欧州の未来を照らす光源、ヨーロッパ・ビル

© Michiko Kurita

2016年12月、欧州連合(EU)の諸機関が立ち並ぶブリュッセル中心部の一角に、EUの新しいシンボルともいえる「ヨーロッパ・ビル」が完成した。設計・建築・デザインの全てをリードしたベルギー人建築家フィリップ・サマン氏に、そのコンセプトとチャレンジを語ってもらった。

EUのモットー「多様性の中の統合」を表現

EUが有する2つの理事会(欧州理事会とEU理事会)の本拠地となるヨーロッパ・ビルでは、2017年1月16日に開催されたEU理事会(外務理事会)を皮切りに、年間6,000にも上る大小さまざまな会議が開かれる。総床面積約7万平方メートルの中には、3つの国際会議場や10の会議室、3つのレセプションホール、記者会見場とプレスラウンジ、カフェテリアなどが入っている。欧州理事会常任議長やEU加盟国常駐代表部の執務室をはじめ、250のオフィスでは、約2,000人の職員が働く。3月9日から2日間にわたって開かれた欧州理事会では、EU加盟国首脳が初めてこの建物に集結した。

ヨーロッパ・ビルの建設計画は、ベルギーとイタリア、英国の3つの土木・建築・設計・デザイン事務所からなるコンソーシアム(共同事業体)が2005年に落札。それを率いたのが、ベルギー人建築家で関連分野の総合コンサルタントでもあるフィリップ・サマン氏だ。

幾つもの会議場を包み込む巨大なランタン型の構造を仰ぎ見ながら、サマン氏はうれしそうに語り始めた。「欧州の未来を照らす光源。それがランタンというアイデアでした。とても自然で象徴的でしょう?」

廃材を用いた木製の窓枠で構成されたガラス壁面の内側に、省エネルギーのLED照明によって巨大なランタンが浮かび上がる。右側に、ベルギーの文化遺産「レジデンス・パレス」が残されている Photo/Building: © Philippe SAMYN and PARTNERS architects & engineers, LEAD and DESIGN PARTNER, with Studio Valle Progettazioni architects and Buro Happold engineers

総工費3億2,100万ユーロ(2016年6月評価額、日本円で約380億円)は、EU管理運営費および理事会事務局予算の中から既に完済している。EUが推進する持続可能性を考慮し、障がい者に配慮したアクセシビリティーも万全に整えた。屋上に設置した636枚の太陽光パネルが、年に約21万5,350 キロワット時(欧州の約60世帯分の消費量に相当)を発電し、ビル内ではLED照明を用いて省エネルギーに努める。300立方メートルの雨水タンクを備え、トイレなどに用いて節水する。

「もう一つの大事なコンセプトは、EUのモットーである『多様性の中の統合(United in diversity)』。EUは合意した共通のルールの中で、それぞれが互いを傷つけることなく、自由にパッチワークのような関係を織りなしていく。その意義を伝えたかったのです」。EU加盟国中から広く知恵や技を集め、新たな価値を生むことに重きを置いたという。

Video: © European Union, 2017 Building: © Philippe SAMYN and PARTNERS architects & engineers, LEAD and DESIGN PARTNER, with Studio Valle Progettazioni architects and Buro Happold engineers Colour compositions: © Georges MEURANT

都市建築に付きものの難しさをクリア

今回最も苦労した点を尋ねると、サマン氏は紙と鉛筆を手に取って、図解しながら説明した。ブリュッセルの主要道路である「Rue de la Loi(法律通り)」がトンネルを抜けて地上に顔を出す辺りが、ビル敷地の正面に当たる。真下には鉄道のトンネルが斜めに通過しているため、その部分には重さを掛けられない。

プレスラウンジで図解しながら説明するサマン氏(写真左上)とスケッチ(写真右上)。写真下はコンピューターグラフィックスによる立面図 Image: © Philippe SAMYN and PARTNERS architects & engineers, LEAD and DESIGN PARTNER, with Studio Valle Progettazioni architects and Buro Happold engineers

「壊した遺産をもう一度造ることはできないから」と、改装して全てが残されたアール・デコ様式の文化遺産レジデンス・パレスA棟 Photo: © European Union, 2017 Building: © Philippe SAMYN and PARTNERS architects & engineers, LEAD and DESIGN PARTNER, with Studio Valle Progettazioni architects and Buro Happold engineers

ほぼ正方形の敷地内には、国の文化遺産となっている建物「レジデンス・パレス」があり、保全する必要があった。また、道路や線路に囲まれているため、騒音や振動、埃への対策も必須。それに加えて、国際会議場の音響やマルチメディアに対応したり、近年欧州で増加するテロに耐え得るセキュリティーを強化したり――10年以上に及ぶプロジェクトの中で課題は増え続け、かつ複雑化していった。

このような条件の下で出てきたのが、国の文化遺産に指定されていた既存の建物の外観と内部を全て生かしつつ、ガラスの壁で囲んで立方体を造るというアイデアだった。重量に耐えられる床面積を最大限に使ってランタン型の空間を造り、その中に大小の会議室を収めるという構造になった。

サマン氏が大切にした3つの要素

① 現存する素材と遺産を生かす

「“使い捨て文化”を見直し、人類の財産である自然といかに共生するか」。建築においては、現存する素材を極力節約して使い回し、無駄にしないことが最も重要な課題だという。

外側を囲む巨大なガラス壁は、EU加盟国28カ国から集められたオーク(樫)の廃材をリサイクルした3,750もの窓枠にガラスをはめ込んで積み上げたものだ。「都市は壊しても建て直せる。しかし、森林のバイオダイバーシティー(生物多様性)は元に戻せないから、どんな代償を払ってでも守らなければなりません」。同じ形が2つとない窓枠には、かつての職人の知恵や技が詰まっていて、まさに「多様性の中の統合」を具現している。

オーク材の窓枠を用いたことで、鋼の使用料も30%削減した Photos/Building: © Philippe SAMYN and PARTNERS architects & engineers, LEAD and DESIGN PARTNER, with Studio Valle Progettazioni architects and Buro Happold engineers

そして生かされたのが、文化遺産の建物。ベルギーで活躍した建築家ミッシェル・ポラック(Michel Polak)が1922年に建造した、アール・デコ様式のレジデンス・パレス(Résidence Palace)A棟だ。当初は高級マンションとして建てられ、第二次世界大戦中はドイツ占領軍にも使われた過去を持ち、2004年に国の文化遺産として指定された。上階の個室は欧州理事会常任議長や加盟国常駐代表部のオフィスとして活用され、ヨーロッパ・ビルの総面積の40%を占める。「1階の廊下に施された内装が見事です。ここでEU加盟国の宝物を展示してもいい。夢が膨らみますね」とサマン氏。

アール・デコ様式を残す1階廊下(写真左)と建設当時のレジデンス・パレスを描いたスケッチ(写真右上2点)。写真右下はサマン氏がスケッチに自分のアイデアを描き入れたもの Photo: © Philippe SAMYN and PARTNERS architects & engineers, LEAD and DESIGN PARTNER, with Studio Valle Progettazioni architects and Buro Happold engineers Building: © Michel POLAK Sketches: © Dessins du Résidence Palace par Michel POLAK, vers 1924 Project design sketch: © Philippe SAMYN 2005

② 軽く、明るく

カフェテリアのスタッフも「ここで働くことができて本当にハッピー」と喜びを語る。「見る人も働く人も、ポジティブになれる方がいいに決まっています」とサマン氏(左) Photo: © Michiko KURITA Building: © Philippe SAMYN and PARTNERS architects & engineers, LEAD and DESIGN PARTNER, with Studio Valle Progettazioni architects and Buro Happold engineers Colour compositions: © Georges MEURANT

次に苦心したのは、素材の軽量化と少量化だ。従来、閉鎖された暗い場所にコンクリートや鉄骨で頑強に造られる非常階段を、サマン氏はあえてランタンの壁と会議室の間にできた明るい空間に設置。厚さ1.5ミリメートルの薄い鋼を用いた階段を宙吊りにすることで「軽く、明るく」を実現させた。

③ 優しく、楽しく

最後に挙げたのが、「利用者にとって優しく、楽しいこと」。大胆にも、内装にマルチカラーのパッチワークデザインを取り入れた結果、ヨーロッパ・ビルは外観だけでなく、内観も一般的なオフィスビルとは一線を画する彩り豊かな空間となった。この色彩デザインは、ベルギー人の現代アーティスト、ジョルジュ・ミュラン(Georges Meurant)氏がEU加盟国の国旗からヒントを得たものだ。「1月の外相会合や3月の欧州理事会でも人気は上々でした」と理事会事務局の広報官は評判の良さをアピールする。

幾何学的バランスのある日本の美に魅せられて

何度も来日し、日本が大好きというサマン氏は、建築の世界でも日本の技術力を絶賛する。ビルで多用されているガラスは、実は純度が高い日本のメーカーによるもの。そしてより強い関心を寄せているのは、日本の神社仏閣や庭園などに見られる幾何学的なバランスだ。

欧州各地のビルやコンサートホールをはじめ、駅や空港、橋などの公共施設を数多く手掛けてきたサマン氏。独り善がりに陥らないよう、クライアントに「なぜ?」と問いかけ、彼らの意識の奥底にある望みを探るのだという。「一人の建築家として、10年以上にわたるプロジェクトの全てに関わり、つつがなく終えられたのは極めて珍しいこと。この建物が少しでも人々に喜びをもたらしているのなら、私はそのことに誇りを感じます。そして、次はもっといいものを造ろうと思うのです。できたら、大好きな日本で」。

プロフィール

フィリップ・サマン Philippe Samyn
建築家、土木・設計・都市開発全般コンサルタント、工学博士
Samyn and Partners 筆頭パートナー

1948年、ベルギー・ゲント生まれ。1971年、ブリュッセル自由大学(ULB)理工学部卒業。米マサチューセッツ工科大学で学んだ後、再びベルギーのULBやカンブル美術学院などで都市開発と建築を学び、リエージュ大学で応用科学の博士号を取得。1980年、Samyn and Partnersを設立。14人のパートナーと約40人の建築士・土木建築士と共にこれまで手掛けた建築物・地域開発などの合計面積は700万平方メートルにも及ぶ。

サマン氏の許諾を得て、日本で建築を目指す若い人たちのために、Europa Buildingの本を公開します。
https://samynandpartners.com/17_e-books/Europa_en/index.html