2012.11.14
FEATURE
欧州債務危機は、2007年から2008年にかけて起きた世界的な金融危機に起因すると一般に考えられている。欧州委員会の推定によると金融危機は欧州連合(EU)に対し、フランスの国内総生産(GDP)に匹敵する2兆ユーロもの損失をもたらした。
金融のグローバル化、そして2000年代の低金利が引き起こした高リスクで国境を越えた融資は、確かに世界中に影響を及ぼした。不動産バブルや、所得に対する家計債務のかつてない高い比率なども共通の問題となった。グローバル化した経済の中では、危機後の不況も世界的(グローバル)だった。
しかし、世界的な金融危機が欧州における危機の大きな原因となったのは確かだが、実際には、それは複雑に入り組む要因のひとつにすぎない。ユーロ圏外の米国と英国の経済は金融危機後、いまだに回復していないが、両国の国債はギリシャ、スペインやイタリアの国債のように下落していないことを見ればわかるだろう。それどころか米英の国債の利回りは記録的に低い水準にある。
では、欧州ではいったい何が起きたのか――世界的金融危機によって、好況時からEUに潜在していた深刻で構造的な問題が、あぶり出されたのだ。
なぜ欧州では各国の政府が借金を返せなくなったのだろう? ギリシャでは過剰な財政支出が大きな要因だったし、アイルランドでは不動産バブルに貸し込んだ銀行の債務を国が保証したためであったように、国によって事情は異なる。
だが欧州全体が抱える課題もある。ユーロ圏への参加は、参加国共通の金融政策と、各国別の財政政策を、つまり金利は欧州中央銀行(ECB)が決定するが課税と支出は各国が決定することを意味した。ユーロ圏各国の債務返済能力は大きく違っていただろうに、債務危機の直前までそれぞれの国債の金利は同じようなものだった。
好況時にはユーロ圏内の周辺国へと資金が流入し、資産価値を上昇させた。政府自身は借り入れを抑制した場合もあったが、スペインでみられたように低金利は民間部門の借り入れを後押しし、借金が経済を急成長させた。スペイン、イタリア、そしてフランスまでもが2000年代の好況時に輸入を増加させ、ドイツが主な輸出国となった。
ドイツでは安定していた賃金が周辺国では経済の急成長により上昇した。この結果、周辺国の競争力は低下し現在は輸出に苦労している。ユーロ圏外の国では、通貨価値が下がれば輸出品は安くなり競争力は上昇するが、単一通貨圏内ではこの変化は起きようがない。ユーロ圏参加国による競争力の回復には、人件費の削減など痛みを伴う調整が必要となる。
さらにユーロ圏参加国では市場での悪循環を伴うパニックが起こりやすい。例えば投資家が英国債を売れば英国債の利回りは上昇する。投資家は国債の売却で得た英ポンドを為替市場で売るか、英国に再投資できる。為替市場でポンドが売られれば外貨に対してポンドは安くなり、英国からの輸出が容易になる。最悪の場合――つまり市場で買い手がつかなくても英国の中央銀行であるイングランド銀行が国債を買うことができる。
だがスペイン国債を売却してユーロを得た投資家は、通貨を交換せずにドイツ国債を買える。その分のユーロはスペインの金融システムから流出し、マネーサプライは減少、結果としてスペイン政府はまともな金利での借り入れが不可能となる。さらにスペイン政府には最後の買い手となるかもしれないECBを動かす権限はない。
ギリシャではユーロ圏に参加する前から、国の財政がずさんに運営されていた上、参加後は政府の支出が急増し、財政赤字が制御不能となった。債務返済が不可能となったギリシャ政府はEUと国際通貨基金(IMF)への支援要請を余儀なくされた。2010年5月、EUとIMFはギリシャ救済に向け1,100億ユーロを融資したが十分ではなく、本年になってさらに1,300億ユーロの融資を決定。救済の見返りとして、ギリシャには財政健全化に向けた緊縮政策の実施が求められている。
アイルランドでは、スペインと同様に民間部門の債務が急増し、政府は不動産バブルに貸し込んだ銀行の債務を保証した。バブルがはじけるとともに、経済は崩壊し失業率は増加。2007年に黒字だった国の予算は2010年にはGDPの32パーセントに匹敵する赤字に転落した。原因は異なるもののギリシャ同様、アイルランドも債務返済が不可能となり、EUとIMFに対し支援を要請した。
スペイン政府は2008年の金融危機まで健全財政を維持していた。急速な経済成長により政府債務の対GDP比も低下していた。だがこの成長は建設業者と住宅購入者への低金利ローンによる不動産バブルによって支えられていたため、バブル崩壊後は、スペインの経済は年率1パーセントで縮小し、失業率はユーロ圏で最悪となっている。
危機が各国で発覚するたびに、EU加盟各国そして欧州レベルで重要な対策が取られてきた。また、EUがこれから進むべき方向性も打ち出されている。
ギリシャに関する報道は否定的なものが多いが、困難な状況下で多くが達成されてきた。基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字は2009年から11年の間にGDP比で8ポイント改善した。横行する脱税がしばしば批判の的となるこの国の徴税制度は改革された。さらに政府は2014年までに150の公共部門の組織の閉鎖あるいは統合と、15万人の公務員削減を計画している。また定年の引き上げと給付削減による年金制度の改革も進行中であり、ギリシャは財政健全化に向け多くを実行している。同様の努力はイタリア、アイルランド、ポルトガル、スペインなど危機に陥った国でも進行している。
欧州全体でも大きな進展が見られた。2010年には困難に直面するユーロ圏諸国を救済する欧州金融安定基金(EFSF)が設立された。EFSFによる融資能力はユーロ圏諸国の政府により保証され、EU加盟国を対象とする欧州金融安定化メカニズム(EFSM)やIMFからの融資との組み合わせもできる。EFSMとEFSFの機能は本年10月に発足した「欧州安定メカニズム(ESM)」によって引き継がれる。ESMは国の債務不履行による影響が欧州全体に及ばないよう常設の防護壁の役目を担う。
ECBも重要な役割を果たしてきた。2010年5月には市場での債券買い入れを開始。2011年12月には、それまでに過去最大となる4,890億ユーロを、極めて長期となる3年を期限にユーロ圏内の523の銀行に貸し出した。さらに2012年2月には800の金融機関がECBから5,295億ユーロの資金供給を受けた。ECBはさらに同年8月には、市場の混乱回避と金利を引き下げるために、条件を満たせば危機下にある国から国債を買い入れるプログラム(OMT)を実施すると発表した。
欧州経済の見通しにはまだ不透明さも残るが、危機の発生以来、多くの進歩が見られた。また、困難な状況下にあって、EU加盟国や欧州の機関は重要な改革に着手している。今後もさまざまな状況に直面するだろうが、困難を乗り越えた先には、これまでより強く、より良く危機に対応できる欧州が待っているだろう。まさにそれが欧州統合プロセスなのである。
1999年1月 | ユーロ誕生(EU11カ国で導入)、通貨同盟の発足 |
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2001年1月 | ギリシャがユーロ導入 |
2009年12月 | ギリシャ政府、債務残高がGDPの113%と発表(ユーロ圏上限は60%) |
2010年1月 | EU報告書がギリシャ政府の財務統計の問題を指摘 |
2010年2月 | ギリシャ政府が債務削減に向けた緊縮策を発表 |
2010年5月 | EUとIMFがギリシャへの金融支援決定 |
2010年11月 | アイルランド債務危機への支援決定 |
2011年5月 | ポルトガル債務危機への支援決定 |
2011年8月 | スペインとイタリア国債の利回りが上昇し始める |
2011年9月 | スペインが政府債務に上限を設ける憲法修正案を可決。イタリアが緊縮予算案を可決 |
2012年1月 | 英、チェコを除くEU加盟25カ国が財政規律の協約に合意 |
2012年2月 | ギリシャが緊縮予算案を可決 |
2012年7月 | ユーロ圏諸国、スペインの銀行部門への支援承認 |
2012年9月 | ECBが国債買い入れプログラム(OMT)の実施を発表 |
2012年10月 | 欧州安定メカニズム(ESM)発足/銀行監督の一元化に向けEU首脳合意 |
欧州安定メカニズム(ESM)発足(EU MAG 10月号 EU NEWS)
「EMUとは何ですか」(EU MAG 8月号 QUESTION CORNER)
より良い雇用を目指して(EU MAG 8月号 FEATURE)
ユーロの試練は続く(EU MAG 7月号 BEHIND THE NEWS)
「欧州債務危機への対策相次ぐ」(EU MAG 2月号 BEHIND THE NEWS)
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