2013.10.25
FEATURE
欧州の宇宙開発は大きく分けて3つの層から成り立っている。第1に欧州連合(EU)加盟国が独自で行う科学探査や衛星開発があり、第2に20の加盟国(※1)によって構成される政府間協力機構である欧州宇宙機関(ESA)によるロケットや衛星の開発であり、第3にEUが中心となって進めるプログラムがある。リスボン条約によって宇宙政策がEUと加盟国の共有権限と定められ、各国の政策との調整のほか、EU自身が宇宙プログラムを実施できるようになっている。それぞれの層は密接に関連しており、相互に補完しあう関係にあるが、日本や米国など一国で宇宙開発を行う仕組みと異なるため、多少の解説が必要となるだろう。
宇宙開発は第二次大戦後に急速に発展した技術産業分野であり、冷戦期の米ソ宇宙競争もあって、国家主導で進められた。しかし、欧州各国は単独では米ソと比肩するだけの経済的・人的資源を投入することは難しかったため、1960年代初頭には欧州各国で協力する体制が出来上がった。
宇宙科学分野では欧州の10カ国が共同研究を進めるための欧州宇宙研究機関(ESRO)を立ち上げたが、科学探査のための衛星を飛ばすロケットの開発も必要との声が強まり、欧州ロケット開発機関(ELDO)も設立された。しかし、ロケットは弾道ミサイルの技術と共通する技術を使うため、ミサイル技術を持つ各国が、その技術の流失を懸念したことから、EUのような超国家的な仕組みではなく、政府のコントロールが及ぶ政府間機構として設立された。このESROとELDOが1975年に統合して出来たのが、ESAである。ESAもまた超国家機関ではなく、加盟国の裁量が大きい政府間機構として形成された。
この政府間協力機構としてのESAはユニークな仕組みで成り立っている。ひとつは加盟国のGDP比に基づいて義務的に支出する予算と、加盟国が自らの意思で各プログラムへの参加・不参加を決め、拠出額を決める選択的予算の2本立てとなっていること。そして、もうひとつは加盟国が拠出した額に応じて、その加盟国に本拠を置く企業に契約を配分するという、「地理的均衡配分」(Fair return)の原則が貫かれていることだ。義務的予算はESAの事務経費や設備維持だけでなく、科学探査プログラムに充てられるが、選択的予算はロケットや衛星の開発に用いられる。
これにより、各国が目指す宇宙開発の目的が異なっても調整が容易になり、そのプログラムを主導する役割を求める国は一層大きな拠出金の負担をすることでリーダーシップを得られる仕組みとなっている。これにより、宇宙開発の発展段階の異なる国々が協力しあうことができた。また地理的均衡配分の原則により、自国の国家予算(国民の税金)が宇宙技術の進んだ他国に流出することなく、自国に還元され、自国の産業技術の発展に寄与するという結果を生み出したことで、多くの国がESAに加盟し、欧州協力の枠組みが出来上がった。
ESAはこれまで目覚ましい実績を上げている。ロケット分野では世界の商業打ち上げ市場の半分以上のシェアを獲得する「アリアン(Ariane)」の開発に成功し、衛星分野では環境監視衛星である「エンビサット(Envisat)」や低高度の地球軌道を周回して、地球の重力を調査する「ゴーチェ(GOCE)」、土星の衛星であるエウロパの探査を行った「カッシーニ(Cassini)」など、高度な技術による新たな宇宙利用や探査のフロンティアを広げてきた。
しかし、ESAの功績はそれだけではない。各国が協力して産業技術の発展に尽力したことで、欧州の宇宙産業の国際競争力が飛躍的に強化されたことは特筆すべきである。ESAが開発したロケットや衛星の技術は、そのまま開発に関与した企業が保持し、それを商業的に展開することで、国際市場において確固たる地位を築いてきた。
特にロケットではアリアンスペース社を設立し、世界に先駆けて民間通信衛星の打ち上げを受注し、それによってロケットの打ち上げ機会を増やして技術も洗練していくという一石二鳥の手法をとった。また地球観測衛星もフランスが開発した「SPOT」衛星が取得した画像を民間会社であるSPOT Image(現Astrium GeoInformation Services)を通じて一般販売をすることで、農業地域のモニタリングや海洋監視、森林保護や環境保全といった、衛星画像を用いたさまざまなサービスも生まれるようになった。
このように、欧州の宇宙政策は各国とESAを通じた技術開発とその商業化が中心となっていたが、冷戦が終結するころから、その流れが大きく変わってきた。それは、米ソ宇宙競争が終結し、これまでのように相手陣営よりも高い宇宙技術を獲得することで国力や技術力を誇示する必要がなくなったからである。
では、新たな冷戦後の宇宙開発はどのようにあるべきなのか。それを模索した結果、欧州がたどり着いた答えがESAとEUの協力であった。これまでのように技術開発を中心とする宇宙開発では、多額の予算がどのように納税者の便益に還元されるのかが明確ではなく、宇宙開発を進めるための宇宙開発というだけでは説明がつかなくなった。
そこでEUが推進しているさまざまな政策を実現するための手段としての宇宙開発という位置づけがなされ、ESAとEUが共同で作業ができるよう、2004年に枠組み協定(Framework Agreement)が発効し、EUの競争力理事会とESAの閣僚理事会を合同で開催する宇宙理事会(Space Council)も開かれるようになった。
こうした制度的な発展の背景には、具体的なプログラムの進展があった。それが欧州版GPSといわれる「ガリレオ(Galileo)計画」である。現在、日本でも使われているGPSは米国の軍事衛星のシステムが無償で民間向けに提供している信号を利用したサービスだが、あくまでも軍事システムである以上、紛争などの有事の際には利用が制限される。
またGPSを使った携帯やカーナビなどのサービスは我々の生活に深く根付き、さらにはGPSが発信する精密時刻はグローバルな金融サービスの標準となっているため、GPSに不具合が起きると大きな社会的混乱が起きる可能性もある。そのため、ガリレオ計画では、EUおよび世界全体が米国のGPSのみに頼るのではなく、それを代用できて既存システムと互換性のある民生システムを導入すべきであるとの考えの下、世界に開かれた初の商用衛星航法システムの構築を目指している。そして30基で構成されるガリレオ衛星の開発はESAが担当し、運用をEUが担当するという役割分担がなされている。
もうひとつESAとEUが共同で進めているのが「コペルニクス(Copernicus)計画」(旧GMES計画)である。これは、すでに欧州各国やESAが保有する地球観測衛星が取得した画像を、EUの農業政策や漁業政策、環境政策、PKO活動などの安全保障政策に活用する計画である。ただ、既存の衛星では政策執行に必要な画像が十分撮れないことも想定されるため、その必要な画像を取得する新たな観測衛星「センチネル(Sentinel)」をESAと協力して開発している。
このようにガリレオ計画ではESAが開発した衛星をEUが運用する形をとり、コペルニクス計画ではEUの求めに応じてESAが衛星を開発するといった、ESAとEUの補完的な関係が成立しており、これまでの欧州各国、ESAに加え、EUが主要なアクターとして宇宙政策を推し進めていくという「オール・ヨーロッパ」の体制が出来つつある。政策部門を司るEUと技術部門をつかさどるESA、そしてそれを補完する各国の役割という重層的な宇宙政策のモデルは、いまや冷戦後の世界で最も成功している政策モデルといえよう。
著者プロフィール
鈴木一人 SUZUKI Kazuto
北海道大学大学院教授。1970年生まれ。2000年英サセックス大ヨーロッパ研究所博士課程修了。専門は国際政治経済学。日本EU学会所属。2008年から北海道大学準教授、2011年4月から現職。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)で2012年度サントリー学芸賞(政治・経済部門)。
(※1)^ ESAの正式加盟国は英国、ベルギー、ドイツ、スペイン、デンマーク、イタリア、スイス、スウェーデン、フランス、オランダ、アイルランド、ノルウェー、オーストリア、フィンランド、ポルトガル、ギリシャ、ルクセンブルク、チェコ、ポーランド、ルーマニアの20カ国。このうち、スイス、ノルウェーはEU非加盟国。
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