2018.10.2
FEATURE
欧州連合(EU)の対外国境管理と移民・難民問題は、ユンカー委員会が掲げた「10の優先課題」の一つ。特に2015年から2016年にかけて、欧州は戦後最大の難民危機に直面し、その規模と緊急性は従来の想定を大きく上回るものであり、EUは持続可能な解決を模索しながら、さまざまな措置を講じてきている。その中でも、5つの重要な最新の動きを紹介する。
2018年6月、欧州委員会は欧州連合(EU)の次の7カ年多年次予算枠組み(2021年〜2027年)下の国境管理および移民・難民関連予算として、現行(2014年~2020年)の130億ユーロの約3倍に当たる349億ユーロの拠出を提案した。この提案は、移民、人の移動、また安全保障上の課題が深刻化している現状に対応するとともに、資金拠出手段を柔軟化して予想外の事態と対外国境警備に対処することを方針としている。
EU対外国境の効果的な警備は、域外からの移民や難民に対処し、域内の治安を確保するために非常に重要となっている。これは万全の対外国境管理があって初めて、域内の国境管理を廃止したシェンゲン圏の維持も可能になるからだ。そのため欧州委員会は、213億ユーロ(図1参照)を対外国境の警備強化に拠出し、新たに93億ユーロ超の「統合国境管理基金(Integrated Border Management Fund=IBMF)」を創設することを提案した。
図1:対外国境管理のためのEU予算
新基金は、以下の2点を優先課題に据えている。
基金の内訳は、加盟国の国境管理措置と査証政策への長期的な支援(48億ユーロ)、柔軟かつ迅速な加盟国への緊急支援(32億ユーロ)、対外国境での税関審査設備の拡充(13億ユーロ)を想定している。このほか、FRONTEXおよび「自由・安全・公正領域の大規模ITシステム運用管理のための欧州機関(EU-LISA)」をさらに増強するべく、120億ユーロを充てる。
欧州委員会は、従来の「庇護・移住・統合基金」を刷新し、「庇護・移住基金(Asylum and Migration Fund=AMF)」を新たに立ち上げ、予算を51%増やし104億ユーロにすることを提案した(図2参照)。
図2:移住・庇護管理のためのEU予算
庇護・移住基金は、以下の3分野を優先項目として拠出する。
拠出の内訳は、加盟国への直接支援(63億ユーロ)、欧州にとって真の付加価値を持つ再定住などのプロジェクト実現や、緊急要請に即応するための準備金の増額(42億ユーロ)などである。
EUと直接国境を接するトルコは、紛争地から北上する多くの移民・難民にとって最初の受け入れ国であり、同時にEUへの通過国となっている。同国には約350万人のシリア人難民がおり(2018年7月時点)、EUがトルコを支援することは、移民・難民問題に取り組む上で不可欠だ。
2015年にEUは、一時的保護下にあるシリア人難民と、彼らを受け入れているトルコの現地コミュニティーへの資金支援枠組みとして、「トルコにいる難民のためのEUファシリティ(EU Facility for Refugees in Turkey)」を設定した。2016年~2017年を対象にした第1弾の資金として30億ユーロ、2018年~2019年を対象にした第2弾の資金として30億ユーロの予算が取り決められていたが、欧州委員会は本年3月、第1弾の財源を使い切って援助が中断することのないよう、予定より早く第2弾の資金を拠出するよう予算案を修正。
2016年~2017年を対象にした資金で、これまでに72のプロジェクトの契約が実現している。7月には欧州委員会が、第2弾の資金による最初のプロジェクトとして、トルコに滞在するシリア難民への教育に関する特別措置に4億ユーロを拠出することを承認した。この資金は、正式な教育の質の向上、公的教育施設での成人向けトルコ語授業、試験制度の継続と改善、および社会的結束を促進する活動などに充てられる。すでに進行中の同様のプロジェクトが本年10月に終了予定だったが、新しいプロジェクトにより続行が可能になった形だ。
なお、難民問題を巡るEUとトルコの協力についてはこちらの記事を参照のこと。
難民危機が先鋭化した2015年、難民たちは紛争地から東地中海を経由し、ギリシャの島々などを通過してEU域内に入るケースが多かった。その後、バルカン半島を経由するルートが主流になったが、ここにきてスペインへの入国が増加している。また、ギリシャについては、既存の滞在施設の改善が、かねて喫緊の課題となっていた。このため欧州委員会は、2018年7月に両国へ4,560万ユーロの追加援助を決定した。
スペインにはまず、2,480万ユーロが提供され、同国南岸およびモロッコ内の飛地領であるセウタ、メリリャへの入国者に対する医療、食糧、収容施設のために使われる。このほか、72万ユーロを同国内務省に支給し、送還者施設および送還者移送のインフラの質の向上を支援する。一方、ギリシャについては、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に2,000万ユーロを拠出し、主にレスボス島の難民受け入れ施設の改善に充当する。
今回の両国への追加拠出により、イタリア、ギリシャ、ブルガリア、クロアチア、ドイツ、スウェーデン、スペインなど、移民・難民流入の影響を最も受けた加盟国に対して、欧州委員会が現行の多年次財政枠組み(2014年~2020年)の中から拠出した緊急援助は、総額10億ユーロを超えた。
非正規移民が発生したり、紛争や迫害により人々が家や故郷を追われたりすることの根本原因に対処するため、EUは2015年に「アフリカのためのEU緊急信託基金(EU Emergency Trust Fund for Africa)」を開設しており、欧州委員会は2018年6月、同基金を通じた9,000万ユーロ超の追加拠出を承認した。
この資金は、北アフリカのEUパートナー国における移民・難民保護と、同地域での国境管理強化を支援する2つの目的に使われ、以下の3プログラムが展開される。
(1) マグレブ諸国※1 での国境管理:
モロッコとチュニジアの各当局による海上での人命救助を支援し、海上国境管理を改善、また密航業者の摘発を強化する。イタリア内務省と欧州の17カ国が加盟する国際機関「移住政策開発国際センター(ICMPD)」がプログラムを遂行する(5,500万ユーロを充当)。
(2) リビアの入国者収容施設での移民・難民保護支援:
既存のプログラム「リビア国内の脆弱で行き場を失った移民・難民に対する保護と緊急支援のための総合的アプローチ」を通じて展開する。国際移住機関(IOM)とUNHCRが実施する(2,900万ユーロを充当)。
(3) モロッコにいる脆弱な移民への支援強化:
2014年にモロッコ政府が策定した移民・難民政策を支援する形で、脆弱な移民・難民が同国内で基本的なサービスを受けられるように活動を促進し、地元の諸機関がこうしたサービスを効果的に提供できるように、その対応能力を改善する(650万ユーロを充当)。
「アフリカのためのEU緊急信託基金」の予算からは、すでに約30億6,000万ユーロを北アフリカ、サヘル・チャド湖地域、アフリカの角の3地域で展開される164のプログラムに充当することが決まっている。
2018年6月に開催された欧州理事会(EU首脳会議)での要請を受け、欧州委員会は7月末、EU加盟国内の設置が想定される「管理センター(Controlled Centres)」の構想をさらに発展させ、また第三国での移民・難民入国に関する取り決めの合意に向けた、最初の骨子を策定した。この2つの構想は、並行して進展させることになる。
「管理センター」は、EU域内で効果的かつ秩序ある移民・難民受け入れを実現するための一措置である。国際的庇護を必要とする難民と、経済難民などEUに滞在する権利を持たない非正規移民とを区別し、後者を本国へ迅速に送還するための手続きを改善する。管理センター開設国に対しては、EUが資金と人的資源の面で全面的に支援する。
上記の管理センター設立と並行する形で、移民・難民の上陸に関する第三国との取り決めについて、欧州委員会はさらに構想を詰める。地中海上で漂流する移民・難民を、EU側だけでなく地中海を隔てた北アフリカ側でも安全かつ迅速に上陸させることを目的とし、国際法に基づいた取り決めを構築する。EUは、これをIOMおよびUNHCRの両機関と緊密に協力しながら、第三国との連携の下で行う。
※1 アフリカ北西部のモロッコ・アルジェリア・チュニジアの3国を指す総称。広義ではリビアを含むこともある
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