2012.5.21
FEATURE
欧州連合(EU)は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素などの温室効果ガス排出量を2050年までに1990年比で80~95%削減するという意欲的な目標を掲げている。経済の脱炭素化を実現し、低炭素技術で世界をリードしようという考えだ。石油や石炭などの化石燃料への依存を減らすことはエネルギーの安全保障にもつながるが、果たしてこの目標は達成できるのだろうか。EUの野心的な取り組みを紹介する。
まず、温室効果ガス削減に向けたEUのエネルギー生産、消費などの現状を見てみよう。最近のエネルギーに関する統計(2009年)によると、次のような事実が分かる。
こうした現状を踏まえた上で、EUが現在取り組んでいるのは、2010年11月に発表された、エネルギー新戦略「エネルギー2020」で描かれた2020年に向けた戦略だ。ここには、3つの目標が掲げられている。
1)温室効果ガスの排出量を2020年に1990年比で20%削減する。 2)最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギーの割合を20%に引き上げる。 3)エネルギー効率を20%高める。
そして、この「20-20-20」の数値目標を達成するため、以下の5つの優先課題と具体的な行動が提示されている。
1)高いエネルギー効率の達成 2)欧州全体を統合するエネルギー市場の構築 3)消費者に高い安全性と安定供給を確保 4)エネルギー技術とイノベーションの強化 5)エネルギー市場の他国との連携強化
それぞれの課題で取り組みがなされているが、中には達成が危ぶまれるものもある。例えば、エネルギー効率は、このままでは目標の半分しか達成できない見通しだ。そこで欧州委員会は2011年6月、「エネルギー効率に関する新指令」案(※1)を提案した。そこに含まれているのは、事業者や公的機関、消費者など各主体に向けての対策だ。例えば、エネルギー配給業者は、最終消費者が熱暖房システムの効率化、二重窓、屋根の断熱化などの方法で節電できるよう対策を講じる。公的機関は、エネルギー効率の高い建物や製品、サービスを購入することでそのような製品やサービスを後押しする。また、消費者は、過去や現在のエネルギー消費のデータに簡単にアクセスすることで、自分のエネルギー消費をよりよく管理する、など細かく定めている。
特に公共の建物に関しては、2014年1月1日から、毎年その3%が壁の断熱化を行うこと、幼稚園や学校、役所などでは二重ガラス窓の導入、非効率な熱ボイラーは交換する、などエネルギー効率を向上させる改修を行うことを義務づけている。改修の最大限の効果は60%の省エネにつながるという。現在指令案は早期の採択を目指して、EU理事会と欧州議会で審議、交渉中である。
これらの施策を確実に実行するために重要なカギを握るのが低炭素エネルギー技術だ。EUは、今後10年間のエネルギー・気候変動分野の技術戦略の柱となる「欧州戦略エネルギー技術計画」(SET-Plan : Strategic Energy Technologies Plan)を2007年11月に発表した。さらに具体的な実施計画について議論が重ねられ、「低炭素エネルギー技術開発への投資」という政策提言が2009年10月にまとめられた。ここでは、「風力」「太陽エネルギー」「二酸化炭素の回収と貯留(CCS : carbon capture and storage)」「バイオエネルギー」「核関連」「電力グリッド(送電線網)」の6つの分野についてロードマップ(行程表)が示され、これに、スマートシティ(※2)を加えた計7つのイニシアティブを遂行するために、2010年から10年間で最大715億ユーロの投資が必要だと述べている。
このように2020年の目標達成に向け取り組む一方で、2020年以降の長期的なエネルギー政策ビジョンとして、2011年3月、欧州委員会は域内経済全体に関わる「低炭素経済ロードマップ2050」を発表した。これはEUを競争力のある低炭素経済に移行させるためのロードマップで、2050年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で80%~95%削減するというEUの目標を達成するための、費用対効果に優れた道筋を示している。続いて2011年11月には、エネルギー部門全体をカバーする「エネルギーロードマップ2050」を発表した。これは二酸化炭素(CO2)の排出がほぼゼロのエネルギー生産を実現しなければならない2050年に向けて、エネルギー供給と競争力に支障を与えることなく、いかにこの目的を達成するかという課題への道筋を提示している。
この「エネルギーロードマップ」では、「省エネ」「再生可能エネルギー」「原子力」「CCS」の4つの脱炭素化方法を組み合わせた7つのシナリオが分析され、低炭素エネルギーシステムへの転換とそのための政策が提示されている。これに基づき、EU加盟国は、2030年をめどに、EU全体の整合性を考慮した上で、自国に適したエネルギーミックス(エネルギー源の組み合わせ)を選択し、個人投資家向けの安定したビジネス環境を整えることが可能となる。
このロードマップで描かれたすべてのシナリオに共通して言えるのは、以下のような点だ。
1) エネルギーの脱炭素化は技術的、経済的に可能
すべての脱炭素化シナリオが排出量削減目標を可能にするとともに、長期的には既存政策よりもコストを抑えることにつながる。
2) エネルギー効率の向上と再生可能エネルギーが最重要
どのエネルギーミックスを選択するかにかかわらず、2050年にCO2目標を達成するためには、エネルギー効率の向上と再生可能エネルギーの割合を引き上げることが必要である。また、各シナリオにおいて、最終エネルギー需要において電力の比重が現在よりも大きくなることが示されている。すべてのシナリオにガス、石油、石炭、原子力が異なった割合で組み込まれ、統合された域内市場が早期に実現すれば、加盟国はそれぞれに一番適したエネルギーミックスを柔軟に選択することができる。
3)早期の投資は低コストにつながる
2030年までの必要なインフラへの投資はすぐに決定すべきである。30~40年前に建設されたインフラを取り替える必要がある。投資を迅速に実施すれば、20年後に替えた場合のコスト増を回避できる。いずれにしても、EUにおけるエネルギー分野の進化を目指すには、越境型統合送電網、「インテリジェント」な電力グリッド(スマートグリッド)、エネルギーの生産、輸送、蓄積のための最新の低炭素技術など、インフラの近代化と大幅な柔軟性向上が必要だ。
4)電力価格上昇を抑制する効果
早期の投資は、将来の最適価格につながる。電力の価格は2030年まで上昇することが予測されるが、その後は、供給コストの低下、節電政策、技術の改善により、下がる可能性がある。高水準の持続可能な投資、それに関連する地元の雇用、輸入依存度の軽減などによって、便益がコストを上回る。すべてのシナリオにおいて、総コストおよび安定供給への影響に関して同等の脱炭素が達成される。
5)規模の利益が必要である
国別計画の並存よりも、欧州全体で行動を進める方が、コストも低くなり、供給も安定する。これには、2014年までに完成させるとしている統合エネルギー市場の構築が含まれる。
このように、EUのエネルギー政策に関する取り組みを見ると、脱炭素社会を実現するための大きなビジョンや目標を掲げ、具体的な政策は各加盟国に委ねている。そして、目標達成への進捗が遅れていれば、求心力を発揮する形で、全体としての対策を強化するというプロセスを踏んでいる。EUは、野心的な「エネルギーロードマップ2050」の実現に向けて、世界の最先端を走り続けているのだ。
(※1)^ 同指令案に関するメモ(英語)
(※2)^ EUの2020年の温室効果ガス削減目標(20%)を上回る40%削減を積極的に目指そうとする先進的な低炭素モデル都市「スマートシティ」を欧州25~30都市で創設する。
関連情報
欧州委員会ウェブサイト(英語):エネルギー戦略
欧州委員会ウェブサイト(英語):欧州戦略エネルギー技術計画(SET-Plan)
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