2016.5.31
FEATURE
環大西洋貿易・投資パートナーシップ協定(TTIP)交渉は「市場アクセス」、「規制協力」、「新しいルール」の3つの分野に大別された、24のトピック(章)ごとに行われる。最終的な協定の章立ては変わってくるだろうが、Part 2では、交渉中の分野・章の紹介と、日・EUのFTA交渉にも関係するいくつかの争点を解説する。
1章 | 物品貿易と関税 | |
2章 | サービス | |
3章 | 公共調達 | |
4章 | 原産国ルール |
市場アクセスは、EUがこれまで締結したさまざまな貿易協定の条文の中においても、主要な部分を占める。野心的でバランスのとれた協定を目指すEUは、開示方針を前面に出すTTIP交渉の中でも、この部分については交渉文書を事前には公開していない。EUにとって最善の条件を引き出すには、多くの駆け引きや譲歩を重ねながら細かな交渉を粘り強く続けていく必要があり、交渉文書を公開してしまうと相手に有利な立場を与えてしまう可能性があるからだ。
第1章の「物品貿易と関税」に関し、EUはほぼ全ての関税を撤廃することを目指している。現在、EU・米間の輸出入の関税率は、実は全品目平均では2%を少し切るぐらいで、概して低い。商品の半分以上は無関税であるが、税率に大きな差が見られる品目もある。例えば、米国は落花生には130%、生たばこには350%という法外に高い関税をかけている。さらに、自動車では、米国車にかけるEUの関税が2.5%であるのに対し、米国がEU車にかける関税は10%、列車車両では、1.7%に対し14%と、双方の税率差が大きく、競争上EUが著しく不利となっている場合もある。こういった状況を是正し、最終的には商品の価格を下げ、販売を上げ、雇用を増やし、消費を向上させることがEUの狙いである。
物品貿易のうち、農産品がEU・米国間貿易に占める割合は5%(310億ユーロ)と小さいが、EUにとっては70億ユーロの輸出超過となっている重要な分野だ。これは、高付加価値農産品である醸造酒(ワイン)や蒸留酒(スピリッツ)などの飲料に負うところが大きく、その大半は小事業者が担っている。原産地表示(Geographical Identification=GI)で保護された農業加工品は、EUの対外総輸出額の25~30%(約150億ユーロ)を占め、輸出されるワインとスピリッツの80%がGIで保護されている。EUは、いかにこれらの高付加価値産品の輸出を伸ばし、GI保護を強化できるかに、注力している。
また、農業については、既に米国側に提出された提案文書の中で、EUと米国双方の農業政策モデルや基準が異なるものであることを認識して相互に尊重すること、今日の農業が、単なる食品生産としてではなく、経済、社会、環境保護に担う役割をも定義し、「持続可能な農業」、「環境に優しい農業」での協力を推進することを明記している。
第2章の「サービス」に関し、電気通信、電子商取引、財務、郵便、海運などのサービス事業は、EU経済および雇用の60%を占める重要な分野だ。EUは、米国のサービス事業市場をEU企業に開放し、平等の条件で市場競争に参画できるようにすることを求めている。例えば、米国の電気通信会社に設定されている株式所有率限度を撤廃し、EUの株主が米国企業を所有できるようにすること、建築家などの専門資格を相互認証して相手側で容易に働けるようにすることなどが提案されている。
5章 | 規制の調和 | 11章 | 医療機器 | |
6章 | 貿易における技術的障壁(TBT) | 12章 | 農薬 | |
7章 | 食の安全および動植物の健康(SPS) | 13章 | 情報通信技術(ICT) | |
<以下、個別産業条項として> | 14章 | 医薬品 | ||
8章 | 化学品 | 15章 | 繊維 | |
9章 | 化粧品 | 16章 | 自動車 | |
10章 | エンジニアリング |
企業は製品やサービスを輸出先のルールや規制に適合させる必要があり、自国とのルールが大きく異なっていればそのコストは膨大なものになる。EUはそのようなコストを、規制がもたらす保護のレベルを下げることなく、削減することを目指している。市場アクセスの分野とは異なり、交渉は全面的な公開体制で進められており、ほとんどの章で既に条文案と解説書が公開されている。
第5章の「規制調和」について、今日、EU・米国双方は、同様の目的を持ちながらも、その方法や手続きが異なっているにすぎない場合も多い。一方、EU市民の間では、規制を調和させることは、自分たちの健康や福祉、環境、消費者保護のレベルを下げることになるのではないか、という懸念の声も上がっている。規制当局が協力することによって、レベルを下げずにコストを削減し、市民の懸念に対応するのが本章の目的だ。第6章で扱う、携帯電話やテレビ放送の規格などの「技術的貿易障壁」についても、異なる基準や規格をどちらかに合わせるのではなく、相互認証したり、手続きを簡素化したりすることができるはずである。そのためには、双方の規制当局が、情報交換し、早い段階で協議できる体制作りが提案されている。
第7章で扱う「食の安全および動植物の健康」は、日本同様EUでも極めて関心が高い。動物、植物、食品の輸入は、家畜、植物、人体の健康を危険にさらす可能性がある。EUとしては、この章で、米国における食品輸入認可の手続きを迅速化すること、動物の福祉についてのEUの高い基準を米国産畜産動物にも適用すること、遺伝子組み換え植物、畜産動物に対する成長ホルモンや抗生物質の使用についてのEUの高い基準を維持すること、などを目指す。また、米国向け食品の輸入認可基準が州ごとに異なるため、国としての一本化を求めている。EU域内への輸入認可基準は一律だからだ。
17章 | 持続可能な開発 | 21章 | 投資保護 | |
18章 | エネルギーおよび原材料 | 22章 | 競争 | |
19章 | 税関および貿易円滑化 | 23章 | 知的財産権(IP)および原産地表示(GI) | |
20章 | 中小企業(SMEs) | 24章 | 政府間紛争調停(GGDS) |
中小企業への配慮、エネルギー分野、研究開発や意匠などの知的財産権、投資家保護などで新ルール策定に挑む。EUが重視する、持続可能な開発、高いレベルの労働条件や環境基準、市民や社会を巻き込んでの監視体制づくりなどが挙げられ、EUの観点が色濃く反映されようとしている。
投資保護の章で、特に注目されるのは、企業と国家の間の紛争処理として一般的に用いられている国際仲裁制度「投資家対国家紛争解決制度(ISDS))に代わるものとしてEUが提案している、「投資法廷制度」(Investment Court System=ICS) 」だ。
ICSとは、投資家が、1)国籍により差別待遇を受けた、2)国有化などを理由に補償なしに事業資産を取り上げられた、3)事業資金の移転を妨げられた、4)法的権利を阻害された、あるいは、性別、人種、宗教などを理由に差別された――というような場合のために用意される特別の法廷で、EU・米国・第三国からそれぞれ同数の裁判官によって構成される一審法廷および控訴法廷で成り立っている。これまでのISDSに比べ、より公平で、より効率的でコストも抑えられ、中小企業により配慮した制度である。任命される裁判官の条件、全ての公判の公開および文書のオンライン開示をはじめ、あらゆる点で、透明性と公平性を担保している。
4月25日~29日にニューヨークで開催された第13回交渉ラウンドに関し、EUのイグナシオ・ガルシア・ベルセロ首席交渉官は、事前の強い政治レベルでの後押しで、飛躍的な進展を見せたと結論づけた。
4月27日にセシリア・マルムストロム通商担当欧州委員が発表した報告書によると、過去3年間、12回の交渉ラウンドの結果、分野2(特定産業項目以外)および分野3については、ほぼ全章で条文案策定までこぎつけている。が、分野1では、関税撤廃97%の見通しがついたものの、まだ多くの難関が残る。現在、17の章で双方の条文案の統合が進んでおり、7月に行われる予定の次回交渉で、ほぼ全分野の条文案策定ができる見通しだ。ただ、EUとしては、2016年内の実質合意に向けて意気込みはあるものの、「速さ」よりも、「内容」が重視されるべきとの方針は揺るがない。
TTIPは、EU・米国双方の事業者により広い機会を創出し、消費者に選択肢を広げ、EUと米国の国際的影響力を高めたいという目標に向け、極めて野心的でバランスのとれた包括的な協定となることに間違いない。EUは、米国とのTTIP交渉を通して、新しい交渉や協定のあり方を世界に提言し、グローバルプレーヤーとしての位置づけを着実に前進させている。
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