2017.1.27
FEATURE
経済成長や雇用、移民・難民、安全などに十分な予算を充当することなどを柱にしたEUの2017年次予算が2016年12月1日に成立した。PART 2では、2017年予算の概略とともに、2015年からスタートした「成果重視の予算(BFOR=Budget Focused on Result)」の取り組みを解説する。
昨年欧州委員会が提出した2017年予算案は、EU理事会と欧州議会の合意が得られなかったため、調停委員会が招集された。①雇用・成長、移民・難民および安全に十分な予算を充当すること、②多年次財政枠組み(MFF)に沿った十分な余裕を持たせること、③既に合意している「欧州戦略投資基金」への拠出を実現すること、④2017年内にEU諸機関の職員を5%削減すること――などが調停委員会の協議のポイントとなり。 11月17日にようやく妥協案に到達。2016年11月28日にEU理事会が、12月1日に欧州議会がこれを承認し正式な成立に至った。
EUの単年予算決定までの流れ EUの単年予算は、MFFにのっとって欧州委員会が提案し、それをEU理事会と欧州議会が平等の立場で審議し合意することによって成立する。EU理事会が修正案を提案した場合、議会がそれに合意しなければ、調停委員会が招集されて、妥協点を模索することになっている。両者が合意しない場合には、欧州委員会は新たな予算案を提案しなければならない。 当該予算年が始まるまでに合意に達しなかった場合には、前年予算あるいは提案予算のどちらか小さい方を月割した予算で暫定的に進行しながら審議を続けると定められている。年途中であっても、EU理事会と欧州議会が合意すれば、欧州委員会は予算に修正を加えることもできる。 |
成立した2017年予算の額は1,579億ユーロ(見積もり予算。支払い予算は1,345億ユーロ)で、2016年と比べてほぼ横ばいだ。そんな中で、優先政策分野には思い切って手厚くし、特に欧州の次世代を担う若者への教育や雇用促進、切迫した移民・難民対策に多くの予算を充当させるものとなっている。市民の代表である欧州議会も、根気強く交渉した結果で、納得のいくものと評価している。
雇用、成長、投資関連には最も多い、予算の半分近くの749億ユーロを充てている。内訳は、生産的投資や構造改革の支援および加盟国間・地域間の格差是正などの予算として536億ユーロ、研究資金助成計画「ホライズン2020」や第三国との学生・学者交流を支援する「Erasmus+(エラスムス・プラス)」計画、および中小企業支援施策COSME、欧州間インフラ整備施策(Connecting Europe Facility=CEF)、欧州戦略投資基金(EFSI)などの予算として213億ユーロを盛り込んでいる。
若者対象では、Erasmus+以外にも、若者の雇用促進イニシアチブ(YEI)に5億ユーロを割り当て、また、もっと域内の他国を旅行し発見することを奨励する新たな施策を講じるなど、EUの将来を担う若者のために、スローガンだけにとどまらない思い切った予算が充当されていることが特徴だ。
注目されるのは、第2優先項目として、押し寄せる移民・難民に対処し、欧州市民の安全を向上させるために、2016年予算と比べ11.3%アップの約60億ユーロを充当する点である。これは、難民の再定住、受け入れセンターの設置、庇護が認められた者への社会的統合施策、認められなかった者の人道的送還施策などを行うための費用として、また、対外国境の警備強化、密航犯罪やテロリスト摘発などのために、加盟各国に拠出される資金だ。同時に、移民・難民の根本原因への対処も考慮されている。トルコ難民基金、レバノンやヨルダンへの支援、アフリカとの連携プロセスの実施、近隣諸国への人道援助などだ。
欧州委員会では、予算および人的資源担当副委員長の下、全EU機関や部門を巻き込んで、実感できる「成果重視の予算(Budget Focused on Results=BFOR)」の取り組みが、2015年から進行している。
長引く経済停滞、とめどなく押し寄せる難民、若者の過激化やテロの恐怖と間近で接しているEU市民は、貴重な財源が、慎重に吟味された最重要政策に充当されていることを実感できなければ、不満や非難を募らせる――こうした危機感がEU関係者全体に共有されているのだ。
そこで、以下の4つの観点で一層の改革を実施しようというのが、「成果重視の予算(BFOR)」イニシアティブだ。
① 何に拠出されるのか
EU予算は、EUの最優先政策に絞る。つまり、雇用創出、経済的競争力向上、ただし、気候変動を重視し、新しい脅威に対して柔軟で強靭な経済を促進する方向へ。 |
② どう拠出されるのか
資金を必要とする事業者やプロジェクトにとって、利用しやすいシンプルな方法で。たとえば、欧州戦略投資基金(EFSI)が保証を提供することで、EU全体の民間・公共両方の金融資産をうまく引き出し、最大の資金調達が可能になるようにする。 |
③ 成果をどう評価するのか
成功裏の予算消化とは、会計実務上の不正がないだけでなく、現地で実感できるもの。欧州委員会および加盟国の双方で、監査や管理への過剰なコストを節約し、内部管理を強化する。 |
④ いかにEU市民に伝えるのか
EU市民には、予算がいかに使われたかを知る権利がある。EU資金が投入されたあらゆるEU内および国際社会でのプロジェクトを、簡単に検索することができる「EU Result」というウェブサイトを公開。さらに、「BFORカンファレンス」への参加も奨励して、より開かれた分かりやすいEU予算を推進する。 |
予算というものは、いかに厳密に精査して組んだとしても、現地での執行の際に「真の付加価値を出し切れない」場合がある。立派な道路を「どこに」「どう」作るべきかを判断できるのは現地市民や社会だけだからだ。その意味で、「成果重視予算」の推進においては、予算が実際に使われる加盟国やその市民社会が担う役割は大きい。
2015年9月、初の「BFORカンファレンス」がブリュッセルで開かれ、EU諸機関の関連部署が一堂に会し、また、EUに関与する全てのステークホルダー(企業、団体、研究者など)や市民の参加もあり、「より良い成果を出し、責任ある、透明性の高い、すなわち、EU市民にとってもっとも付加価値の高い」EU予算への建設的な議論が行われた。BFOR努力は、1回で終わる革命的イベントではなく、継続的な努力の繰り返し作業なのだ。
BFORカンファレンスは2015年、2016年と2度開催されており、成果として、4つの財務報告を一括したEU財政全体についての「統合報告パッケージ」を発表したことが挙げられる。これまで、欧州委員会が、EU予算をどのように管理し、不正や誤りのないように慎重に管理し適切に使用しているかは非常に見えにくかった。欧州委員会は初めて「管理および成果報告」、「財務報告」、「EU予算を守る施策に関する報告」、「EU年次会計報告」の4つの報告書によって、歳入、歳出、管理、成果を一括してEU理事会、欧州議会、そしてEU市民に対して公開した。
このほか、欧州委員会の全ての総局が、ユンカー委員長の「10の優先項目」および「欧州2020」に沿った初の多年次戦略計画と、年次ごとに成果を明確にした計画書を作成することになった。
EUが自分の身の回りのどんな物事に資金を投入しているのかが検索できる、初めてのインターネット上のプラットフォーム「EU Results」も導入された。これまでも、Erasmus+やホライズン 2020のような助成金プログラムを調べたり、利用したりする学生や研究職であれば、EUの予算がどう使われているかを多少は知る機会はあった。また、農業・漁業従事者、環境やエネルギー分野の事業者なら、その分野での補助金や助成金枠について、地元の自治体や金融機関から知らされることも多かった。
しかし、その他の一般EU市民が、自分の目の届く生活場面で、EUが何にお金を費やしているのかを知ることは限られてきた。たとえば、アテネの最新鋭の地下鉄や、マルタの新しい大学校舎や、英国ウェールズ地方の若年農業者支援や漁獲高調査に、EU資金が拠出されていることを市民は知るすべもなかったわけだ。それを提供するのが、EU Resultsというプラットフォームだ。
BFOR努力は、継続的な予算管理プロジェクトとしてスタートして、まだ始まったばかりだ。2017年には、経済開発協力機構(OECD)がMFFについて、初めての評価を行うことになっており、また、多くのEU政策プログラムは、中間評価のタイミングを迎える。
2021年から始まる次期MFFについて、欧州委員会は本年中に予算法案を欧州議会とEU理事会に提出することになっている。「成果重視の予算」の取り組みの効果を反映した、投資効果の高い内容となることに期待がかかる。
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