2015.3.31
FEATURE
「欧州2020」に掲げられた、貧困レベル以下に分類される人の数を2,000万人減らすという目標の下、各加盟国は自国の状況に合わせた目標を定めている。主な加盟国については以下のとおりである。
EU全体 |
貧困レベル[1]以下の人数を2,000万人減 |
オーストリア |
23万5,000人減 |
ベルギー |
38万人減 |
ブルガリア* |
金銭的貧困にある人を26万人減 |
クロアチア |
15 万2,000人減 |
デンマーク* |
低就業率世帯の人を2万2,000人減 |
フランス |
190万人減 |
ドイツ* |
長期失業者を32万人減 |
ギリシャ |
45万人減 |
アイルランド* |
複合的貧困にある人を20万人減 |
イタリア |
220万人減 |
リトアニア |
81万4,000人に減らす |
オランダ* |
無職の世帯に住む人を10万人減 |
ポーランド |
150万人減 |
スロヴァキア |
17万人減 |
スペイン |
140~150万人減 |
スウェーデン* |
20歳から64歳までの全人口に対する無職(学生を除く) ・長期失業 ・ 長期病欠者の割合を14%以下に減らす |
2020年までに2,000万人減らすには、人口の多いフランス、イタリア、ポーランドやスペインなどの削減対象人数が自ずと多くなる。しかし、経済危機の影響でEU全体として貧困層は増えつつあり、以下の統計(表2)が示すように、削減はままならない。
目標 |
2008年(基準年) |
2012年 |
2013年 |
2020年目標 |
貧困または社会的排除の危険にある人の数 |
1億1,660万人 |
1億2,310万人 |
1億2,140万人(予測) |
9,660万人 |
貧困または社会的排除の危険にある人の割合(対全人口) |
23.8% |
24.8% |
24.4%(推定値) |
– |
超低就業率の世帯に暮らす人の割合 |
9.1% |
10.4% |
10.6%(同) |
– |
可処分所得が低く、貧困に直面している世帯に暮らす人の割合 |
16.6% |
16.9% |
16.6%(同) |
– |
重大な物資不足に窮している人の割合 |
8.5% |
9.9% |
9.6%(同) |
EU内の地域間経済格差の是正に貢献してきたのが、EUの地域政策である「結束政策(Cohesion Policy)」だ。EUは、全体の調和を目指して地域による不均衡を是正し、結束することを重視してきた。そのためEUの地域政策は、結束政策といわれている。
結束政策は、「欧州2020」の目標達成のための主要な投資手段である。この政策の下、欧州地域開発基金(ERDF)、欧州社会基金(ESF)や結束基金(Cohesion Fund)などの基金を用い、雇用を増やし、イノベーションを促進し、教育と統合を進め、低炭素経済実現などを目標とした複合的な取り組みに資金を投入している。
最近見直されたEU結束政策では、2014年から2020年までの7カ年多年次予算枠組みの中で、成長と雇用への投資とEU内の地域間の連携を目指し、中小企業の競争力強化や貧困撲滅など11の重点テーマに3,250億ユーロを支出することが決まっている。特に、若年失業への対応や中小企業支援、主要インフラの整備計画へのEU資金の最大活用を進める。
2004年以降の新規加盟国の一部では一人当たりの国内総生産(GDP)がEU平均の半分以下の国もあるなど、加盟国間の経済格差は大きい。そのため、各国の特徴を考慮した取り組みが不可欠で、特に経済的に追いつくためには、産業のインフラ整備などへの投資が必要である。
しかし、域内格差是正に重点を置きすぎると、限られた資源が産業競争力強化に振り向けられなくなり、EU全体として経済停滞に陥る恐れがある。そのため、域内の調和と結束を図りつつも、経済成長を達成するような、バランスの良い政策が必要とされている。
EUでは本来、加盟各国が自国の貧困撲滅の責任を負うが、EUとしての解決を探る方策として、「欧州2020」の7つの主要施策の一つ「貧困克服」を推進する中核として「貧困と社会的排除対策のための欧州プラットフォーム(The European Platform against Poverty and Social Exclusion)」が2010年に設立された。このプラットフォームは非政府組織(NGO)やソーシャルパートナー(労使団体)をはじめ、企業や大学、財団、研究所、国際機関が、必要かつ適切な政策や行動について議論する場となっている。国レベルの関係者だけでなく、地域・地方行政府も巻き込んでのもので、毎年の経済成長を考慮して柔軟に取り組んでいる。
プラットフォームの目指すところは以下の5点。
貧困と社会的排除対策のプラットフォーム年次総会では、意見交換や活動報告をはじめ、成果と課題が積極的に論議される。貧困撲滅対策の今後の指針となるような重要な決定も行われている。2014年11月に2日間にわたって催された第4回年次総会では、ソーシャルイノベーションに焦点を当て、新しく創造的なアイディアがどのように社会的需要に応え、人々の生活向上に寄与するかが討論された。
欧州委員会のマリアンヌ・ティッセン委員(雇用・社会問題・技能・労働力の移動担当)は開会の挨拶で、ESFが今後7年間で170億ユーロを貧困撲滅対策に出資すべきだと述べ、「我々にはより良い仕事がより多く必要で、効率よい社会保障システムも欠かせない」と強調した。
この総会には約700人が参加し、「予防的な立ち退きにより住居の安全を確保する」、「長期的介護のための社会的保護」、「雇用・賃金・年金における男女差を埋める」、「エネルギーの欠乏」など、さまざまなテーマでのワークショップで白熱した議論を展開したほか、先進的な取り組みをする自治体の長が実施例を披露した。政策の実現状況や、欧州2020の目標達成状況についても確認し、将来の政策推進について関係者に理解を求めた。
結束政策の下、実際に資金を拠出する各種基金は、政策推進に重要な役割を果たしている。すでに貧困撲滅対策には、ESFが2014年から2020年の間に860億ユーロを支出することを決めているが、これは雇用促進が目的で、主に教育や職業訓練となる。しかし現実には極端な貧困のため、教育や職業訓練を受けられない層も存在する。「最も貧しい人々への欧州援助基金(Fund for European Aid to the Most Deprived=FEAD)」はそのような底辺層の人を引き上げようというもので、2014年に設立された。ティッセン委員は「これはEUの連帯の大きな象徴である」と評し、後進地域支援に力を入れていく姿勢を表明した。
FEADからは、2014年から2020年にかけて38億ユーロが支出されることが決まっている。昨今の経済社会危機に最も影響を受け、最も困窮している400万人を対象とし、貧困から抜け出すための初期支援とする。具体的には食べ物に困っている人やホームレス、物質的欠乏に苦しむ子どもたちに、食料や衣服をはじめ、靴や石鹸など日常品を支給する。
ちなみにFEADは、1987年からの「コミュニティの最も恵まれない人々への食料配給プログラム(Food Distribution Programme for the Most Deprived Persons of the Community=MDP)」を置き換える形で発足した。MDPは、もともと過剰農産物を活用しようと貧困者に配り始めたのが発端だったが、時代にそぐわないため2013年末で終了となった。
このように貧困を克服する道のりは長い。しかし弱者も包摂して発展していく社会を求め、EUは全力で取り組んでいる。
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