2017.4.5
EU-JAPAN
素粒子の一つ「ニュートリノ」に質量があることを実証し、2015年ノーベル物理学賞を受賞した東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章教授。駐日欧州連合(EU)代表部の公開講演を機に、教授に国際研究協力の重要性や次世代への期待を語ってもらった(聞き手:カラピペリス科学技術部部長)。
インタビューにあたって 駐日EU代表部が担う大切な使命の一つは、日・EU間の全体的な戦略的パートナーシップに基づき、研究・イノベーションにおいて日本とEUが連携を強化することです。このパートナーシップの柱の一つが、研究・イノベーションにおける連携であり、今回のレクチャーはその一端をご紹介する素晴らしい機会となりました。 本レクチャーに対し、職業も年齢もさまざまな幅広い層の日本の聴衆の皆様から圧倒的な反響をいただいたことに深い感銘を受けました。 レオニダス・カラピペリス駐日EU代表部 公使参事官・科学技術部部長 |
― EUの研究・技術開発枠組み計画「ホライズン2020」は国境を越えて行われるプログラムですが、EU加盟国および同計画に参加を表明した16の関係諸国の間では、もはやその国境も意識されなくなっています。このような開放的な関係がそれらの国々にとどまらず、全世界に広がっていくのは本当にうれしいことです。本日は、ホライズン2020の前身の下で資金供給された「ELiTES※1プロジェクト」の最後のミーティングでした。ELiTESプロジェクトの目的は、重力波の検出です。梶田教授がおっしゃったように、重力波望遠鏡の開発はいずれ重力波の検出につながるでしょう。重力波観測を実現するにはどのような開発が必要なのでしょうか? また、どのような重要性がありますか?
梶田教授:どんな重力波検出器も、単体では重力波が発生している場所を特定できません。しかし、もし重力波検出器のグローバルなネットワークがあれば、重力波の発生源がどこにあるのかを特定できるようになります。そういう意味で、われわれは地球規模にまたがった単一の重力波望遠鏡を建造しようとしているのです。
― そうすると、グローバルな規模で、1カ所ではなく多くの場所で行う必要があるのですね。その結果、何が見えてくるのでしょうか?
梶田教授:観測したいのは、例えばブラックホールの合体です。これらの観測を通して、ブラックホールがどのように生まれるのかを知りたいと思っています。また、連星中性子星の合体を観測することで、金などの重元素がどのように生成されるのかということも知りたいですね。通常の星では、核融合プロセスによって重元素が生成されますが、このプロセスで生成できる最も重い元素は鉄なのです。
― つまり、それによって宇宙の理解が進むというわけですね。これを実現させるには、どれくらいの量の、どのような作業が必要なのでしょうか? レクチャーの中で、梶田教授ご自身と学生たちが鉱山作業員のような服装で作業している写真を見せていただきましたが、宇宙の深さを探るこの実験は、多くの肉体労働と技術的な作業を要するわけですね。こういった類の実験を通して、それ自体が進化している独自の技術を開発していく必要があるという意味ですか?
梶田教授:その好例が重力波検出器です。今日のレクチャーでも説明したように、重力波検出器で計測する精度に関わる要件はとても厳しいのです。ですから、われわれは物理学者であっても、技術を進化させていかなければなりません。
― それは、2012年にヒッグス粒子を発見した欧州原子核研究機構(CERN)から学べることですね。最先端の粒子加速器と検出器を開発するために使用した技術で、がん治療にも応用できるハドロン治療を開発したわけですから。
梶田教授:今日、レクチャーでお見せしたスーパーカミオカンデ※2建設の写真に載っていた人の約8割は物理学者なんです。
― 梶田教授の研究と世界規模の取り組みの中で、国際協力に関与することは、現在どれほど重要なのでしょうか?
梶田教授:基本的に、科学には国境がありません。残念ながら、われわれの実験では一つひとつのプロジェクトが大型化し、かつ複雑さも増していて、これらのプロジェクトは一つの国ではとても支援し切れないのです。一方で、どの国にもそれぞれ特有の文化があります。他の国々の人々と交流することで、新しい発見が生まれるのです。これは、科学の進歩のためにとても重要なこと。プロジェクト上の必要性からも、他の国々や文化の人たちと交流する重要性からも、国際協力は非常に意義があると思います。
― 日本の若い科学者たちには、どんなアドバイスがありますか? 海外に研究の場を求めたり、外国の研究者たちと連携したりする大切さについては、どのようにお考えですか?
梶田教授:海外の人々と交流・連携することは大切ですから、若い日本の研究者には海外のパートナーとのコラボレーションを最大限に生かしてほしいと思います。ただ、残念なことに、現在日本では常勤の研究職を得ることが極めて困難なため、外国で研究をして帰国しても仕事を得られる保証はないので、日本で常勤の職を得たいと考えている人は海外に行くのをためらう場合もあります。
― おそらく欧州の状況は日本とは反対で、国内に仕事がないから海外へ行く人が大勢います……。それでも、ELiTESプロジェクトのように、海外の共同研究者を訪問しながら、長期間留守にしなくても済む協力計画を創出できるかもしれません。EUでは、これに類似した3カ月、6カ月、あるいは1年単位の研究者交換制度のプログラム(「ホライズン2020」RISE)があります。これは、例えば4年間の全体的な研究者交換プログラムの範囲内で可能なのですが、他の研究者が自分の研究室を訪ねて来る間に、個々の研究者は「こちらで数カ月、あちらで数カ月」という具合に移動できるというわけです。こういった仕組みについてはどう思われますか? 安定した環境と、人材の循環は両方とも必要ですから。
梶田教授:とても優れたシステムで、そのような人材の循環は非常に重要だと思います。
― 今日のレクチャーで、梶田教授は非常にユーモアに富んだ方だとお見受けしました。ノーベル賞を受賞した際、感謝したい相手は誰かと聞かれて、「もちろんニュートリノに感謝します。それから、ニュートリノは宇宙線からつくられるものなので、宇宙線にも感謝したいですね」と答えられましたね。『EU MAG』の若い読者を念頭に置きながらお聞きしますが、ご自分が達成した成果に対して、誰か他にも感謝すべき人はおられますか?
梶田教授:ニュートリノと宇宙線以外では(笑)、カミオカンデとスーパーカミオカンデでの実験を指揮された小柴昌俊教授と戸塚洋二教授に感謝の意を表したいと思います。
― 梶田教授の若い頃はいかがでしたか? 学生時代に、現在のような研究への情熱を育ててくれた教師や両親との思い出はありますか?
梶田教授:すみません、これぞという一つの出来事があったわけではありません。むしろ、物理学に対する興味は徐々に大きくなっていったので。
― 今のお答えは素晴らしいと思います。そのような輝かしい出来事が起きるのを待っている人は大勢いるものの、実際に体験する人は少ないですからね。普通の子どもも、普通に勉強を続けて関心を深めていけば、誰もがノーベル賞をもらえるわけではありませんが、優れた科学者になれるはずです! とても勇気付けられるメッセージです。梶田教授は物理学の分野で実験的研究を行い、宇宙の謎解きに挑まれています。生物学や数学などに取り組んでいる研究者もいます。それと同時に、必要なことですが、別の研究者は次世代のスマートフォンを開発して経済の活性化などにつなげています。政策立案者や政府関係者の中には、「今は大変な時代だから、応用研究を優先させるべきだ」という声もあります。梶田教授は、なぜ基礎研究を支援することが大事だとお考えなのでしょうか?
梶田教授:基礎研究は、世界中の全ての科学者が行う共通の活動です。われわれは自然をより深く理解しようと努めています。この研究活動の成果には、世界中どこからでも一般にアクセスすることが可能です。このようなやり方で、人類全体に貢献したいと願っているのです。
― 最後の質問です。今日、聴講に来られたのはさまざまな年齢層と経歴の方々で、梶田教授にお会いし、お話を聞きたいということで集まりました。専門家ではない人々を相手に話すのは、どれほど難しいことなのでしょうか? 今日のように、一般の聴衆に向けて話をするのは科学者にとって大切なことだとお考えですか?
梶田教授:確かに難しさもあります。科学の楽しさを伝えたくても、うまく話さないと聞いている人はすぐに興味をなくしてしまうのです。外国での事情はわかりませんが、日本では多くの若い学生たちが、中学校や高校の段階で科学に対する関心を失っています。これは全く嘆かわしいことです。ですから、彼らに科学の面白さを感じてもらい、科学の重要性も伝えていきたいと思っています。そんな若者たちの中から、科学活動に参加しようと決意する人が出てきてほしいですね。
プロフィール
※1^ 「ET(Einstein Telescope=アインシュタイン望遠鏡)とLCGT(Large-scale Cryogenic Gravitational wave Telescope=大型低温重力波望遠鏡)干渉計型望遠鏡における科学者の交流プロジェクト」のこと。
※2^ 世界最大かつ世界最高精度のニュートリノ観測装置。東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設を中心に、日本、アメリカ、韓国、中国、ポーランド、スペイン、カナダ、イギリス、イタリア、フランスの約40の大学や研究機関との共同研究で行われている。
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