2021.5.26
FEATURE
世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスの流行を「パンデミック」と宣言してから1年以上が経過した。気候危機の脅威も迫っている。こうした地球規模の課題を解決するためには、多国間ガバナンスとルールに基づくさらなる国際協力を戦略的に推進する必要がある。EUは、多国間体制の再生に向けた政策を提案し、これまで以上に積極的に関与していく姿勢を打ち出した。
21世紀に入って20年、世界を揺るがすような地球規模の問題は年々増加かつ重大化している。現在の多国間秩序では、そうした課題や地政学上のリスクに対処できないと感じる人は多い。多国間主義を外交・安全保障政策の中核に据えている欧州連合(EU)にとって、この秩序が揺らぐことは深刻な事態といえる。
国際社会は、世界の平和と安全の促進、基本的権利や普遍的価値の尊重、国際法の順守、国連の持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動に関するパリ協定のようなグローバルな課題への取り組みといった目標を共有している。EUはこれらの主要目標を達成するために、今こそ多国間体制の再生が必要だと考えている。
21世紀の新たな多国間主義に向けたEUのアジェンダ(動画・音声なし) Ⓒ European Union, 2021
2021年2月17日、欧州委員会とEU外務・安全保障政策上級代表は、21世紀にふさわしい多国間体制に向けた新戦略として「ルールに基づく多国間主義へのEUの貢献の強化」と題する共同コミュニケーション(政策文書)を提示した。この政策文書では、EUが多国間体制に期待すること、その再生に向けEUが注ぐべき努力などがまとめられている。背景には、環境問題への対応の遅れが人類に悪影響を及ぼし始めた中で発生した新型コロナウイルスの大流行がある。パンデミックによって各国の経済は危機的状況に陥り、紛争や貧困はさらに悪化した。
また、米国のジョー・バイデン大統領が就任早々、「米国は戻ってきた。環大西洋の同盟関係が戻ってきた」と演説して欧米関係の修復を強調した絶好の機会に、この政策文書が発表されたことは、決して偶然ではない。
今回のEUの提案は、近年、対立や単独行動主義を強める大国間関係に対する欧州からの打開策を示すものだ。緊迫化する米中関係などに代表される大きな地政学的・経済的変化があったからこそ、EUは多国間ガバナンスとルールに基づく国際協力を再生させなければならないと主張する。コロナ禍の今ほど、この問題が緊急かつ鮮明になったことはないだろう。
今回の政策文書では、EUが多国間体制に求めることおよび多国間体制から得られるもの、それに対してEU自らの実行力の強化によって貢献する方法、EUが多極化した世界において、政治力・外交力・経済力をより効果的に発揮するためにできることなどを定義している。
ジョセップ・ボレルEU外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長は、多国間主義の本質とは、全ての国際的なアクター(国家、企業、市民社会)を拘束する共通原則に基づき、これらのアクターが順守・実行するルールや制度だ、と説明している。
「EUが多国間主義を信じるのは、それが機能するからだ。国際的に合意されたルールと強靭な制度こそが、多極化や不平等化が進む世界に対する最善かつ唯一の説得力を持つ解決策である。しかし、私たちは単独で 『多国間主義者』になることはできない。多国間体制に対して懐疑的な見方が広がる今、私たちはその利点と妥当性を示さなければならない」
ジョセップ・ボレルEU外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長による、多国間体制に関するビデオメッセージ (欧州対外行動庁のサイトより) Ⓒ European Union, 2021
多国間体制の再生を実現すべく、EUは政治力・外交力・財政力など活用しうる全ての手段を用いて自身が担うべき役割を果たすことを政策文書で表明している。また、この政策文書では、国際舞台での信頼を確保するためには、EUと27の加盟国が結束して取り組み、対外行動と域内政策が首尾一貫していることが重要であり、EUはその指導力を強化して「(EUが)一体として成功」するために「(EUが)一体として実現させる」ことが重要だとされた。
政策文書の内容は、多国間体制を擁護し、その中におけるEUの役割を主張するだけに留まらない。EUは、アントニオ・グテーレス国連事務総長が進める国連改革の努力を支持し、WHOや世界貿易機関(WTO)などの近代化を促進するなど、主要な国際機関の改革を引き続き支援していく。同時に、先端技術やデジタル化の領域のように変化のペースが速く、世界で共通ルールを定義・実行するプロセスが追いつかない分野においては、EUが先導して新たなグローバル規範、国際基準、協力の枠組みを整備していく決意を表明している。
EUはまた、多国間主義の基盤はまだ拡大できるとして、連携構築に対する新たな考え方も提案している。市民社会との関係強化だ。相互接続が進み、重層的になった世界においても、多国間体制の妥当性が認められ、その正当性が維持されるには、市民社会や民間部門、社会的パートナーなどの公的部門でない主要なステークホルダーの声を取り入れていくことが欠かせない。
欧州委員会のユッタ・ウルピライネン国際パートナーシップ担当委員は、「私たちは、より包摂的な多国間主義の構築を求めている。国際機関は、市民とは切り離された存在だと思われてきたが、国際的な場に市民社会も組み入れていくことが必要だ」と述べた。
EUが多国間主義に基づく国際協力が必要不可欠と考え、すぐに着手可能な重点領域は以下の通り。
多国間主義とは、「力」よりも「規範」を優先する姿勢のことだ。欧州にとってこれは単なる盲信ではなく、近代史上最も長い世界の平和と安定、そして人類の発展は、つねに多国間主義とともにあったという自ら体験した事実に基づいている。多国間主義は、二度の大戦の惨禍から生まれたEUはもちろんのこと、世界中の全ての人々のグローバルな公共財として、恩恵をもたらしてきた。
EUの多国間主義に対する支持は、口先だけのものではない。EUとその加盟国は、国連とその関連機関やブレトンウッズ機関(国際通貨基金・国際復興開発銀行)をはじめとする多くの国際機関に対して、世界最大の拠出金を提供しているほか、国連の各基金・プログラムに対する資金のほぼ4分の1を担っている。またEU加盟国は合わせて、国連の通常予算のほぼ4分の1を提供している。さらにEU・加盟国・欧州の金融機関による「チーム・ヨーロッパ」は、WHO、GAVIワクチンアライアンス、感染症流行対策イノベーション連合(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations = CEPI)が主導する「COVAXファシリティ」を通じて中低所得国への継続的なワクチン配布にも重要な役割を果たしている。
EUは、多国間主義の再生というビジョンを実現するには、世界のさまざまな組織との関わり方にもより明確な戦略的アプローチが必要だと考えている。多国間主義に関する今回の政策文書では、民主的制度の強化、汚職や人権侵害の防止、および民主主義・人権・平等・法の支配の促進に向け、普遍的価値や基本原則を共有する第三国や地域組織などとのパートナーシップや同盟関係を深めることを提案している。
日本は、EUのこれらの価値や志を共有する重要なパートナーだ。日・EU間の二者間協議だけでなく、国連など多国間の枠組みにおいても国際的課題の解決に向けて緊密に連携し、世界中の人々に利益をもたらすよう、時代に即したルールや規範の形成に全力で取り組んでいく。
欧州委員会とボレル上級代表は今後、欧州議会とEU理事会に対して、今回の共同コミュニケーションの提案に対する支持と優先分野での協働を求めていく。
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