2021.2.24

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「貿易と協力に関する協定」に基づくEUと英国の新たな関係

「貿易と協力に関する協定」に基づくEUと英国の新たな関係

2020年12月24日、EUと英国は新しい「貿易・協力協定(Trade and Cooperation Agreement=TCA)」に合意。TCAは、関税ゼロの貿易の維持や企業間の公平な競争条件の担保などを定めた枠組みであり、この協定を土台にEUとEU脱退後の英国の新たな関係が構築される。

TCAにより、英国の欧州の統合プロセスへの参加の歴史は幕を閉じた。振り返れば、第二次世界大戦後の1952年、「経済統合とますます緊密化する政治統合」という構想を掲げた欧州大陸の国々は、戦後の荒廃から「平和と繁栄」の時代に移行した。英国も後に加盟申請を決め、1973年にエドワード・ヒース首相の下で正式なEU加盟国となった。そして2021年1月1日、英国のEU脱退に伴う移行期間が終了。英国の脱退は、特に同国にとって歴史的な転換点となったが、一方で、EUと27の加盟国は変わらず創設の理念を追求していく。

本稿ではTCAを概説するとともに、今後の日・EU関係の進展にも言及する。

2021年1月1日に何が変わったのか

2021年1月1日、移行期間が終了したことで英国は欧州連合(EU)の単一市場、関税同盟、およびEU法の総体系から脱けた。これによってEUと英国間の「人、モノ、サービス、資本」の自由な移動は終了し、英国はEUの国際協定の枠組みから外れることとなった。予想される混乱を可能な限り抑えるため、2020年12月24日、EUと英国は「貿易と協力に関する協定(TCA)」に合意した。TCAは、物品・サービス貿易に加え、投資、競争、補助金、透明性、輸送、漁業、データ保護、エネルギーと持続可能性、社会保障など、幅広い分野をカバーする自由貿易協定であり、原産地規則を満たすことを要件に、全品目で関税、割り当てが撤廃された。

この新しい協定は、2020年2月に発効した脱退協定※1で予見されていたEU・英国間の新しい関係を統治するものである。しかし、新協定が施行されたとしても避けられない、以下のような大きな変化がある。

  • 人の自由な移動の終了:英国市民には、EUでの自由な労働・勉学・起業・居住は認められない。EUでの長期滞在には査証(ビザ)が必要。EU入域の際には国境での審査が適用され、パスポートへの証印が必要となる。
  • 物品の自由な移動の終了:税関での検査と審査は、英国からEUに入る全ての物品に適用される。英国の農産物委託販売品は、輸出衛生証明書を取得し、加盟国の国境検査所で衛生および植物検疫の審査を受ける必要がある。
  • サービスの自由な移動の終了:英国に籍を置くサービス提供者は、母国法主義(country-of-origin principle:母国の法令などに基づき提供が許可されている場合、他の加盟国の許可を得なくても、その国でのサービスの提供を可能とする原則)の恩恵を受けられなくなり、サービスを提供する加盟国ごとのさまざまな規則を遵守せねばならず、現行の営業を継続したい場合はEUに拠点を移す必要がある。専門資格は相互承認されない。英国の金融サービス会社は、EU内での金融サービスの提供を承認される「単一パスポート」を失うこととなる。

これまでにない自由貿易協定として新たなEU・英関係の基盤に

TCAは「前例のない自由貿易協定」「経済、社会、環境、漁業の問題に関する野心的な協力」「市民の安全のための緊密なパートナーシップ」「包括的なガバナンスの枠組み」という4つの柱で構成されており、それぞれが幅広いトピックをカバーしている。

出典:“EU-UK Trade and Cooperation Agreement  – a new relationship with big changes” より抜粋の上、翻訳(画像クリックで拡大)

単一市場の完全性、4つの自由(人、モノ、サービス、資本)の不可分性、EUの法的秩序の完全性というのはEUの基盤であり、TCAはこの大切な基盤を必ず保護するというEUの原則を尊重したものになっている。ただし、共通ルールに基づくEUのシステムから離脱した英国は、関税同盟や単一市場によるメリットを加盟国と同様には享受することはできない。TCAは双方の主権と自律的な規制を尊重した上で、EUと英国に与えられた権利と義務を明確にしている。

TCAには機密情報と原子力に関する2つの合意が含まれている。またEUと英国の将来的なパートナシップの枠組みを規定するため、原産地規則や漁業、ワインや医薬品、化学物質の取引、安全保障に関連する情報などに関する15の政治宣言も付帯している。TCAは5年ごとに見直され、12カ月前に通告すれば履行停止も可能だ。

商品とサービスの貿易、漁業、安全保障とテーマ別の協力に関して、TCAが英国とEU双方にどのような利点をもたらすのかをまとめたのが下の表である。

出典:“EU-UK Trade and Cooperation Agreement  – a new relationship with big changes” より抜粋の上、翻訳(画像クリックで拡大)

 

TCAの適切な履行を担保するガバナンス枠組みを導入

1,500ページにわたるTCAは幅広い分野をカバーしており、その内容も複雑なものだ。TCAを適切に履行するため、EUが主張したのがガバナンス枠組みの構築だ。交渉の結果、EUと英国の履行状況を適切に監督するために「パートナーシップ協議会(Partnership Council)」(日本語仮称)を新たに設置することとなった。パートナーシップ協議会は想定される課題について話し合う場であり、お互いが同意すれば拘束力のある決定を下す権限がある。協議会の下には専門委員会と作業部会がある。もし意見が乖離して対立が解消されなければ、独立した仲裁裁判所を設け調停を行う。紛争解決に向けて対等な関係を約束したこのメカニズムは、TCAのほとんどの分野で適用される。双方には、相手方の協定違反により発生した損害に対し、報復的な措置を講じる権利が認められている。

「ガバナンス」のセクションには、民主主義、法の支配、人権、気候変動対策、不拡散に関する多くの政治的条項が含まれており、これらはTCAの「重要な要素」とされている。「重要な要素」で規定された義務に対する実質的な違反があれば、TCAの全体、または一部が停止、もしくは破棄される可能性がある。TCAの実施および補足協定については、それぞれの市民社会で協議する必要があるということも規定されている。

フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長(右)は、EUと英国双方にとって有益な合意に向けた最終交渉のため、ブリュッセルにジョンソン英首相を迎えた(2020年12月9日) © European Union, 2020 – Source : EC – Audiovisual Service / Etienne Ansotte

英国完全脱退後も変わらない日・EU関係

EUと英国の関係はこのTCAで新たな一章を開いたが、EUと日本との関係は、英国の完全離脱後も変わることはない。民主主義、人権の尊重、ルールに基づく多国間秩序などの共通の利益と価値を有している、志を同じくするパートナーであり続ける。日本とEUは、グリーンとデジタルを重要政策に据えた復興を目指しており、共に、新型コロナウイルス感染症のパンデミック後の世界を形成する国際的取り組みを主導する立場にある。それは二者間でも、米国を加えた三者間でも、また、主要7カ国(G7)や20カ国・地域(G20)、国連、WTOなどの多国間の場でも遂行することができる。日・EUの経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定(SPA)は、2019年9月に署名された連結性パートナーシップと共に、日本とEUの共同行動の確固たる基盤を形成している。

本年は気候変動対策にとって極めて重要な年となる。 EUは、2050年までに気候中立を実現するという菅義偉総理大臣の公約を歓迎するとともに、11月に英国グラスゴーで開催される第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)での野心的な成果に向けて、世界の気運を高めていくために日本とEUは協力する必要があると考えている。両者は、水素などの革新的な技術に関する共同研究とハイテク協力の必然のパートナーであり、今後も協働を推進していく。

日本とEUの外交政策は世界にとって重要である。 2021年1月25日、茂木敏充外務大臣は日本の外相として初めてEU外務理事会に参加し、 議長のジョセップ・ボレルEU外務・安全保障政策上級代表および27のEU加盟国の外相と、インド太平洋地域について有意義な意見交換を行った。インド太平洋は日本とEUが平和と安定の確保という共通の利益を持つ地域であり、そこでは他の多くの国やASEANなどの地域機関との緊密な関係を共に構築することが可能である。 また、EUは、特に海事分野において、日本との安全保障・防衛協力のための新たな道を追求することにコミットしている。

パンデミックを克服するための双方の努力は続いているが、日本とEUのパートナーシップはかつてないほど強力であり、今後力を合わせてこの重要な二者間関係を新しいレベルに引き上げていく。

※1 脱退協定についてはEU MAGの記事「英国、EUから脱退」をお読みください(2020年1・2月号 ニュース)。

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