2012.5.21
FEATURE
地球温暖化や環境問題、エネルギー安全保障の観点からエネルギー源の多様化を急速に推し進める欧州では、膨大な再生可能エネルギーの供給源として海洋エネルギーに大きな期待を寄せている。欧州連合(EU)は2020年には域内のエネルギー消費に占める再生可能エネルギーの比率を20%に引き上げ、2050年にはさらに高い比率にすることを目指している。そのEUにとって、海洋エネルギーは今後、効果的な研究開発への資金援助などを通じて、一層力を入れていきたい分野だ。
欧州での海洋エネルギーの開発の現状について、また日本との研究開発協力について、海洋エネルギー資源利用推進機構(OEA-J: Ocean Energy Association-Japan)の会長を務める東京大学生産技術研究所の木下健教授に聞いた。
―欧州が海洋エネルギー技術で世界を先導しているのはなぜですか。
海洋エネルギー(※3)の定義ですが、OEA-J(※4)では、浮体式洋上風力も海洋エネルギーに含めています。現段階では、欧州の再生可能エネルギーの主力は風力発電で、その中でも洋上風力発電に比重が移りつつあります。
欧州で洋上風力発電が盛んになったのには、主に3つ理由があります。第1は、大昔から風車があったように、歴史的に風力発電に親しんできたこと。産業革命で石炭、そして石油に取って代わられましたが、この15年ほどで、欧州では、陸上風車の見直しが盛んになった。ただ陸地での適地が限られてきて、次第に沿岸域(near shore)、そしてこの1、2年で沖合(off-shore)へと移ってきました。今では洋上に多数の大型風力発電施設が稼動しています。
第2に、メキシコ湾、そして北海での石油開発が、海底へシフトしたことが挙げられます。この5年から10年の間に、2,000メートルから3,000メートルの大深海で石油掘削をするようになりました。北海での大規模油田の開発が、欧州に海底での作業の技術開発を促したというわけです。
第3は個人的見解ですが、中世の雰囲気、景観を大事にする欧州の文化的風土があると思います。風車を復活させる動きは、欧州の田舎都市が先導しました。環境問題や原子力事故で再生可能エネルギーに強い関心が集まっていますが、風力をはじめとして、身近にあるいろいろなものを適材適所使うのが再生可能エネルギーです。欧州ではこの考え方に自然になじんでいますが、日本では再生可能エネルギーにも経済合理性だけを求める傾向が強い。
―欧州が洋上風力発電に強い理由はわかりましたが、ほかの海洋エネルギー開発は進んでいるのでしょうか?
潮流・海流発電などに使われる技術は、風車を海に沈めて回すだけですから、基本的に洋上風力発電と同じなので、欧州には技術的な強みがあります。
波力に関しては、35年ほど前の第一次石油ショックの際、石油への依存を減らそうという機運が世界的に高まり、波から得られるエネルギーが注目されました。実は日本では50年ほど前に、航路標識用ブイの電源として世界初の波力発電に成功していました。石油ショックをきっかけに、波力発電の研究は盛んになり、1998年までは世界のトップを走っていましたが、コスト高が原因で下火になってしまった。一方、欧州ではエネルギー危機後、一時研究開発予算は縮小したものの、周辺海域の波のエネルギー密度が高い英国などを中心に、再び活発化し、多くのベンチャー企業が波力発電装置の開発に参入しています。
―特に海洋エネルギー開発はコストがかかると聞きますが、やはり課題はコスト面でしょうか。
例えば、洋上風力は発電潜在能力、潜在的市場の大きさは投資先として魅力があり、成長目覚しい産業です。ただ、海洋再生エネルギー自体の本格的な実用化にはまだ少し時間がかかるので、効果的な財政援助政策、税制面での優遇策など、それぞれの国に適したインセンティブ政策は必要です。
最大の課題は、沖合と大陸、または大陸間を結ぶ直流高圧送電線の海底ケーブルの敷設です。膨大なコストがかかるし、技術面でのハードルも高い。でも、欧州ではこうした問題を解決する見通しがついているはずです。
―海域の利用に関しても、さまざまな政策的手続きや調整が必要になってくると思いますが(※5)。
遠くない将来、漁業資源は枯渇する。海の生産力を痛めつけない形で養殖産業を育成するという方向では世界的に一致しています。その養殖に海洋エネルギーを利用する目的で、英国をはじめとする各国では、地元と協力して海洋エネルギー産業を育てる道を探っています。
英国(※6)ではこの15年の間に、漁業者と協調して、経済的にも環境のためにもメリットになることをしようと、情報を共有し、地元の人も事業に参加してもらうといった方法論を開発しました。その方法論が、今では排他的経済水域(EEZ)に関する国際間の話し合いの際にも使われています。欧州には、民主主義によって公正に物事を解決できる、話し合えば必ず双方が納得するという土壌があります。日本もその方法論から大いに学ぶべきです。
―英国の欧州海洋エネルギーセンター(EMEC: European Marine Energy Centre)(※7)はEUが設立資金を一部援助した世界有数の波力と潮力発電のための大規模な実証試験場です。EUはまた、研究開発枠組み計画を通じて、欧州の企業や研究機関に対して、EMECなどの試験場を利用しやすくするための資金助成を行っています。OEA-Jはこの3月、EMECと試験場の計画や運営などで協力するための覚書を交わしたそうですが、その意義について教えてください。
実海域での試験を行うことにより、装置の性能のみならず、敷設費やメンテナンスの費用なども算定できるので、実証試験場は海洋エネルギーの研究開発には必須です。OEA-Jは日本の海洋エネルギー普及に向けた実証試験場の設立を目指していますが、そのためにも、開発者市場の算定や施設的なニーズ、運営のやり方、技術協力など、EMECから学ばせてもらうことは山ほどあります。
EMECからも、日本にアジアを代表する実証試験場を作ってほしい、EMECのアジア版「AMEC(Asian Marine Energy Centre)」を設立して、兄弟施設として協力関係を深めようと激励されています。
関連情報
欧州連合ウェブサイト(英語):海洋エネルギー
欧州海洋エネルギーセンター(英語)
海洋エネルギーの可能性
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海洋エネルギーの発電潜在能力は理論上で年間10万テロワット時(TWh)と見積もられており、現在の世界の電力消費量の16,000TWhをはるかに上回る。EUの試算では、2050年には海洋エネルギーの潜在発電能力は年間645TW(原子力発電100基分に相当)で、EU27カ国の推定電力消費量の15%に当たる。現時点で、海洋エネルギーがEUの電力需要に占める割合は0.02%にすぎない。しかし、例えば波力だけを見ても、その潜在発電能力の0.1 %あれば、全世界の電力需要の5倍以上を供給できるという。 欧州が特に海洋エネルギーに注目している理由は、1)安全保障上の観点から輸入される石油や天然ガスへの依存を減らしたい、2)再生可能エネルギーを増やしたいがバイオ燃料は作物生産とかち合う、3) 波や潮のエネルギーは風力より安定している、4)風力発電で培った技術力を役立てることができる、などが挙げられる。また、雇用という点も重要な要素だ。海洋エネルギー産業は2020年までにEU全体で直接雇用26,000人、間接雇用13,000人を生みだすと試算されている。 欧州は、波力と潮力発電開発の最前線にいる。潮の力を利用した世界初の堰(せき)が1966年にフランスに開設され、英国は世界で初めて2003年にデボン沖に潮流を調査するタービンを設置した。その結果を踏まえ、2008年、北アイルランドの沖400mに1MWの潮流発電装置を設置。また、同年、ポルトガルでは、波力発電装置3基(総出力2.25MW)が設置された。今後、発電装置を25基追加して総設備容量を20MWにする計画だ。 |
(※3)^ 海洋エネルギーは、海面の上下動など波の力を利用してタービンやピストンを動かす波力発電、潮の流れや海流を利用する潮力発電や海流発電、海の表層水と深層水の温度差を利用して発電する海洋温度差発電、海水と真水の塩分濃度の差を利用する塩分濃度差発電など多岐にわたる。欧州は、波力と潮力発電開発の最前線にいる。
(※4)^ 2008年3月に設立された。海洋エネルギー資源利用を推進し、産学官の協力により持続可能な発展を目指す社会の構築を目的としている。
(※5)^ 海洋空間には、洋上風力、海底油田やガス田の掘削のための構造物やパイプライン、海上輸送、漁業などさまざまな建造物や事業がある。実証試験のための海域利用、また商業的に波力や潮力発電を動かすためには、政策的にも手続き的にも整えなくてはならないことが多い。
(※6)^ 木下教授によれば、英国では王室不動産管理局が海洋空間計画や統合沿岸域管理に基づく総合計画を策定し、既存の漁業従事者と新規事業者との調整を行い、海域をリースしているという。
(※7)^ 現在、海洋エネルギーを利用するさまざまな装置の実証試験が世界各地で行われているが、その中核を担っているのが、スコットランド北東部のオークニー諸島にある「欧州海洋エネルギーセンター」(EMEC)だ。2001年に、波力と潮力発電のための大規模な実証試験場としてオープンした。国際エネルギー機関(IEA)によると、2011年末現在、世界で行われている海洋エネルギーに関する実物大の実証試験プロジェクトは13あるが、うち12がEMECで行われているという。
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