2019.8.5

EU-JAPAN

着物に秘められた物語と美を愛するフランス人着物店オーナー

着物に秘められた物語と美を愛するフランス人着物店オーナー

「着物を着る機会がない」「特別な日にしか着ない」という日本人が増える中、アンティーク着物ならではの「本物」に魅せられ、東京・柴又で着物店を構えたフランス人の店主、クレ斗真さん。日本の家庭で代々受け継がれてきた古風な着物を愛してやまないクレさんが、着物店を開くまでの苦労話や将来の夢を語ってくれた。

下町のたたずまいを生かしたアンティーク着物店が誕生

映画『男はつらいよ』シリーズの舞台としても有名な東京・柴又。下町の風情を残すこの町は、寅さんファンはもちろん、今や訪日外国人客も訪れる人気の観光スポットとなっている。柴又駅前の「フーテンの寅」像を通り過ぎ、歩くこと約3分。フランス人のクレ斗真(クレ・トマ)さんが2018年7月に開店したアンティーク着物店「今昔きもの小路」の赤いのれんが見えてくる。店内には、季節に合わせた着物や帯、和装小物などが所狭しと並ぶ。売り場に隣接した10坪ほどの広さの和室では、江戸から明治、大正、昭和初期に作られたアンティーク着物や帯、小物などが大切に展示されている。

着物売り場に隣接した和室では、衣桁(いこう)に掛けられた数々の着物をはじめ、装飾の美しい日本髪用の枕、高下駄などが飾られている
© クレ斗真

「展示場や三味線ライブの会場なども兼ねているこの和室では、自分で集めたアンティーク着物やこだわりの骨董品を飾っています。日本髪用の枕、煙草(きせる)入れ、花魁(おいらん)の高下駄など、よそではなかなかお目にかかれない珍しい品物もあります。貴重な品物ばかりなので、月に2回ほどしか開放していませんが、アンティーク着物に興味のあるお客さまがいらしたときには、中にお入りいただき、着物や骨董品を眺めながら、一緒にそれらの魅力について語り合うこともあります」とクレさんは熱心に話す。

「大好きなアンティーク着物に囲まれて仕事できるのがうれしい」
© クレ斗真

アルバイト先で着物のとりこに

数ある着物の中でも、明治から大正、昭和初期にかけて作られたアンティーク着物をこよなく愛するクレさん。中学生の頃に、日本を特集したドキュメンタリー番組を偶然見たことがきっかけに、「いつか日本に行ってみたい」「日本の文化についてもっと知りたい」と思うようになった。そして「自分のやりたいことを実現するには、まずは日本語を習得することが先決」と2年間の語学留学を決め、初来日したのは2014年7月のこと。

「日本文化に興味があったので、着物についてはもちろん知っていました。でも来日した当初は、それほど着物に興味があったわけではありません。転機となったのは、浅草にある着物屋さんでアルバイトを始めたことでした」

英語を話せるスタッフを募集していた着物店で、クレさんがアルバイトを始めて約3カ月。客足が引いた時間帯に商品をじっくり見たり、着物が好きなお客さんと会話を重ねたりしていくうちに、クレさん自身が着物に魅了されていった。「暇さえあれば着物のカタログを見たり、インターネットや本などで着物について調べたりするようになって、自分でもびっくりしているのですが、気が付いたら、大の着物好きになっていました」と、はにかみながら語る。「特に、明治から昭和初期にかけてのアンティーク着物を実際に見たり触れたりすることで、その美しさや奥深さを知り、自分でも収集するようになりました。そこで、外国人の僕が感じた着物の文化や技術の素晴らしさを、広く発信していきたいと思ったのです」。

日本に残って、着物と関わる仕事ができないかと模索するクレさんの前に立ちはだかったのが、ビザの問題だった。アルバイト先の着物店に正社員として採用されることが決まったものの、就労ビザが下りず、やむなくフランスへ帰国することになったのだ。

ワーキングホリデーで再び日本へ

フランスに帰ってからも「どうすれば日本に戻れるか、そればかり考えていました」と話すクレさんは、帰国から6カ月後にワーキングホリデーのビザを取得して再来日し、同じ浅草の着物店で働き始めた。

「ワーキングホリデーで日本にいられるのは1年間だけですから、その間にどうすれば日本に残れるのかを必死に考えました。どんなビザが取れるのか、またそのビザで何ができるのか。自分の所持金でできることは何かなど、いろいろ考えた末に出した答えが、日本の着物の素晴らしさを伝える仕事に就くことでした」

「開業するまでには、ビザの取得など、いろいろと苦労がありました」
© クレ斗真

「自分が一番やりたかったことだ」という、着物に関わる仕事。具体案として最初に考えたのが、これまで自分が集めたアンティーク着物や骨董品を展示する美術館を開業することだったが、これは許可が下りずに断念した。次の選択肢としてクレさんが考えたのは、ビジネスオーナーのためのビザを取得し、着物や小物の販売を行う会社の設立だった。こうして、クレさんこだわりの着物店、「今昔きもの小路」が誕生した。

「今昔きもの小路」の特徴は「古風な着物屋であり、和文化の情報センター」であるという点だと、クレさんは熱く語る。一針一針、丁寧に作られた着物の美しさは、やはり日本の大切な文化だということを伝えたい。それがクレさんの夢だ。

「今は簡単に着られる、安価で楽ちんなファストファッション感覚の着物が人気です。でも、日本には代々、家族の中で大切に引き継がれてきた素晴らしい着物文化があります。『着物は高価だから』、『着るのが難しいから』と興味を示さないのは本当にもったいないこと。僕は、昔ながらの着物の美しさや素晴らしさを、若い人にも分かってほしい。たとえ分かってもらえなくても、古風な着物があることを少しでも伝えられたらと思っています」

着物にまつわる物語性と家族愛に引かれて

フランス人のクレさんが、日本人以上に着物を愛する理由は一体どこにあるのか。ご本人に伺うと、こんな答えが返ってきた。「昔の着物は、簡単に作れないからこそ美しいと思うのです。日本では、娘の成人式や結婚式のために、親が心を込めて着物を用意したと知りました。そんな素晴らしい文化は、他にはなかなかありません」。

「着物に描かれる模様や小物にも一つひとつ意味があり、着物との出会いには、着る人の一人ひとりの物語がある。そういう着物の背景にあるストーリー性に、僕は強く引かれるのです」
© クレ斗真

成人式のために予約した着物が届かず、社会問題になった事件を機に、「ママ振り(ママの振袖)」を帯や小物を変えて着ることがブームとなっていることについては、「とてもいいことだと思います」と話す。「母親が成人式に着た振袖を娘が着るなんて、とても素敵なことですよね。その日だけのレンタル着物だと、着物に対する愛着や家族への特別な気持ちは生まれないんじゃないかな」。

1,000円程度で手に入る安価な着物を着崩し、帯は付け帯、襟や帯締めはレースでアレンジ。足元はヒールやサンダルで、金色やピンク色に染めた髪に大振りのピアスを身に付け、ピースサインで撮った写真を次々とSNSにアップしている若い人たちを見て、クレさんは「そういう着物の楽しみ方は否定しないけれど、僕は古風な着物が好きなので」と残念そうに語る。

「着物の良さを分かって、正しい着方を身に付けた上で、アレンジするのはいいと思います。でも、彼らのような着方が、“日本の着物”だと紹介されて海外に伝わるのは悲しいですね。僕は昔ながらの着物は『着物』、現代風にアレンジされた着物は『着モダン』と、勝手に呼んでいるんです。そこは分けて考えるべきだと思うのです。僕一人で言っても、何も変わらないかもしれないですが、そういうメッセージの発信はこれからも続けていこうと思っています」

小物で印象ががらり変わるアレンジも楽しむ

モデルとしても活動するクレさんは、女装のリクエストにも対応している。仕事以外に、プライベートでもお花見や成人式などの特別な日には、女物の着物を着ておしゃれを楽しんでいるそうだ。「僕は特に振袖が好きなんです。男物は基本的に、着物と帯しかありませんが、女物は着物自体も美しいですし、例えば半襟一つを取っても、柄のあるものや刺繍のあるものなど、種類が豊富です。帯の色や柄を変えることで、イメージがガラリと変わるのも魅力ですね。帯上げ、帯締めなどの小物や、髪飾り、草履、バックでもいろいろと遊べますから、シンプルな男装よりもきらびやかな女装の方が断然好きです。『この着物に小物は何を合わせようか』とコーディネートを考えるのが面白くて」。

自ら購入したアンティークの振袖を身にまとい、美しく着飾ることもクレさんの大きな楽しみの一つ
© クレ斗真

キラキラした目で着物の魅力を話すクレさんだが、日本で着物店を続けていくことは、そう簡単なことではない。クレさんが意外だったのは、日本の伝統文化や着物に興味を示す日本人が想像以上に少なかったことで、厳しい現実に直面することも少なくないという。

「もっと気軽に日本文化に触れ、着物を着てもらえるようにしたい」と考えたクレさんは、さまざまなイベントも企画している。「振袖で柴又を歩こう!」「振袖で社交ダンス」などもその一つ。なかでも、クレさん自身も習っていたという三味線とのコラボレーション企画「津軽三味線ライブと体験教室」は好評で、毎月1回、店内で定期開催している。「豪華な着物に囲まれながら聴く津軽三味線の音色は、粋です。興味のある方は、ぜひ参加してください」。

「正直、いつまでお店を続けられるだろう」と悩む日もある。それでも、今の仕事にやりがいを感じられるのは、自分と同じように着物を愛する人が店を訪ねてきてくれた時だ。「先日も、19歳ぐらいの着物好きの若者が店に来てくれました。僕もうれしくなって、とっておきの着物や骨董品をお見せしたら、目を輝かせて心から喜んでくださいました。そういう出会いがあると本当にうれしいですし、また頑張ろうという気になります」

もう一つ、クレさんを奮い立たせるのは「江戸下町が好きだ」という思いにほかならない。初来日以来、主に浅草と柴又で生活してきたクレさんは、「自分の居場所はここしかない」と感じるそうだ。「渋谷や新宿には、特に興味がありません。柴又の帝釈天辺りまで散歩をしたり、帝釈天の裏にある静かな庭でゆっくり過ごしたりする時間が大好きです。そう考えると、僕が好きなのは静かで、自然で、美しいものなのだとあらためて気がつきました。着物も同じで、着物を着て自然に、ただ立っているだけで美しい。特別なポーズなんていらないのです。そういう凛とした美しさや、自然を美しいと感じられる大切さを今後も発信し続けていきたい。いつか、皆さんがアンティーク着物の素晴らしさに気付くきっかけを作れたらうれしいですね」

日本人が忘れかけている着物の魅力や、文化を守る大切さを思い出させてくれたクレさん。今後のますますの活躍を応援したい。

柴又帝釈天(題経寺)の裏にある日本庭園、邃渓園(すいけいえん)にて
© クレ斗真

プロフィール

© クレ斗真

クレ斗真 Thomas KOHLER

1995年、フランス生まれ。2014年7月に語学留学のため初来日。着物店でのアルバイトを機に、アンティーク着物に興味を持つ。2018年7月22日に柴又で着物店「今昔きもの小路」を開業。趣味は三味線、箏、日本髪、昭和の映画、浮世絵など。モデルとしても活動し、女装の撮影も可能。舞妓さんのファンで、帝国ホテルで開催される「東西おどり」、新橋演舞場の「東をどり」などにも足を運ぶ。着物の魅力を広めるため、店舗を構えるほかSNSで発信し、イベント企画などでも活動中。

今昔きもの小路 公式ウェブサイト
https://www.kimonokomichi.com/

今昔きもの小路 Twitter
https://twitter.com/kimonokomichi

クレ斗真さん Twitter
https://twitter.com/furansunothomas

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