欧州文化首都2014 リーガ(ラトビア)

© Kaspars Garda, Riga, 2014

2014年の欧州文化首都は、ラトビア共和国(以下、ラトビア)のリーガと、スウェーデン王国のウメオ。欧州連合(EU)では、「欧州の統合には、政治・経済だけではなく、文化的な結びつきも必要」との考えから、毎年「欧州文化首都」を定めており、そこではさまざまな文化交流行事が行われる。今回は、リーガを紹介する。

占領時代の建築物「再生」と、自分たちの町の「再発見」を

ラトビアはバルト三国の中央。首都リーガはバルト海に面する

リーガは古い歴史を持つラトビアの首都。世界遺産「リーガ歴史地区」もある美しい都市だ。ただ、町の中には廃れつつある工場地帯も存在する。ここはナチス占領下やソビエト連邦時代に建てられたもので、現在は使われていない。この工場地帯に新しい目的と意味を持たせることで、リーガを一層活性化するのが、欧州文化首都としての目的のひとつだ。

そしてもうひとつの目的が、地域の人が活気を取り戻して、明るく挨拶を交わしながら歩くような町になることだ。人々が川べりで、行き交うボートを眺めながら語り合う。そうすれば見慣れた風景も、見え方が変わるに違いない。欧州文化首都をきっかけに、住民にリーガにある58の地区それぞれの魅力を再発見してほしいという思いがある。

「再生と再発見」――。リーガは本年、欧州文化首都となったことにより、新たな道を拓き、よりエネルギーの溢れた都市になることを目指す。

800年の歴史を誇る港湾都市、リーガ

2014年欧州文化首都リーガのテーマは「再生と再発見」(写真提供:駐日ラトビア共和国大使館)

リーガはエストニア、ラトビア、リトアニアを合わせて称される「バルト三国」の中央に位置するラトビア共和国の首都。バルト海リーガ湾に注ぐダウガワ川の河口に位置し、「バルトの宝石」とも呼ばれる美しい町だ。バルト地域において最もビジネスが盛んで、経済も成長している。2008年の調査では、人口約72万人。主な民族は、ラトビア人(42%)とロシア人(42.9%)。ほかにベラルーシ人、ウクライナ人、ポーランド人などがいる。

リーガは800年以上の歴史を持つ。800年前のヨーロッパといえば、イングランドはリチャード1世(獅子心王)の時代であり、フランス王国ではフィリップ2世が王権を強化、封建制が確立した時代といえる。そして、十字軍や商人など、西ヨーロッパから東方へ向けての活動も盛んだった時代だ。11~12世紀には、この地に村落が形成されていた。歴史上「リーガ」という地名が初めて文献に登場したのは1198年。その後、1201年にローマ・カトリック教会の司教が邸宅を構え、町を作ったといわれている。

中世、リーガは主にドイツ商人の拠点として急成長を遂げ、主要な港湾都市として東西の交易に重要な役割を持つようになった。その重要さから、支配者の交替もしばしば起こっている。16世紀にリヴォニア騎士団国が崩壊すると、ポーランド人、スウェーデン人、ロシア人がこの地を統治した。1918年、ラトビア国の独立が宣言され、リーガは首都になった。その後、約50年にわたるソビエト連邦時代を経て、1991年、ラトビアが独立を回復した時、首都リーガは100万都市になっていた。

大きなクリスマスツリーが飾られた冬のリーガ。クリスマスツリーを飾る風習は、リーガから始まったといわれている(写真提供:駐日ラトビア共和国大使館)

ところで、世界中で見られるクリスマスツリーを飾る風習は、リーガから始まったと言われている。1510年のクリスマスの時期、キリスト誕生を記念して、リーガの商人がもみの木を花で飾った。それが世界のキリスト教国に広がったとのことだ。

リーガの旧市街には見どころも多い。そのうちの代表的なものを紹介しよう。リーガ中心部の建築の3分の1は19世紀末から20世紀初めにかけて広がりを見せた「アールヌーボー様式」で、ヨーロッパで最大級のアールヌーボー建築群が残っている。そのためリーガは、最近では「アールヌーボーのメトロポール(主要都市)」と呼ばれている。その大半が良好な状態で現存し、修復・改装されてホテル、レストラン、店舗、アパート、校舎として使われている。

リーガ大聖堂(ドーム大聖堂)は傑出した建築史の記念碑といえる。13世紀から建築が始まり、20世紀まで増築や改修が続いた。そのため、ロマネスク、ゴシック、バロック、アールヌーボーなど、多彩な建築様式を見ることができる。この大聖堂のパイプオルガンは、6,718本のパイプと124本のストップを持つ。1884年に設置され、当時としては世界最大で最先端の楽器であった。また、内装ではステンドグラスが華やかさを醸し出している。19世紀末から20世紀初めにかけて、リーガ、ミュンヘン、ドレスデンの工房で作製された多彩色のステンドグラスだ。

(左) リーガ中心部には、多くのアールヌーボー様式の建築が見られ、その大半が今でも使われている(写真提供:駐日ラトビア共和国大使館)(右) 夕景のリーガ大聖堂。巨大なパイプオルガンとステンドグラスが有名(写真提供:駐日ラトビア共和国大使館)

多彩な文化を体現したオープニング行事

2014年を通して欧州文化首都のイベントを開催するリーガ、そのオープニング行事として、1月17日~19日、市内のさまざまな場所で展示会、コンサート、パレードやパフォーマンスが行われ、街全体がお祝いムードに包まれた。

最初のイベントは、自然史博物館で行われたバルト海産の天然の琥珀とその研究成果を展示だ。古代ヨーロッパでリーガは琥珀によって注目を集めた。その琥珀の豊かさと「世界の琥珀の保管所」としての重要さを伝える本展は、今後も続く。

リヒャルト・ワーグナーはリーガ在住の間に歌劇『リエンツィ』全体の草稿を書きあげたと言われる。このことにちなみ『リエンツィ』の一部を上演するプレミア公演が、国際的なクリエイティブチームとデンマーク人ディレクターのキルスティン・デルホルムによって行われた。ワーグナーのオリジナル曲だけでなく、ラトビアの若いサウンドアーティスト、ヴォルデマース・ヨハンソンの電子音楽がフィーチャーされたほか、リーガ大聖堂少年合唱団やリーガ舞踊学校の生徒たちも参加した。

ワーグナーの歌劇『リエンツィ』を斬新な演出と新しい音楽を交えて上演(2014年1月17日) Photo: Kaspars Garda, Riga 2014

また、1月18日には「本を愛する人々の鎖」と題したイベントが行われ、ラトビア国立図書館の旧館からダウガワ川の対岸に建てられた新館まで多くの市民が鎖のように並び、手渡しで本をリレー式に移した(本稿タイトル写真)。ラトビアにとって、人々が鎖のようにつながることには格別の意味がある。1989年、ソビエト連邦の支配下にあったバルト三国で、独立運動の一環として行われた「バルト・ウェイ」で、エストニアからラトビアを経てリトアニアまで、人々が手をつなぎ、人間の鎖を作った。このことが、バルト三国独立の大きな力となったのだ。気温-15℃という厳しい寒さの中、本イベントに参加した約1万4,000人の市民は、手をつなぎ、鎖のようにつながることがリーガで、またラトビア全体で非常に価値あることだということをあらためて実感できただろう。なお、市民が運んだ約2,000冊以外、残りの400万冊強の蔵書は、車などで輸送された。

米国、オーストラリア、フランス、エストニア、ロシア、ラトビア、英国、リトアニア、フィンランド、スペイン、スイス、スウェーデンの12カ国から、それぞれ2人組みの彫刻家のチームが参加した「炎の彫刻(Fire Sculpture)ワールドチャンピオンシップ」は迫力あるイベントであった。各チームが 3日間をかけ、高さ6メートルの木を使った彫刻(構造物)を作り、1月18日土曜日の決勝の日、そこに火がつけられ、燃え上がる炎の美しさなどが競われた。イベントは、国際的な審判が世界チャンピオンを決めるセレモニーで締めくくられ、優勝チームには2,500ユーロ、準優勝には1,500ユーロ、第3位には1,000ユーロの賞金が授与された。

(左)子どもから高齢者まで、手渡しで図書館の蔵書を移動させた「本を愛する人々の鎖」(2014年1月18日)Photo: Kaspars Garda, Riga 2014(右)「炎の彫刻ワールドチャンピオンシップ」最終日。火がつけられ、燃え上がる炎の美しさが競われた(2014年1月18日)Photo: Kaspars Garda , Riga 2014

ほかには、フランスの現代美術を代表するアーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーの、心臓の鼓動音のインスタレーションが1月19日に行われた。観客は彼のビデオ作品である『Entre Temps』(In-between times)を鑑賞したり、心臓の鼓動音を録音するワークショップに参加した。ボルタンスキーは2005年から心臓音の収集を始めている。すでに10万人以上がこのプロジェクトに参加しており、心臓の音を提供している。世界中から集められた心臓音のアーカイブは、瀬戸内海に位置し、美術や建築関係の展示に力を入れている豊島(てしま)にある(香川県)。豊島では心臓音の録音も可能であり、今回、日本人の心臓の音が、リーガの人々の耳にも響いたことになる。

オープニングイベントに続き、数々のコンサート、映画上映、劇場公演、文学イベントが始まっている。3月7日には世界的なバイオリニストのギドン・クレーメルと彼の室内オーケストラ「クレメラータ・バルティカ」の記念公演が行われたが、日本でも有名なギドン・クレーメルがラトビア人であることを知っている人はそう多くないのでは? 盛りだくさんの文化イベントが、今年いっぱい、リーガで続く。

日本関連の行事も多く予定されている

欧州文化首都は、ヨーロッパだけではなく、世界各国の人々が一体となって作りあげるという考えのもとに行われ、世界各国からアーティストが参加している。1993年以来、日本関連プログラムも豊富に行われており、これらの日本のアーティストが参加するイベントは、NGO「EU・ジャパンフェスト日本委員会」が支援している。リーガでの日本関連の行事は以下が予定されている。

  1. 5月、写真展「ヨーロッパの目で見た日本」。ラトビア人写真家が日本へ行き、撮影した写真を展示
  2. 6月、日本人ダンサーも出演する国際現代舞踊フェスティバルを開催
  3. 7月、60カ国の合唱団によるコンクールに、日本からも多くの合唱団が参加
  4. 7月、日本の和太鼓パフォーマンスチーム倭―YAMATOが、合唱団コンクールの、オープニングコンサートと優勝者のコンサートに参加
  5. 7月28日~8月24日、日本の現代舞踊グループ、コンタクトゴンゾーがジョイント・パフォーマンスのため、リーガに滞在
  6. 8月、日本人写真家、長島有里枝がラトビアの若者のための国際写真撮影サマースクールに参加
  7. 9月、日本人アーティスト、池田亮司が国際アートフェスティバル「Survival Kit 2014」に参加
  8. 12月、日本の写真家、川内倫子とラトビアの写真家エイジャ・ブレイが写真プロジェクトを行う
  9. 多くの日本人アーティストがペーパー・オブジェクト・アート・フェスティバルを行う(時期不明)
駐日ラトビア共和国大使からのメッセージ
旅行ガイドブックの『ロンリープラネット』は、2014年に最も訪れるべき世界の都市第4位にリーガを挙げ、「バルト諸国の国際的な中核地」と評しています。
地理的に魅力のある北欧の中央部に位置するラトビアは、スカンジナビア、西欧、およびロシアを繋ぐ歴史的な交易路の交差点であり、ラトビア人やドイツ人、ロシア人、ポーランド人、スウェーデン人、フィンランド人等、互いに共生するさまざまな国籍の人々にとってユニークな多文化環境を創り出しています。この多様性はこれまでに、映画界の鬼才であるセルゲイ・エイゼンシュテインや哲学者のアイザイア・バーリン、歌劇作曲家として有名な亡命者のリヒャルト・ワーグナーらを生み、また数世紀にわたり、多方面で活躍する著名なヨーロッパ人にとってのインスピレーションの源であり続けています。
また世界でも最大規模の洗練されたアールヌーボー建築物を有する都市として有名なリーガは、ユネスコの世界遺産にも登録されています。
今年のリーガは、訪れる方に、ラトビアの文化や舞台芸術の豊富さを目にするまたとない機会を提供します。壮大なオペラ上演、現代アートパフォーマンス、ポピュラーミュージックコンサート、美術展、伝統的な民族行事、そしてゲスト参加型の多数のイベントをお楽しみいただくことができます。リーガの魅力を日本の皆さまに知っていただけることを心より願っています。駐日ラトビア共和国大使
ノルマンス・ペンケ
Normans Penke
関連情報

リーガ2014公式サイト(英語、ラトビア語、ロシア語)
http://www.riga2014.org/eng/

ラトビア政府観光局公式ポータル(日本語ほか)
http://www.latvia.travel/ja

欧州文化首都について
欧州委員会(英語)
http://ec.europa.eu/culture/our-programmes-and-actions/capitals/european-capitals-of-culture_en.htm

EU・ジャパンフェスト日本委員会
http://eu-japanfest.org/n-committee/aboutus.html

*2014年のもうひとつの欧州文化首都、ウメオについては、5月に紹介予定です。お楽しみに。