議した。

欧州近隣国に、LGBTIの人々の権利保障を働きかけているEU

EUは、加盟候補国でのLGBTI人権の保障が一定基準に達しているかどうかを監視している。セルビアでは、2001年の第1回ゲイ・プライドで暴力的な衝突が起き、2010年には6,000人の反ゲイ・プライド派による略奪が起きた。2010年から2013年にかけては、極右翼グループがパレードに介入しようとする動きがあったため、当局側がゲイ・プライド開催を禁止した。

欧州委員会はセルビア政府がEU加盟条件を充分に満たしていないとみなし、駐オランダ・セルビア大使をはじめとしたEU加盟国14カ国の大使がセルビア首相に「平和のうちにゲイ・プライドが開催されることは、多様性推進にセルビア政府が真剣に取り組んでいることの証として重要」との書簡を送った。2014年、厳重な警備の下ではあったが、3年ぶりのゲイ・プライドが行われた。(2013年9月28日付『ル・モンド』紙より抜粋)

2014年の東京レインボープライドの様子(2014年4月27日、東京・代々木公園。写真は左上から時計回りに、英国大使館、ドイツ大使館、フランス大使館、オランダ大使館より提供)

EUはこのように、域内ばかりでなく、近隣地域、さらには世界に向けて、LGBTI人権擁護を広く強く提唱し続けている。2014年5月17日、国際反ホモフォビア・トランスフォビア(反同性愛・トランスジェンダー嫌悪)の日、キャサリン・アシュトン前EU外務・安全保障政策上級代表はこう宣言した。「EUは、各国の文化的、伝統的、宗教的価値観からであっても、LGBTI人権を侵害する言動を許さない。LGBTIの人々の集会の権利、表現の自由は守られるべき」と。

なお、日本でも駐日EU代表部が、性の多様性の普及啓発を目指す「東京レインボープライド」を加盟国とともに支援している。昨年は、フランス、ドイツ、オランダ、スウェーデン、英国の各大使館がブースを出した(写真左)。本年は4月下旬に開催される「東京レインボープライド2015」に、オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ、オランダ、スイスの各大使館とEU代表部が共同ブースを出し、LGBTIコミュニティへの支援と連帯を示す予定だ。 

 

注1:オランダ、ベルギー、スペイン、スウェーデン、ポルトガル、デンマーク、フランス、英国、ルクセンブルク、フィンランド、スロヴェニア(同性婚が認められた順)
注2:Lesbian(女性同性愛者)、Gay(男性同性愛者)、Bisexual (両性愛者)、Transgender(身体の性と心の性の不一致を感じている人)、Intersex(男性と女性両方の性的器官を持つ人)を指す。性的マイノリティーに言及する際、LGBTIからIをはずしたり、Q(Queer、クイア=LGBTIのどの定義にも該当しない性指向的マイノリティー)を加えたりすることがあるが、本稿ではLGBTIと表記する。
注3:ILGA, International lesbian, gay, bisexual, trans and intersex association 調べ
注4:CGRA, Comissariat général aux réfugié s et aux apartrides 調べ
注5:バルカン半島に位置する旧ユーゴスラビア連邦から独立した、EU加盟候補国の一つ。近隣には、クロアチア、ルーマニア、ブルガリアなどの既加盟国のほか、モンテネグロ、マケドニア旧ユーゴスラビア、セルビア、コソボ、ボスニア・ヘルツェゴビナなど、加盟候補・潜在的候補国などLGBTI差別が根強い国が多い。
注6:EU基本権機関発表”A new era for combating discrimination faced by LGBTI people“による

 

EU MAGの関連記事 「カップルに関するEUの法制度とは?」(2014年5月号 質問コーナー) http://eumag.jp/question/f0514/