2020.10.16
EU-JAPAN
2020年10月に駐EU大使としてベルギー・ブリュッセルに赴任した正木靖氏。外務省入省時から欧州への駐在を希望したほど、欧州への強い思いを抱く正木大使は、映画や食などにも深い造詣を持ち、日欧の文化交流にも貢献してきた。「日本とEUが同じ価値を共有して世界に働き掛けることが、大使としての最大の仕事」と意気込む正木大使に抱負などを聞いた(取材は赴任前の2020年9月28日に実施)。
外務省でのキャリアの中で一番記憶に残っているのは、1996年にフランスの大使館に文化担当として勤務していた時の仕事です。ちょうど日仏文化交流年で、フランスに日本の文化を紹介しました。パリに文化会館をオープンしたり、当時のシラク大統領に来ていただいたりして、歌舞伎、文楽などを紹介しました。
フランスの小さな村に大使の代わりに行き、現地の方と交流したことも強く印象に残っています。初めて会う日本人が私という人がほとんどでしたが、日本の漫画をたくさん読んでいたり、一生懸命に日本語を勉強していたりと、日本に関心のある人も少なくありませんでした。どのようにアプローチすれば日本のことをもっと分かってもらえるか、受け入れ側の担当者と知恵を出し合ったのも、思い出深い話です。フランスの地方では、いきなり歌舞伎や文楽をお見せしても、効果的ではありません。簡単な日本の遊び道具や漫画を見せる、そういうところから始めなくてはいけない。相手によって異なる対応をするという外交の基本を体験できました。
そもそも私が外交官を志したのは、中学生の頃です。当時、外国に対する憧れを強く持ち、いつか海外の仕事をしたいと思っていました。この思いを実現すべく選んだのが外交官の道です。外務省では、最初に留学の機会があることが非常に魅力的でした。入省後、最初に希望したのが欧州で、たまたま外務省のリクエストと私の希望が合致したのは幸運でした。
最近、若い方があまり海外に行かないのは残念です。日本にとって、世界にとって、良くないと思います。文化の違う人たち、違う環境を見たいというのは、当然の好奇心です。メディアを通じて分かったような気になりますが、現地に行って体験すると全然違います。
言葉の学習について私が苦労したのはフランス語でした。外務省に入る前、さらに入省後の1年間、東京でかなり勉強しましたが、初めてフランスに行った時は全く分からなかった。現地の人と話し、テレビ、ラジオを視聴して言葉漬けになって1、2カ月すると少しずつ分かるようになりました。特効薬はありません。現地のいろいろなものに触れるのが早道ではないかと思います。
外交官にとって一番大事なのは、外国の文化、考え方を理解しよう、尊重しようということだと思います。違う文化を違う文化として尊重しなくてはいけない。言葉がいくらうまくても、相互理解は深まりません。違いを認めた上で自分の考えとか日本の文化を発信していかないと、コミュニケーションにならないのです。座右の銘ということではないですが、「一期一会」という言葉は、よくぞ言ったものだと思います。私は多くの人に会いますが、何回も会う方、1回しか会わない方がいます。それは最初会う時には、分からないわけです。どなたと会う時でも、これが一期一会という心構えで、相手を理解し、自分を理解してもらうというのが基本です。
EUの話をすれば、欧州局長時代に日・EU戦略的パートナーシップ協定(SPA)が妥結しました。交渉は非常に難しいもので、カウンターパートのヴィーガンド氏(編集部註:グンナー・ヴィーガンド欧州対外行動庁〈EEAS〉アジア太平洋本部長)とは互いの立場が異なりましたが、連日、話し合い、なんとか合意したのも印象に残っています。
今、世界の平和、繁栄を支えていたルール、あるいは国際秩序が挑戦を受けています。各国が自分のことを、第一に考えています。これは危機で深刻なことだと思います。日本と欧州は、同じように戦争の災禍を知り、国際ルール、多国間主義といった同じ価値を共有し平和を保ってきました。今こそ、こういう価値観に基づいて日本とEUが協力して、世界に国際社会の協調を呼び掛けるべきだと思います。例えば地域紛争、環境、技術、直面している新型コロナなどの問題に日・EUが協力していく重要性は非常に大きいのです。
欧州局長として日本国内にいる間は、日本の政策の立案や関係省庁などとの調整が主要な業務でしたが、これからは大使として外交の最前線に立つことになります。国内の状況を踏まえた上で、EUの人たちを説得していくと同時に、欧州の人たちが何を考え、何を問題にしているかという生の情報を本部である東京に伝えるという役割を担うことになります。大使としてEUの方々と話し、日本とEUが同じ価値に基づき、世界をより良い方向に持っていくよう働き掛けていきたいと思います。コロナについてもそうです。自分の国のことを考えるだけではコロナ危機を乗り越えることはできません。ワクチンを国際社会、特に途上国にも行き渡らせるルールづくりなどの対応策を、日本とEUがリードしていくべきでしょう。
3年余り欧州局長の仕事をして確信を強めたのが欧州のモザイク化です。EUは同じ価値を持つ求心力の強い地域ですが、同時にEUを構成している各国の考え方に微妙な違いはあるし、あるべきです。その多様性がEUの強みです。単純に地域ブロック化しているわけではなく、問題によって同じ意見の国々と、そうではない国々があります。最近であればコロナ禍からの復興基金をめぐる議論をみても、単純にこの地域とあの地域の対立とは言えないのが現実です。EUとの外交に当たっては、EU本部と行うとともに、加盟国との間でもきめ細かい議論をしていかないと、協力はうまくいかないと思います。
日本政府が常に出しているメッセージは、日本と価値を共有するEUがより結束して強い結集力を持った地域であってほしいということです。ただ、同時に中・東欧、地中海に接する国々、フランス、ドイツ、ベネルクスの国々、北欧――こういった国々の考え方は微妙に異なります。それを理解してEUと一緒にやっていかないと、うまくいかないのです。
10年ほど前に公邸料理人を在外公館に派遣する仕事をしていました。公邸に人を招き、食事を共にして議論することは、外交の基本的な部分です。そして、日本は食文化に強みがあります。単に料理がおいしければいいというのではありません。お客様をどうもてなすかの工夫が大事です。「次のお客様はこの国のこういう方だから、このようなおもてなしをしよう」という、大使館内のチームプレーが求められます。料理の腕だけでなく、料理人がチームの一員になれるかが重要です。
日・EU経済連携協定(EPA)が締結されたこともあり、和食をPRする気持ちはもちろんあります。しかし、今ではベルギーを含め欧州には立派な和食屋さんがたくさんあり、日本大使館ならではの工夫が必要です。私が考えているのは、伝統的な和食に加え、日本の多様な食文化の紹介です。例えば地方の料理です。北海道から沖縄まで日本の料理には、多様性があると分かってもらえるような工夫をしたいと思います。お客様の文化と融合させて、料理で表現できれば、最高の相互理解につながるでしょう。例えばハンガリーは豚肉料理が有名ですが、ハンガリーの豚を使って沖縄のラフテーをお出しするようなことができたら非常に面白いのではないか。理想通りにはいかないかもしれませんが、ぜひ挑戦したいと思います。
オフタイムには、本を読んだり散歩したり映画を見たりしています。それから、野球が好きなので球場に足を運ぶこともあります。ライオンズのファンです。判官びいきで、メジャーなところは支持しない性格です。
好きな映画はたくさんあります。フランス映画、イタリア映画、それに邦画も好きです。例を挙げれば切りがありませんが、フェリーニ、ベルトルッチ、ヴィスコンティ、ルネ・クレール、デュヴィヴィエなど、どうしても古い映画も見てしまいます。「寅さん」も好きです。最近うれしいのは、日本とフランス、日本とイタリアの共同制作が盛んになっていることです。
久しぶりの欧州での生活、その首都ブリュッセルでの生活もまた大いに楽しみたいですね。
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