2016.10.28

FEATURE

権益・安全の確保目指すEU海洋安全保障戦略

権益・安全の確保目指すEU海洋安全保障戦略
PART 2

EU海洋安全保障戦略の構成

PART 2は、海洋安全保障戦略の具体的内容、世界的な海洋政策のトレンドの中における位置付けについて解説する。

7章から構成される海洋安全保障戦略

EU海洋安全保障戦略(EUMSS)は、わずか16ページのコンパクトな文書である。「1. 文脈」、「2. 目的(Purpose)と範囲」、「3. 原則と目標(Objectives)」、「4. 海洋安全保障の利益」、「5. 海洋安全保障のリスクと脅威」、「6. EUとしての対応の強化」、「7. フォローアップ」の全7章からなる。以下、順次各章を見ていくことにする。

EU海洋安全保障戦略(EUMSS)の4方針

© European Union, 1995-2016

第1章:文脈

第1章は前文的な位置付け。

第2章:目的(Purpose)と範囲

第2章では、この戦略の概要が示される。すなわち、分野横断的かつ主体横断的(EUと加盟国一体的)な目標設定と行動の重要性・有効性の確認と、欧州近接の海洋に特に注意を払いつつも、世界中の海洋を対象とする戦略であることが表明されている。特に前者では、分野横断性(cross-sectoral)、包括性、一貫性および費用効率の重要性が指摘されている。また、航行の自由の確保と市民、インフラストラクチャー、輸送、それに環境と海洋資源が保護されるべきであることが言明される。さらに、特に軍事部門と文民部門の協力の必要性に言及されている。

第3章:原則と目標(Objectives)

第3章は、前章の内容が、より具体的に政策のあり方として示されている。まず、「分野横断性」については、法執行部門、国境管理、関税および漁業査察、環境部門、海事監理部門、研究・開発、海軍その他の海上戦力、沿岸警備から情報部門に至るまでの各部門やEUの関係部門、それに船舶輸送、警備、通信、業務支援などの産業部門といった関係部門を列挙した上で、部門間の連携・協力の必要性を述べている。

次いで、「機能的統合性」とそれに続く「ルールと原則の尊重」、さらには「海洋の多国間主義」では、この戦略が、既存のEUおよび同加盟国の権限や国連海洋法条約(UNCLOS)をはじめとする国際海洋法秩序、そして既存の国際機関や国際的枠組みなどを尊重しつつ、それらと親和的・融合的に構築されるものであることが述べられている。その上で、具体的な政策目標を挙げていくのだが、特に目を引くのは関連するEUのマクロ・リージョナル戦略の活用、EUの成長戦略である「欧州2020」への貢献などとともに、EUのグローバルな行動主体および安全保障の供給者としての役割を強化するとした項目などである。

第4章:海洋における安全保障上の利益

海洋安全保障戦略では、加盟国の漁船団の安全確保も重要な項目の一つ  © European Union, 1995-2016

第4章は、EUとして海洋安全保障政策の中で守るべき利益とは何かが示されている。EUおよび加盟国、それにその市民の安全保障、国連憲章をはじめとするさまざまな国際的法体系の中での紛争対応、紛争予防について言及した後、やや海洋政策ならではであるが、港湾および港湾施設の特定の部分や、オフショアの施設、海上エネルギー輸送、水中パイプライン、海底ケーブルといった死活的に重要な海洋インフラストラクチャーの防護を挙げている。

さらに、科学研究と技術革新プロジェクトの促進についても盛り込んでいる。具体的には、航行の自由などの権益の擁護や経済的利益、さらに公海を含む海洋での天然・海洋資源の持続可能な開発や、違法・無報告・無規制(IUU)漁業の管理、加盟国の漁船団の安全確保と排他的経済水域などの海域境界確定などを挙げている。またEUの対外境界の効果的な管理や、環境保護などにも言及している。

第5章:海洋における安全保障上のリスクと脅威

第5章は、欧州市民やEUおよび加盟国の戦略的利益に対する潜在的脅威として以下を列挙している。武力行使もしくはその脅威、不法難民送出を含む組織犯罪、海洋におけるテロおよびそのほかの意図的な不法行為、大量破壊兵器の拡散、海洋および海峡への接近阻止やシーレーンの妨害といった航行の自由への脅威、環境リスク、災害リスクから違法考古学調査までを含む。

第6章:EUとしての対応の強化

第6章では、対外行動、海洋アウェアネスおよびサーベイランスならびに情報共有、能力構築、死活的海洋インフラストラクチャーのリスクマネジメントおよび保護と危機対応、海洋安全保障に関する研究および技術革新ならびに教育・訓練の5項目について述べられている。このレベルの具体的な政策論になると後に「EU海洋安全保障戦略に関する行動計画」※7(以下、「行動計画」と略)として定められることとなるのだが、EUと加盟国、軍事部門と文民部門、EU内の各部門の間の一貫性と包括性重視の姿勢は明確に読み取ることができる。

第7章:フォローアップ

そして、第7章でEU海洋安全保障戦略策定後のフォローアップについて言及してこの戦略文書は終わる。

EUは、海洋安全保障戦略のポイントを分かりやすく動画でも説明している  © European Union, 2016

行動計画が策定されたのは、このEU海洋安全保障戦略の策定から半年後であった。この内容に関しては詳述しないが、特に興味深いのは、能力開発の項目で言及されている「(軍民)両用・多目的能力の開発およびその活用の可能性の模索」である。この項目には、世界の海洋でのパトロールミッションに最適化されたアセット(装備)の開発といった内容も含まれている。

海洋一般について具体的な政策方針を述べたユニークなEU海洋安全保障戦略

海洋安全保障戦略は、欧州近海に注意を払いつつ世界中の海洋を対象にした戦略となっている  © European Union, 1995-2016

世界の主要国の海洋政策は、基本的に自国の領海や排他的経済水域などを対象としている。このような海洋政策について、分野横断的な性格付けを与えるのは、国連海洋法条約以降の時代の特色でもあり、先進的ではあるが必ずしもユニークなものではない。しかし、EU海洋安全保障戦略は領海・排他的経済水域などに限られない海洋一般について視野に入れたものである。

世界の主要国で、海洋一般について、原則論や国際法的な議論を超えた具体的な政策方針が示されることがあるとすれば、それは軍事的安全保障戦略の枠内になるのが一般的である。これに対し、EU海洋安全保障戦略は、海洋一般について、具体的な政策方針を述べたものであり、ユニークなものである。さらに、軍事部門と文民部門の連携強化ないし一体運用をうたう包括的アプローチの適用は、世界の海洋政策に一石を投じるものとなっている。

 共有物としての海洋での権益と安全の確保を目指す海洋政策

海洋の世界は、大海原が誰のものかを巡って揺れ動いてきた。言い換えれば、海に国境線を引けるのか、ということでもあった。歴史を通じて海洋は誰のものでもないとする自由海論(mare liberum)が基調であったが、海洋の占有を主張する勢力が現れ、閉鎖海論(mare clausum)が展開された時代もある。やがて、海洋一般を自由としながらも、一定の領海を認めることがすう勢となり、さらには第二次大戦後に国連海洋法条約を制定する交渉の中で、領海は以前よりも拡張され、領海の外にも沿岸国の排他的経済水域が設定されるようになった。

他方で、これらの水域にもグローバルな海洋規範は浸透しつつあり、海上物流の重要性の増大と相まって、海洋は共有物としての姿を取り戻しつつもある※8。現代は、さまざまな海洋規範が、寄せては返す波のように錯綜している状況にある。このような文脈において、EU海洋安全保障戦略は、マルチレベルガバナンスを取り入れた包括的アプローチによって、規範を追いかけるのではなく先取りし、むしろそのことによってEUの成長さえ促し、さらには共有物としての海洋の保護に先駆的役割を担おうとさえする戦略のように読める。そして、海は欧州の浜辺から日本の岸辺までつながっているのである。

※本稿は執筆者個人による解説であり、必ずしもEUや加盟国の見解を代表するものではありません。

著者プロフィール

小林正英 KOBAYASHI Masahide

尚美学園大学総合政策学部准教授。1992年筑波大学第三学群国際関係学類卒業。慶應義塾大学大学院にて博士号取得。在ベルギー日本国大使館専門調査員(欧州安全保障問題担当)を経て、2002年10月より現職(専任講師)。専門分野は欧州統合と安全保障。主な著書として『国際機構』(岩波書店、2006年)、『EUの国際政治』(慶應義塾大学出版会、2007年)、『安全保障をめぐる地域と国連』(国際書院、2011年)、『ヨーロッパの政治経済・入門』(有斐閣、2012年)、『中東の予防外交』(信山社、2012年)、『冷戦後のNATO』(ミネルヴァ書房、2012年)、『EUの規範政治』(ナカニシヤ出版、2015年)(いずれも共著)などがある。

関連情報

EU外交・安全保障政策のためのグローバル戦略(EU MAG 2016年1月 特集)
EUの共通安全保障・防衛政策(CSDP)とは(EU MAG 2013年10月 質問コーナー)

※7^“European Union Maritime Security Strategy(EUMSS) – Action Plan
※8^閉鎖海論への再注目については、以下を参照。
Sergio Carrera and Leonhard den Hertog, “Whose Mare?”
Rule of law challenges in the field of European border surveillance in the Mediterranean”, CEPS Paper in Liberty and Security in Europe, No. 79, January 2015. 及びPeter Roberts, “Maritime Security in Asia and Europe”, Jonathan Eyal, Michito Tsuruoka and Edward Schwarck eds., Partners for Global Security, New Directions for the UK–Japan Defence and Security Relationship(Whitehall Report 3-15), 2015. また国連海洋法条約以降の時代の海洋政策の議論については以下を参照。大西富士夫「欧州連合における海洋政策の動向」、海洋政策研究財団『総合的海洋政策の策定と推進に関する調査研究: 各国および国際社会の海洋政策の動向』2012年3月、15-18頁。及びJuan L Suarez De Vivero, “Marine Policy: Europe and Beyond,” Willamamtte J. Int’L. & Dis., No.15, 2007.

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