2018.8.3
Q & A
最近、EUの安全保障・防衛政策で脚光を浴びている「常設軍事協力枠組み(PESCO)」。PESCO進展の背景や具体的な内容から、EU・NATOとの関係、そして今後の動向にまで視野を広げながら解説する。執筆は、植田隆子東京大学大学院元特任教授/外務省欧州連合日本政府代表部元次席大使。
欧州連合(EU)での共通安全保障・防衛政策(Common Security and Defence Policy=CSDP)の進展は、EU用語で言う「防衛能力」を強化するさまざまな施策で見られます。しかし防衛といっても、EUには加盟国の領域に対する侵略を排除する任務はありません。EUの場合、域外でいわゆる平和維持活動(PKO)などの活動を遂行する能力に焦点を当てており、またサイバー対策なども含みます。
能力強化関連の施策の中で、「常設軍事協力枠組み(Permanent Structured Cooperation=PESCO)」と呼ばれる協力が、2017年末から初めて実働したことは特筆に値します。PESCOは、出資や能力開発、および加盟国間の運用上の即応体制の調整と協働を向上させることによって効率化を図り、より多くの成果を出すことに貢献する施策です。例えば、国ごとに兵器や装備品などを開発・生産するのではなく、それぞれの種類を共同開発によって減らし、相互運用能力を増強し、産業レベルでの国際競争力も増大させることを目的としています。
PESCOは、現行の改正EU条約(リスボン条約、2009年12月1日発効)で導入されました。第42条の6項、第46条および第10議定書に規定され、能力と意欲を有する一部の有志国が、共通安全保障・防衛政策の遂行のために、高度の軍事協力を進める枠組みです。Q1でも述べましたが、軍事力の相互運用能力や展開・持続可能性などを向上させる具体的な措置を組むという目的があります。なお、現行のEUの安全保障政策は、2016年6月に採択された「グローバル戦略」に基づいており、同戦略では加盟国間の協力強化が強調されています。
EUでは、2014年3月のロシアによるクリミア違法併合によって、EU内の東欧諸国での脅威感は増大しており、さらに安全保障の分野においてEUレベルで協力することに反対だった英国の離脱方針や、トランプ米大統領の言動によって、共通安全保障・防衛政策の分野の協力が急速に進んできました。
ジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長は、「防衛同盟(Defence Union)」を提唱して安全保障協力面でリーダーシップを発揮し、実際のPESCOの実施は、フランスとドイツが主導しました。具体的には、2017年6月の欧州理事会(EUサミット)でPESCOの実施が合意され、参加を希望する国々の意図の通知を受けて、ドイツ、スペイン、フランス、イタリアによる提案およびフェデリカ・モゲリーニEU外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長の意見に基づき、2017年12月11日のEU理事会決定(CFSP2017/2315)によって初めて実働することになりました。
2018年3月には、第1弾として17の共同プロジェクトが正式に決定されました。それらは、(1)共同訓練・演習分野(訓練ミッションの能力向上センターの設立など)、(2)陸・海・空・サイバーの作戦分野(装甲歩兵戦闘車の開発、海洋監視、港湾防護、対水雷システム、サイバー情報共有プラットフォームの設置など)、(3)作戦上の空白部分を埋める能力向上分野(医療司令部、軍隊の移動、軍用無線システムのための安全なソフトウェア開発など)から成っています。
PESCO:3つの分野の17の共同実施プロジェクト
留意しておかなければならないことは、PESCOが優先度や到達度の目標を示した「能力向上計画(Capability Development Plan=CDP)」や、加盟国からのデータに基づいて上記目標の達成状況を検討する「防衛能力組織的年次レビュー(Coordinated Annual Review on Defence=CARD)」と呼ばれる既存のEUの軍事能力強化方針や枠組みと整合して運用されていることです。
PESCOへの参加は、EU加盟国それぞれの自由意思に基づくもので、全加盟国の義務ではありません。本稿執筆時点では、EUからの離脱を決定した英国、EUの軍事活動への不参加を掲げる政策を持つデンマーク、および軍事力が小規模で政策も異なるマルタ以外の25カ国が参加を決定しています。25カ国は手続きに従ってプロジェクトを提案、あるいは提案されたプロジェクトに参加します。
EU非加盟国もPESCOへの参加は可能で、目下、そのための枠組みをEUが策定中です。
PESCOのプロジェクトは、「欧州防衛基金(European Defence Fund=EDF)」(2017年創設)からも資金が拠出されます。EUの権限ではなく政府間協力で行われる安全保障分野の行動へのEU予算からの拠出は、従来と比較すると画期的な変化です。これは、PESCOのプロジェクトがEU域内の産業政策としても位置付けられていることを示しており、欧州委員会の域内市場・産業・起業・中小企業総局もEDFに関与しています。
欧州防衛基金(EDF)の予算と仕組み
共同研究を推進する研究段階は100%EUの予算から、共同開発段階は加盟国とEUの双方から拠出があります。開発された装備品の取得は、加盟国の予算が100%用いられます。本稿執筆時点で、2021年~27年の共通予算からのEDFへの拠出は、研究段階では41憶ユーロ、開発段階では89億ユーロが予定されており、域内の中小企業の振興も念頭に置かれています。PESCOは、EDFからは優遇された拠出を得て実施されることになっています。
EUの中でNATOに加盟している国々はNATOの集団防衛により、NATO非加盟国(アイルランド、フィンランド、スウェーデン、オーストリア、マルタ、キプロス)はそれぞれ独自に領域防衛を行っています。
EUは、基本条約であるマーストリヒト条約(1993年11月発効)によって、初めて共通外交・安全保障政策(CFSP)をEUの政策領域に入れ、共通安全保障・防衛政策(CSDP)の軍事作戦を2003年から実働させました。導入当時の1990年代初めは、旧ソ連の分解によるEU圏に対する軍事的脅威が大幅に低減されたため、NATOの将来に懸念が持たれた時期にあたり、米国や英国はNATOとEUの競合を懸念していました。英国は一貫してNATOを重視しており、EUが安全保障領域に踏み込むことに極めて消極的でした。他方、米国の第2期ブッシュ政権は、むしろこの分野におけるEUの活動を活用する政策へと転換しました。
ここで留意すべきなのは、EUとNATO双方に加盟している国々の軍事力は、NATO用あるいはEU用などに分けられず、1セットの国軍を作戦に応じて運用するため、EUとNATOは能力強化を整合させる必要があることです。
EUのグローバル戦略でもNATOとの協力は強調され、2016年にEUとNATOは共同声明を出し、本稿執筆時点では、能力構築を含む74もの具体的な協力項目が特定され、実施されています。2018年7月6日には、欧州委員会のユンカー委員長、欧州理事会のドナルド・トゥスク議長、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長が再び共同声明を出し、特に軍事力の移動やテロ対策などの分野における協力の迅速な履行を打ち出して、PESCOやEDFによる貢献にも触れました。EUでの軍事能力の強化は、NATOとの相乗効果も図られています。
PESCOの17共同プロジェクトの一つである、軍隊の移動に関するプロジェクトには、最多の24カ国が参加しており、NATOの戦略にとっても極めて重要なものです。またこれは2018年7月11日に発表された、ブリュッセルでのNATO首脳会議の声明17項および70項でも言及されました。NATOは、欧州東部での有事の際、バルト三国やポーランドにまで軍隊を増派しなければなりません。冷戦期は東西ドイツの国境を挟んでNATO軍とワルシャワ条約機構軍が対峙し、大西洋を越えて来援する米軍などを分断線まで増派する作戦計画がありましたが、現下ではNATOの加盟国拡大により、さらに東方まで軍事力を動かすことになります。この軍隊の移動に関してEUが貢献できる重要な役割は、民生分野でも用いられる道路や鉄道、空港、橋梁などのインフラの向上や、国境を越える軍事力の移動に関するさまざまな規制改訂などです。
PESCOに関連するあらゆる決定は、EU加盟国同士で行いますが、欧州対外行動庁(軍事幕僚部を含む)と欧州防衛機関(EDA)の職員がPESCOの事務局としての任務を遂行し、支えています。2018年11月には、次期のプロジェクトが決定される予定です。
プロジェクトの多くは、成果を出すまでに時間を要しますが、EUの目的に沿ってEU加盟国の軍事能力の強化が図られ、加盟国間の政策の調和にも貢献するでしょう。さらに、産業政策として、域内の経済成長にもプラスになるでしょう。近々の課題としては、EU内で最大の軍事力を持つ英国が離脱した後、EUとの軍事協力を双方の合意の下で速やかに組めるかどうか、という問題もあります。
執筆:植田隆子(東京大学大学院元特任教授/外務省欧州連合日本政府代表部元次席大使)
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