2014.4.30
FEATURE
2014年3月、欧州連合(EU)の経済・財政委員会(EFC)(※1)の委員長であり、ユーロ・ワーキング・グループ議長でもあるトーマス・ヴィーザー氏(Dr Thomas Wieser)が来日し、欧州の経済動向に関する講演や記者ブリーフィングを行った。同氏は、2008年の欧州債務危機の原因は、金融部門の規制と監督の不十分さにあったと指摘し、銀行同盟が実現すれば、銀行の健全性を保ちやすくなり、経済への悪影響を最小限に食い止められるため、EUの実体経済の回復を促すと述べた。PART 2では、ヴィーザー氏の見解をまとめる。
欧州債務危機は多くのEU加盟国に深刻な状況をもたらした。例えばアイルランドは、非常に良い税制を持ち、技術集約的な経済を作り上げた国だが、銀行の監督の点に問題があった。不動産分野に過剰な貸し付けが行われ、その結果、1995年~2006年の11年間に、住宅価格が400%も上昇した。不動産という非生産的な分野に投資が流れるといずれバブルがはじけるが、アイルランドでも巨額の不良債権が生まれた。またスペインの場合は銀行部門が損失を拡大し、経済全体が大きく傷ついた。
ギリシャは、ユーロを導入した2001年以降、目覚ましい経済成長を遂げたが、後に政府債務残高が対GDP比でユーロ導入国として許される上限を優に超える160%であることが判明した。ギリシャは赤字のすべてを経済につぎ込んでいたため、急成長したように見えたのだ。またポルトガルは、古典的なケースであるが、経常収支が悪化し市場から対外的な競争力が疑わしいと見られたため、債務が膨れ上がってしまった。
危機に陥ったこれらの国に共通するのは、金融部門の規制と監督の不十分さだ。これまでのように、ユーロ導入国の監督当局が、それぞれ自分たちの利益だけを考えて守りに入れば、金融機関の健全性は担保されず、危機は避けられなくなる。しかし欧州中央銀行(ECB)が監督・規制を行うことで、各国内の利害関係に阻まれることなく、銀行の健全性を担保することが可能となる。金融危機が大きな教訓となり、欧州は劇的な変貌を遂げた。危機がなければ、ここまでの変化はこのように早く起こらなかっただろう。
ユーロ圏の中央銀行であるECBが、ユーロ圏の銀行監督を一元的に行うことにより、当事者の利害関係に対して中立的な対応が難しくなるのではという指摘もある。たしかにECBが監督者として中立的でなくなるとしたら、銀行同盟は意味をなさなくなる可能性は否定できない。しかしマーストリヒト条約(1993年発効のEUの基本条約)では、ECBが監督当局となることを想定しており(※2)、条約に基づいて考えるのならば、別の独立した監督当局を持つことは不可能だ。従って、監督当局はECBということになる。
銀行同盟により金融システムのリスクは軽減される。破綻処理は株主と債権者の責任となるため、「税金でいつでも助けてもらえる」という考えがなくなり、金融バブルが起きたり、怪しげな金融商品への投資が広がったりするような危険は回避できる。破綻処理のシステムは、大小にかかわらず、銀行同盟の全銀行が対象となる。負債は株主と債権者の負担となり、公的資金の投入は大幅に減る。キプロス、スペイン、アイルランド、ポルトガルの救済にはこれまで1,300億ユーロもの公的資金が投じられてきたが、銀行同盟によって新しいルールができれば、同規模の救済が50億ユーロでできるという試算が出ている。
銀行同盟という体制を確立することによって、EUの金融は安定し、かつてのような危機に直面することはなくなるだろう。
銀行同盟により危機管理と対応の体制は確立される。しかしEU経済が真に再生するためには、実体経済を回復させ、成長させるための対策をとらなければ意味がない。アベノミクス(※3)でいう第3の矢である「成長戦略」をどう打つかが重要となる。今後は構造改革を行い、マクロ経済への貢献を重視していく。
構造改革は「誰かから何かを取り上げること」になるため、簡単にはいかない。たとえばギリシャでは、トラック輸送業にライセンスを設け、過剰な保護措置がかけられていたため、輸送料が非常に高かった。オランダからギリシャに空輸するよりも、国内での輸送料の方が高くついていたほどだ。そこでEUは、ギリシャ向けにマクロ経済調整プログラムを作成し、そのひとつとして国内の運輸部門の自由化を促した。トラックのオーナーからは反発の声が上がった。取得したライセンスが無価値になってしまうのだから当然だろう。このようにマクロ経済には寄与しても、個人にとっては「痛み」になってしまうのが構造改革だ。しかし実体経済の回復には、痛みが伴うことを自覚しなければならない。
ギリシャは2013年の基礎的財政収支(プライマリーバランス)で黒字を掲げており、GDPは25%も縮小した。これまで水ぶくれしていただけで、GDPは縮小しなければいけないと、国民が気付いたのだ。実体経済の回復には、この気付きこそが重要となる。マクロ経済調整プログラムは、アイルランドやポルトガルでも成果を出している。また、これらの国々ほど状況が厳しくないイタリアには、調整プログラムはないが、マッテオ・レンツィ首相による新しい政権で競争力が回復し、赤字が減少することが期待されている。
(※1) ^ Economic and Financial Committee: EU加盟国間の政策協調を促進するため、EU理事会および欧州委員会からの要請により経済・財政に関するさまざまな意見、提言を行う組織。EU理事会と欧州中央銀行との間の協議の準備・遂行にも貢献している。http://europa.eu/efc/index_en.htm
(※2) ^ 「理事会は……欧州議会と欧州中央銀行と協議した後、全会一致で、保険事業を除く信用機関およびその他の金融機関の健全性に関する監督にかかわる政策について、欧州中央銀行に特定の職務を付与することができる」(マーストリヒト条約第2章「通貨政策」内、第105条の5。現リスボン条約では127条の6)。
(※3) ^ アベノミクス
安倍晋三総理大臣の名前とエコノミクス(経済学)を合わせた造語で、安倍内閣の掲げる、「3本の矢」を柱とする経済政策を指す。第1の矢は「大胆な金融緩和」、第2の矢は「機動的な財政政策」、第3の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」。
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