日本料理とヨーロッパの料理のマリアージュ

© Washoku World Challenge Executive Committee

和食ワールドチャレンジ2013の表彰式にて、奨励賞を手にするウォルタースさん。決勝には世界中から10名の腕利き料理人が集まった © Washoku World Challenge Executive Committee

2013年12月8日、東京港区の「厨BO! SHIODOME」で、外国人シェフを対象とする初の日本料理コンペティション「和食ワールドチャレンジ2013」(主催・農林水産省ほか)の決勝が行われた。世界21カ国・地域から応募した106人のうち書類審査を通過した10人のシェフが来日、自慢の料理で腕とアイデアを競った。ファイナリスト中、唯一ヨーロッパから選ばれたロブレヒト・ウォルタースさん(41歳、ベルギー)に、日本料理の魅力、そしてヨーロッパの料理との関わりについて話を聞いた。

「みそ」はジャパニーズ・ミステリー

ウォルタースさんの和食ワールドチャレンジ2013 エントリー料理「豚ヒレ肉のみそダレ そば茶とカカオスパイス」 © Washoku World Challenge Executive Committee

ウォルタースさんのエントリー料理は「豚ヒレ肉のみそダレ そば茶とカカオスパイス」。ベルギービールに浸けた黒豚のヒレ肉に、ビール・日本酒・みそのオリジナル合わせダレをかけ、さらにそば茶や、ベルギーで馴染みの深いカカオのスパイスを添えたもの。日本人にとっては斬新な材料の使い方だが、海外への日本料理の広がりは、このような現地の嗜好、材料と組み合わさってこそ。「その国出身のシェフの創意工夫を応援する」という今回のコンペティションを象徴する一品と言える。惜しくも優勝は逃したが、さすがにファイナリストの創り出す料理だと思わせる。

このような素材の使い方は、ベルギー人であるウォルタースさんのこれまでの日本との関わりを体現したものとのこと。「私が初めて日本を訪れたのは2004年の10月です。チョコレート会社のプロモーションの一環としてベルギー大使館で料理を担当することが目的でした。その翌年にも日本に来ています。そのころ、チョコレート会社から、日本の思い出となるようなものを創れないかという提案がありました。そこで、日本で受けたインスピレーションを元に、ゆずや抹茶などを使った新たなチョコレート製品“Kaori”を創ったのです。日本のイメージとベルギーのチョコレートの融合です。今回の料理でも、日本料理の伝統とベルギーの文化をうまく組み合わせたいという思いを込めて、カカオスパイスを使いました」。

ゆずや抹茶などを使った、独創的なチョコレート「Kaori」。好みで三種の味のソースやスパイスを付けて食す

また、ウォルタースさんは「みそはジャパニーズ・ミステリー」だと言う。「長年、たくさんの文献でみそについて調べてきました。たとえば焼き鳥など、タレや塩で焼くといった料理はヨーロッパ人にも分かりやすい。一方、みそは、うま味やだしと並んで、“和食の謎”として象徴的なもののひとつなのです」。

「多くのベルギーの日本料理店では、うま味、だし、みその使い方を間違っていることが多い」とウォルタースさん。「たとえばみそはトッピングとしてのみ使っている店が多いんです。私もそうでした。ところが、ベルギーで唯一、ミシュラン一つ星をとっている日本料理レストランのシェフである友人に、みそはそのままトッピングとして使うのではなく、みりんか酒と合わせて使うべきだというアドバイスをもらったんです。今回の料理も、ベルギービールを煮詰めたものと日本酒と麦みそを混ぜ合わせて、ソースとして使っているんですよ」。

料理を始めたきっかけ、そして日本料理との出会い

日本料理の魅力を熱く語るウォルタースさん

ウォルタースさんは、10代のころから釣りが大好きだったそうだ。「母親に頼んでキッチンを使わせてもらい、自分で釣ったマスを料理し始めたら楽しくて」。そんなウォルタースさんを見ていた父親が、普通の学校の勉強よりもクリエイティブなことを学んだ方が向いていると考えたことから、数々のスターシェフを輩出していることで知られている国内トップレベルのホテル・料理専門学校「Ter Groene Poorte」に通うことになった。

「家から離れたブルージュにあり、15歳からの3年間、寮生活をしました。国内で最も厳格と言われる学校で、後で入った軍隊での生活の方が楽に感じたほどでした。でも、いろいろな所で実習をさせてもらうことができたんです。その経験が、フレンチやイタリアンのシェフとなるのに大変役立ちました」。その後はチョコレートメーカー、そしていくつかのレストランのシェフを務め、フランス料理、イタリア料理の腕を磨いた。フードスタイリングや、フードコンサルティングの経験も豊富だ。

ウォルタースさんのお店「KO’UZI sushi & fine foods」のウェブサイトを見ると、思わず声を上げるほど、かわいらしく魅力的で、しかも美しい創作寿司の写真が並ぶ。まさにヨーロッパ調の高級寿司だ。今回のコンペティションのファイナリストとなったことも、このウェブサイトを見ればうなずける。彼はどのように日本料理に出会い、寿司バーを開くことになったのだろう。

そもそもベルギーに日本料理店を開くことになったきっかけは、初めて日本の土を踏んだ時に遡る。初来日の時、空港に迎えに来てくれたのが、ベルギー・チョコレートの輸入の仕事をしていた女性だった。とても親切な女性で、いろいろと面倒を見てくれ、日本料理も紹介してくれた。さらにその1年後、2度目の来日の時、その彼女と一緒にシンプルな和食から懐石料理や寿司などの高級料理を次々と味わった。どれもおいしく感激の毎日だったが、シェフであるウォルタースさんならではの視点から、新しい発想が生まれたそうだ。「日本料理とイタリア北部の料理に、米やだしを使うという共通点があることが分かりました。そこで、イタリアンやフレンチと日本料理とのマリアージュができると思ったのです」。そして、本来の意味のマリアージュも実現し、その女性は、ウォルタース夫人となった。

結婚してベルギーに来た夫人が、フランスのリヨンでヨーロッパの料理学校の寿司コンテストを手伝う機会があり、それが、ヨーロッパで人気が出始めた寿司バーを二人で始めるきっかけになったとのこと。「しかし既に寿司のチェーン店や、中国人が経営する日本料理レストランもありました。ですからそれらとは違うポジショニングを考える必要があったんです」。

日本の寿司をヨーロッパ調にアレンジした創作寿司 © KO’UZI

その問題も二人で解決した。もともと店舗開発の仕事に関わっていた夫人が、ベルギー第2の都市、アントワープに寿司バー開店に最適な場所を見つけた。「その間約1年間、私は店の経営について、そして高い水準で常に同じ大きさと握り具合の寿司を作る方法について研究していました。その時に思いついたのがベルギー・チョコレートを作る時に使う“型”だったのです」。型に酢飯を入れ、その上にネタを乗せて押し出すと寿司ができる。ウォルタースさんの店の、見た目も美しい寿司は、ベルギー・チョコレートの伝統的な製法を用いるという思い切った発想の転換で誕生したというわけだ。こうして2008年、KO’UZIはオープンした。テイクアウト用に、通りに面したショーケースに美しい寿司を並べ、店内のカウンターでも食事ができるというスタイルだ。普段は創作寿司が中心で、イベントケータリングを請けた時、そして店でも年末などの特別な期間には、フュージョン日本料理にウォルタースさんが腕を振るう。

「でも、オープンしてから2年くらいは苦しい経営が続きました。お客さんも少なく、このままでは店を閉めるしかないとまで思いましたよ。そんな時に有名なジャーナリストが来店したんです」。彼はウォルタースさんの高級日本食材を使ったイタリアン・フレンチ・フュージョンを大変気に入り、「カウンターで食べるラグジュアリーフーズ」との見出しでKO’UZIを新聞記事にした。それをきっかけに、次々とメディアで紹介されるようになり、KO’UZIは一躍注目の人気店となっていった。

ヨーロッパのレストランとのつながりで、日本料理をさらに広げたい

ウォルタースさんの、日本料理の素材、調理法、そしてフランス料理、イタリア料理などヨーロッパの食文化の融合を目指す研究は怠りなく続いた。そして、KO’UZIはおいしくて美しい創作寿司の店、ウォルタースさんは、フレンチやイタリアンとフュージョンした高級日本料理のシェフとしての地位を確立した。「お客様が増え、店も手狭になったので、本年2月にはこれまでの2倍の広さの場所に移る予定です。そこには日本茶と和食器、高級食材の販売店を併設しようと思っています。料理として提供するだけではなく、食材としても日本のいいものを提供したいと思っているんです。」。

KO’UZI sushi & fine foodsウェブサイト。こだわりの写真が満載

こうして地元の人々、特に富裕層に愛されてきたKO’UZI。ショーケースに並べられた、プチフールのように鮮やかで美しい寿司は、日本の寿司とは明らかに趣を異にする。ベルギー・チョコレート職人、フードスタイリストの経験と知識が生かされたユニークなものだ。「ウェブサイトの制作にも力を入れました。料理専門のカメラマンにも協力してもらっています。普通、小さな店だと、料理の写真に凝って、それをメインにしたウェブサイトを作るのは難しいのですが、料理の世界で長くやってきましたから、人脈にも恵まれています。それを生かすことで魅力的なサイトを作ることができました」。

また、通常、ベルギーの飲食店ではスタッフの転職、離職のサイクルが早いそうだが、スタッフがあまり辞めないことも自慢だと言う。その訳は? 「とにかく楽しいんです! だからみんな辞めません」。日本料理をベースに現地の料理の要素を取り入れていくプロセスは「厳しい修業」というよりはクリエイティブで楽しいことのようだ。

今でも日本に来ると、さまざまな日本の食材を堪能するウォルタースさん。インタビューの前日もデパートのかつお節コーナーで荒節や本枯節について質問し、店員に驚かれたそうだ。白子やあん肝も大好きだと言う。「例えば、〈タラの精子のかたまりがおいしい!〉、〈深海魚のアンコウの内臓がおいしい!〉と、他の国でこういう話をしたら、特に女性は、ほとんどが顔を両手で覆って、〈いやだっ!〉と叫ぶでしょう。そういうものを食べるなんて、どうかしていると思われるかもしれません。でも、本当に白子もあん肝もおいしい。日本にはヨーロッパではまだ受け入れられていないおいしい物がたくさんあります。世界中で日本ほどの美食大国はありません。ミシュランでは評価しきれませんよ」。

それでも、ウォルタースさんのような伝道者により、健康志向の人々や知識人、富裕層を中心に和食の奥深さ、幅広さが伝わりつつあると言う。ちょうど2013年12月には、和食がユネスコの無形文化遺産に登録された。「今後、和食は、イタリア料理のように世界中に広がると信じています」とウォルタースさん。「まずは富裕層からだと思います。彼らに良い物を紹介するため、和食の食材の輸入業者とヨーロッパのレストラン組織の間で、うまく提携ができればと思っているんです。そこからますます和食がヨーロッパに受け入れられていくと思います。そして、よりカジュアルな店も、イタリアンの例のように増えていき、より多くの人が和食を味わうようになるでしょう。そんなふうに広がって行くと思いますし、そのことに貢献していきたいですね」。

現地出身のシェフが、現地の素材、料理法と組み合わせた新しい料理を創り出していくことも大切だと考えているとのこと。「私の日本料理のシェフとしてのキャリアはまだ6年です。まだまだ修業が足りません。でも、フレンチとイタリアンの経験なら充分にあります。これが、ヨーロッパで日本料理を広げていくことに役立つと思うんです。伝統的な日本料理をそのまま引き継ぐというより、素材や料理法を生かしつつ、それぞれの国、地域で、自分たちの食文化と組み合わせ、新しい日本料理を創り始めています。私自身、今後も、フレンチやイタリアンなどの料理と日本料理のマリアージュ(※1)によって、より多くの人々を魅了していきたいと思っています!」。

KO’UZI sushi & fine foodsの洒落た店内。テイクアウトもOK © KO’UZI

(2013年12月10日、東京都内でインタビュー)

(※1) ^ マリアージュ(mariage):フランス語で結婚のこと。料理の世界では、ワインと料理の組み合わせを表す言葉として使われる。組み合わせがよく、ワインと料理が互いにその良さを高め合う場合、「最高のマリアージュ!」。

※本文内では、日本人が普段の生活の中で食べる料理を「和食」、料理の専門家が作る料理を「日本料理」としています。

ロブレヒト・ウォルタース

プロフィール

ロブレヒト・ウォルタース Robrecht WOLTERS

(41歳 男性 ベルギー出身)
KO’UZI sushi & fine foodsオーナーシェフ。少年時代から調理学校に通う。フレンチ、イタリアンなどのシェフを経て2004年10月初来日。2008年、日本人の夫人とアントワープに寿司バーKO’UZI sushi & fine foodsを開店。イタリアン、フレンチとのフュージョンによる創作寿司と惣菜、テイクアウトで自宅でも味わえる便利さが人気。
KO’UZI sushi & fine foodsウェブサイト:http://www.kouzi.be/