2015.9.8
EU-JAPAN
母国ポーランドではまだあまり普及していない将棋に魅入られ、ついに日本への留学を果たしたカロリーナ・ステチェンスカさん。女流2級になれば、外国人初の女流プロ棋士となる。日本でプロ棋士への道に賭けるカロリーナさんに、将棋の魅力と抱負を聞いた。
「写真を撮るなら、将棋センターに行きませんか?」。カロリーナさんの提案で足を運んだ東京の新宿将棋センター(日本将棋連盟直営道場)は、夏休みということもあり、小学生から年配者まで多くの将棋ファンでにぎわっていた。日本では今も人気の高い将棋だがファンの多くは男性。カロリーナさんを見るとサインを求める人たちも。女性、それも外国人がプロ棋士を目指すというのは、まだ極めて珍しいことなのだ。
カロリーナさんと将棋との出会いは、日本のマンガ『NARUTO(ナルト)』。岸元斉史氏の作品で、現代の架空の世界で忍者修行をする少年たちが数々の戦いを経て強くなっていく様子を描いたバトルアクションだ。これまでに30カ国以上で翻訳版が出版されるなど海外でも人気の高い作品の一つ。カロリーナさんは、高校時代にポーランド語に翻訳されたテレビアニメを観てファンになり、独学で日本語のひらがなとカタカナを習得。原作もポーランド語版、日本語版ともに読破した。
この『NARUTO』の登場人物の一人に、忍術の師匠をも打ち負かすほどの将棋の名手がいる。ある戦いで、その登場人物がとらえたはずの怪物を、敵がまるで自分の手下のように使うシーンが出てくる。子どもの頃に少しチェスをやったことがあるだけのカロリーナさんには「相手の駒を取ってそれを使う」という、将棋ならではのルールが伏線となるこの戦いの理屈が理解できなかった。そこで、インターネットで将棋について調べてみたところ、その奥深さに魅力されたのだという。
高校時代に将棋に出会ったカロリーナさんは、さらに将棋関連の漢字も独学で覚え、日本将棋連盟が後援するオンライン将棋対戦サイト「81Dojo(エイティーワン・ドウジョウ)」 などで、世界中の将棋仲間と対戦できる楽しさを味わった。ワルシャワでの大学在学中にはインターネットを通じて知り合った将棋仲間も増え、実戦での対局を楽しめる相手もいたが、すぐに向かうところ敵なしの状況に。腕を磨くために、もっぱらインターネット上での対戦で経験を積んできた。
ワルシャワの大学では情報工学(IT)を専攻していたカロリーナさん。しかし、将棋への思いは日増しに強くなり、やがて女流棋士を目指したいと思うようになった。ポーランドで将棋の腕を上げることに難しさを感じていたカロリーナさんに、2011年の夏、またとないチャンスが訪れる。「81Dojo」でのカロリーナさんの指し手に注目していたプロ棋士の北尾まどか氏、片上大輔氏らから2週間ほどの日本でのホームステイの申し出を受けたのだ。「両親は心配しましたが、応援もしてくれました。私にとっては素晴らしいオファー。自力で日本に行くには、何年も働いてお金を貯めなければなりませんから絶好のチャンスでした」と当時を振り返る。
初めての海外旅行にもかかわらず、滞在中はひたすら将棋を指す毎日。「私にとってはそれが最高の日本滞在でした。とてもエキサイティングで楽しかったのです」 との言葉からも、いかに将棋にのめり込んでいたかがうかがえる。2週間でポーランドに戻らなければならなかったが、棋士になるには、日本将棋連盟が女流棋士養成機関として開いている研修会に参加し、月2回行われる例会で対局を重ね、規定の成績を修めて昇級していかなければならない。日本での長期滞在方法を模索していたところ、片上大輔氏 の紹介で山梨学院大学への編入が実現。2013年に留学生として再来日、研修会にも入会し、女流プロ棋士への道を歩み始めることとなった。
毎月の研修会に参加するために甲府から東京へ通い、一心に将棋の勉強を続けてきた。日本で技を磨いたカロリーナさんは、2014年7月にハンガリーのブダペストで行われたヨーロッパとワールドオープンの2つの選手権の両方でチャンピオンの栄冠に輝いた。その後、2015年6月28日に東京・将棋会館で行われた関東研修会例会の戦績から女流3級の資格者となり、2015年10月1日付で正式に女流3級の棋士となる。
今後については「棋士が、私が目指す職業です」とキッパリ。卒業後は大学に残るという選択肢もあるので、当面は日本に住み、プロ棋士を目指して将棋を続けていくという。現在の目標を尋ねると「2級に昇進することです」と、引き締まった顔になる。「その次の大きな目標は初段になること。これは将来に向かっての一つの大きなステップです」。
将棋の段と級
女流棋士には、下は3級から最高位の六段まで全9階級があり、2級以上が正式な女流プロ棋士となる。女流3級が認められたカロリーナさんは、2年以内に公式棋戦での勝ち星などの条件を満たせば2級に昇級、晴れて女流プロ棋士になれるが、そうでなければ女流3級の資格を取り消される。男性の場合は、下は6級(例外的に7級もあり)から最高位の九段まで全15階級あり、四段以上が正式なプロ棋士となる。
欧州では、1985年にヨーロッパ将棋連盟(FESA=Federation of European Shogi Associations)が設立され、毎年夏には、ヨーロッパ各国の国籍を持つ参加者どうしが競う「ヨーロッパ将棋選手権」と国籍を問わず世界中から参加できる「ワールドオープン将棋選手権」という、アジア以外では最大規模の大会が開催されている。日本将棋連盟の海外支部があるフランスでは、将棋を学ぶ環境が整っている。カロリーナさんによれば「ポーランドでは、チェスは広く知られていますが、将棋はまだまだ。しかし、確実に人気は高まってきていると感じます」とのこと。
あらためて将棋の魅力についてカロリーナさんに聞いてみると「駒の進み方がシンプルだし、相手の駒を取って再度試合中に使えるのは本当にエキサイティング。相手の陣地内では駒を裏返してその能力を上げることもでき、対戦の展開がダイナミック」と熱く語る。さらに、彼女の並々ならぬ思い入れがあるのが将棋の「駒」。バッグから桜の柄の巾着を取り出すと、中に入っている駒をテーブルの上に広げた。駒の文字をなぞりながら「少し盛り上がっている文字の部分は漆塗りなんですよね。これは山梨の生産者から贈られたものなのですが、丁寧な造りがとても気に入っています。これまで見たこともないこの平たい形にとても惹かれたんです。そして駒を『パチン』と指す仕草がカッコイイ!」と目を輝かせた。将棋の駒の名産地として知られる山形県天童市も訪れたというカロリーナさん。「いつかは天童の駒も手に入れたいですね」と道具への思いも語ってくれた。
帰り際に「これ、わかりますか?」と見せてくれたのは印伝のがま口。鹿のなめし革を染色し漆で模様を付けた印伝は、カロリーナさんの第二の故郷、山梨の伝統的工芸品である。がま口の柄は「トンボ」。トンボは前にしか進まないことから不退転の象徴として「勝ち虫」と呼ばれ、甲州を拠点とした武将・武田信玄の重臣らが兜の前立てに用いていたといわれている。カロリーナさんは将棋を通して、日本文化にも造詣を深めているようだ。
いずれは、ポーランド語で将棋の本を執筆するなど、故郷での将棋の普及にも携わっていきたいとの夢を語ってくれたカロリーナさん。今後、欧州出身の女流プロ棋士としてのさらなる躍進はもちろん、祖国ポーランドへの日本文化の伝承者としても活躍することが期待されている。
プロフィール
カロリーナ・ステチェンスカ Karolina STYCZYNSKA
ポーランド・ワルシャワ出身、24歳。山梨学院大学4年生。ワルシャワのステファン・ヴィシンスキ枢機卿大学(UKSW)で情報工学(IT)を専攻していたが、2014年から山梨学院大学3年次へ編入。奨学生として大学で経営情報学を学びながら、日本将棋連盟所属の研修会員として将棋の腕を磨く毎日。2015年10月1日付で女流3級になる。卒業後は女流プロ棋士を目指す。
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