2025.2.21
FEATURE
ロシアによるウクライナへの侵略戦争が始まってから今年2月24日で丸3年。欧州連合(EU)とその加盟国はこれまでウクライナに対し、1,340億ユーロ相当の人道、財政、経済、軍事支援を提供し、ウクライナに対する最大支援提供者となっている。4年目に突入するこの戦争をめぐり、EU加盟プロセスへの影響、日本からの支援、復興に向けた準備など、セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使に話を聞いた。
A. まず理解していただきたいのは、この戦争は非常に非対称なものであるということです。私たちが戦っているのは、ウクライナの4倍の人口を抱え、規模も資源も比較にならないほど大きな国です。
この3年間の戦況は、いい時もあれば悪い時もあり、ロシアに対する反撃で大きな成功を収めたこともありました。最も成功したのは、2022年に首都のあるキーウ州全域と、ハルキウ州のほとんどの地域を解放した作戦です。首都キーウおよび主要工業都市ハルキウをウクライナ政府の手中に維持することの重要性は、説明するまでもないでしょう。しかし、それ以降は非常に厳しい戦いが続いています。
私たちは、ロシアが侵攻開始直後から1年ほど戦線に投入していた精鋭部隊を壊滅状態に追いやりました。しかしその後、ロシアが「ミートグラインダー(肉挽き機)戦術」によって戦場に送り込んできた囚人やあらゆる人的資源を排除しなくてはならなくなりました。これは第2次世界大戦時のソ連の戦術と似ています。どれだけ人が殺されても、彼らは次々と新たな兵士を投入するのです。
今、新たな問題が浮上しています。北朝鮮によるロシア軍への部隊派遣です。派遣された北朝鮮兵は単なる歩兵ではありません。ロシアが「スペツナズ(特殊部隊)」と呼ぶ、高度な訓練を受け、装備も十分に備えた部隊です。そうした兵士を一掃するのは簡単ではありませんが、私たちはやり遂げるつもりです。
アジアの国が欧州の戦争に派兵するという例は、現代史上、類を見ません。ここで重要なのは、ウクライナは北朝鮮とは何の関わりもなく、北朝鮮に対して敵対的な行動を取ったこともないということです。つまり、北朝鮮はウクライナとロシアの複雑な関係には一切関与していない国でありながら、戦争に参戦しているのです。
この3年間で、現代の戦争がどのようなもので、どのようにして行われるのか、そして迅速に全力で反撃せず、重要な決断を遅らせることがどれほど危険なのかを、私たちはもとより、欧州と民主主義国家の人々はよく分かったと思います。ロシアが「成功」と呼んでいるものは、欧州とアジアにとって最悪の安全保障環境を生み出したに過ぎません。
私たちは戦い続けます。他に選択肢はありません。ウクライナは、1日あたり1,200人~1,500人のロシア兵を排除しています。わずか数平方メートルの土地のためにこれだけ多くの命が犠牲になるような事態は、文明社会に生きる者であれば到底受け入れられないはずです。しかし、(ロシアのヴラジミール・)プーチン大統領は、何人殺されようが全く意に介しません。彼の目的はウクライナを破壊することであり、実際に破壊しています。
A. 重要なのは、ウクライナがこの戦争に勝利することだけでなく、アジアで新たな戦争が勃発することを防ぐために、あらゆる手を尽くさなければならないということです。
プーチン大統領は、ウクライナが反撃するとは思っていませんでした。また、欧州と米国がこれほど団結するとも考えていませんでした。彼は欧州における長年の特殊工作活動を通じて、政治家を買収し、例えば天然ガス取引を利用してEU域内の分断を促進しようと目論んでいました。しかし、事はプーチン大統領の思うようには運びませんでした。
そこで必要になったのが新たな戦線です。最も脆弱で、最も微妙な地域がアジアだったのです。中国とロシアの海軍が合同パトロールを行ったり、日本列島の周辺を軍用機で飛行したり、軍事的な動きが多数行われています。しかし、日本は他国に脅威を与えてはいません。それにもかかわらず、北朝鮮が日本海に向けて多数の弾道ミサイルを発射しているのはなぜなのでしょうか。
私たちからしてみれば、不思議でも何でもありません。ロシアと北朝鮮の協力は2年前から知っていました。ロシアは北朝鮮に技術を移転し、一方では北朝鮮の独裁指導者に不安を抱かせ、他方では支援を約束しようとしていたのです。その結果、両国は(事実上の)軍事同盟を結ぶに至りました。北朝鮮は韓国との関係を断ち切り、近隣諸国に対してかつてないほど攻撃的な政策をとるようになりました。
ロシアの目的は、必要とあらばアジアで新たな紛争を引き起こすことです。しかし、そんなことを許すわけにはいきません。そのため、私たちはアジアのパートナーと協力し、あらゆる情報を提供するとともに、今何が起きていて、何が脅威で、どんな対抗措置を取り得るのかを説明しようと努めています。
以前は、北朝鮮から「ドローン(無人機)」という言葉を聞いたことはありませんでした。しかし、ロシアとの合意締結後、北朝鮮代表団は秘密裏にイランを訪問し、その後、金正恩総書記がドローンの量産体制の確立と大量生産の開始を指示しました。
40キログラムの爆薬を搭載した安価なドローンでも、高層ビルに命中すれば確実に人命が奪われ、インフラが破壊されます。しかも、高層ビルでは被害に対応するのは困難です。現在、ドローンの脅威が増大していますが、それはロシアのウクライナ侵攻による直接の副産物なのです。
A. 実は主要なエネルギーインフラは、他の機器で代用することができます。例えば、大規模な発電所にはターボ発電機を設置することが可能です。日本政府には大型の産業用発電機を供与していただきました。一方、多くの市民は小型の発電機を利用しており、そうした発電機はさまざまなルートを通じて何千台、何万台と提供されています。日本からも数千台を提供いただきました。
私たちはエネルギーシステムを維持するために努力しています。ウクライナでは発電能力の70%が失われましたが、幸いにも原子力発電所は今も稼働しており、多くの人々に電力を供給しています。こうした巨大な発電所はソ連時代の遺産です。しかし、現在は電力供給が分散化され、エネルギーシステムのレジリエンス(回復力)は高まっています。
A. EU加盟はウクライナ政府にとって最も困難な課題の一つです。しかし、私たちはEU加盟に向けて着実に前進できるよう努力しています。いくつかの章(政策分野) について交渉を正式に開始する予定で、現在可能な限りの取り組みを進めています。
※EU加盟交渉における「章」とは、EUに加盟するためにクリアすべき35の分野ごとのルールや基準のこと。
交渉する章にはさまざまな分野があり、比較的容易なものもあれば、議論が難航するものもあります。 ウクライナ政府でEU加盟交渉を担当する機関は、小さな一歩でも着実に前進させようと取り組んでいます。 まさに「カイゼン」の精神です。小さな進歩を日々積み重ねているのです。
しかし同時に、私たちは戦闘を継続しており、莫大な資源を戦争に注ぎ続けてもいます。本来ならば、その資金を新しいウクライナを築くために使いたいのです。これまでとは全く異なる基準、異なるビジョンで新しい国をつくるのです。
ご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、そして私たち自身も常に思い出すようにしていることなのですが、全ては親ロシア派の(ヴィクトル・)ヤヌコビッチ政権が親欧州路線を拒否したことから始まりました。2013年11月、当時のヤヌコビッチ大統領がEUとの連合協定への署名を取りやめた結果、抗議運動が起こり、2014年の「尊厳の革命 」に発展、やがてロシアがクリミアと東部ドンバス地方に侵攻したのです。
この戦争は欧州路線を巡るものであり、戦争に近い状況の中で約10年を過ごし、現在本格的な戦争に苦しめられている私たちにとって絶対に譲れないものです。
ロシアが本気であることは分かっています。プーチン大統領の当面の目標は、ウクライナを完全に破壊し、ロシアの「最後通告」を受け入れさせることです。つまり、EUにも北大西洋条約機構(NATO)にも加盟せず、半分独立国家ではあるけれどロシアに忠実な国になれ、というわけです。しかし、それは決して実現しません。
ウクライナ政府はそのことを十分に理解していますし、国民の思いを実現するために努力し続けねばなりません。ウクライナの未来は欧州にあります。私たちには自らの未来を選ぶ権利がある。そのために、これからも戦い続けます。
A. 私たちは現在、復興に力を注いでいます。開戦後の2年間は戦争と人道支援に注力していましたが、昨年以降はより前向きなムードに変わってきたと言えるでしょう。
復興事業は大規模なものになります。私の記憶が正しければ、ウクライナではおよそ12万棟の高層住宅が破壊されました。膨大な量の瓦礫の撤去が必要になりますし、多くの都市をゼロから再建しなければなりません。
例えば(東部ドネツク州の)バフムトはもはや壊滅状態です。ロシア軍から解放されたら、再建計画を立ててがれきを撤去し、全てを一から立て直す必要があります。EU加盟を見据えて、インフラは完全に作り直す必要があります。加盟交渉では、エネルギーや運輸など、あらゆるインフラがEUの基準に適合していることが求められるからです。
その点、日本は欧州の基準をよく理解しています。日本とEUの関係は非常に良好で、包括的な協定も締結しています。日本企業が欧州や近隣諸国のパートナーと協力してウクライナの復興事業に参加してくれることを願っています。日本企業が欧州のパートナーと連携し、場合によってはウクライナ近隣諸国を拠点に復興に参加してくれることを願っています。
昨年、ウクライナ地雷対策会議がスイスで開かれましたが、今年は秋に東京で開催される予定です。ウクライナの地雷除去活動において、日本は間違いなく重要な役割を果たしており、可能な限り多くのパートナーと協力し、関係者を招くことを期待しています。
地雷除去もまさに復興に必要な活動の一つです。ウクライナには1平方メートルあたり5個の地雷が埋められています。戦闘地域の広さを考えれば、その数は膨大です。除去するのに20年かかると予測する専門家もいますが、20年もかけてはいられません。できるだけ早く、効果的かつ安全に除去する必要があります。
あらゆる種類のトラップが、民家や幼稚園、学校にも仕掛けられています。子どものおもちゃの中や冷蔵庫、ストーブなどに手りゅう弾や地雷が仕掛けられており、住人が帰宅してドアを開けたら爆発する仕組みです。ですから人道的な地雷除去活動を含め、大規模な地雷除去活動が必要です。
民間人に対する地雷の使用は国際条約で禁じられています。この戦争でロシアは多くの条約に違反していますが、戦闘と無関係な民間人を殺すために地雷を使用していることもその一つです。
地雷は巧妙に隠されていることもあるので、ドローンを使用するなど、私たちは地雷を探知する技術を独自に開発しています。上空から地雷を検知する技術はすでにあるので、今後は発見した地雷を除去したり破壊したりする技術を開発していきます。
地雷除去活動において、日本の協力は非常に重要です。カンボジアでの経験を、ぜひウクライナでも役立てていただきたいと思います。
A. 私たちが国際社会に求めているのは、この戦争を終わらせてほしいということだけです。戦争で苦しんできたウクライナの人々が受け入れられるような解決策に導いてほしいのです。
つまり、私たちはどんな形の平和でもよいわけではなく、公正な平和(just peace)を求めています。NATO加盟問題を繰り返し議題に上げてきましたが、これは決して取るに足らない問題ではないのです。ウクライナには安全の保障が必要なのです。
私はウクライナの独立初期から政府で働いてきたのですが、1990年代はウクライナを取り巻く環境に対する認識は今と全く違っていました。政府も国民も「なぜ軍隊が必要なんだ?国境の西側はみな友好国だし、東側のロシアは私たちの兄弟だ」と考えていたのです。
私たちは戦争を経ずにソ連から独立したことをとても誇りに思っていました。ロシアとは平和的な取り決めを交わし、国境や主権についても相互に確認していました。そのため、「軍隊は不要」と考えていました。これが(1994年12月の)ブダペスト覚書につながった背景です。だからこそ、私たちは核兵器を含む武器を放棄し、軍事大学を廃止し、軍需品の生産を止めました。ウクライナの周りに敵はおらず、領土問題も存在しない―そう思っていたのです。
※ブダペスト覚書とはウクライナが核兵器を放棄する代わりに、米国、英国、ロシアがウクライナの領土保全と主権を保障すると約束した合意。
今、ロシアと何らかの協定を結ぶとしたら、それが領土的な妥協を迫られるものであれ、一時的な解決策にすぎないものであれ、何よりもまず、戦争終結後ロシアが二度と攻撃しないことを完全に確約できる安全保障の枠組みを求めます。ブダペスト覚書の二の舞は何としても避けねばなりません。それがウクライナのパートナーができる最も重要なことです。
もう一点、国際社会には、ウクライナ政府と協力しながら復興を進めていくことを望みます。日本の政府と企業には、今から復興支援の準備を始めてほしいと思います。例えば、橋を建設するなら、どのような設計にするのか、時間と費用はどのくらいかかるのかなどを検討する必要があります。停戦が成立し、ウクライナへの渡航が安全になれば、すぐに現地で復興活動を開始することができます。
私たちには時間がありません。現在700万人のウクライナ人が国外に逃れており、避難先での生活はもう3年になります。ウクライナを離れた当時子どもだった人々の中には、すでに大学進学を考える年齢に達している人もいます。その子たちが海外の大学に入学したら、おそらく大半がそのまま留まるでしょう。
ウクライナの人口は1991年には約5,200万人でしたが、現在はおよそ3,000万人で、その大多数が戦争による傷を負っています。ですから、速やかに復興を進め、可能な限り多くのパートナーと協力して、国外避難民を呼び戻せるように環境を整える必要があります。ウクライナに帰還して普通の生活を送り、国の再建に参加できるよう、適切な住宅を建設し、インフラを整備するのです。
それが私たちの目標であり、全てのパートナーにこのメッセージを伝えようと努めています。近隣諸国やEUとは透明性の高いコミュニケーションを取っていますし、欧州の主要国とも多くの協定を結んでいます。欧州委員会や欧州の人々にとって重要なポイントは、ウクライナが一日でも早く元の状態に戻り、欧州の一員となることが、欧州全体の安全につながるということだと思います。
A. 日本の支援の迅速さと重要性については、どれほど強調してもしすぎることはありません。ロシアによる侵略が始まると、国会はすぐに非難決議を採択しましたし、日本の人々からも多大な支援を賜りました。
また、日本はウクライナからの避難民も積極的に受け入れてくれました。包括的な支援プログラムを速やかに立ち上げてくれたおかげで、現在は2,700人を超えるウクライナ人が日本で避難しています。
欧州では、約700万人の避難民がさまざまな国に受け入れられていますが、日本を知る人ならば、2,700人という数字は驚くべきものです。しかも、避難民が普通に近い生活を送ることができるように包括的な支援プログラムが提供されています。避難民の75%は女性と子供であり、その多くは家を失い、ほとんど資金を持たずに日本に到着しました。
あらゆる形の支援を受けてきましたが、自衛隊による支援もその一つで、自衛隊機によってさまざまな支援物資がウクライナへ輸送されました。 もちろん、支援に武器は含まれません。日本には武器供与に関する制約があることは、誰もが知っています。提供していただいたのは、戦闘で命を落とす可能性のある兵士や救急隊員、消防隊員などが使用する防衛装備品です。
欧州や米国ではウクライナへの関心が低下していると言われますが、日本は違います。メディアではウクライナの状況が丁寧に報道されていますし、新たな支援の提案を持ち込み、「何ができるか」「どのように支援できるか」と尋ねてくる人々がいらっしゃいます。主な懸念事項の多くはすでに解決しているため、必要な支援の内容は以前とは違ってきています。それでも、例えば国内避難民のための仮設住宅建設など、依然として取り組むべき課題は残っています。
A. 私は昨年、6~7カ月ほどかけて日本に関する本を執筆しました。その本はもう発売されています。タイトルは『Japan: one hundred million arigato(日本:1億のありがとう)』 です。
私が日本の皆さんに伝えたいのは、私たちはウクライナのために寄付をしてくれた全ての人に心から感謝しているということです。1,000円であろうと10億円であろうと、それは関係ありません。善悪で言うなら、善には大きいも小さいもありません。どんな形であれ、ウクライナを支援してくれた全ての日本人に深く感謝しています。
いつか日本が苦境に陥ったら、私たちは必ず日本を助けます。ウクライナから8,000キロも離れた日本が、ウクライナの戦争をまるで自国の問題のように受け止め、支援してくださったことを、私たちは決して忘れません。
私は、ウクライナと日本の関係がまったく新しい次元へと発展するのを見たいと思っています。ウクライナは日本の食料生産の戦略拠点となる可能性を秘めています。また、日本企業が生産拠点をロシアから欧州に移す際には優れたパートナーになれるでしょう。たとえ戦時中でも高品質な製品を生産できる優秀な人材も活用できるはずです。
ウクライナと日本のさらなる繁栄のために、通常のビジネス関係を築き、両国の国民がより深く理解し合えるようになってほしいと願っています。私たちがすでに持っているもの以上を望むのは難しいですが、この恐ろしい戦争の影を取り除き、平和と協力へと進む必要があると私は信じています。将来、日本の皆さんがウクライナを訪れるとき、私たちが日本に抱いている特別な想いをきっと感じていただけると確信しています。
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