2013.11.28
Q & A
欧州連合(EU)には、加盟28カ国の最低基準を規定する「労働時間指令(※1)」があります。この指令は、労働者の健康と安全衛生が、職場の経済的要求によって損なわれないよう、週労働時間や休息期間(勤務終了から次の勤務開始までの時間)、年次休暇などを規定しています。1週間の労働時間の上限は48時間(時間外労働を含む)、1日の休息期間は24時間あたり最低連続11時間、休憩時間は加盟国の労使協定か法律により定められます。有給休暇は少なくとも年14週間、夜間労働(※2)は24時間あたり平均8時間までです。なお、日本の労働基準法が定める週労働時間の上限は40時間ですが、ここには時間外労働が含まれません。
指令は、すべての労働者を対象としますが、週労働時間などを算定するための基礎期間(最高4ヵ月)は加盟国が設定し、週労働時間が規定を超える月があったとしても4ヵ月単位の平均労働時間が規定内であれば許容されます。また、加盟国は、業務内容の特質を考慮して、役員や家族労働者、教会などで働く者を週労働時間や夜間労働規則の適用から除外できます。マスコミや警備業務、病院や公益事業、研究開発など継続的な活動が求められる場合も、休息期間を補償することなどを条件に、週休や夜間労働規則などの適用を除外できます。指令には、労働者個人の同意に基づき、加盟国に週48時間労働などを適用しないことを認める「オプトアウト」条項があります。
EU労働時間指令が最初に採択されたのは1993年11月。加盟国には多様な法制があり、社会的利害関係もさまざまでしたが、それを乗り越えて週48時間労働制が導入されたのです。以降も労働時間指令に関して加盟国や社会的なパートナーと多くの議論を重ねてきました。例えば英国は、1980年代の規制緩和政策によって国内の労働時間規制を撤廃しており、指令をめぐる確執は、1997年に労働党が政権に返り咲き社会政策協定を受諾するまで続きました。また、2000年6月、それまで週労働時間の適用除外となっていた各種輸送や漁業、研修期の医師などに関しても適用されるよう、適用範囲を拡大する合意が生まれました。
長年の議論を経て成立・改正されてきた労働時間指令は、安全衛生や経営情報へのアクセスと協議、非典型労働、均等待遇法制などとともに、欧州の社会モデルを支える礎石をなしています。
現在も争点になっているのがオプトアウトと待機時間(職場外で呼び出しを受けるために待機している時間は現行の労働時間指令では労働時間とみなされない)です。2004年、欧州委員会が労働時間指令の見直しを提起しましたが、オプトアウトの維持(または撤廃)と待機時間の労働時間としての算定(または一部除外)に関し、加盟国の合意が得られませんでした。
EUには、欧州委員会が社会政策に関する提案を行う場合、事前に欧州レベルの社会的パートナー(労使団体)と協議した上で労使協定の締結し、それを理事会が決定すればEU法として加盟国を拘束しうるという規定がありますが、2011年末以降の交渉も労使の溝を埋められませんでした。今後の政治的展開が待たれます。
単一の雇用者と期間の定めのないフルタイム雇用契約を結ぶ正規雇用に対し、それ以外の雇用体系を日本では非正規雇用と呼び、その増加が日本で話題になっています。EUでも、各種の「非正規雇用(非典型労働=atypical work)」に従事する人々が増えています。EUの統計局ユーロスタット(Eurostat)によると、EU27カ国(2013年7月加盟のクロアチアを除く)でパートタイム労働者(日本では1週間の所定労働時間が同一の事業所に雇用される通常の労働者の1週間の所定労働時間に比べて短い労働者と定義されるが、その定義は域内でも加盟国によって異なる)が全被雇用者に対して占める割合は、2000年の15.8%から2012年の19.2%に、長期的雇用の見通しがないテンポラリー労働者(日本では有期契約社員などが該当するがテンポラリー労働者の定義は域内でも加盟国により異なる)は12.2%から13.7%に増加しました。
非典型労働者の約6割は、無期雇用の職が見つけられなかったためにやむなく非正規雇用という形態で働いています。非正規雇用の多くが、女性や高齢者、若年労働者らによって担われているという現状も指摘されています(関連記事「より良い雇用を目指して」)。「EUの機能に関する条約」第157条などのEU法規は、同一労働・同一賃金(時間当たり)に基づく男女の均等待遇を定めています。また人種、年齢、障害などによる雇用差別も禁止されています。
現在、EUの非典型労働規制には、パートタイム労働指令(1997/81/EC)や有期労働指令(1999/70/EC)、テンポラリー派遣労働指令(2008/104/EC)、テレワークに関する枠組み協約(2002年7月)などがありますが、いずれも均等待遇原則を中核に据えています。
欧州レベルの非典型労働法制整備への動きは、1980年代に始まりました。EUは、非正規労働者とフルタイム労働者との均等待遇を原則に、前者の雇用条件を改善し、雇用者が求めるフレキシビリティと従業員が求めるセキュリティを均衡させることを模索してきました。
EUと加盟国レベルの社会的パートナー(労使団体)は、1997年にパートタイム労働、1999年に有期労働に関する枠組み協約を締結。テンポラリー派遣労働に関してはなかなか合意が得られませんでしたが、転機となったのが2008年の協約で、派遣労働者の適切な保護を強調しつつ、リスボン戦略において派遣労働が果たしうる役割を認知するものでした。
パートタイム労働指令は、欧州レベルの社会的パートナーが締結した枠組み協約に基づき、基本原則と最低要件を規定しています。パートタイム労働者に対し、職務内容が同等で比較可能なフルタイム労働者に劣る処遇を行うことは、客観的事由がない限り認められません。適当と判断される場合でも、雇用条件は時間比例原則に基づきます。また、フルタイム労働からパートタイム労働、またはパートタイム労働からフルタイム労働への転換希望者に対し、使用者は情報提供などの配慮が求められます。社会保障制度の適用に関しては、加盟国の判断に委ねています。
有期労働指令は、均等待遇原則の適用と有期契約の連続利用による乱用の防止を定めています。法的な乱用防止規定がない場合、加盟国と加盟国の社会的パートナーは、有期雇用延長の客観的基準や最長契約期間、更新回数を定めることが求められます。
テンポラリー派遣労働指令は、派遣労働者と派遣元企業、公共および民間の使用事業者を対象に、派遣労働者の労働・雇用条件(賃金、労働時間、残業、休日など)における均等待遇、一定制限下での団体協約による適用除外の設定、福利厚生施設や職業訓練へのアクセスの改善などを定めています。
EUの非典型雇用に関する指令は、機会均等法制の新たな展開を示すものともいえるでしょう。しかし、ユーロ危機後に多くの非典型労働者が直面した状況に鑑み、これらの法制が不安定雇用を改善しうるのか、懸念する声もあります。
執筆=中野 聡(豊橋創造大学経営学部 教授)
(※1)^ 指令に対し、加盟国は目的を達成する義務を負うものの、その方法や形式については各国に任せられる。労働時間指令の正式名は「労働時間の編成の一定の側面に関する欧州会議および閣僚理事会の指令(2003/88/EC)」。
(※2)^ 夜間の定義は加盟国の国内法によって異なるが、午前0時から午前5時までを含まなければならない。
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