2016.7.29
FEATURE
シリアを筆頭に中東やアフリカ諸国から欧州に押し寄せる大量の移民・難民の対応には、国際的な協調が欠かせない。本年3月には、欧州連合(EU)域内へ流入する非正規移民の抑制でカギを握るトルコとの間で、同国から海を渡ってギリシャに流入する非正規移民への対応策を柱とする「EU・トルコ声明」が合意された。声明の合意に至る経緯とその実施に関する進捗状況について報告する。
地中海ルートや西バルカン・ルートを通ってシリアなどからの多数の難民流入に見舞われているEUでは、域内外の難民に人道的保護を保障するだけでなく、対外国境において域内に流入する非正規移民の数を抑制する措置が待ったなしの状況だ。この措置でカギを握るのが、ギリシャとシリアの間に位置するトルコの存在。
トルコはその地理的な理由ゆえ、シリアをはじめ、イラクや他の国々から多くの移民・難民がやってくる。トルコ国内で登録された難民の数は既に310万人を超え(その大半はシリア難民)、同国は世界最大の難民受け入れ国になっている。トルコ政府はこれまでに、国内の滞在施設の増設、食料や衛生管理などの対策に70億ユーロ以上もの資金を拠出してきた。
トルコから海を渡ってEU加盟国のギリシャに流入した難民は2015年に85万7,000人を記録、2016年は7月現在で既に15万6,000人(欧州委員会人道援助・市民保護総局報告)に達している。まさにEUに流入する難民の対策にはトルコの協力は不可欠の状況になっていた。
1999年にEU加盟候補国と認められ、2005年から加盟に向けた交渉を続けているトルコ。既にさまざまな分野で対話と協力を進めてきたEUとトルコが、難民問題に関し責任を共有、協調して課題の解決に向かうことに合意した。トルコ内の難民への支援を強化し、両者間の非正規移民の流出入の抑制などを目指した「EU・トルコ共同行動計画(Joint Action Plan with Turkey)」を2015年11月に始動させたのだ。この中で、EUはトルコに緊急かつ継続的な人道援助を提供し、新たな資金をできるだけ迅速に柔軟な形で拠出。EUとトルコのこの協力枠組みにある責任分担に沿って、トルコ政府と自治体を支援することを約束した。
共同行動計画はまた、難民問題での相互協力だけではなく、トルコのEU加盟手続きを活性化させる内容も盛り込んだ。今後は年2回の首脳協議を含む、より頻繁で体系化された会合を通じて、両者間のハイレベル対話も強化していくことが決まった。
共同行動計画を実行に移していく中で、EUとトルコは本年3月18日、トルコからギリシャへの難民流入対策を柱とする「EU・トルコ声明(EU-Turkey Statement)」に合意。さらに踏み込んで協力する体制を打ち出したのである。
「EU・トルコ声明」の主な合意内容は以下の通り。
・トルコからギリシャ諸島に渡る全ての新たな非正規移民と、難民認定を受けられなかった庇護申請者をトルコに送還し、その費用はEUが担う |
・トルコがギリシャ諸島からの送還を受け入れるシリア人1人に対し、トルコからEU加盟国にシリア人1人を定住させる |
・EUは「トルコのための難民ファシリティ」(後述)において当初拠出が予定されている30億ユーロの支払いを速め、3月末までに第一弾のプロジェクト群への資金が確実に支給されるようにする。資金を使い切った後、2018年末までの追加資金30億ユーロについて決定する |
・シリア国内で同国民や避難民がより安全な地域で暮らせるよう、人道的状況を改善させるためのあらゆる共同取り組みにおいてトルコと連携する |
合意の中では、トルコとEU間の国境の不法入国を防止するために全措置を講じることも明記。密航ルートを閉鎖して密航業者のビジネスモデルを破壊し、EUの対外国境を守るため、3月には欧州対外国境管理協力機関(FRONTEX)と北大西洋条約機構(NATO)がエーゲ海での協力手続きで合意。この海域での偵察・監視・査察活動で協力する体制も整えた。また、EU加盟国とトルコの間の査証(ビザ)自由化を図り、トルコ国民のビザ要件撤廃を目指すことも含まれた。
EUはEU・トルコ声明から1カ後の4月20日、同声明の進捗に関する「第一次報告書」を、さらにその2カ月後の6月15日には「第二次報告書」を公表した。第二次報告書によると、3月20日以降、ギリシャに不正入国した移民462人をトルコに送還。EUは、トルコにいた511人のシリア難民をEUに再定住させた。これは、ギリシャからトルコに送還された人数をかなり上回っている。問題となっていた、エーゲ海を通ってギリシャの島々に渡る非正規移民は声明以前は1日あたり1,740人だったものが、47人へと減少した(5月1日時点)。
実際にギリシャからトルコに送還された非正規移民の数はまだ多くないが、トルコからギリシャへの渡航を試みる非正規移民の数が激減している点は高く評価できる。密航斡旋業者に多額の手数料を支払い、命を懸けて危険な旅に乗り出すことが無意味であることをアピールできた点で、EU・トルコ声明は既に大きな成果をもたらしていると言える。
また、これまで混乱が発生することもあった対外国境が、EU・トルコ声明による措置で管理可能なものになり、EUとしての合法的な難民受け入れ体制が確立しつつある点も成果の一つだろう。これはギリシャ、トルコ、EU加盟国の一致協力により実現したものだ。報告書では、一時的保護下にあるシリア人と彼らを受け入れているトルコへの支援枠組みとして設定した30億ユーロ(拠出金内訳:EU10億ユーロ、EU加盟国20億ユーロ)の「トルコのための難民ファシリティ(Refugee Facility for Turkey)」に関して、2016年夏の終わりまでに最初の10億ユーロがトルコに提供される見通しであることも報告された。
一方、EU・トルコ間のビザ自由化については実現に至っていない。トルコ側が満たすべき7項目の要件 のうち、汚職防止のための措置採用、EU標準の個人データ保護規定との協調、欧州警察機関(ユーロポール)との作戦協力合意の締結などの5項目については、トルコは既に目標を達成した。しかし、残りの2項目である「EU・トルコ間再入国合意規定の完全実施」、「生態認証パスポートをEU標準レベルに改善」は、まだ達成されていない状態だ。この2項目については、実現のために当初予定より長い期間が必要であることが確認されている。
欧州委員会のフランス・ティーマーマンス第一副委員長(より良い規制・機関間関係・法の支配・基本権憲章担当)は、EUとトルコの難民問題における協力関係発展について「EU・トルコ声明が成果を発揮している。移民・難民たちは、密航船の危険な旅に命を賭けるのは割に合わないことを理解しつつあるが、気を緩めてはいけない。声明の全内容を完全に実行する必要がある。トルコからEUへの難民の再定住を拡大し、難民の人道的状況改善とEU法に則った難民申請の処理に関するギリシャの対応能力を強化することが重要。トルコ当局も、ビザ自由化の行程表を完全に実行しなければならない」と述べた。
なお、トルコで7月15日にクーデター未遂事件が起き、共同声明実施の先行きを危ぶむ声もあるが、EUは引き続き自身の責務を全て果たしていくつもりであるし、トルコとの取り決めを棚上げする理由も見当たらない、としている。さらに、国家非常事態宣言のルールに則った適用や、今後の死刑復活の可能性などついて、トルコ国内の事態の推移を注意深く見守っていく。EU・トルコ共同声明の進捗に関する「第三次報告書」は9月にも欧州委員会から公表される予定になっている。
(全て英語)
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