2012.7.13
FEATURE
「人権は(欧州)連合にとって、また世界中のパートナーにとって、ひとつの旅であり、未完の仕事である」
2011年9月、キャサリン・アシュトンEU外務・安全保障政策上級代表
(『世界の人権と民主主義に関するEU年間報告書2010年』前書きより)
PART 2では、EUが世界で積極的にコミットしている主な人権問題を取り上げ、相手国や地域にどのような働きかけを行っているか紹介しよう。
死刑制度の廃止は、EUが人権の分野で掲げる最も重要な課題だ。ロシアで死刑制度が廃止され、旧ソ連中央アジア諸国でも実質的に廃止されている現在、EUにとっての懸案は、欧州で唯一の死刑存置国であるベラルーシだ。EUは同国に対して、死刑廃止を視野に入れた執行モラトリアムの即時導入を繰り返し呼びかけている。実行手段としては、大統領とその関係者のEU域内渡航禁止、同国駐在のEU加盟国大使の召還、大統領関連企業の資産凍結などを実施している。経済制裁は度々検討されているが、実施に至ったことはない。
中東やアフリカ諸国も重要なターゲットであるのはもちろんだが、先進国で死刑制度を存置している日本や米国に対しても根気強く働きかけを行っている。2012年3月29日に日本で3名の死刑が執行された際にも、アシュトン上級代表が遺憾とする声明を発表した。死刑制度を存置する各国にあるEU代表部は、年間に数々のセミナーやシンポジウム、展示等のイベントを開催し、死刑制度の廃止を訴えている。日本では、2012年4月18日、駐日EU代表部が「死刑廃止に向けて:欧州の経験とアジアの見解」と題する国際シンポジウムを東京で開催した。
EUは、非加盟国における拷問の状況を監視し、その慣行を厳しく糾弾している。特に、バングラデシュ、エジプト、イラク、カザフスタン、メキシコ、モルドバ、フィリピン、ウズベキスタンの8カ国を重要な監視対象とし、EUガイドラインの履行状況を見守っている。また、テロ容疑者の拷問が深刻視される米軍のグアンタナモ収容所については、米国に施設の閉鎖を引き続き求めている。
EUはこれらの基本的人権の擁護を広く訴えている。特に近年では、宗教を根拠とする少数者に対する憎悪や差別をはじめとする、あらゆる形の非寛容に対する取り組みに力を注いでいる。宗教的少数者の弾圧に関しては、特にエジプト、イラン、イラク、パキスタンなどに対して、外交チャンネルを通じた働きかけを行っている。
表現の自由に関しては、インターネットといった新しいメディアの台頭に伴う当局の弾圧に警戒を強めている。特にロシアや中国の当局によるジャーナリストや人権擁護者に対する脅迫や攻撃については、断固とした抗議を続けている。
また、民主主義と人権のための欧州機関 (EIDHR)や各国のEU代表部を通じて、ジャーナリストや人権擁護者の支援、保護を行っている。
子どもの権利は、EUが状況の改善をめざす人権の中でも重要な分野と考えられている。EUは国連「子どもの権利条約」とその議定書の規定の履行に取り組み、あらゆる政策や活動に子どもの権利に関する考慮が盛り込まれている。子どもに対する暴力の廃絶をめざす取り組みとしては、ユニセフや市民社会と共同で、重点ターゲットを10カ国(アルメニア、バルバドス、ブラジル、ガーナ、インド、イラン、ヨルダン、ケニヤ、モロッコ、ロシア)に絞り込み、ガイドラインの実施を促す活動を展開している。2010年以降は、子どもの労働に対する取り組みに特に力を入れている。
武力紛争の影響を受けた子どもたちを心理面、教育面で支援する活動も最優先課題のひとつだ。EUは19の国や地域を対象としてリストアップし、国際機関や市民社会と協力しながら状況の改善に取り組んでいる。対象国・地域は、アフガニスタン、ブルンジ、チャド、コロンビア、コンゴ民主共和国、コートジボワール、ハイチ、イラク、イスラエル、レバノン、リベリア、ミャンマー、ネパール、パレスチナ、フィリピン、ソマリア、スリランカ、スーダン、ウガンダ。
女性の人権問題は、機会均等や地位向上から暴力に至るまで幅広い。特に少女・女性に対する暴力や差別は、EUの外交政策において重要なテーマのひとつだ。ラテンアメリカにおけるドメスティックバイオレンス(DV)、サハラ以南のアフリカにおける性器切除、紛争地域でのレイプなど、地域の伝統や習慣、政情を伴って根強く残る問題もある。世界130カ国以上のEU代表部が、2008年に定めたEUガイドラインの履行状況を観察し、報告を続けるとともに、各国の政府機関あるいは市民社会と協力の下、制度改正に向けたバックアップや、支援態勢作りに取り組んでいる。
この分野における2010年の成果として以下がある。
また、2010年に行われた人権対話の中では、以下のパートナー諸国・地域との間で女性の人権について話し合われた。アフリカ連合(AU)、EU加盟候補国、カナダ、中国、インドネシア、日本、モルドバ、ニュージーランド、南アフリカ、トルクメニスタン、ウズベキスタン。
世界中で性的指向や性自認を根拠に深刻な人権侵害が行われている。EUは特に、世界の76カ国で、同性の成人間の同意に基づく性的関係が犯罪として規定され、処罰(うち少なくとも5カ国では死刑)の対象となっている状況を深く憂慮し、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルおよびトランスジェンダー(LGBT)の人びとに対する迫害や差別のない社会をめざしている。2010年6月には、EUの人権作業部会が通称「LGBTツールキット」を採択したことで、LGBTの人びとの人権擁護がEU対外行動の重要な政策に組み入れられた。この中でも特に、同性間の性的関係の非犯罪化、LGBTの人びとに対する差別撤廃、LGBT人権擁護活動家の支援と保護の3点を優先課題に掲げている。
アシュトン上級代表は、2012年の「国際反ホモフォビア・トランスフォビアの日」(5月17日)に際して、「性的指向や性自認が伝統的な価値に相反すると言われることがあります。この点で私の立場を明らかにさせてください。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックスの人びとについて語るとき、特定の集団に対して新しい権利を導入することを言っているのではありません。あらゆる場所のあらゆる人に、差別なく適用される同じ人権のことを言っているのです」との声明を発した。
世界の人権と民主主義に関するEU年次報告書2010年(英文)
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