2016.2.29
EU-JAPAN
2016年5月14日~15日に岡山県倉敷市で開催される主要国教育大臣会合(G7倉敷教育大臣会合)の準備のために来日した、欧州委員会で教育政策を担うアダム・タイソン局長代行に、EUにおける高等教育の現状、日本の学生にも開かれている教育助成プログラム「エラスムス・プラス(Erasmus+)」、教育におけるEUの役割と取り組むべき課題などを聞いた。
日本と欧州連合(EU)は高等教育の分野での協力を進めようとしており、双方の首脳も定期首脳協議の声明で、相互理解を深め学術的交流を促進し人々と広く関わるために不可欠、とその重要性に触れている。来日した欧州委員会教育文化総局のタイソン局長代行は、2015年12月10日、駐日EU代表部で「欧州高等教育の現代化の課題と展望」(共催:駐日EU代表部、文部科学省、国立教育政策研究所)をテーマにEUの高等教育政策について講演、EUの政策への理解と、この分野での日・EU協力の促進を図った。
タイソン局長代行は「smart(知識と革新を基盤とする経済)」、「sustainable(緑化、さらなる効率化、競争力強化)」、「inclusive(社会的・領域的結束)」を柱とする成長戦略「Europe2020」を実現するために高等教育は重要な役割を担っているとし、「量的拡大」、「質および妥当性の向上」、「国際協力・移動」などを通じて拡充を図っていることなどを説明した。
注目すべき点の一つは、「国際協力・移動」に関する調査結果であった。EUには1987年に始まった、EU域内の留学を促進するための助成プログラム「エラスムス」があるが、調査では①85%の学生が言語能力や異文化交流を求め、就業力を高めるために留学を選んでいる、②留学した学生の長期失業率は、留学経験のない学生の半分、5年後失業率も23%低い、③起業をする、あるいは起業の意志を持つ学生の割合が高い、④留学経験が就職の重要な要素であるとする雇用主は2006年の37%から、2014年には64%まで増加している――などが明らかになった(図参照)。調査結果から留学経験者は、雇用の場で重視される「好奇心」や「問題解決能力」などを身に付けている傾向が強いため、EUとして今後も国際協力・移動に力を入れていく方針であることを説明した。
このように国際協力、移動を中心とする教育政策にも注力するEUでは、トップレベルの大学を中心に国際化が積極的に進められている。域内の高等教育機関の大半が、適切な資格を持つ全ての人に門戸を開いており、多くの外国人学生にビジネスや産業に直接結び付く高度な教育や多彩なプログラム、さらに学びを支える充実した各種奨学金制度を提供。各加盟国における教育についての方策、方針や予算配分などはそれぞれの国や地域が独自に決定、実施している。一方、EUは加盟国において質の高い教育ができるよう支援するなど補完的な役割を果たしている
今後EUでは、高等教育の現代化に向けた優先課題として「教育・学習の質と妥当性の向上」、「学生や教員の移動や国境を越えた協働の促進」、「教育・研究・革新の関係性の強化」を掲げさらなる発展を目指していくが、その一つの大きな施策として2014年から動き出したのが「エラスムス・プラス」。2020年までの6年間を対象にしたEUの中心的な教育助成プログラムで、日本の学生、学者、大学が参加できるプロジェクトとしては、修士課程のジョイントディグリー、短期留学(国際単位移動制度=International Credit Mobility)、「ジャン・モネ」プログラムの3つがある。
「ジャン・モネ」プログラムとは、「欧州統合」に関する研究と教育の世界中での普及を目指した助成プログラムの総称で、その名称は、「欧州統合の父」とも呼ばれるフランス人、ジャン・モネ(Jean Monnet、1888-1979)に由来している。「ジャン・モネ」モジュール(対象:授業科目)、「ジャン・モネ」チェア(同:教授)、「ジャン・モネ」センター・オブ・エクセレンス(CoE)(同:大学の研究機関)は日本人研究者や日本の高等教育機関が参加できる主なプログラムだ。
ジャン・モネ・プログラムはさらなる拡充を目指し、2020年までに1,000を超えるモジュールとチェアを、そして100以上のCoEを全世界に設けようとしている。その中で、日本からは2015年に神戸大学がエラスムス・プラスの下、初めてジャン・モネCoEに選ばれている※1(囲み参照)。
「日本におけるEUの認知度をさらに高めていく」
神戸大学 理事・副学長(国際担当)/Jean-Monnet CoE代表 井上典之 法学研究科・教授
EUに関する教育と学術研究を促進してきた神戸大学は、2005年に欧州委員会からの資金援助を得て、神戸大学(代表校)、関西学院大学、そして大阪大学の3大学からなるコンソーシアムであるEUインスティテュート関西(EUIJ関西)を設立し、EUに関する教育・研究のさらなる向上を目指すとともに、日・EU関係の深化に寄与する複数の人材養成プログラムを運営してきました。これまで10年にわたり展開してきたこの活動が2016年3月に終了することに伴い、それを今後も可能な範囲で継続していくことを目標に、「ジャン・モネ・センター・オブ・エクセレンス」への参画を申請したところ、これまでの実績が認められ、エラスムス・プラスの下で神戸大学が日本で唯一、選ばれました。
日本におけるEUの認知度をさらに高めるために、2015年9月1日から3年間にわたり(1)学生への教育、(2) 研究、(3)理系分野のコラボレーション、(4)アウトリーチ活動の4つの事業に取り組んでいく予定です。また、経済学研究科の吉井昌彦教授が、EUの教育・研究を専門とする大学教授に授与される「ジャン・モネ・チェア」に選ばれ、日本で6人目のチェアとしてさらなるEU教育の強化や研究者の育成を担います。
エラスムス・プラスについてタイソン局長代行は「それ以前にあったいくつかのプログラムを統合して進化させ、学生や研究者、大学職員のモビリティー、つまり『移動』のレベルをさらに高めたもの。修士、博士に向けて限定されていたモビリティーを拡大し、それ以外の学生も参加できるようになった。もちろん、日本も例外ではなく、2014年~2015年の48のプログラムについて、358人の日本と欧州の学生が互いに行き来しており、最初の留学・交流プログラムであった『エラスムス』が一層グローバル化したともいえる。また、これは、エラスムス・プラスの短期留学(国際単位移動制度)の最初の公募を受けた結果であり、今後毎年行われるそれぞれの公募の中で、日本の大学が欧州のパートナー大学との間で短期留学に加え、修士課程のジョイントディグリーでも提携を進めていくことに期待している」と語る。
さらに、「2020年までに147億ユーロもの予算が注ぎ込まれるエラスムス・プラスの取り組みも、我々が成し遂げなければならない数々の課題のほんの一部である。必要なのは、その大河の一滴を適切な一滴にし、的確なタイミングで落とすようにすることだ。そのために、未来の社会で責任ある立場に就く、または政策立案者となるであろう人材に焦点を定めた投資を行おうとしている。このプログラムに日本の将来を支える優秀な人々、また、彼らを教育する立場からの応募が多く寄せられることを期待している」との考えを示した。
さらに日本への期待は続く。タイソン局長代行は「歴史的にもつながりが強い日本とは、今後、経済的観点からもより結びつきを強固にしていく必要があり、さらに東アジアとの関係性を構築する上でも、産業的にハブでありイノベーティブな日本から学ぶものは多い」と述べ、「加盟国以外の国が参加できるこのエラスムス・プラスにおいても、日本とEUが経済面や教育面を中心により緊密な連携関係が必要である」と語った。
「G7倉敷教育大臣会合」には、日本、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、英国、米国、EUに加え、経済協力開発機構(OECD)と国連教育科学文化機関(UNESCO)もオブザーバーで参加。「教育におけるイノベーション~平和と繁栄、持続可能な社会の構築に向けた教育の革新~」をテーマに、平和と繁栄、持続可能な社会の構築を実現していくための教育の役割や、共生や協働がより重要となる新しい時代に求められる資質・能力とその育成方策、教育システム、さらに、新しい時代における国際協働の在り方等について議論が交わされる見込みだ(同会合公式ウェブサイトより)。
タイソン局長代行は「参加国それぞれが、教育のあり方について再考するよい機会だと考えている。教育が新しい世代のニーズに合うようにどのように変わっていけるか、ということが重要。現在、世界中で起こっていることを瞬時に知ることができる時代の学生たちを指導していくにあたって、教える側もその方法をあらためて考え、学んでいく必要がある」と語り、EUそして日本も含む世界全体が直面し、取り組むべき教育における課題について、有意義な議論が行われることへの期待を見せた。
「 グローバル人材を育てるEUの取り組み」(2014年6月 特集)
※1 ^ エラスムス・プラス以前では、2008年に慶應義塾大学内にEU研究センターとしてジャン・モネ・COEが開設された。
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