2015.4.21
FEATURE
毎年、あらかじめ選定された都市で通年開催される「欧州文化首都」プロジェクトの目的は、欧州連合(EU)の根幹を成す多様な文化に焦点を当てることだ。「真の欧州統合には文化の相互理解が不可欠」と述べた、女優でギリシャの文化大臣を務めたメリナ・メルクーリ氏の発案で、1985年に始まった。選ばれた都市は、開催年1年分の展覧会、フェスティバル、イベントを、欧州全体の文化を網羅するプログラムであること、住民参加型であること、将来的にも社会発展に貢献する持続可能なプログラムであることを条件に、企画する。そして文化遺産を修復したり、インフラ充実に努力したりした結果、欧州文化首都開催に向けて十分に準備が整ったとみなされると、EUの助成金「メリナ・メルクーリ賞」(150万ユーロ、EUの文化助成基金「クリエイティブ・ヨーロッパ」から支出)を得ることができ、さらに文化的発展を活性化する機会を与えられる。
EUが文化を重視する背景には、メルクーリ元ギリシャ文化大臣が述べたとおり、欧州統合には政治や経済面の結びつきだけではなく、文化の相互理解が必須という考えがある。また、文化セクターは、経済危機の際にも比較的ダメージを受けにくい上、近年はアートとテクノロジーが切り離せないようになってきているため、情報通信技術の発展をも促進する。現在、文化セクターはEU域内総生産の3.5%および労働力の3%(雇用者670万人)を占めている。文化推進はEU経済発展の戦略の一つでもあるのだ。
現在、欧州文化首都は毎年2カ国・2都市で開催されている。開催国の順番は2019年まで決定しており(2019年については正式決定待ち)、2004年以前からの加盟国と2004年以降新しく加盟した国の組み合わせで選ばれている。開催国は、開催の数年前に国内で選考を行い、文化都市を決定する。欧州文化首都を通して、各都市は地域の活性化や再興を図り、他都市や他国と積極的に交流し、自身のアイデンティティを再構築できたということが報告されている。
本年の欧州文化首都の開催国はベルギーとチェコ。ベルギーが選んだ開催都市が、本稿で紹介するエノー州のモンス市だ(チェコのプルゼニュは別途紹介予定)。モンスは南部フランス語圏に位置し、ブリュッセルから南西60km(車で40分、電車で1時間。パリからブリュッセルは国際超特急列車「タリス」で1時間半)にある地方都市だ。
モンス市の南西一帯にある炭坑地域ボリナージュは、中世から19世紀まで周辺国からの多くの労働者が集まり、ベルギー建国の経済力と産業基盤を提供した。一帯の炭鉱跡は今日、世界遺産にも登録されている。欧州を代表する炭鉱集中地の一つであったボリナージュだが、主要エネルギーが石炭から石油へ転換された1960年代、炭坑が次々と閉山され、基盤産業を失った街は廃れ、ボリナージュといえば「貧困」を連想させるほどになってしまった。いったんはベルギーでは誰もが知る失業者の町となり果てたモンス市だが、最近では、グーグルのデータセンター、マイクロソフトのイノベーションセンターもでき、シリコンバレーならぬデジタルバレーに変身しようと懸命な努力を続けている。今、まさに転換期にあるモンス市が、今回のテーマを「メタモルフォーゼ(変容)」としたのはその意気込みの表れだろう。主なプログラムを以下に挙げる。
約300あるプログラムには、Tokyoがテーマになっているものあれば、後にジャポニズムに傾倒したゴッホ展もありと、日本人にも興味深いプログラムとなっている。
ゴッホは、1878年から1880年にかけてボリナージュ地域に滞在した。豊かな宣教師の家庭に生まれたゴッホは、最も貧しく厳しい生活を強いられた人々のために尽くす宣教師を目指して、ボリナージュへやってくる。しかし、その熱狂的すぎる態度が受け入れられずに断念。葛藤の中で、弟テオとの対話を通して絵筆で身を立てることを決意したのはこの地でのことだった。展覧会では、画家としての出発点となった2年間の習作の数々を見ることができる。題材の多くは、炭坑夫や労働者たちの姿であった。西洋絵画史上、最も重要な画家の一人であるゴッホのキャリアがこの地から始まったことを示唆するこの展覧会は、欧州文化首都2015を機会に再生しようとするモンス市の希望を象徴しているかのようだ。
Musée des Beaux-Arts de Mons (モンス美術館 BAM)
Rue Neuve, 8
7000 Mons, Belgique
http://www.bam.mons.be/
また、ゴッホに関連したいくつかの展示やイベントが開催されており、彼の足跡を巡る「ゴッホの道」散策コースも整備されている。
http://www.mons2015.eu/fr/node/699
中でも、画家を志したころに住んでいた「ゴッホの家」ミュージアム、カーク・ダグラス主演のハリウッド映画『炎の人ゴッホ』(原題『Lust for Life』)の製作過程展、ゴッホにちなんだ数多くの映画の上映会(黒澤明監督の『夢』を含む)は日本人にも興味深いだろう。http://www.maisonvangogh.mons.be/
日本在住の梅田宏明は、映像、音響表現、そしてダンスを融合するビジュアル・アーティスト&パフォーマーだ。モンス2015のパートナー市であるフランスのノール県モブージュ市で開催された「舞台芸術と最新テクノロジー国際フェスティバル(Festival international axé sur la scène et les nouvelles technologies=VIA、欧州文化首都プログラムの一環)」に参加。2週間にわたる滞在制作後、3月19日と20日に、「Intensional Particle」と「Split Flow」を公演。10月には、モンス市のCafé Europaで、同作品のインスタレーションを発表する。
Café Europa
Carré des arts
Rue des Soeurs Noires, 4
7000 Mons, Belgique
世界8都市の文化や食文化を紹介するプログラム「Ailleurs en Folie」。カサブランカ、リール、ロンドン、メルボルン、ミラノ、モントリオール、プルゼニュと並んで、東京もテーマとなり、伝統文化と時代の先端を行くテクノロジーが混在する独特な日本文化に焦点が当てられる。原宿モードから風呂敷、マンガ、ゲーム、食文化、茶道、生活美を体験できる。
10月15日から25日まで
Maison Folie – Salle Arbalestriers
Rue des Arbalestriers, 8
7000 Mons, Belgique
http://www.mons2015.eu/en/ailleurs-en-folie-tokyo
4月4日から9月21日までは、街のあちこちに、インスタレーションが展示される。大学の窓から流れ落ちる本の雪崩といった、日常に侵入した非現実を体験できる。
http://www.mons2015.eu/en/installations-urbaines
6月26日、27は 聖ヨハネの前夜祭(聖ヨハネの祝日とともに夏至を祝う祭り)で、街中で大かがり火、サーカス、コンサート、ダンスパーティーが繰り広げられる。7月17日から26日にかけては、街の中心広場グランプラス(Grand-Place)に、ゴッホの代表作にちなんだ8,000本のひまわりによる迷路ができる。同時に、同広場には250の長椅子が並べられ、無料コンサートを楽しむことができる。
http://www.mons2015.eu/en/feux-de-la-saint-jean
地元産食品の試食、料理教室、文学カフェやダンスホールが立ち並び、モンス市の有名シェフたちによる野外巨大バーベキューが行われる。
鐘楼公園にて9月6日開催。
Parc du beffroi
Square du Château
7000 Mons, Belgique
http://www.mons2015.eu/en/le-dimanche-toqu%C3%A9
聖ウォードリュー参事会大聖堂前広場に700人の歌い手が大集合。ジョスカン・デ・プレとともにルネサンス期のポリフォニー(多声音楽)の巨匠として知られている作曲家ロラン・ド・ラシュス(オーランド・ディ・ラッソとも表記)の名曲を披露する。ラシュスはモンス出身で、ベルギー生まれの神聖ローマ皇帝カール5世をはじめとした、当時の有力者に宮廷音楽家として仕えた。
10月4日から10月11日にかけて、コンサート、レクチャーなど。
http://www.mons2015.eu/en/one-week-roland-de-lassus
8週間にわたってモンス周辺の8村で繰り広げられる一連のフェスティバル。ダンスパーティー、伝説再発見、知られざる文化遺産を巡る散策、野外ディナーなど、各地域の住民たち500人とアーティストが2年間にわたって毎週ミーティングを重ね、協力企画したプログラム。徒歩、自転車、ベビーカーでの参加を考慮したもので、子ども連れにもうれしい。フィナーレにはニミー村でのマリオネット公演と巨人が街を練り歩くパレードが行われる。
フィナーレは10月7日から11日。
http://www.mons2015.eu/en/epouvantails-marionnettes-et-g%C3%A9ants
ベルギーには、風光明媚な自然遺産はないものの、文化遺産とユニークな産業遺産がいくつかある。ここでは、モンス市内と近郊にあるものを紹介する。
デュカス祭りは2005年にユネスコ無形文化遺産に指定された祭り。14世紀、ペストが流行した際、聖女ウォードリューの加護により、人々が救われたことから始まったものだ。例年、聖霊降臨祭の翌日曜日に行われ、今年は5月27日(水)からデュカス祭のプレリュードともいえるさまざまな催しが街をにぎわす。29日(金)夜10時からのグランプラス(Grand Place)で無料コンサート、30日(土)20時からの聖ウォードリュー参事会教会でのミサに続き、31日(日)は9時半から聖遺物の行列。1,500人以上の人々が中世の衣装を身にまとい、歌いながら街を練り歩く。12時半からは、聖人伝説「聖ゲオルギオスと竜」の迫力ある戦いが再現される。
スピエンヌは世界最古級の火打ち石の採掘地で100ヘクタールに及ぶ一帯に多くの採掘場跡が残る。紀元前4000年頃から石器の材料として、鉄器時代には火打ち石として盛んに採掘された。19世紀に発見され、2000年にユネスコ世界遺産に登録。文化首都を記念して博物館が建てられ、採掘穴跡をグループ見学することもできるようになった(電話・メールにて要事前予約)。金曜午後には、考古学者による説明も。
1661年から1672年にかけて建設されたもので1999年にユネスコ世界遺産に登録。30年以上にわたり閉鎖されていたが、欧州文化首都開催を機に修復、公開されることになった。ベルギーでは唯一のバロック様式の鐘楼で、市の象徴となっている。日の出、市門の開く時間、消灯時間、昼休み、火事の際に鳴らされ、市民生活の時を刻んできた。365段の階段、高さ87m、49の鐘からなるカリヨン(組み鐘)はベルギーならではのもの。上記の野外グルメ饗宴は、鐘楼公園で行われる。
Parc du beffroi
Square du Château
7000 Mons, Belgique
www.visitmons.be
www.mons2015.eu
なお、Mons(モンス)は、ベルギーの公用語の一つであるオランダ語ではBergen(ベルゲン)。ベルギーの北部オランダ語圏やブリュッセルではBergenと表記されているので公共交通機関や道路標識には注意が必要だ。
もう一つの欧州文化首都、チェコのプルゼニュ(ピルゼン)については、6月号で紹介する予定。
欧州文化首都についてもっと知りたい方はこちら http://ec.europa.eu/programmes/creative-europe/actions/capitals-culture_en.htm
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