欧州で和食の真髄を伝える料理人

2017/05/15

この記事をプリントする

すしや天ぷらは、既に欧州でもおなじみの和食メニュー。欧州の都市部ではカツカレーやとんこつラーメンなども親しまれている一方、日本人が違和感を覚えるような味の日本料理店も増えている。ロンドンを拠点に正しい和食とうま味の魅力を世界に発信する料理人、林大介さんの活躍を紹介する。

和食を巡る運命の出会い

本物の和食を伝えるという使命を携えて2009年に渡英し、2年前からロンドンにある日本料理店「TOKIMEITĒ(トキメイテ)」でエグゼクティブシェフの大役を任されている林大介さん。海外では今をときめく和食料理人として知られるが、ここまで到達するにはさまざまな人との出会いがあった。

高級レストランやデザイナーズブランドの旗艦店が林立するロンドンのメイフェア地区にあるTOKIMEITĒには、美食家が連日足を運ぶ

彼が料理人になろうと決めたのは、まだ小学生の頃。幼い時からよく父親と釣りに行き、小学校2~3年生にして母親から包丁の使い方を習い、釣り上げた魚を自分でさばいていたというから驚く。調理専門学校のテレビコマーシャルを見た際に、自分がやりたいのはこれだと直感し、中学を卒業したら専門学校へ行くと主張した。両親の説得により普通高校に進学したものの、放課後は近くの天ぷら店に直行して、厨房でアルバイトをする毎日を送っていた。

とはいえ、和食の料理人になるには具体的にどうすればいいのか分からなかった。当時、京都の有名な懐石料理店で料理長を務めていた叔父に相談したところ、同じ京都の老舗料亭「菊乃井」の3代目オーナー料理長である村田吉弘さんを紹介され、18歳で弟子入りした。「運命の出会いだった」と林さんは振り返る。今も仕事の上だけでなく、人生の師匠として村田さんを「大将」と呼び、その師弟関係は自分にとって最大の財産だという。「菊乃井で自分の本当の使命に気付かせてもらいました。それは良い料理人になるという目標を超えて、正しい和食を世界に伝えることだったのです」。

世界へ飛び出す決意

TOKIMEITĒの内装は荘厳な神社仏閣をコンセプトにしており、シャンデリアをはじめとする店内装飾は日本から取り寄せた

東京の「赤坂菊乃井」開店以来、副料理長として腕を振るっていた林さんが海外へ進出しようと決心したのは、2008年に北海道で開かれた第34回主要国首脳会議(G8北海道洞爺湖サミット)において、和食の責任者に大抜擢されたのがきっかけだった。会期中には、サミットの会場および首脳陣の宿泊地であったザ・ウィンザーホテル洞爺の日本料理長として各国首脳に和食を堪能してもらったほか、ブラウン英国首相(当時)夫人を含むファーストレディーだけの食事会も担当した。「すごい和食料理人がいる」とブラウン夫人から聞いた食の実業家アラン・ヤウ氏が、「私が所有するロンドンの日本料理店を立て直してくれないか」とわざわざ北海道までスカウトしに来てくれた熱意に打たれ、林さんは渡英を決めた。

ビザを取得するために英語の特訓を受けて海を渡ったものの、飛び込んだ先は未知の世界。「欧州人の味の嗜好も知らない、こちらのレストランの経営システムも、日本との従業員の扱い方の違いなど右も左も分からないことだらけ。その上、英語で意思伝達をしなくてはならないわけで、それはもういろいろと大変でした。和食を伝えるという自分の中の使命感だけが頼りでしたね」と笑う林さん。あれから8年経った現在、ロンドンの一等地で2015年にオープンした日本料理店TOKIMEITĒのエグゼクティブシェフとして、欧州各地から集まったスタッフを率いている。美食の国フランスなどから舌の肥えた人々が訪れる国際都市ロンドンは、和食発信の拠点として最適なロケーションだと語る。

林さんが創り出す伝統的で斬新な和食

豪華絢爛な内装の店で出される人気メニューの一つは、和牛料理。2014年6月に欧州連合(EU)への牛肉輸出が解禁されて以来、欧州の人々が日本育ちの和牛(※1)を堪能できるようになり、人気を集めている。また、英国および近隣のEU加盟国から入荷する地元の食材が、どの料理にもふんだんに使われている。小鉢料理を盛り合わせた和籠がテーブルに運ばれると、その彩りの美しさに顧客から感嘆の声が上がる。

左上:日本育ちの和牛に黒トリュフを添えたみそ味のすき焼き 右上:季節の花をあしらったスモークサーモンとイクラのタルタル 下:手長海老の刺身と土佐じょうゆで漬け込んだ卵黄のソース

和食のおいしさの秘密は、だしを主体としたうま味だ。林さんはかつお節や昆布などの和の食材だけにこだわらず、うま味成分を多く含む英国の「マーマイト」(ビールの搾り粕を加工したペースト状の発酵食品)や、イタリアの伝統的保存食材、乾燥トマトなども活用する。日系航空会社のファーストクラスとビジネスクラス用の機内食開発も林さんはシェフとして担当しているが、そこでは英国特有の野菜、例えばパースニップ(白人参)を使ったり、赤カブの汁で紫色のすし飯を作ったりもする。「料理は『理を料(はか)る』と書きます。理由があって結果が出るのであって、思いつきだけでは駄目。科学的な思考回路なしに、料理はできません」。一見、自由な発想のように見えるが、実は論理的な考え方によって練り上げられたメニューだ。

日本と現地の食材を生かすことで、和食の真髄が海外の人々の心にも伝わっていく。「欧州ではすっかりフランス料理と肩を並べるようになったのでは?」と聞いてみると、林さんは「まだまだこれからです」と真顔になる。

絶滅の危機に瀕した日本の食文化を盛り立てる

2013年、和食は「ユネスコ無形文化遺産」に登録された。「『すごい!』と感激する前に、『遺産』という言葉に注目してください。和食は『すでに消滅しつつあり、保存の努力なしには過去の遺物になる恐れがある』と認定されたんですよ」と危惧を抱く林さん。和食に関わる人は、日本では依然として文化功労者や文化勲章の対象外である上に、老舗料亭であっても日本料理店は文化財保護法の下で守られていない。「食文化」という言葉が広く浸透していながら、自国固有の「食」を文化として正式に認識してこなかった日本。さらに、食生活の西洋化によって、和食は家庭の食卓から急速に姿を消しつつある。このままでは世界に誇る料理として認められるはずがない――。ユネスコの無形文化遺産登録は、そのような危機感を持った村田さんらの働きかけによって実現したものだ。この登録を契機に、伝統的な「和食」を見直す気運が国内で高まると同時に、世界が「Washoku」に注目し始めた。

左:第6回アフリカ開発会議のレセプションで、ケニヤッタ大統領夫妻や安倍首相夫妻らに和食を披露する林さん(2016年8月27日、ケニア・ナイロビ) 右:日本政府による外交イベントでも、林さんが副理事長を務める日本料理アカデミーUKのシェフたちと共に和食を提供する機会は多い © Daisuke Hayashi

師匠が尽力する姿を長く見てきた林さんは、自分が渡英した2009年と現在を比べて、「和食を取り巻く環境はずいぶん変化した」と語る。日本のNPO法人「うま味インフォメーションセンター」が和食に関する学術的な知識を国外に発信したり、村田さんが創設したNPO法人「日本料理アカデミー」が『日本料理大全』の日本語・英語版を発刊したりと、うま味の科学的根拠や和食の調理方法が海外でも体系的に紹介され、かつ評価されるようになった。他方では、ローカル風にアレンジされたすしなどがファストフードチェーン業界に広がり、食に対して冒険心が薄い現地の人々にも親しまれるように。UMAMIが国際語となった今こそ、あらゆる方向へ和食の魅力を発信する機会だと林さんは捉え、さらに活動エリアを拡大中だ。

未来に向けて広がる和食の発信活動

今年1月にケンブリッジ大学で開かれた在英国日本大使館主催の和食イベント「ヘルシーな食事における和食の真髄」では、英国の食の評論家やフードライター、大学関係者らが招かれ、林さんは料理を担当した © うま味インフォメーションセンター

和食が無形文化遺産へ登録されたのを機に、林さんは在英の日本料理シェフたちに呼びかけて、「日本料理アカデミーUK」を設立した。共に研さんし、和食の良さを欧州全域に伝えようと集まった仲間は、活動の一環としてまず英国内の小中学校を訪れ、うま味を生かした食事を体験してもらう企画を進めている。油脂やタンパク質を控えめにした料理は、欧州ではなじみが薄い。しかし、現地で手に入りやすいうま味の食材を用いるなどの工夫を凝らしていけば、家庭で子どもたちにヘルシーなものを食べさせたいという英国の親たちの心にも必ず響くと、林さんらは確信している。

NPO法人うま味インフォメーションセンターの理事を務める二宮くみ子氏は、「林さんはロンドンを拠点として欧州各地に向けて活動し、和食とうま味の普及に貢献されている重要な“Umami Ambassador(うま味大使)”です。現地での経験を生かし、欧州で受け入れられる和食やうま味の教育など、独自の取り組みを続けている点が素晴らしい」と絶賛。和食は「カロリーが低く、栄養価が高く、そしておいしい」という三拍子がそろったユニークな料理だ。肥満などの健康問題改善にも役立つ、うま味を上手に使うことによって、動物性油脂をほとんど使わなくて済むという世界に類を見ない調理方法を誇る。林さんのような料理人が海外で活動を続けていけば、和食は確実に世界へと広がり続け、国内での意識も高まって食に関する産業も刺激を受ける。Washokuが過去の遺物となることは決してないだろう。

プロフィール

林大介 Daisuke Hayashi

1977年、兵庫県・神戸市生まれ。18歳の時に京都の老舗料亭「菊乃井」3代目に弟子入り。以来、日本料理の道を一心に極める。2004年の「赤坂菊乃井」開店時には、26歳にして副料理長に抜擢される。2008年に開かれたG8北海道洞爺湖サミットで日本料理の責任者を務めた後、英国レストラン業界のトップ実業家アラン・ヤウ氏に請われて渡英。高級日本料理店Sake No Hanaを経て、2015年よりTOKIMEITĒのエグゼクティブシェフに。世界各地から食通が集まるロンドンで「和食を正しく発信する」ことを使命として広く活躍中。日本料理アカデミーUK副理事長。

※1^  TOKIMEITĒでは純日本産和牛のみを使用しているが、和種の牛は英国スコットランドや米国などでも育てられている。なお、口蹄疫(狂牛病)の発生により、日本産和牛のEUへの輸出は2001年から禁じられていたが、2014年6月に解禁となった。

2017/05/15

この記事をプリントする