2018.7.17
OTHER
デジタル技術の発展は、個人・国家レベルで人々の生活に影響を与え、日常のコミュニケーションから外交政策にまで変化が及んでいる。デジタル化する社会の中で、われわれはどのように意識を改革し、正しい情報選択や発信をしていくべきなのか。立場や主張の異なる5人のパネリストが持論を展開し、聴講者とベストプラクティスを共有した。
長い間、外国との交際や交渉、つまり「外交(ディプロマシー)」は、主に「国家対国家」あるいは「政府対政府」の形で行われてきた。しかし近年、TwitterやFacebookなどのソーシャルネットワーキングサービス(以下、SNS)に代表されるさまざまなデジタルツールやソーシャルメディアの急速な台頭により、外交の手法が大きく変化・拡大している。
こういった革新的なデジタル化の流れを、多角的な視点から評価するために、今年6月21日、駐日欧州連合(EU)代表部は「デジタルツールとソーシャルメディアの影響力:日常の利用から外交への影響の評価」と題したパネルディスカッションを開催。同代表部のフリオ・アリアス広報部長をモデレーターに、国際情勢解説者の田中宇氏、作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏、明治大学政治経済学部准教授の川嶋周一氏、駐日フィンランド大使館広報部の堀内都喜子氏、在日フランス大使館広報部の河野裕喜子氏の5人をパネリストに招き、それぞれの立場から、デジタルツールとソーシャルメディアに対する見方や利用例などを語った。
まず、ディスカッションの導入として、アリアス広報部長がデジタル外交の現状を概説。ビジネスの世界と同様、今や外交もデジタルで行われる時代になっているとして、1〉国家元首や外交官も個人のSNSアカウントを持って活動している、2〉例えば、日本国内で展開される欧州産ワインやチーズのキャンペーンなどのように、政府から不特定多数の市民に対して手軽に情報を伝えられる(広報文化外交=パブリックディプロマシー)、3〉政府を介さず、各国の市民同士でも外交的なキャンペーンができる、と説明した。
各国の英字新聞などを読み解いて国際情勢を分析し、解説記事を自身のブログで発信している田中氏は、2001年9月11日に起こった米国同時多発テロ事件以降、ソーシャルメディアにより、中東で繰り広げられた戦争などで「誰が悪くて誰が善いのか」といった情報がデジタルツールを通じて操作され、人々の善悪感が歪曲されるようになった、と自身の見解を述べた。またソーシャルメディアは、“イベントに参加している”という幻影を人々に植え付け、ある意図をもって彼らを動かすことのできる恐いものでもあるとした。
メディアと情報通信技術を専門とし、自身のTwitterで約80万人のフォロワーを持つ佐々木氏の考えでは、これからは権力が分散し、国家だけでなくNPO・NGOや企業、個人が複合的に相互作用する時代になるという。従来は、“大きな所”(国家など)から“小さな所”(市民など)へ情報が流れる仕組みだったが、現代は影響力のある個人や企業などが、大小さまざまの無数の仕組みを作り、互いに影響し合う形に変化してきている。この新しいメディアの構造の中では、コンテクスト(事件や出来事に関わる事情や背後関係)を共有することが難しく、新しいコンテクストのあり方も考える必要がある。
EUの外交史を専門とする川嶋氏は、デジタル外交をEU固有の問題として扱う視点から、次のように分析した。国家が市民に対して一方的に情報を与える「パブリックディプロマシー」から、多様なアクターが相互に情報を与え合う「ニューパブリックディプロマシー」へと、時代は変化しつつある。この双方向的な情報のやりとりのツールとして、ソーシャルメディアが使われている。EUを含めた英語圏ではデジタル外交が盛んになっているが、日本では言語的な制約もあり、デジタル外交はまだ発達途上だと、外務省のウェブサイトを例に挙げて分析した。
駐日フィンランド大使館でPR活動に携わる堀内氏は、ソーシャルメディアの重要性にいち早く気付いた同国では、「ムーミン」「サウナ」に加えて「デジタル」を外交の3本柱に据えていると説明。日本では2012年にマスコットキャラクター「フィンたん」が誕生し、大使館らしからぬ“ゆるキャラ”がユーザーの間で話題を呼んでいる。速くてダイレクト、そしてインタラクティブな情報発信の手段として、デジタルツールが大いに活用されており、世界中にある大使館のうちでTwitterのフォロワー数が10本の指に入り、インタラクションの多さではトップ(2016年~2017年)を誇る活躍ぶりを見せている。
在日フランス大使館で広報活動を行う河野氏によると、フランス外務省は大使や職員、インターンの学生も個人アカウントを持ち、自発的に発信することを推奨しており、同大使館では日・仏2カ国語でのTwitterとFacebookおよびInstagramのSNSアカウントの5つを運用している。現在の外交は、政治だけでなく、文化やライフスタイル、人々の交流が主流になっており、国家としてもSNSを通じてお互いの国にオープンであることを示すのが重要だと考えている。Twitterアカウントのフォロワー数については、フランス外務省が世界で10本の指に入っており、フランスの在外公館の中では在日大使館が2番目である。また、在日フランス大使館アカウントのインタラクション数は駐日フィンランド大使館に次ぐ世界第2位となっている。
代表的なデジタルプラットフォームであるTwitterについて、佐々木氏は「140字の文字数制限がある」「考えをまとめず、反射的に投稿してしまいがち」「情報の伝播速度が速すぎる」という3つのデメリットを挙げ、民主主義的な議論にTwitterが適しているかどうかは疑問と考える、と述べた。
その一方で、駐日フィンランド大使館のようにTwitterが有効に活用されている事例もあることから、われわれはまだ新しいデジタルツールの使い方に十分に慣れていないと分析。軍事革命後に起こった第一次世界大戦が凄惨な結果を招いたものの、徐々に大量破壊兵器の扱い方などの国際ルールが構築されてきたことを引き合いに出し、「インターネットは軍事に匹敵する力を持っている。人々がデジタルツールを使いこなすには、まだ時間がかかる」との見方を示した。
堀内氏は、フィンランド語は一単語当たりの文字数が多い言語であることもあり、国内ではTwitterがほとんど使われていないと説明し、逆に少ない文字数で言語が成立する日本語には合っているツールだとコメント。また、Twitterがフィンたんの面白さや意外性などと親和性が高く、情報発信の即効性がある一方で、Facebookは観光情報やニュースなどの、じっくりと読める内容と相性が良いのではないかと語った。
次にアリアス部長は、駐日EU代表部もTwitterとFacebookを活用しており、EU本部でも機関や部局ごとにアカウントを持ち、また欧州委員会の委員長および各委員それぞれの個人アカウントからも積極的に情報を発信していることを紹介。これらのツールが、EUにおける民主主義やコミュニケーションにとって、どのような役割を担うべきかを問いかけた。
川嶋氏はEUという存在の特殊性に着目し、「まずEUであるためには、自由・平等・法の支配・民主主義といったEUの価値を守っていく必要があるが、2009年のユーロ危機によってEUに対する信頼が揺らぎ、2016年のブレグジットが起きた」と分析。今年3月に、EUがインターネット企業に対してオンライン上の違法コンテンツの削除を求める指針を公表したことを挙げ、「2019年6月の欧州議会選挙を前に危機感があるのだろうが、これはある種の検閲にもなりかねず、法の支配や平等といったEUの価値をEU自身が揺るがす可能性があり、まさに試練である」と指摘した。
田中氏は、ネットの世界では、有権者と直接結びつく政治家のように、影響力のある個人が巧みな言論操作・世論操作を行うことが可能になっており、それを打ち破らなければならないと述べた。
SNSや、それを手軽に利用できるスマートフォンなどの普及によって、人々の日常生活が大きく左右されている。その中で今後、デジタル技術は人々の生活を豊かにするユートピアをもたらすのか、あるいは逆に、人々の言動を支配するディストピアを作るのか――。このアリアス部長の問いかけに対し、佐々木氏は「デジタル技術は農業や自動車の発明などと同じく、社会構造を大きく変化させる汎用技術(General Purpose Technology=GPT)である」と前置きし、「どのGPTの黎明期においても、前例のないことに対してある種の不満が常に生じていた」と分析。また、Twitterを通じて直接市民と結び付くポピュリストが増えていることに懸念を示す田中氏の見解と、駐日フィンランド大使館でのTwitterの成功事例が、同じデジタル技術に関してどちらも事実を語っているものの、全く異なる結果をもたらしていることを挙げながら、デジタル技術自体に罪はなく、使用する人間側の扱い方や考え方次第であると強調。さらに、情報操作で他国を変えていく「シャープパワー」という概念を紹介し、「変化の先にあるのが友好関係ならば、問題はない。バランスを取り、情報技術をどう使いこなすかが重要」と述べた。
ディスカッション終了後、聴講者からパネリストへさまざまな質問が投げかけられ、活発な意見交換が行われた。以下は、質疑応答の一部。
【佐々木氏】たとえソーシャルメディアを使いこなせても、必ずしもリテラシーが高くなるわけではない。むしろ、使いこなすほど入ってくる情報が同質化・カルト化する恐れがある。過激ではない人や、二元論で物事を語らない人を選んで、客観的・良識的な議論を積むことが重要。
【田中氏】日本では、過激ではない言説の中に嘘や欺瞞が入りやすい。過激を全部知るくらいの気構えで、できる限り多くのものを読む努力が必要。
【佐々木氏】現状では、教育する先生側のリテラシーが低い。かといって、子どもを情報から遮断するのも現実的ではない。人生の早い段階から、情報を読み解く能力や情報の扱い方を身に付けていくことが重要。
【堀内氏】フィンランドでは、小学生のほぼ100%がスマホやタブレットを持っている。使用ルールは細かく定めているが、携帯端末を持たないという選択肢はない。授業の中で、人を傷つける発言について考えたり、人の意見を聴くことや、物事の批判的な見方を学んだりすることが大切。また、子どもを信じて彼らの判断に任せることも重要。
最後にアリアス部長は、「今まさに新しいデジタル技術が、新しい未知数のパワーを生み出している。SNSの普及により、現代は国家と市民の間だけでなく、市民同士も対話できる時代。今後も、このような議論や意見交換が必要不可欠」と結んだ。
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