2013.9.30

FEATURE

企業の競争力を強化するEUのCSR戦略

企業の競争力を強化するEUのCSR戦略
PART 1

新たに定義されたEUのCSR戦略とは?

「企業の社会的責任=CSR(Corporate Social Responsibility)」とは、企業が活動の基盤とする社会との関わりにおいて負う責任を意味する。では企業はどのような責任を担っているのだろうか。粉飾決算や自動車メーカーによるリコール隠し、食品メーカーによる偽装表示など、企業による不正行為や違法行為が繰り返されているが、企業は法令を順守し、健全な経営を行わなければならないのは言うまでもない。

職を求め、職業安定所に並ぶスペインの若者たち。若年層の雇用問題もCSRの重要なテーマとなる

もちろん、こうした責任もCSRの一部だが、グローバルに活動を広げる企業が増加する中、社会における企業の存在が高まるとともに、社会から企業への要請や期待も高まっている。もはや企業は利益を生み出し、株主に貢献するだけの存在ではない。消費者、従業員、ビジネスパートナー、地域社会の住民など、企業が関わるすべての利害関係者(ステークホルダー)のことを配慮しなければならない。また、若年層の失業問題、地球温暖化、貧困、社会的差別など、社会が直面しているさまざまな課題の解決に、企業も貢献することを期待されている。

CSRの推進は世界的な課題であり、国連グローバルコンパクトや経済協力開発機構(OECD)多国籍企業行動方針といった国際原則、ISO26000といった国際的ガイドラインが存在する。また、GRI(※1)をはじめ、企業の情報開示に対する国際的なフレームワークもある。

CSRがEUの経済成長の一翼を担った

欧州連合(EU)は企業のCSR活動の推進に積極的に取り組んできた。EUがCSRを最初に定義したのは2001年のこと。CSRを「企業が社会および環境についての問題意識を、自主的に自社の経営およびステークホルダーとの関係構築に組み入れること」と定義した。「持続的な経済成長が可能で、より多くのよりよい雇用と一層の社会的結束力を備えた、世界で最も競争力と活力のある知識基盤型経済圏」の構築を目指すリスボン戦略(2000~2010年)の目標達成に向け、CSR活動の強化が重要な要素と位置づけられたのだ。

ただ、CSRはあくまでも企業の自主的な取り組みであり、企業にさらなる義務や法的な規制を課すことではない。欧州委員会は、①CSRに関する意識向上とベストプラクティスに関する情報交換、②マルチステークホルダーイニシアティブへの支援、③加盟国との協力、④消費者情報と透明性、⑤研究活動、⑥教育、⑦中小企業、⑧CSRの国際的尺度の定義、という8つのアジェンダに基づいて企業の自発的な活動を推進してきた。

より持続的なCSR活動を目指して

ところが、2008年に世界的金融危機が発生し、欧州市場もダメージを受けた。消費者の購買意欲が落ち込み、相次ぐ倒産で企業への信頼が失われていく中、EUは「賢い成長(Smart growth)」、「持続可能な成長(Sustainable growth)」、「包括的な成長(Inclusive growth)」という3つの相互補完的な重要課題を掲げた新たな10カ年経済成長戦略「欧州2020」を採択した。欧州の市場経済を活性化させるには企業の信頼回復は欠かせない。CSRは企業の信頼確立に大きく貢献する。若年層の失業問題などEUが直面する問題を解決するにもさらなる企業の力が求められた。また、CSRに関する国際的な原則やガイドラインが普及する中、新たな定義が必要となった。

欧州委員会は経済団体、労働組合、NGOなどのステークホルダーを一堂に集め、CSRについて議論する場を提供している ©European Union, 2013

2011年10月、欧州委員会は「CSRに関するEU新戦略2011-2014」と題された新しいコミュニケーション(政策文書)を発表した。その中でCSRは「企業の社会への影響に対する責任」と新たに定義された。そのためには、法令を順守し、労働協約を尊重するのはもちろん、あらゆるステークホルダーと密接に協動しながら、社会・環境・倫理・人権に関する問題や消費者の懸念を自らの事業活動や事業の中核的な戦略に統合しなければならない。

企業が一方的に社会に貢献するだけならば、経済的状況が悪化する中、CSR活動に取り組むことは企業にとってマイナスとなるかもしれない。しかし、CSRに積極的に取り組むことは、企業経営や事業計画そのものを見直すことにつながる。その結果、企業内でイノベーションが起これば競争力強化にも貢献する。企業と社会がwin-winの関係を構築できる。CSRの推進と収益性確保の両立が可能となるのだ。

CSRがカバーする8つの社会問題

ではEUにおけるCSRはどのような社会問題をカバーしているのだろうか。新戦略では、CSRが扱う社会問題として下記8つの分野が特定された。

CSRが扱う社会問題

・  人権
・  労働と雇用慣行(教育、人権の多様性、男女平等、従業員の健康と福祉)
・  環境問題(生物多様性、気候変動、資源の有効活用、ライフサイクルアセスメント(※2)、公害防止)
・  贈収賄・汚職の防止
・  地域社会への積極的な関与、発展への寄与
・  障害者の統合
・  プライバシーなど顧客が関心を持つ案件への対応
・  従業員のボランティア活動

新戦略では、新たなアジェンダとして、①企業のCSR活動を誰でも把握できるようにする「見える化」の強化とグッドプラクティスの普及、②ビジネスの信頼性レベルの改善と、信頼悪化の原因調査、③自主規制、共同規制のプロセス改善、④CSRに対する市場報酬の拡大、⑤企業の社会・環境の情報開示の改善、⑥CSRに関する教育・訓練・研究を中等教育、高等教育などさまざまな教育プログラムで実施、⑦加盟国におけるCSR政策の重要性の強調、⑧CSRに対する欧州と世界のアプローチの調整――という8つを掲げている。

CSRヨーロッパが主催する「エンタープライズ2020」第1回サミットに出席したジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長 ©European Union, 2013

①に関して、主体的な役割を担っているのが、CSR推進に主導的な企業の連合体「CSRヨーロッパ」だ。CSRヨーロッパは2012年、「エンタープライズ2020」と名付けられたプロジェクトを始動。CSRを実践するための企業内イノベーションや企業交流のためのプラットフォームを提供するとともに、企業の持続可能な競争力構築をサポートしている。また、企業とステークホルダーとの連携を強化するための、持続可能なノウハウを提案。EUの機関・団体はもとより他の国際機関とも連携しながらCSRにおける欧州のリーダーシップを強化している。

また、企業は、グローバルに展開するサプライチェーンにおいても、CSR活動の推進が求められている。EUが積極的にCSR活動に関与することで、その理念やグッドプラクティスは世界的にも広がることになる。

(※1)^ GRI(=Global Reporting Initiative)は国際的なサステナビリティ報告(企業の経済的、社会的および環境的影響の報告)のガイドライン作りを使命とする非営利団体。GRI指標の具体的な例としては、経済的な経済的影響分野では顧客、供給業者、従業員、出資者などがある。

(※2)^ ライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment)とは製品やサービスが地球の環境にどのような影響を与えているのかを評価する手法のこと。製品などを製造するときだけではなく、輸送や販売、使用、廃棄、再利用などすべての段階における環境への負荷を評価する。

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