2014.5.16
FEATURE
2014年5月22日~25日にかけて、欧州連合(EU)全域で、5年に一度の欧州議会選挙が実施される。有権者数は約4億人。市民が選挙で構成員を選ぶEU唯一の機関であり、これまで以上に大きな権限を備えた欧州議会の全751議席が争われる今次の選挙は、EU諸機関の将来を方向づける重要なものとなる。
28カ国、5億人からなるEUは、「民主主義」、「法の支配」、「開かれた市場」、そして「人権の尊重」の上に成り立っている。民主主義は市民が最高権力を持つ統治の形態であり、市民の持つ権力は、自由で公正な選挙を通して選ばれた欧州議会(EP=European Parliament)によって、直接もしくは間接的に行使される。欧州議会が市民の声を代表してきたことから、その権限は長い時間をかけ、次第に拡大されてきたが、欧州議会のさらなる権限強化とEU機関への影響増大を盛り込んだ2009年12月発効のリスボン条約(改正EU基本条約)による変更が反映される今回の選挙は、さまざまな意味で革新的なものになるだろう。それは、2019年までの5年間、EUの指導的地位に就き、舵取りを担う、新しい首脳陣の選出に向けた最初の一歩なのである。
また、欧州の重大な節目に行われる今回の選挙は、欧州が公的債務危機から脱し、強く弾力的な真の経済通貨同盟に向かいながら、経済成長と雇用創出に取り組んでいる、まさにその時に行われる。そのため、EUのこれらの取り組みや戦略に対し、市民から民主的正統性が与えられる選挙でもある。
EUはこれまで、EUの諸機関や仕組みが十分に民主的ではなく、またあまりに複雑で一般市民にわかりにくいという、いわゆる「民主主義の赤字」(※1)という問題を抱えてきた。本来は民意を反映させるべき欧州議会選挙に対する市民の関心は低く、第1回選挙以来、投票率も低下の一途をたどってきた。しかし、リスボン条約ではこの状況に対応すべく、市民にとってEUをより身近なものにするための改革が行われ、欧州議会の役割は大きく変わり、さらに重要なものとなった。
改革の一例を挙げよう。リスボン条約では欧州議会議員を、単に「共同体の下に集まった国家の国民の代表」ではなく、「EU市民の代表」と定義している。そのため、議会には、いっそう大きな権限が与えられ、EU理事会との共同立法機関としての役割を確固たるものにした。EUは半世紀以上の歴史の中で、欧州議会の権限を徐々に強化してきており、リスボン条約では、欧州議会がEU理事会と完全に同等な立法権限を持つ「通常立法手続き(ordinary legislative procedure)」が適用される政策分野が新たに40項目増えた。その分野は農業、エネルギー安全保障、移民、司法と内務、健康、構造基金など多岐にわたる。
また、欧州議会は現在、EUの立法の大部分およびEUの総予算について、共同立法機関としてEU理事会と対等の立場にある(ただし、EUの総予算の骨格をなす多年次財政枠組みについては欧州議会は「同意」が求められる)。さらに、欧州議会は、第三国との自由貿易協定(FTA)など、国際協定に関する承認権を持つ。例えば日本・EU間では、戦略的パートナーシップ協定(SPA)と自由貿易協定の2つの交渉が2013年3月に正式に開始し、並行して続行中であるが、その交渉結果は新欧州議会で審議、承認される。
リスボン条約による新たな権限付与以降、欧州議会は意欲的にその力を行使している。例えば、2010年2月、EU・米国間で協議されていた、米国の対テロ戦略を効果的にするための個人の銀行取引情報の提供に関する協定、いわゆるスイフト(SWIFT)協定につき、当初EU加盟国が合意していたにもかかわらず、欧州議会は議論の時間が十分に与えられていなかったこと、データ保護や互恵性などに関して問題があるとして、否決を決定した。
また、2011年7月に発効したEU・韓国間のFTAには、緊急輸入制限(セーフガード)条項を盛り込むことに欧州議会が貢献した。関税引き下げによって韓国からの輸入が過剰に増え、EUの生産者に「重大な損害」が生じるか、またはその恐れがある場合、関税のさらなる引き下げの差し止め、または以前の水準への引き上げを可能としたのである。
さらに欧州議会は、共通外交・安全保障政策(CFSP)に関し、情報を提供され、意見を求められるという権利も有している。多くの欧州議会議員は、世界中で人権問題や民主的価値の推進のため献身的な活動をしている。これまで、ネルソン・マンデラ氏やアウンサンスーチー氏、そして昨年にはマララ・ユスフザイさんが受賞した「思想の自由のためのサハロフ賞」の授賞式は、欧州議会の人権の分野において最も注目される行事と言える。
今回の欧州議会選挙では、リスボン条約で導入された重要な改革のひとつが、その効力を生じることになる。選挙後に誕生する新欧州議会は、まずEUの執行機関である欧州委員会の委員長の選出に対し、そして委員長と27名の委員からなる次期欧州委員会全体に対して、つまりEU執行部の構成について、決定的な発言権を持つことになるのだ。EU加盟国の首相もしくは大統領は、選挙後に開かれる欧州理事会(EU首脳会議)で、欧州委員会委員長候補を決めて欧州議会に提案するが、条約では、「候補決定に際し、選挙結果を考慮すること」が義務付けられている。またその候補は欧州議会の承認を得なければならない。
この重要な改革に関連し、今回の選挙から取り入れられた新しい手法として、欧州議会選挙史上初めて、各政党グループが自身の欧州委員会委員長候補を擁立して選挙に臨むこととなった。13の政党グループのうち、5つが6人の委員長候補を立てている(下表を参照)。
リスボン条約は、欧州議会選挙と欧州委員会委員長のポストおよび欧州委員会全体との関係を明記しているだけで、選挙結果により自動的にジョゼ・マヌエル・バローゾ現欧州委員会委員長の後任が決まるものではない。しかし、その規定は、実際には欧州理事会議長、欧州議会議長、ユーログループ(単一通貨ユーロを導入している加盟国の財務大臣会合)の常任議長など、他のEU主要ポストをめぐる一連の議論にも大いに影響を与える。特に日本などの第三国にとって重要なのは、EUの「外務大臣」であるEU外務・安全保障政策上級代表だろう。現在、キャサリン・アシュトン氏が務めるこのポストは、欧州委員会副委員長との兼任であるため、欧州委員会委員として欧州議会に正式に選任される必要がある。選挙結果により現行政権続投か政権交代が決まる国政選挙と完全に同等ではないが、今回の欧州議会選挙は、EUのすべての機関の方向性を数カ月以内に決めてしまうため、大きな意味を持つと言える。
5つの政党グループの6人の欧州委員会委員長候補
欧州人民党グループ ジャン=クロード・ユンカー(ルクセンブルク、59歳) |
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社会民主進歩同盟 マルティン・シュルツ(ドイツ、58歳) |
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欧州自由民主連盟グループ ギー・フェルホフスタット(ベルギー、61歳) |
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緑の党・欧州自由連合 フランジスカ・マリア・ケラー (ドイツ、32歳) |
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緑の党・欧州自由連合 ジョゼ・ボヴェ(フランス、60歳) |
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欧州統一左派・北欧緑左派同盟グループ アレクシス・ツィプラス(ギリシャ、39歳) |
※ フランスで盛んな思想で、現在の市場原理主義とは異なる、地球上のすべての人間が尊厳ある生活を営むための「もうひとつのグローバリゼーション」を主張する。「反グローバリズム」とは別のものである。
4月29日にブリュッセルで開催された公開討論に参加した欧州委員会委員長候補。左よりシュルツ、フェルホフスタット、右よりケラー、ユンカーの各氏 © European Union 2014 – Source EP
欧州統合の起源は1950年5月、当時のフランス外務大臣ロベール・シューマンが演説の中で言及した、石炭と鉄鋼の共同管理の提唱にさかのぼる。以来欧州各国は、政治的、経済的統合に向かって動いてきた。幾多のさまざまな要素が推進力となり、またしばしば歴史的・地理的状況がその動きに関与してきた。しかし、リスボン条約を経て権限が拡大された欧州議会は、欧州統合の深化に向けていよいよ大きな役割を果たしていくことになる。
今日、グローバル化の中にある世界で、EUは迅速な対応を、そして加盟国が一つの声で発信することを求められている。リスボン条約ではそれらの課題に対応し、その結果、欧州議会に新たな権限を与えた。拡大された権限により、欧州議会はEU市民の日常生活にも、これまで以上に影響を及ぼすことになるだろう。
今回の選挙後に退陣する欧州議会と欧州委員会は、欧州統合以来最も過酷な環境に置かれ、EU自身の崩壊とは言わないまでも、ユーロの破綻さえも危惧される中、財政的、経済的危機を乗り越えてきた。責任の共有、協調、連帯を通じ、わずか5年前には思いもよらなかった「銀行同盟」の基盤を短期間で整備した。しかしやるべきことはまだ残っている。かつての債務危機により、多くのEU市民がいまだにその痛みから抜け出していない。新欧州議会は、EUの競争力強化、雇用創出および金融システム安定化に、引き続き取り組まねばならない。
EUは今後5年間、気候変動、核不拡散、テロ対策など世界規模の問題についても、国際社会においてこれまで以上に活発に行動し、平和、安定、協力の構築を目指すことになる。EUが世界の中でさらに活動的で、実効ある存在となる―― 5月に開催される欧州議会選挙は、その弾みとなるだろう。
1952年
欧州議会の前身である、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の共同総会が開催された。同総会の議員数はわずか78名、議長はポール=アンリ・スパークが務めた。
1979年
普通選挙による欧州議会の直接選挙が初めて行われ、当時の加盟9カ国(ベルギー、デンマーク、ドイツ、アイルランド、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、英国)の国民が投票。フランスのシモーヌ・ヴェイユが議長に選出された。
1986年
単一欧州議定書により、1962年から非公式に使われていた「欧州議会」という名称が正式名称となる。議会の法的権限が強化され、また特に加盟国の拡大に関する協力手続きと承認手続き(the cooperation and assent procedures)が導入された。
1992年
マーストリヒト条約(欧州連合条約。1992年調印、1993年発効)により、EU理事会との共同決定手続きが導入された。欧州議会は、消費者保護、他国での合法的就労、環境問題など、EU法が適用される広範な分野に関し、EU理事会の共同立法機関となった。
1997年
アムステルダム条約(改正条約)調印。同条約により共同決定手続きの範囲が拡大され、議会がより実効性を持つようになる。欧州議会がストラスブール(フランス)とブリュッセル(ベルギー)の2カ所に議場を持つことが法制化された。
2009年
リスボン条約(改正条約)により、議会の権限が強化された。共同決定手続きが通常立法手続きとなり、さらに範囲が拡大された。また、同条約により欧州委員会委員長の任命を欧州議会選挙の結果と関連付けることが決定し、欧州議会議員数については、議員750名と議長1名の計751名に固定した。
日本の国会議員からのメッセージ |
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EU MAGで欧州議会選挙を特集するにあたり、日本・EU友好議員連盟会長であり、欧州議会と日本の国会の間の議員交流に長く関わっておられる保利耕輔衆議院議員から寄稿を頂戴した。
衆議院議員 保利耕輔
私がヨーロッパで仕事をしているころ、衆議院議長であった私の父が欧州各国を二度公式訪問する機会があり、私の事務所にも立ち寄ってくれました。父は私に、「ヨーロッパで仕事をしていてどんなことを感じているか」と尋ねました。私は、「ヨーロッパで仕事をしていて、時々日本に出張して感じるのは、いろいろな物事について日本はアメリカの影響を強く受けているということです。経済の面では日本とヨーロッパとの関係は次第に強くなってきていますが、政治の面での日本とヨーロッパとの関係は弱い。だから、日欧の政治レベルの交流を強めるべきでしょう」と、自分が感じていることを父に話しました。
父は「そうかのう」と言ったきりでしたが、その後、欧州議会のコロンボ議長に会った折、日欧の議会間交流について話し合い、日本とECの議員会議が発足したと伝えられました。それから程なくして父は他界し、私が国会に出るようになりました。私は日・EU友好議員連盟に加入し、以来ずっと日本とEUの友好関係維持のため微力を傾注しています。
1978年に開催された「日本・EC議員会議」を第1回として、現在までに34回の定期会議が開催されています。これは日本の国会が持つ議員会議としては、最も古い歴史を有するものです。当初、貿易問題に集中していた議題も、現在では政治、国際協力、安全保障、環境等の幅広い分野に及んでいます。
私たちは今回の欧州議会選挙で新たに選出される欧州議員との交流を今から心待ちにしています。そして、シュヴァイスグート駐日EU大使とも時々お会いし意見を交換させていただく中で、双方困難を抱えつつも日欧の交流を通して協力関係を発展させていきたいと願っております。
(※1)^ 「民主主義の赤字」については、冊子版『europe』’10 Winter(通巻第260号)の「EUの基礎知識」(PDF)をご参照ください。
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